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「あ、そこで目星お願いします」
「はいはーい。それじゃ、サイコロ振って」
「……2ですね」
「じゃあ、クリティカルなのでこちらの情報が得られました」
「これ完全に戦闘するじゃないですか! マジで死にますって!」
「大丈夫大丈夫。ダイスの女神様が微笑んでくれるよ」
「無理ですってええええええ!!」
「では、ロールプレイお願いします」
すっかり、TRPGにハマってしまった2人はサイコロとサイコロを振る台を自作し、チャーリーに乗りながらプレイしていた。基本的に魔雪が進行役、ルフィアがプレイヤーで遊んでいる。しかし、魔雪の用意するシナリオはかなり鬼畜なので未だにルフィアは生きてクリアしたことはない。
「あれ? マユちゃん、街が見えて来ましたよ?」
「え? ホント?」
体ごと(ルフィアに前方を見て貰い、闇魔法で運転していた)後ろを向いていた魔雪は首だけで振り返ると街が見えた。
「結構、短かったね」
「そうですね。食料も足りなくなって来たので買いましょうか。あ、ギルドにも行って魔獣の死体を買い取って貰いましょう」
道中、何度か魔獣の襲撃にあったのだが、ルフィアの≪カッター≫でほぼ即死。更に異空間収納に入れておけば腐ることもなく持ち運べるのだ。しかし、ルフィアは異空間収納に死体をそのまま入れるので解体は出来ない。食料が足りなくなって来た理由も魔獣を解体して食料にすればまだ余裕なはずなのだが、魔雪もルフィアもそれが出来ないので買った食料を調理するしかなかったのだ。まぁ、お金はかなり稼いだので街さえあれば食糧に困ることはないだろう。因みに魔獣の中には高級食材として扱われる物もあるらしい。
「オッケー。それじゃそれまでに最期の戦闘を終わらせようか」
「ちょっ! やめてくださいってば!!」
街が見えて来ても2人の調子は変わらないのだった。
「それじゃ、私はギルドに行って来ますのでマユちゃんは食料の方、お願いします」
「はーい」
街に入り、無事に宿も取れたので魔雪とルフィアは別々に行動することにした。
「食料食料っと」
ルフィアから貰ったお金をローブの中に入れて魔雪はキョロキョロと辺りを見渡す。
「お?」
そして、すぐに食料が売っていそうな店を発見した。躊躇なく入って行く。
「すみませーん」
「はいはーい! お? 可愛らしいお客さんだね? 何が欲しいのかな?」
店に入っても誰もいなかったので声をかけると奥から店主らしきおばさんが出て来る。
「食料をください」
「食料と言っても色々な種類があるんだよ。どんな物がいいかな?」
「そうですね……えっと、色々な種類を適当な数くれませんか? あ、これぐらいに納まるぐらいで」
食料を適当に買ってもルフィアが美味しく料理してしまうから何でもよかった魔雪はお金をおばさんに渡しておまかせすることにした。
「ッ?! こ、こんなに!? お嬢ちゃん、これをどこで?」
「え? 普通に稼いで」
「稼ぐって……冒険者じゃなきゃ、こんなには……」
「冒険者だよ」
そう言いながらギルドカードを見せる。情報は見えなくてもギルドカードを所持しているだけで冒険者だとわかるのだ。
「ほ、本当だね……よ、よし! わかった。今、持って来るからちょっと待ってて」
「はーい」
おばさんが慌ただしく、店の奥に引っ込んでから数十分後、大きな荷物を持って帰って来た。
「はい。お釣りはこれね。持てるかい?」
「うん」
お釣りを受け取り、お金が入っている袋に入れておばさんから大きな荷物を受け取る。魔雪は魔王なのでそこら辺にいる人よりも遥かに力が強かった。しかも、闇魔法の放出を上に向かって放っているので通常よりも楽に運べる。
「き、気を付けるんだよ……」
「ありがとー」
幼女が大きな荷物を軽々持っている光景に呆然としているおばさんに別れを告げて魔雪はギルドに向かった。
ギルドに着くとそこには人だかりが出来ていた。
「あー……」
これまでにも何度かこのようなことがあったので魔雪は思わず、ため息を吐いてしまう。
「ルフィアさーん!」
「こっち見てー!」
そう、原因はルフィアである。
冒険者ランクでランクS以上になるためには依頼をクリアする他に試練を突破しなければならない。
ランクSはドラゴンを1人で討伐。
ランクSSは国に認められるほどの功績を残すこと。
ランクSSSは――勇者を倒すこと。
しかし、勇者は最強と言えるほど強い。実際、魔広の強さは計り知れなかった。鎧を破壊することが出来なかったら魔雪たちは負けていただろう。
つまり、ランクSSSは今現在、ルフィアしかいないのである。そして、ランクSSSにもなれば新聞に大きく載るだろう。勇者が初めて討伐されたのだから。
