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背後から変な声が聞こえたような気がしたが、気にしたら負けだと思ってチャーリーに乗っている魔雪とルフィアはその声に関して無視することにした。
「おっと」
チャーリーが大きく揺れて思わず、声が漏れてしまう。やはり、マウンテンバイクと言っても自転車なので塗装されていない道では走り辛いのだ。
「マユちゃん! 魔獣が!」
その時、後ろに乗っていたルフィアが迫って来ている魔獣に気が付く。
「ルフィ! 魔法で追っ払って! でも、出来るだけ魔力は温存!」
「わかりました! ≪ウィンディ≫!」
魔雪の指示通り、突風で魔獣を吹き飛ばすルフィア。しかし、次から次へと魔獣が集まって来る。何度か≪ウィンディ≫で吹き飛ばすもとうとう、チャーリーに肉薄されて思い切り、体当たりされてしまう。
――ドンッ!
だが、ぶっ飛んだのは魔獣の方だった。魔雪がチャーリーの車体に闇魔法の靄を纏わせていたからである。
(でも……このままじゃ……)
確かに、魔獣の攻撃は弾き返せるが、何度も体当たりを喰らっているといずれチャーリーが壊れてしまう。そうなってしまっては魔力をかなり消費してしまうルフィアの≪フライ≫で砦に向かうしかない。しかも、飛んでいる魔獣の相手をしながらだ。魔法が使えるルフィアならいいが、攻撃手段が殴るしかない魔雪には不利な戦闘である。
「くっ……」
前から突進して来た魔獣を何とか回避する魔雪。
「≪カッター≫!」
ルフィアも側面や背後から攻めて来る魔獣の相手で忙しそうだ。正面の敵は彼が何とかしなくてはならない。
(まさか、自転車でカーチェイスみたいなことをするとは、な!!)
ハンドルを巧みに操って魔獣の体当たりを躱し続けている魔雪は心の中で悪態を吐く。
「なっ!?」
魔獣を躱した直後に別の魔獣が飛びかかって来た。これは、躱せない。このまま体当たりを貰えば、チャーリーが大きく揺れて転倒してしまうこともある。
「ッ――」
その時、ハンドルに付いていたボタンに触れた。そのボタンの色は赤。それに気付いて本能的にボタンを押す。その刹那、ハンドルの中央部分が変形し始め、小さな箱(ママチャリで言えば籠がある場所)が出現した。
――ビヨーン!
「キャウンッ!?」
そして、その箱から赤いグローブが飛び出し、飛んで来た魔獣に激突して飛んで行ってしまった。グローブにはバネのような物が付いており、魔獣を吹き飛ばした後、箱の中に戻った。
「え、えっと……よ、よし!」
何故、自転車が変形するのか。何故、赤いグローブなのか。そこら辺のことは後で考えることにして思わぬ武器を手に入れた魔雪は何度も赤いボタンを押して飛んで来る魔獣を返り討ちにする。グローブを回収している間に攻撃して来た魔獣は躱して対処した。
「ッ! ま、マユちゃん! 前! 前えええええ!」
それに夢中になっているとルフィアが突然、悲鳴を上げる。目の前で何十匹もの魔獣が固まってスクラムを築き上げていたのだ。闇魔法である程度は弾き飛ばせてもこの数を相手にするのは厳しい。さすがの魔雪もこれには焦った。
「ど、どうする!?」
「どうすると言われましても! ≪フライ≫でチャーリーごと浮かせますか!?」
「そんなことしたらすぐにルフィの魔力がなくなっちゃうよ!」
「では、どうするんですか!?」
「ええい! ジャンプして躱す!!」
スクラムまでもう少しというところで、魔雪は闇魔法でチャーリーを思いっきり、ジャンプさせた。タイヤに纏わり付いている靄の性質を斥力に切り替えたのだ。
「「ッ!?」」
本来ならばジャンプするだけでスクラムは躱せただろう。しかし、魔雪たちの前に立ちはだかったスクラムは――縦に長かった。つまり、魔雪たちが見ていたのはほんの一部でその後ろに魔獣たちが押し競饅頭をするかのように待機していた。もちろん、着地地点にもたくさんいる。
