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「おらっ!!」
勇者が片手で持った剣を横薙ぎに振るう。
「ッ!」
それを魔雪は両足に靄を纏わせてジャンプして躱した。すかさず、空いた手で火球を飛ばす勇者。
――ババンッ!!
左手を上に、右手を下に向けて斥力の靄を噴出させる。すると、魔雪の体がグルリと側転をするように回転して、火球を回避しその回転力を踵に乗せて勇者の脳天に落とす。
「へっ!」
それを笑いながら剣で受け止める。
「≪サンダー≫!」
そこへルフィアが雷撃を飛ばして追撃。この3週間弱で魔雪とルフィアのコンビネーションは格段に上がっていた。
「効かねーよ」
しかし、魔雪の踵を受け止めていた勇者はその雷撃を裏拳で弾き飛ばした。模擬戦の時、魔雪がやった時のように。
「ふんっ!」
踵に纏わり付いていた靄の量を増やしてその場で後方宙返りする魔雪。すぐに着地して地面を蹴り、勇者の懐に潜り込んだ。
「やっぱ、面白れーな! 魔王!!」
戦闘が始まってからまだ5分と経っていない。そんな短い時間で勇者は魔雪を魔王だと看破していた。だからこそ、笑っているのだ。面白い戦いになりそうだから。
懐に潜り込まれた勇者はすぐに剣で応戦しようとする。そこで――。
「≪ウィンディ≫!」
――ルフィアが突風を起こした。魔雪の背中に向かって。
「ッと!?」
風に背中を押されて魔雪が加速して思わず、目を見開いてしまう勇者だったが、慌てず重心を低くして剣を横に構える。
――ガンッ!
魔雪の拳と勇者の剣が衝突し、衝撃波が発生した。
「≪アクアショット≫!」
すかさず、ルフィアの攻撃。水の塊をいくつも天井付近まで撃ち上げて一気に勇者に向かって射出する。身長の低い魔雪の頭上を通り越して勇者の顔面に当たる軌道だ。
「はぁッ!!」
それを見て剣を下にずらす。すると、魔雪の拳も下に移動して彼のバランスが崩れてしまった。しかし、勇者は攻撃を仕掛けずに剣を床にぶつけてその勢いを利用し、魔雪の上を前方宙返りで通り過ぎて行く。そのせいで、バランスの崩れた魔雪は3歩ほど前進――≪アクアバレット≫の射線上に立ってしまった。
「シッ――」
でも、魔雪は焦っていなかった。振り返って迫り来るいくつもの≪アクアバレット≫を靄が纏わり付いた両手で勇者に向かって弾く。無防備な勇者の背中に≪アクアバレット≫が迫る。
「――」
≪アクアバレット≫の方に体を向けて全て、斬り捨てた。
「はああああああああっ!!」「≪サンダー≫!!」
全ての≪アクアバレット≫を凌いだ時には魔雪は勇者の目の前で拳を引き、ルフィアは勇者の背中に向かって雷撃を放っていた。
もし、勇者が回避行動を取っても≪サンダー≫を魔雪が物理的に軌道修正すればいい。
「……へへっ」
しかし、勇者は回避行動を取らず、魔雪の拳を剣で受け止めた。つまり、≪サンダー≫を背中で受けたのだ。
「えッ!?」
だが、ルフィアの≪サンダー≫は何かに弾かれたように霧散する。
「魔法は効かねーんだよ!!」
「くっ!」
そう言いながら魔雪に火球を飛ばす。仕方なく、魔雪は空いた手で火球をタッチし、軌道をずらしてやり過ごす。その隙に身を引いて魔雪から距離を取る勇者。
「しっかし……魔王の魔法は面倒だな。攻撃にも良し。防御にも良し。機動力も良し。正直、やり辛いぜー。なら……戦い方を変えるか」
ブツブツと呟いていた勇者は魔雪ではなくルフィアの方へ走り出す。倒しやすい方から倒そうとしたのだ。
「≪フライ≫!」
体を浮かせてホバリングし、右へスライド移動するルフィア。実際に走るよりもずっと速いが、勇者に追い付かれてしまう。
「死ねッ!」
「≪プロテクト≫!」
勇者の剣を空間を固めて受け止めるが、ルフィアはその衝撃波で吹き飛ばされてしまう。
「まだまだッ!」
「お前の相手はこっちだっての!!」
態勢を立て直そうとしているルフィアに追撃しようとする勇者だったが、その間に魔雪が割り込んで裏拳を放つ。ルフィアを殺すことに夢中で勇者はその裏拳を受け止められずに鎧にヒットする。
「ッ!?」
だが、吹き飛ばされたのは魔雪だった。背中から地面に叩き付けられてしまい、肺から酸素が漏れる。
「あ、ゴメンゴメン。言い忘れてたな。俺は鎧の勇者……この鎧がある限り、俺には物理攻撃も魔法攻撃も効かねーから。だって、無効化しちまうんだからよ」
困惑しつつも立ち上がろうとしている魔雪に勇者が丁寧に説明する。鎧の勇者専用ユニークスキル、【絶壁】。鎧を着ている間、このスキルを持っている者にどんな物理攻撃も魔法攻撃も無効化してしまうスキルだ。
「そ、そんな……」
それを聞いてルフィアは愕然としてしまう。物理攻撃も魔法攻撃も効かない相手など無敵に決まっている。
「油断してると死ぬぜ?」
「……ッ」
絶望で体が硬直していたルフィアの前に勇者が剣を振り上げた状態で立っていた。そして、彼女が息を呑んでいる間に無造作に剣を振り降ろす。
――ガンッ!!