しかも、ルフィアはランクSだったので、国に彼女の情報が残っていた。ギルドカードの情報もそうだが、顔写真もあったのだ。
結果、新聞には勇者が討伐され、初めてのランクSSSになったという記事とルフィアの顔写真が載ったのである。
「み、皆ー! 迷惑になるから落ち着いてー!」
まぁ、簡単に言えばルフィアは超有名人なのだ。それこそ、今のように人に囲まれてしまうほど。
(ホントに……ランクSSSにならなくてよかった……)
魔王だとばれてしまうからランクSSSになれなかった魔雪はならなくてよかったとホッと安堵のため息を吐きながら人をかき分けてギルドの中に入って行く。
「ルフィアさーん! 食料、買って来ましたよー!」
そして、慌てている彼女に敬語で声をかける。
「え? あ、マユちゃん。お疲れ様でし……お疲れ様。ありがとね」
魔雪に気付いたルフィアはタメ口でお礼を言う。ランクSSSの有名人にタメ口で話しかけたら周りの人にバッシングされるだろう。ルフィアも魔雪に敬語で話しかけてもマズイことになる。ランクSSSの彼女が敬語で話すほどの強者と思われたら魔雪が魔王であることがばれてしまうかもしれないからだ。
「何、あの子?」
「可愛いー!」
「ルフィアさんの弟子か?」
作戦は上手くいったようで周りの人は口々にそう言っている。
「すみませんが、こちら収納してくれませんか?」
そんな人たちを放っておいて魔雪は荷物を重そうに地面に置いた。これぐらいの演技、魔雪にとって呼吸するのと同じぐらい簡単なことだった。
「りょうかーいっと」
それを聞いてすぐに時空魔法を使って荷物を異空間に収納する、ルフィア。それを見た人々は感嘆の声を漏らす。
「あ、すみませーん! そろそろ帰りますので、そこ通してくださーい!」
まるで、ボディガードのように魔雪が人々に呼びかけると時空魔法を見られたから満足したのか人々は素直に従った。これも魔雪の作戦通りである。適当に魔法を見せれば人々が満足するのを知っていたのでわざわざ、ここで荷物をルフィアに収納させたのだ。
「ルフィアさん! 頑張ってください!」
「勇者を倒して!」
「がんばってー!!」
「あ、あはは。ありがとー……」
ルフィアは引き攣った笑顔を浮かべ手を振りながら愛想をふりまいている。
それからも道を歩いているだけで色々な人に話しかけられる度に足止めを喰らい、宿に着いた頃には日も沈みかけていた。
「……あぁ、疲れた」
宿に到着し、予約した2人部屋に入ってすぐルフィアはベッドに倒れ込む。
「お疲れー。ホントに大変そうだね」
さすがに魔雪もルフィアに同情していた。将来、俳優になって有名になったらあんなことになるのかと、ちょっとだけ不安にもなっていたりする。
「マユちゃんにタメ口で話すとか……もうしたくないです」
ルフィアが疲れた原因は主にそれだった。彼女にとって魔雪はそれほどの存在なのだ。
「そっちなんだ……」
「そうですよ!! マユちゃんは私にとって目指すべき存在なのです!!」
「何で? こんな幼女なのに」
「マユちゃんは自分の才能に気付くべきです! 演武演劇、無詠唱魔法、そして、その可愛らしさ! その全てが私を凌駕しているではないですか!!」
「そうかな? 演武演劇はただ演技してるだけだし、無詠唱魔法だって何となくでやってるだけだし、可愛らしさに至っては望んでこんなになったわけじゃないよ」
『むしろ、男に戻りたいほどだ』とは言えなかった。すでに男に戻る方法があるからである。ただ、戻った瞬間にルフィアに襲われるからならないだけだ。
「それでもです!」
「それなら、ルフィアだって色々な魔法が使えるし、知識だって豊富じゃん。綺麗だし」
「きれっ!?」
魔雪の直球な褒め言葉にルフィアは顔を真っ赤にしてしまう。今の魔雪は幼女だが、中身は男だと知っているので思わず、胸がときめいてしまったのだ。
「つまり、人の良さは人それぞれだってこと。確かにルフィからしたら俺はすごい存在なのかもしれないけど、俺からしたらルフィも十分すごいんだからね?」
「そ、そうですが……」
「まぁ、『こんな俺を目指すなっ!』とかは言うつもりもないけどね。むしろ、そう思ってくれたことは嬉しかったし。ただ、自分を見失っちゃ駄目だよって言いたかっただけ」
彼は少しだけ心配していたのだ。彼女が自分のようにならないか。
「わかりました! 私は私らしくマユちゃんを目指しますね!」
「そうそう、その調子」
「じゃあ、まずはマユちゃんの胸をちゅーちゅーさせて――ふごっ!?」
「そのルフィらしさは要らない」
変態の顔面に拳を叩き込み、魔雪はため息を吐いた。それでいて、少しだけ安心した。
“俺って……どんな奴だっけ?”
その時、一瞬だけ、過去の出来事が脳裏に蘇り、感情の魔王は思わず、奥歯を噛み締める。
もう、あんなことにならないと決意しながら。




