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今回、推理パートがあります。
もし、変なところがあったり、わからない場所があったら教えてください。
かなり急いで書いたので見落としがあると思いますので。
「あの狼が……魔獣人族……」
魔雪の言葉で呆然としていたルフィアが掠れた声でそう呟く。彼女によって魔獣とは駆除するべき存在であり、その存在の血を引いた獣人族がいるなど信じられなかったのだ。だが、あの狼は動物型に変身し、手足に魔力を集中させて強化している。それが証拠だった。
「それだけじゃない」
目を鋭くしていた魔雪がそっとため息を吐く。それを見て老人が不思議そうに首を傾げた。
「マユちゃん? それだけじゃないとはどういうことですか?」
「……“俺”はこの孤児院に来てから色々とおかしいと思っていた」
魔雪の口から幼女とは思えないほど低い声が漏れる。老人は彼から放たれる威圧を受けて思わず、背筋を伸ばしてしまった。
「まず、どうしてこんな辺鄙な場所に孤児院がある? 確かに孤児院は子供が多く街中に作れば近所迷惑だと言われるかもしれない。でも、ここは街から離れすぎている。何かあった時、避難も遅れるだろうし何よりこの建物の周囲はたくさんの木々が生えている。まるで、この孤児院そのものを隠そうとしているかのように、な」
そこまで言って息を吐いた。今、魔雪は演技をしている。もし、幼女のまま話をしても情報を得られないかもしれないからだ。この話はそれほど危険なのである。だからこそ、ただの幼女だと思われてしまったら老人は魔雪の身を案じ、話をしないだろう。それを防ぐために魔雪はあえて演技を止めて素の魔雪で話をしている。
「あぁ……魔王様ぁ……」
そのせいで乙女がしてはいけないような顔をルフィアが浮かべてしまっているが。魔雪の耳にはルフィアの声は届いているが、面倒なので無視している。
「その次。ルフィア、ここはどこだ?」
「はぁ……はい? ここですか? 太陽孤児院ですけど」
「違う。この国の名前はなんだって聞いてんだよ」
呆けているルフィアに若干、イラつきながら再び問いかけた。
「す、すみませんっ……ここはマルガです!」
「そう、獣人が多く住むマルガだ。じゃあ、なんでじいさんは“人種族”なんだよ」
「……」
魔雪の言葉に老人は何も言わなかった。ルフィアも老人が人種族なのは気になっていたが、マルガに人種族が住んでいるのは珍しいことではない。
「最初、この2つについては違和感を覚えるだけだった。1つ目はここしか土地がなかったからここに建てた。2つ目はマルガにも人種族は住んでいるからここで働いていてもおかしくはなかった。でも……あの狼が王族だと話は変わる」
魔獣人族の狼の母親はこの国の王妃だ。つまり、あの狼は王族と言うことになる。
「魔獣人族である狼は何故かこんな辺鄙な土地に建っている孤児院に住んでいる。確かじいさんの話だとあの狼はこの孤児院に住んでいる子供の中で一番、古参。つまり、小さい頃からここに住んでいた。これは俺の想像なんだけど……魔獣人族を産んだら罪になるんじゃないか? 母親も子供も」
「ッ……」
魔雪の威圧で声が出せなかった老人が大きく目を見開いて驚愕した。無理もない。老人はあの狼が魔獣人族であることしか教えていないのだ。そして、魔雪も老人の反応で自分の推測は正しかったことがわかった。
「ルフィア。マルガの王妃が子供を産んだって情報はガルガに伝わっていたか?」
「い、いえ。そのような情報はなかったと思います」
「だろうな。普通の子供ならまだしも魔獣人族を産んでそれが外に漏れればマルガは危険にさらされる。ましてや、魔獣人族の子供自体、生きているだけでまずい」
獣人族の姿をしている時はいいが動物型に変身したり、魔法使うところを見られたら一発でアウトだ。すぐにマルガに調査隊が派遣されて魔獣人族のことがばれるだろう。
「まさか……情報を隠蔽するために殺す、と言うのですか?」
