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幼女魔王の演武演劇  作者: ホッシー@VTuber
第2章 幼女魔王の召使黒狼
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「勇者を、倒せ?」

 あまりにも脈絡もないお願いに魔雪は思わず、聞き返してしまった。

「……うん」

 それに対し、頷く狼。しかし、その表情はとても暗かった。

「何か事情でもあるのですか?」

 狼の表情からただ事ではないとわかったルフィアが詳しい話を聞こうと質問する。

「……私は元々、マルガに住んでた」

「まぁ、獣人族ですからそうでしょうけど」

 マルガは獣人族が多く住んでいる。そして、今は勇者によって支配されかけているのだ。まだ、獣王(獣人族のトップ。国王と似たような存在)が倒されたわけではないので完全に支配されていない。獣王が最後の抵抗として自ら姿を消し、完全に支配されないようにしたからだ。つまり、獣人族たちは獣王がまだどこかで生きていると信じて、勇者の悪行を耐えているのである。

「……そのマルガに孤児院があって、そこで暮らしてた。皆、血は繋がってないけど家族だった」

 そう言いながら彼女はギュッと毛布を握った。

「……でも、ある日、勇者がやって来て皆、連れ去った。私は狼になって逃げた」

「連れ去ったって……誘拐?」

「いえ、すでにマルガは勇者の手に落ちたようなものです。そのため、勇者は事実上、王様なので、何をしてもいいんですよ。なので、誘拐という犯罪にはならないんです」

 魔雪の言葉をルフィアが否定した。それを聞いた彼は口を噤んでしまう。あまりにもあり得ない事実に言葉が出なかったのだ。

「それに勇者なので太刀打ちできません。どれだけ言葉で止めても意味がないんです」

 だからこそ、モグボルーツの住人は勇者をどうすることも出来ずに今まで放置して来た。止めることが出来ないのだから放置するしかなかったのだ。

「……私、悔しかった。何も出来ない自分に」

「狼……」

 本当に悔しいのだろう。狼は奥歯を噛んで顔を歪ませる。魔雪と出会って初めて無表情以外の表情を浮かべたことに驚く魔雪。そして、驚愕する中、何だか惜しいことをしたようにも感じた。最初の表情は笑顔がよかったから。

「……逃げた私は、助けてくれる人を探し回った」

 だからこそ、狼はオーガを大量に殺害してこの村を襲わせようとしたのだ。そうしたら必ず、この村を守るために強い冒険者が派遣されるからである。まぁ、今回の場合、狼が己の企みを遂行する前に魔雪を見つけたから未遂に(結局、村は襲われたけれど)終わったが。

「狼、貴女は自分の言っている意味がわかっていますか?」

 少しの沈黙の後、ルフィアが彼女にしては低い声でそう問いかける。

「……わかってるつもり」

 狼だって勇者の強さを知っていた。彼女は逃げたと言ったが、本当は戦って怪我を負って何とか逃げて来たのだ。それほど、マルガを支配しようとしている勇者が強い。因みに狼の強さはルフィアより少し下(SSランクの冒険者レベル)ぐらいである。もちろん、ルフィアと狼の戦い方は異なっているのでどちらが強いかははっきりと言えなかったりする。

「いえ、貴女は全くわかっていません」

 狼の答えを一蹴するルフィア。彼女はすでに勇者との戦いを経験し、勝利した。だが、一歩間違えればルフィアだけでなく、魔雪も死んでいたであろう。今となってはSSSランクの冒険者としてちやほやされているルフィアだが、他の勇者にも勝てるかと聞かれればNOと答えるだろう。彼女にとって――いや、モグボルーツに住んでいる人々にとって勇者とはそう言う存在なのだ。

 ましてや、旅の目的は魔雪を元の世界に帰す方法を探すことである。勇者を討伐することではない。

「私たちは勇者と戦い、何とか勝ちました。ですが、勇者とは本来、私たちがどうにか出来るような相手ではないのです」

 その言葉を聞いた魔雪はふとルフィアが魔広にボコボコにされていた光景を思い出す。もし、あの時、あのまま魔雪が倒されていたら自分もルフィアもここにいない。そう思っただけで悪寒が走った。