しかし、それを魔雪が両腕をクロスして受け止めた。もちろん、靄を纏わせて剣の威力を殺している。それでも、凄まじい威力なのだが。
「ま、マユちゃん!?」
「ルフィア……まだ、諦めるなよ……何か、方法があるはずだ……ぐっ、あああああああ!!」
絶叫しながら勇者の剣を吹き飛ばす。その勢いに逆らわず、勇者は一度、魔雪たちから距離を取った。
「でも……攻撃が通用しないんですよ!?」
「まだだ! まだ絶望するには早い!」
「じゃあ、どうするんですか!?」
「……少し試したいことがある。もう一度、≪アクアバレット≫を撃ってくれないか?」
「……わかりました」
「作戦会議は終わったかぁ?」
魔雪がルフィアから離れたところで話しかけて来る勇者。
「ああ……行くぞ!」
そう言って地面を蹴り、勇者へ突っ込む。
「≪アクアバレット≫!」
その後すぐにルフィアが≪アクアバレット≫を先ほどと同じように天井付近まで浮上させてから撃った。
「それはもう通用しないぜ?」
勇者は笑いながら魔雪をジッと待ち構える。そこで魔雪の動きに違和感を覚えた。
(何で、あいつ……右腕を横に伸ばしてるんだぁ?)
そう、魔雪は右腕を横に伸ばしながら走っているのだ。更に右手の平は天井に向かっている。その右手には紫色の靄。
「喰らえッ!」
不思議に思っていると突然、上空にあった≪アクアバレット≫の一つが魔雪の目の前に落ちて来たのだ。そして、すぐに左手を≪アクアバレット≫に突っ込み、斥力で爆散させて水しぶきを勇者にぶつけた。
右手に纏わせた靄の引力で≪アクアバレット≫を引き寄せ、左手の斥力を使い、内部から爆発させたのだ。
「うわっぷ!?」
水しぶきをまともに受けた勇者は全身びちゃびちゃになってしまう。鎧もそうだが、その鎧の下に着ていた服が水を吸って重たくなってしまったのが痛い。
「いっけ!!」
動きを止めた勇者の顔面に向かって魔雪が渾身の右ストレートを放つ。鎧部分以外なら攻撃が通用すると思ったのだ。
「だから、効かねーって!!」
しかし、その推測は外れていた。顔面にパンチを喰らったのに勇者は吹き飛ばされることはおろか、魔雪を弾き飛ばしてしまったのだ。
「くっ……」
「言っただろ? 鎧を着ている間は全ての攻撃が無効なんだよ! あーあ、こんなにびちゃびちゃになっちまったじゃねーか……お前ら、もういいよ。殺す」
水浸しになったことが相当、嫌だったようだ。勇者はずっと浮かべていた笑みをなくし、一瞬にしてルフィアの目の前に移動した。
「……え?」
ルフィアと勇者はかなり離れていたのだ。それなのに、たった一瞬で目の前に現れた勇者。彼女が呆然としてしまうのも無理はない。
「勇者ってのは、ぶっ飛んでるんだよ。だから、手加減するのもしんどいんだよ。それじゃ、さよなら」
つまり、ただの身体能力であの距離を移動したのだ。だからこそ、勇者はこれまで倒されて来なかった。ユニークスキルもそうだが、ただ単純に強すぎるのだ。
勇者は軽く剣を振り降ろした。しかし、それだけでもルフィアの命を刈り取るのに十分だった。
――ザシュッ。
返り血が勇者の顔や鎧に飛ぶ。
「……なるほど。ぶっ飛んでるのは勇者だけじゃなかったってことだなぁ」
顔に付いた返り血だけを手で拭いながら勇者が感心したように呟いた。
「……ああ、そうだよ。魔王だってぶっ飛んでんだ」
「ま、マユちゃん!?」
叫ぶルフィアの前に胸から腹にかけてバッサリ斬られて血を流している魔雪がいた。彼も魔王の身体能力をフルに発揮し、勇者の剣をその身で受け止めた。もう少し早ければ腕で受け止められたのだが、勇者の動きを見て驚愕のあまり、動けなくなってしまい、少し出遅れたのだ。
「まぁ、その行為は褒めてやる。じゃ、死ね」
今度は剣ではなく、裏拳のように軽く右腕を払う。それを右腕で受け止めたがその勢いを殺し切れず、吹き飛ばされ壁に叩き付けられてしまう魔雪。
「く、そ……」
壁から地面に落ちた後、そのまま彼は意識を失ってしまった。




