47
勇者に連れられて魔雪は王宮に着いた。
「お帰りなさいませ、勇者様」
肉の勇者――ヒデの後を追っているとすれ違ったメイドに挨拶されている。幼女だけかと思ったが意外にも二十歳を超えていると思われる獣人族の女性もいた。
(そう言えば、関所で皆、勇者に女の人を連れて行かれたって言ってたな)
つまり、勇者は気に入った女をメイドとして王宮に招いているのだろう。まぁ、魔雪もその1人だが。
「あ、そうそう。マユちゃん」
長い廊下を歩いている途中、不意にヒデが魔雪に声をかけながら振り返る。その拍子に勇者の汗が飛び散り、魔雪はさっと避けた。
「どうしたの?」
「君のような幼女に申し訳ないんだけどー、ちょっとした枷を付けて貰うよ?」
「枷?」
枷と聞いて彼が思い付いたのは手錠だった。しかし、それだとメイドの仕事はできない上、今まですれ違ったメイドは誰も拘束具の類は身に着けていない。
「実は前にメイドに魔法を零距離でぶっ放されてー、ちょっと痛い思いをしたんだよ。だから、魔法を制限するチョーカーを付けて貰うんだ」
「そんな道具もあるんだ」
「うん。それに、さっき僕の汗を躱したでしょ? 多分、マユちゃんってそれなりに戦えるんじゃないかって思ってねー。自然と警戒してるし」
それを聞いて魔雪は思わず、感心してしまった。肉の勇者は何も考えていないように見えてしっかりと観察している。そして、何よりそれを“当たり前”のようにこなしているのだ。だからこそ、魔雪も勇者ができる人間だと見抜けなかった。
「後ねー。僕、王宮に入ってから“日本語”で話してるんだ。君は勇者じゃないからー、転生者か転移して来たのかな?」
「ッ……」
魔雪のユニークスキル――言語変換。全ての言語をスキル所持者が最も使用して来た言語に自動的に変換して聞いたり書いたりできるスキルだ。そのおかげでルフィアとの意思疎通もできた。だが、問題があり、変換されたことを自覚できない。つまり、モグボルーツの言語を聞いても日本語を聞いても魔雪には日本語として聞こえるのだ。そのせいで勇者がモグボルーツの言語から日本語に変えても気付かなかったのである。
「ぬふふー、だからこそマユちゃんは大人っぽいんだよね。あ、もしかして心は男の子なのかな?」
「……はぁ、本当に見た目とは裏腹に抜け目がないな、お前」
魔雪はあえて演技を止めた。これ以上、誤魔化して厄介なことになったら面倒だからである。
「おおー、一気に雰囲気が変わったね。演技、上手いなぁ」
「本当か!?」
演技を褒められて魔雪は目を輝かせて再び、問い直す。魔雪の一番好きなことは『演技を褒められる』ことなのだ。
「うんうん、実際すごいよ。君は見た瞬間、ビビッと来るほどの幼女だったからね。見た目はもちろん、仕草や見上げる角度、何より幼女らしい可愛らしさが相手に伝わるようにしてたから。最初は僕も気付かなかったよ。王宮に来て君の正体が判明してからやっとわかったぐらい」
「お前、わかってるじゃん! そうなんだよ、幼女を演じるって結構難しくてさ!」
「君とはいい酒が飲めそうだね。おっと、君は幼女だからジュースかな? どうだい?」
「おう、語り合おうぜ!」
それから魔雪とヒデは話ながら王宮の廊下を歩き続けた。
「へぇ、これがチョーカーなんだ」
幼女の演技についてあれこれと語り合っているととある部屋に案内され、黒くて中央に紅い宝石が付いているチョーカーを渡される。因みにすれ違っていたメイドたちは勇者と嬉しそうに話している魔雪を見て目を丸くしていた。ここで働いているメイドたちは無理矢理連れて来られたため、勇者に対して少なからず憎悪を抱いている。魔雪も一応、連れて来られた身なので勇者と笑顔で会話しているのが意外だったのだ。
