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「……さて、そろそろ説明してくれますか? マユちゃん」
犬耳女性の馬車に乗って数分後、ルフィアがジト目で魔雪に詰め寄る。無理もない。何が起きたのかわからないまま、あれよあれよと関所を越えてしまったのだから。
「簡単な話だよ」
チラリと犬耳女性の方を見て彼女が馬を操作することに夢中になっているのを確認して小声で話し始めた。
「俺たちは通行手形を持っていなかった。まず、その時点でアウトなんだよね」
「アウト、ですか?」
「例外として関所を越えたとしても必ず、記録に残っちゃう。どうして、通行手形なしで通したのか上の人に話さなくちゃならないからね」
確かに関所を任されていたのはギルだ。だが、ギルの上にも人はいる。すなわち、ギルは中間管理職のようなものなのだ。そのため、報告書を出さなくてはならない。
「何かまずいんですか?」
「……いや、その報告書は最終的に勇者に行きつくんだよ?」
「あ」
そう、ギルの上にいる人の上にもまた人がいる。そして、トップに君臨しているのは現在、マルガをほぼ侵略し終えている勇者なのだ。情報が伝わるのは遅くなるとは言え、ルフィアの存在が勇者にばれてしまう。
「だからこそ、俺たちは商人に紛れるしかなかったの。まぁ、運だったけどね」
魔雪があそこで演説したのは彼の思惑を理解できる察しの良い商人がいるかどうか確かめるためだった。普通、関所の前であんな演説はしない。下手をすれば勇者にルフィアのことがばれてしまうからだ。するのはバカか何か考えのある人だけである。だが、魔雪は幼女である。何の考えもなしに演説しても前者にしか見られないだろう。
「じゃあ、どうやって後者だと示したのか……答えは簡単。謎解きだよ」
「あの奴隷云々の話ですか?」
「そうそう。だって、ガルガで獣人の奴隷を見ただけで推理するような人がバカな演説をすると思う?」
「考えにくいですね。私なら何か裏があるのではないかと思ってしまいます」
「それを狙ったのさ」
まぁ、謎解きが合っていてよかったよ、と安堵のため息を吐く魔雪。奴隷の話はあまり自信がなかったのだ。
「もし、奴隷の謎解きが失敗したらどうするんですか?」
「ギルさんの部下のミスを指摘して改善方法とか色々話そうかと」
因みにミスとはルフィアのギルドカードを確認しなかったことである。
「それだと少し弱いような気がしますが……」
「少しでいいんだよ。人間、少しでも引っ掛かりを覚えれば疑心暗鬼にもなるさ。ね? 商人さん」
「……ばれていたか」
少しだけ罰が悪そうに振り返る犬耳女性。魔雪たちの話を盗み聞きしていたのだ。
「時々、耳がピクピクしてましたからね。特に奴隷の謎解きのところなんか感心したようにピンと跳ねましたよ」
「君は本当にとんでもない子なんだね。いや、子と言うのは失礼かな?」
「いえいえ、体は幼女なので合っていますよ」
「はっはっは。ますます気に入ったよ。マユちゃん、だっけ? 私の名前はグリフォード。グリとでも呼んでくれ」
「男の人みたいな名前ですね。後、俺は勇崎 魔雪です」
「親が間違えたんだと。普通、男と女、間違えるか? まぁ、格好いいから私は気に入っているんだが」
魔雪自身、親のミスで今の名前が付けられたのでグリの話にものすごく共感できたのだが、説明するには色々、面倒なので頷くだけに止めておいた。
「それと盗み聞きしてすまなかった。マユちゃんの思惑には気付いていたのだが、本当に合っているかどうかわからなかったものでな」
「仕方ないですよ。こんな幼女が思い付くような作戦ではないですし」
