42
『超至近距離転移魔法』事件から2日後。魔雪たちはとうとうマルガに到着した。いや、厳密に言えばマルガへ繋がる関所だが。
「……ねぇ、どうするの?」
関所が見えた時、即座にチャーリーを止めて緊急会議を開いた。もちろん、議題は『どのようにして関所を越えるか』である。
「普通なら通行手形など必要ですね……商人なら問題ないのですが」
ルフィアの言う通り、関所を越えるためには通行手形が必要だ。例えば、冒険者が依頼などで国境を超えなければならない場合、通行手形が発行される。商人の場合、一々通行手形を発行していたら手間がかかる上に面倒なので商人になろうとする人がいなくなってしまう。そのため、通行手形がなくても関所を越えることが出来るのだ。
しかし、今回は正式な依頼ではないので通行手形などない。不法侵入しない限り、マルガに入れないのだ。
「……私に、いい考えがある」
うんうんと腕を組んで魔雪とルフィアが悩んでいるといつもの無表情で狼(人型)が手を挙げる。
「「いい考え?」」
首を傾げながら聞き返す二人だったが、狼は少しだけ得意げに尻尾を振るだけだった。
「わ、私はランクSSSのルフィアだ! マルガを脅かす憎き勇者を倒すべくマルガに行きたい! なのでここを通してくれ!」
狼の作戦はルフィアの名前を使った強行突破だった。
「おうおうおう! ランクSSSのルフィア様のお通りだ! さぁさぁ、退いた退いた!」
狼(狼型)の背に乗って踏ん反り返って叫ぶ魔雪。久しぶりにチンピラの演技しているので地味に楽しんでいた。
「あ、あのルフィア様が!?」
「なんと……やっと、私たちに希望の光が……」
「ルフィア様ー! 頑張ってー!」
意外にも周囲の反応は良かった。勇者に唯一勝った存在が目の前にいてその存在が『勇者を倒す!』と言っているのだ。モグボルーツの住民なら喜ぶに決まっている。
「しょ、少々お待ちください!」
まぁ、喜ぶからと言って簡単に通すわけにもいかないのだろう。担当者は慌てて奥へ引っ込んだ。
「上手く行きそうですね」
ちょっとだけ驚いた表情を浮かべつつ、ルフィアは魔雪に耳打ちする。だが、まだ了承を得たわけじゃないよ、と魔雪は冷静に返答する。
そもそも、ルフィアの顔で本人だと言ってもそれが本当かどうかわからない。変装しているかもしれないのだ。通常、ギルドカードなどで本人か確認するだろう。それなのに担当者はギルドカードを見せろと言う前に上司に指示を煽りに行った。相当、焦っているらしい。
「お待たせしました、ルフィア様。私はこの関所を担当しているギルというものです」
数分後、頭にたんこぶを作った先ほどの担当者とギルと名乗った鎧姿のおじさん(人間だ。先ほどの担当者も人間である)が魔雪たちの前に現れる。やはり、ギルドカードを確認せずにギルの元へ向かったことを怒られたのだろう。
「早速なのですが、通行手形はありませんか?」
「持っていません。勇者を倒せと言う依頼はないので」
さすがに国も『勇者を倒せ』などと無茶な依頼は出さない。確かにルフィアは(正確には魔雪とルフィアだが)勇者を倒した。でも、それは偶然だろうと国は判断したのだ。実際、魔広を倒せたのは奇跡にも等しい。
「……すみませんが、例えランクSSSのルフィア様でも通行手形がなければここを通すわけにはいきません」
ギルは申し訳なさそうに頭を下げながらはっきりと拒否した。無理もない。ギル自身、勇者を倒して欲しいと思っている。しかし、関所を任されている身として私情で通行手形を持っていない人を通すわけにはいかないのだ。それがランクSSSのルフィアであっても。
「そこを何とか……一刻も早くマルガの勇者を倒さなくてはいけないのです」