「ごめんねー。友達と言ってもやっぱり魔法は怖いから制限させて貰うよ」
「別にいいよ。俺がこれを付けていれば安心して話せるんだし」
なお、幼女の演技をし直している。さすがにあのまま男口調で話していると違和感を覚えるからだ。魔雪は癖で自分の姿に合った演技してしまう。そのせいで幼女していないと気持ち悪いのだ。
「うぅ、君って本当にいい子だよね……なんかゴメンね。こんなところに連れて来ちゃって」
「大丈夫だってば。ある程度、勇者の事情も知ってるし」
「そ、そうなの!? じゃあ、そのっ……」
勇者が目を見開いて汗を迸らせながら何か言おうとするが途中で口をパクパクさせるだけで声を発しなくなった。勇者は自分に課せられたミッションについて他の人に言えないのだ。言えるのはミッションをクリアした勇者のみ。そのおかげで鎧の勇者から勇者について色々聞くことができた。
肉の勇者も女をメイドとして王宮に連れて来るのも何か理由があるのだと魔雪は何となく察していた。勇者は加害者なのではなく、被害者。そして、真の加害者は初代勇者なのだと知っているから。
「ミッションでしょ? わかってるって。まぁ、内容までは言えないだろうから積極的にミッションのお手伝いはできないけど」
「うんうん、それだけでも十分だって! あぁ、理解者がいるって本当に嬉しいね」
「やっぱり帰りたいの?」
「うん、そりゃあね。確かにこの世界は楽しいけど、日本でやり残したことがあるから」
そう言ったヒデは天を仰ぐ。その姿はまるで仲間を目の前で失い、後悔している戦士のようだった。
「やり残したこと、か。俺もあるよ」
ヒデの気持ちは魔雪にも理解できた。魔雪だって演劇をしたかった。俳優になって思いっきり演技したかった。でも、その途中でモグボルーツに召喚されてしまった。だからこそ、魔雪は勇者たちの気持ちを理解できる。
「ぬふふー、似た者同士だね、僕たち」
「うん、そうだね」
ヒデに笑いかけて彼はチョーカーを首に装着した。その瞬間、少しだけ体がだるくなる。魔力に制限をかけられたせいだ。
「うんうん、よく似合うよ。拘束具が似合うっておかしいかな?」
「気にしてないよ。あ、メイド服に着替えるんだっけ。ごめんね、多分メイド服着たらメイドの演技しちゃうと思う」
「それこそ大歓迎だよ! 幼女のメイド……うん、最高だね。普通、男の子に言ったら嫌がりそうだけど」
「俺は嬉しいけどね。それって演技が上手いってことだから。そう言えば、ヒデの後悔って何?」
魔雪はここに来るまでに自分の夢について語っていた。もちろん、俳優になるのが夢だということも。そのため、ヒデはすでに魔雪のやり残したことを知っていたが、逆に魔雪はヒデのやり残したことを知らないのだ。
「ぬふふー、もちろんアニメやマンガ、ライトノベルだよ」
「へー、じゃあ――」
そこでいくつかのアニメやマンガ、ライトノベルのタイトルを羅列する魔雪。
「お、おおおおおおおおお! まさかこんなところでそれを聞けるなんて! 因みに今言ったのは全部、見たことある作品?」
「演技のために色々見てるからね。内容もだいたい覚えてるよ」
「マユちゃん――いや、魔雪。僕たち親友にならない? 君とはいい友達になれそうだよ」
「でも、メイド服着たら丁寧になっちゃうから親友って感じしないかも」
「それでも構わないさ! 魔雪、これからよろしくね」
「――おう、よろしくな。ヒデ」
こうして、感情の魔王である魔雪と肉の勇者であるヒデは親友になった。
そして、それは決して……許されない友情。
それを魔雪がわかったのはもう少し後のことだった。