演説して観客の中にいる頭のいい商人を探してその人に助けて貰う、など考え付いても実行に移せるような作戦ではない。観客の中にいる商人が魔雪の作戦に気付くかわからないし、気付いたとしても助けてくれるかわからないからだ。
「因みに私が名乗りを上げなかったらどうするつもりだった?」
「そうですね。適当な商人を捕まえて交渉ですかね」
言い換えると拉致した後に脅迫するのである。もちろん、手加減などなしに。
「おお、恐ろしい子だ」
「次は水を転移させて相手の体内で爆発させる魔法とかどうでしょうか……いいかもですね」
魔雪とグリの話に付いていけなかったルフィアは少しだけ拗ねながら魔法の練習をしていたらしい。
「それじゃ勇者討伐頑張ってくれ」
「はい、ありがとうございました」
マルガ唯一の国である『ラグール』に到着した魔雪たちはグリフォードにお礼を言い、別れた。因みにラグールに入る時にも魔雪が一芝居打ち、何とか入ることに成功した。確かにマルガにはラグールしか国はないが小さな村などはちらほらと存在するため、ラグールに入る時も手続きをしなくてならないのだ。
因みにラグールの街並みはガルガで見て来た街とほぼ同じだ。しかし、唯一違う場所がある。それはラグールの中心にそびえ立つ大きな塔だ。『ラグールタワー』と呼ばれている塔でその全長は333m。はっきり言ってしまえば東京タワーとほぼ同じだ。だが、東京タワーの展望台がある場所は球体のような構造になっており、見た目は東京タワーに球体を突き刺したような感じである。魔雪もそれを見てすぐに東京タワーを参考にして建てられたのだと察した。
「さて、これからどこに行くんですか?」
グリフォードが乗った馬車が見えなくなったのを確認したルフィアが狼に問いかける。
「……」
狼は無言のまま前足を東へ突き出す。まだ狼は狼のままなので話せないのだ。
「東ですか。そっちには何が……って話せませんね。まぁ、行ってみたらわかりますか」
「そうだね。じゃあ、早速向かおうか」
「はい、マユちゃん!」
やっと自分のことを見てくれたので満面の笑みを浮かべながらルフィアは魔雪の胸へと手を伸ばし――。
「ぶへっ」
――殴られたのだった。
狼の後をついて行くこと数十分後、魔雪たちは一つの古びた建物の前にいた。周囲には他の建物などなく、ひっそりと建っている。まるで、“人の目に入らないように建てられた”建物だった。
「ここは……孤児院?」
頬を真っ赤に腫らした超弩級変態エルフは掠れた看板を見てそう呟いた。そこには『太陽孤児院』と書かれている。
「……おじちゃん、いる?」
いつの間にか人間の姿になっていた狼が全裸のまま、孤児院の扉を数回ノックした。
「ちょ、服着てください! 服!」
ノックの音でやっと狼に気付いたルフィアは慌てて服を取り出し、狼の傍へ駆け寄る。因みに魔雪は素知らぬ顔で狼の隣にいた。
「おお、やっと帰って来たか!」
狼に服を羽織らせることに成功した時、扉が開いて1人の老人が現れた。狼の知り合いらしい。
「……ただいま」
「おかえり。お前がいなくなって子供たちも寂しがって……おや? その方たちは」
「……助っ人」
狼がそう言うと老人は目を見開いてルフィアを見る。そして、すぐに口を大きく開けて驚愕した。
「ま、まさかルフィア様ですか?」
「はい、ルフィアです。こちらはマユちゃん」
「初めましてー、おじさん!」
ニッコリと可愛らしい笑顔を浮かべながら魔雪は可愛らしく挨拶する。ルフィアを見て緊張していた老人も顔を綻ばせた。
「それにしても……助けてくれる人を見つけて来ると出て行って帰って来たと思ったらとんでもない有名人を連れて来たものだな」
「……えっへん」
「褒めてない。とにかく、ルフィア様、マユちゃん。いらっしゃい。太陽孤児院へようこそ。どうぞ、中へ」
老人に勧められて魔雪とルフィアは素直に孤児院の中へ入った。