ルフィアの故郷、エルガは勇者に支配されていた。まぁ、本当は支配などされていなかったのだが、ルフィアはずっとそう思っていた。だからこそ、勇者に支配されそうになっているマルガの住人達の気持ちがわかるのだ。不安で今後、自分たちはどうなってしまうのかわからず、恐怖し、震えながら夜を過ごす。そんな想い、もう誰にもさせたくない。狼にお願いされたからここまで来たが、今では自分の意志で勇者を倒そうと思っていた。
「ですが、決まりなので……一度、ガルガに戻って通行手形を発行してください。きっとルフィア様のお願いならばすぐに発行されるでしょう」
「……」
無理を言っているのは魔雪たちだ。さすがにルフィアはこれ以上、我儘を言うつもりはなく肩を落として引き返そうとした。
「……貴様は阿呆か?」
しかし、まだ魔雪は諦めていなかった。幼女には似合わない鋭い眼光でギルを睨む。
「何?」
まさか幼女に暴言を吐かれるとは思っていなかったようでギルは目を丸くして聞き返した。
「ちょ、マユちゃん!?」
「貴様は阿呆かと言っている。決まりだからここは通せない? 一度、ガルガに戻って通行手形を発行しろ? ふざけるのも大概にしな」
もちろん、魔雪はキレているわけではない。わざと相手を侮辱するような言い方をしているのだ。そんな口を6歳ほどの幼女にされたらどうなるか。
「な、何だと……このガキッ」
決まっている。怒るだろう。それが魔雪の狙いだった。交渉する時、相手の冷静さを失わせるのは有効な手段だ。感情的になれば普段より判断力も落ちる。しかも、魔雪は演技の天才。侮辱的な口調に加え、小ばかにするような嘲笑のおまけ付き。商人や交渉に慣れている人にはあまり通用しない手だが、関所を任されている下っ端は簡単にハマった。
「そんな悠長なことを言っている場合か。ガルガの街で見たぞ。獣人族の奴隷を。それって勇者が何かしているのではないか?」
後ろの方にいる獣人族たちに聞く。後ろの獣人族たちはガルガに出稼ぎに出ていてマルガに帰って来たところらしい。
「……マルガの勇者は逆らった獣人族を片っ端から奴隷にして売り飛ばしてる」
彼の傍にいた獣人族の青年(ウサ耳だった)が悔しそうに言う。
「しかも、売るのは男の獣人族だけで女や子供は自分の傍に置いている、と?」
当てずっぽうで言ったので当たっているとは思わず、ちょっと吃驚している魔雪だったが、表情を全く変えずに更に質問を貸させた。
「ッ……よくわかったね。そうだよ。僕の妹も、勇者に……勇者にッ!!」
ウサ耳の青年は唇を噛みながら叫ぶ。他にも『妻が』『姉が』『お母さんが』と何人もの人たちが被害を報告してくれる。それは魔雪にとって武器になった。
「聞いたか、ギルとやら。今、ここにいる人たちだけでもこれだけの被害が出ている。それなのにガルガに戻って通行手形を発行しろなどと腑抜けたことを言えたものだな」
絶句しているギルにそう言いながら魔雪は言葉を続ける。
「どうだ、これが勇者に屈した愚か者の姿である! お前たちはどう思う? このような人に成り下がりたいか? 私が御免だ。確かにモグボルーツは勇者に支配されかけている。勇者は強い。お前たちのような一般人には敵う相手ではない。しかし! だからと言って屈してはならぬ。戦いもせずに屈するなど愚の骨頂!」
彼の演説はその場にいた人全員に届いた。力強く誇らしげな彼の姿はそれこそ勇者のようだった。
「そして、今ここにいるルフィア様は勇者を討つことのできる唯一の存在だ! 彼女を通せばマルガの勇者を討ち、平穏を取り戻せるだろう!」
それを聞いた獣人族たちは歓喜の声をあげる。あまりの声量にビリビリと大気が震えるほどだった。
「さぁ、ギルとやら。ここを通して貰えないだろうか」
「……だ、駄目だ! 通すわけにはいかない!」
一瞬、揺らぎそうになったギルだったが我に返り首を振った。彼だって関所を任されている身としてプライドがある。勇者は許せないがそれはそれ、これはこれ。自分にそう言い訳しながら悔しそうな表情を浮かべた。