「それなのに貴女はマユちゃんにそれをさせようとしている。一体、何様のつもりなんですか?」

 自分が勝てなかったから他の人に頼む。それは都合が良すぎるお願いだ。自分で解決できなかったことを他人に押し付けるのだから。

「……」

 ルフィアの問いかけに対し、狼は俯いてしまった。彼女も理解しているのだ。狼のお願いはあまりにも困難で危険すぎることだと。

「……でも、私はお願いすることしかできない。勇者を倒してくれれば私はどうなってもいい。奴隷にするなり、売るなりしてくれても構わない。だから、お願い」

 きっと、狼の命を代償にしても勇者の討伐依頼の報酬としては安い。そんなこと狼自身が知っている。獣人族なのに獣になれる異端者。その理由すらわからず、ただ見て見ぬ振りをして生きて来た彼女にとって自分の存在そのものが疑問だった。自分はどうして生きているのだろう。何の為に産まれて来たのだろう。そんな疑問ばかりだった。

「……私にはあの子たちしかいない。私の命に代えても守りたい物」

 でも、そんな自分を受け入れてくれたのが孤児院の子供たちだった。自分のことを実の姉のように慕ってくれた子供たち。そんな子供たちを勇者が奪って行った。だからこそ、狼は助けたいのだ。それが例え、自分の命と引き換えにしても。

「……」

 頭を深々と下げてお願いする狼を見てルフィアはチラリと魔雪を見た。ルフィア自身は反対だが、先ほどから魔雪が黙っているのに気付いて気になったのだ。だが、魔雪の顔はフードに隠れていて見えなかった。

「……そっか。守りたいんだね」

 腕を組んで目を閉じていた魔雪はそう呟いて、ローブのフードを取る。長くて綺麗な黒髪がふわりと舞った。

「狼。俺はずっとお前に嘘を吐いてた。嘘、と言うよりも真実を話してなかったって言うべきかな」

 それを聞いただけでルフィアは魔雪の考えが読めてため息を吐く。一方、狼の方は意味が分からず、首を傾げていた。

「確かに勇者は強い。この世界に勇者に対抗できる人はいないかもしれない。ただ1人を除いて」

 そう言いながら魔雪は立ち上がって両手の拳に闇の靄を纏う。それを見た狼はその靄に込められた魔力の密度を感じ取って目を見開いた。

「勇者に対抗できるのは『魔王』のみ。狼、お前の依頼。この『感情の魔王』である勇崎 魔雪が受けよう。一緒に勇者を倒して子供たちを開放するんだ」

 少しだけ演技しているが、魔雪は心の底から子供たちを助けたいと思っている。もし、自分の妹が悪者に連れ去られてしまったら魔雪も狼と同じような行動をしていたと考えたからである。

「……感情の、魔王」

 初めて魔雪を見た時、他の人とは何か違うと感じていた狼だったが、さすがに伝説にまでなっている魔王だとは思わなかった。そのせいか、目を大きく見開いて唖然としている。

「ルフィ、マルガまで後どれくらい?」

「そうですね。後1週間もすれば着くと思いますよ」

「……待って。ルフィアは反対じゃないの?」

 魔雪の質問に答えたルフィアを見てすかさず、質問する狼。

「私たちの目的はマユちゃんを元の世界に帰す方法を探すことです。まぁ、そこら辺は後で説明しますが、マユちゃんが勇者を倒すと言ったら私もそれに付き合おうと思ってました。それに、勇者の秘密がマユちゃんを元の世界に帰す方法に繋がるような気がしまして」

 ルフィアの中で最も優先順位の高い物は『魔雪の帰還方法を探す』ことだ。そして、魔広が『勇者は初代勇者にミッションを与えられている』と言っていた。これを聞いてからルフィアはずっと『勇者の秘密=魔雪の帰還方法』になると思っていたので、勇者に会うことは彼女にとっても好都合だったりする。

「……じゃあ、何であんなに反対したの?」

「決まってるじゃないですか。それほど勇者という存在は危険なんです。マユちゃんが感情の魔王でも勝てるかどうかわからない……そんな相手なんです」

「……マユでも勝てない?」

「前回はボロボロにされたね。何とか勝ったけど」

 その勝利も奇跡と言えるようなものだった。

「さて、と。そろそろ行きますか」

 両手の靄を消してフードを被り直した魔雪は伸びをしながら提案する。

「……行く? どこに?」

 しかし、狼にはその言葉の意味が伝わらなかったようで頭にハテナを浮かべていた。

「決まってるじゃん。勇者を倒しにだよ」

 笑って見せながら言ってのけた魔雪は狼にとってとても心強い存在となっていた。


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