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「ま、マユちゃん! これ、見てください!」
次の日、そろそろ出発しようかとしている途中、部屋で新聞を読んでいたルフィアが目を見開いて叫んだ。
「どうしたの?」
ローブを着終わった魔雪が何度かローブを踏んづけながら(今でも裾を踏んでしまうことが多い)ルフィアの元へ寄る。
「ああ、良い匂い……」
「いいから、早くしろ」
「あいたっ!?」
ペチンと軽く(闇魔法の放出あり)叩きながらルフィアを嗜める魔雪。その嗜められた本人は男口調に戻った魔雪に更に興奮していた。もちろん、殴打もそれに拍車をかけている。
「おっと、思わず……こちらです」
「どれどれ?」
ルフィアが差し出した新聞にはこんなことが書かれていた。
現在、ボルガにて魔人族軍と勇者が戦争中。ボルガに行く際、巻き込まれないように気を付けよ。
「戦争?」
そう口にしながら魔雪は続きを読む。新聞によるとルフィアが勇者を倒したことにより、モグボルーツの人々でも勇者に対抗出来る。だからこそ、魔人族たちは立ち上がり、ボルガを侵略していた勇者と正面衝突した。
「……これは」
「はい。まさか――エルガの首都でとても人気のスイーツ店がマルガに支店を開くなんて思いませんでした……」
「……ん?」
そこで魔雪が読んでいた記事とルフィアが読んでいた記事が違うことに気付く。
「いやいや! ルフィ! そっちじゃないでしょ!」
「そっちじゃない? 何のことでしょう? 私は元々、スイーツの話を……」
「スイーツよりも! 魔人族が勇者に喧嘩を売ってるって記事!」
「え? そんなのいつものことですよ?」
ルフィアはキョトンとした表情で首を傾げる。
「……そうなの?」
「はい、前にギルドマスターが言っていたように魔人族たちの先祖は初代魔王に仕えていたという話ですから勇者のことを人一倍、憎んでるんですよ。なので、時々、勇者に喧嘩を売って返り討ちにあってるんです。まぁ、そのおかげでボルガは未だ勇者に支配されたことはないのですが」
確かに、ガルガ以外の地域は勇者に侵略されている。エルガは魔広とエルフの国王が手を組んで強者を誘き寄せるために偽の情報を流したのだが、マルガとボルガは現在進行形で勇者に侵略されている。アルガは全く、接触出来ないので情報はなし。入ることすら出来ないのだ。
ボルガは勇者に侵略されているものの、必死に抵抗しており、勇者に支配されていない。それこそ、魔人族全員が一致団結して勇者と戦っているのだから、例え、最強の勇者でも手こずっているのだ。
「じゃあ、マルガは?」
「だから、私は驚いているんです。マルガは……すでに勇者の手に落ちる一歩手前です。それなのに、今になってエルガで有名なお店の支店を作らせるなどおかしいのです」
「んー……確かに。それなら支配し切ってからやればいいのにね」
「そうなんですよ。別に支店が出来るのがおかしいのではないのですが、時期がどうも……なので、マルガに行きませんか?」
「……そうだね。マルガにしようか」
エルガはルフィアが行かないと言っているので却下。
ボルガは戦争中なので却下。
アルガはそもそも入れないので却下。
ガルガは、すでに見たから後でもいいので却下。
消去法により、マルガに行くことになった。
「今ってガルガのどこら辺?」
「そうですねー……王都すら素通りしたわけですから。結構、東側にいると思います。進路を変更せずにこのまま行けば、いずれマルガに到着します」
因みに、チャーリーの時速は自動車よりも速かったりする。そんな速度で3か月半以上、走っていたのだから広いガルガでも横断出来そうな場所まですでに来ていたのだ。
「……ここまでよく俺たち、進路を決めなかったよね」
「……そうですね。もう少し早めに決めても良かったですね」
今更、自分たちの無計画さを痛感する2人だった。
それからチェックアウトして外に出た2人は街の外に出るために歩いていた。
「ん?」
その時、右側の店から賑やかな声が聞こえて魔雪はそちらを見る。その先には人だかりが出来ていた。しかし、身長の低い魔雪は人のせいで人だかりの先に何があるのか見えない。
「ルフィ、あれ何?」
「え? あー……あれは、奴隷を売ってるんですよ」
魔雪が指さした方を見てルフィアは苦々しい表情を浮かべながらそう言った。
「奴隷?」
「はい、借金をした人や親に売られてしまった人、後は犯罪者などが奴隷になってしまうんですよ」
「そうなんだ……」
地球で生きて来た魔雪はあまり奴隷制度を良く思っていない。歴史の授業などで奴隷が酷い目に遭うことを聞かされていたからだ。
「それにしても……やけに獣人族が多いですね。しかも、男ばっか」
魔雪には見えないがルフィアはギリギリ見えるようだ。
「まぁ、ここはマルガに近いから獣人族が多いんじゃない? マルガで売るよりガルガで売った方が高く売れそうだし」
「んー、確かにそうですね。獣人族は身体能力が高いですし、需要はあるみたいですよ?」
「力仕事はどこでも必要になるもんねー」
そんな会話をしながら魔雪とルフィアは街を出てチャーリーに乗った。
「あ、どうやら、この近くに村があるようですよ?」
「え? そんな近くに?」
「はい、あの山は鉱山のようで炭鉱夫たちが住んでいるようです」
少しだけ遠くにある山を指さすルフィア。
「あー……あの距離なら日帰りならちょっと遠いかもね。チャーリーに乗れば数時間で着きそうだけど」
「チャーリーって言うかマユちゃんのおかげですよね……」
「それじゃ、その村に行こっか」
実は旅に出てすぐ、魔雪たちは色々とルールを決めていた。その一つに『出来るだけ野宿はしない。街や村があったら寄る』と言うルールがあったのだ。
「はい!」
元気よく返事をしながら超弩級変態エルフは魔雪の小さな胸に手を伸ばす。
「胸揉んだら殺すよ?」
だが、その直前で魔雪から死刑申告をされてしまい、ピタッと硬直してしまう。
「は、はい……」
そして、腰に腕を回す。彼女は反省するが、やめようとしない変態さんなのである。
「じゃ、出発」
ルフィアが大人しくしていることを確認した後、魔雪は闇魔法を発動して一気に加速した。
この後、我慢出来なくなったルフィアは魔雪の胸を揉んで思い切り、ぶん殴られたのはまた別の話。