「そうか。なら、いい。諦めよう」
「……え?」
まさかあっさりと引き下がるとは思わず、変な声を漏らしてしまうギル。
「ルフィア様、マルガは一度、諦めましょう。ガルガに戻ってボルガの関所の通行手形を貰いましょうか」
「でも、このままじゃ「ルフィア様?」あ、うん……」
ルフィアは食い下がろうとするもニコッと笑う魔雪を見て何も言えなくなってしまう。何故か背中がゾクッとしたのだ。興奮でジュンと来た。
「皆さん、お騒がせしました。私たちはこれで去ります。どうぞ、関所を通ってください」
先ほどの鋭い眼光はどこへやら。幼女らしい可愛い笑顔を浮かべながらポンポンと狼の背中を叩いて来た道を戻ろうとする。
「……おいおい、どこへ行くんだい?」
だが、すぐに魔雪たちを止める声が聞こえた。
(来た)
その声を聞いて彼はニヤリと笑う。そして、不思議そうな顔を作りながら声のした方を向く。そこには大きな馬車に乗った20代後半の犬耳女性がいた。
「君たちは私の弟子だろう? 早く馬車に戻って来い」
その場にいた全員が『はぁ?』と声を漏らす。もちろん、ルフィアも例外ではなかった。
「ああ、そうでしたそうでした! ごめんなさい、師匠! ほら、ルフィア様行きましょう?」
ただ魔雪だけは犬耳女性の狙いを察していたのでルフィアの手を取って馬車へ乗り込む。狼は馬の隣に移動した。
「お、おい!? これはどういうことだ!?」
「いやー、失敗してしまいました。師匠ったら『早く関所を通るために交渉して来てくれ』って言うもんだから思わず、ルフィア様の名前を使っちゃいましたよ」
ギルが駆け寄ってきて魔雪に叫ぶがコツンと頭を小さな拳で軽く叩きながら呟く魔雪。
「はっはっは、仕方ないさ。誰にだって失敗はある。しかし、ルフィア様の名前を使ったのは妙案だったな。でも、『自分たちは商人』だと言うのを忘れていては本末転倒。次から気を付けるのだぞ」
「はーい!」
犬耳女性に頭を撫でられてえへへと笑う魔雪は傍から見れば師匠に甘える弟子にしか見えなかった。ルフィアはものすごく羨ましそうに犬耳女性を睨んでいたが、馬車の奥にいたので誰にも見られずに済んだ。
「ギルさん、先ほどは本当にすみませんでした。師匠曰く、『交渉するにあたって大事なのは相手の冷静さを失わせることと多くの味方を付けること』だと言っていたので実践してみたのですが……やはり慣れないことはしないものですね。ものすごく疲れちゃいましたよ」
「あ、ああ……」
「あの……それで申し訳ないのですが、順番は守りますのでここを通して貰えますか?」
「商人なら……通行手形はいらない。順番さえ守ってくれればそれでいい」
やっと魔雪の企みがわかったのかギルは苦笑いを浮かべながら頷く。
「わー! ありがとうございます、ギルさん!」
満面の笑みを浮かべる魔雪だったが、すぐにちょいちょいとギルに近寄るように合図する。ギルも何だろうと首を傾げながら魔雪の口元に耳を近づけた。
「さっき、揺らいだでしょ? それだけでも十分だよ。貴方はまだ屈してない。誇っていい。これからも関所の仕事、頑張ってね」
「ッ……」
「お、弟子よ。何故か他の人たちが私たちの後方へ移動している。どうやら、先に通してくれるらしい。お言葉に甘えよう」
「はーい!」
犬耳女性に返事をしながらギルに向かって手を振る魔雪は無邪気な子供そのものだった。手を振られた張本人は魔雪たちが乗った馬車が見えなくなるまでずっとその馬車を見ていた。
「どうしたんですか、ギルさん」
「……いや、何でもない」
たんこぶを作った担当者が問いかけて来るがギルは頭を振って誤魔化す。
まさか、幼女に褒められて泣きそうになったなど言えたものじゃないから。
次回で今回のお話しの解説をします。