ルフィアの言葉にただ頷く魔雪。前、マルガの王がどこかへ逃げたという情報を聞いたことがある。しかし、その情報は『マルガの王』が逃げたことだけだった。どこにも王妃のことは書いていない。そのことから王妃は死んだか、存在を隠されていることになる。まぁ、存在を隠されているならば子供も一緒に隠せばいいのに狼はこの孤児院に住んでいるので王妃はもうこの世にはいないだろう。
「ですが、あの狼は生きています!」
「偽装したんだろ? 産まれて来る子供には何の罪もない。むしろ、一番の被害者だ。まぁ、誰が悪いって言ったら油断していた王族だろうな。強いからと言って外に出た王妃。そして、王妃の強さを信じて送り出した他の王族。十中八九、王妃は処刑。子供も一緒に処刑されるはずだったが、処刑を偽装してこの孤児院に住まわせた」
「ま、待ってください! どうしてわかったんですか!?」
魔雪の威圧を振り払い、老人が立ち上がって叫んだ。まさか威圧の中、発言できるとは思わず、魔雪は感心する。そもそも、威圧を放ったのはただの幼女じゃないと知らしめるため。それとこちらの言葉を遮らせないように黙らせておくためだったのだ。
「簡単だ。この孤児院が辺鄙な土地に建っているのは魔獣人族であるあの狼を他の人に見られないため。そして……人種族であるじいさんがここを管理していたからだ」
魔獣人族について知っているのは獣人族のみである。言い換えると獣人族は魔獣人族について知っていることになる。もし、狼が魔獣人族であると他の獣人族にばれれば通報され、処刑されるだろう。この国では魔獣人族を産んだ母親、子供は処刑されるのだから。
「それを防ぐためには獣人族以外の種族に育てさせるしかない。それが可能なのは人種族だけだった。エルフ族は住んでいるエルガが遠くてこんなところまで来ないだろうし、魔人族は勇者との戦争でボルガから出られない。精霊族など目撃されるすらほとんどない。まぁ、正直ほとんど推測だったけどじいさんの表情だけで俺の考えが当たったのはわかったから最後の方は安心して話せたけど」
そう言ってのける魔雪に老人は初めて恐怖を感じた。
大人のような表情を浮かべ、威圧を放ち、恐ろしい推理力を持っている幼女が目の前で腕を組んでいるのだ。誰だって目の前の存在を恐ろしく感じるだろう。“一体、何者なのだ”と。
「……ただいま」
その時、狼がドアを開けて部屋に入って来た。それを見て老人は狼に見えないようにすぐに首を横に振る。今話したことを秘密にして欲しいらしい。魔雪もルフィアも老人の考えを察して軽く頷いた。
「おかえり。どうだった?」
魔雪は笑いかけながら狼に感想を聞く。
「……皆、大きくなってた。遊ぶの大変」
「子供の成長は早いですからね。マユちゃんも早く大きくなるんですよー?」
ルフィアが魔雪の頭を撫でながら気持ち悪い笑みを浮かべる。まさかあの勇者を倒したモグボルーツの英雄がこんな顔をするとは思わなかったようで老人がドン引きしていた。
「……マユ、あの話はした?」
「あの話?」
「……助っ人の話」
「あー、そう言えばそうだったね」
狼の出生の秘密が衝撃的すぎて目的を忘れていた。すでに幼女の演技に入っていた魔雪は幼女らしい可愛らしい笑顔で老人を見る。だが、魔雪の本性を知っている老人にとって彼の笑顔はもうただの幼女の笑顔には見えなかった。
「おじさん、次に狼の言ってた助っ人についてなんだけど」
「は、はい……」
老人が深呼吸して動揺した心を落ち着かせた後、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「実はこの場所が勇者にばれました」
「っ……まさか」
ルフィアが狼の方をチラリと見た。勇者は王族の末裔である狼を狙っているのでは、と勘繰ったのである。
「いえ、狼は狙われていません」
「その言い方だと他の子が狙われてるみたいだけど……」
「そうです。この孤児院に住んでいる小さな女の子――つまり、幼女が狙われています」
「「……はい?」」
どうやら、マルガを侵略している勇者は『ロリコン』のようだ。