「ま、マユちゃああああああああああああん! どうにかしてくださああああああいいいい!!」
ルフィアは涙目になって絶叫した。そりゃ、眼下に広がる魔獣の絨毯を見れば泣きたくもなる。
「っ! これだっ!」
そう言いながら魔雪がハンドルに付いている緑のボタンを押す。すると、タイヤを支えている金属の支柱が伸びた。それと一緒にタイヤも動く。そして、ルフィアの足が巻き込まれないほどまで伸びたタイヤが傾いて地面と平行になり、プロペラのように回転し始めた。それと同時にチェーン部分も変形していたようだが、乗っている魔雪たちにはよく見えなかった。
「ルフィ! 追い風!!」
プロペラのおかげでチャーリーが浮遊し始めたのを見てすかさず、ルフィアに指示を飛ばした。
「≪ウィンディ≫!」
魔雪の狙いを察したのかすぐに風魔法を唱えて、追い風を発生させる。チャーリーは追い風に押されてスピードを上げた。
「マユちゃん! このままじゃ、飛行型に襲われますよ!?」
ルフィアが忠告した矢先、飛行型の魔獣がこちらに向かって飛んで来た。
「……あのさ。一つ、言っていい?」
それなのに魔雪は回避行動を取らない。
「どうしたんですか?」
「……これ、真っ直ぐにしか進まないみたい」
自転車が曲がるのはハンドルを切ってタイヤを傾けるからである。しかし、空中にいてしかもハンドルを操作してもタイヤは地面の平衡のままなので傾くこともないから飛行中のチャーリーは基本的に真っ直ぐにしか進めないのだ。
「そんなっ! ああ、もう!! ≪サイクロン≫!!」
まさかの展開に心を乱したルフィアは中級級魔法で魔獣をズタズタに引き裂く。
「っ! それだよ! ルフィ、≪サイクロン≫ってどれくらい操れる!?」
「≪サイクロン≫ですか? 大きさと長さと……向きですかね?」
「じゃあ、≪サイクロン≫を砦まで伸ばしてその中を進む! これだけ言えばわかるよね!?」
「な、なるほど!! ≪サイクロン≫を攻撃ではなく壁として使うんですね! わかりました!! ≪サイクロン≫!!」
魔雪の作戦に気付いた彼女がワードを唱えた。≪サイクロン≫は無事に発動し、砦の近くまで竜巻が伸びる。魔雪たちはその竜巻の中にいた。
竜巻の中心部では回転はしないものの、上昇気流が発生している。でも、それは竜巻が縦に伸びている状態の話だ。では、横に伸びている竜巻の場合、どうなるのか? もちろん、出口の方へ気流が流れている。今回の出口は砦なので、チャーリーは風に乗って更に速度を上げた。
「ま、マ、ユ、ちゃ……い、きが……」
速度が上がった分、魔雪とルフィアを向かい風が襲う。それは息すら出来ないほど勢いが強かった。
「はァっ!」
急いで、闇魔法を前方に展開させる。斥力を使って風を防いだのだ。
「はぁ……はぁ……助かりました」
「このまま一気に行くよ!」
「は、はい!!」
それから数分とかからずに砦に到着する。
「ルフィ、一気に突入するからしっかり掴まってて!」
「ッ!? わかりました! では、桜色の突起物がある場所を――」
「ぶん殴るぞ?」
「――マユちゃんの可愛らしいお腹に掴まりますね!!」
漫才をしている間にもう目の前まで砦の入り口が迫っていた。その入り口は大きな扉で閉じられている。
「行くよ!」
タイミングを見計らって魔雪はグローブを扉に向かって射出する。そのグローブには闇魔法の靄が纏わり付いていた。
――バンッ!!
グローブが扉にぶつかると扉は吹き飛んでしまう。そして、魔雪たちは砦の中に入ることが出来た。
「うわっ!?」「きゃあっ!?」
しかし、衝撃が強かったため、バランスを崩したチャーリーはコントロール不能となり、魔雪とルフィアは空中に投げ出されてしまう。
「ふ、≪フライ≫!!」
咄嗟に自分と魔雪に魔法をかけて難を逃れた。
「ルフィ! 入り口を塞いで!」
ゆっくりと降下している時、魔獣たちが砦に侵入しようとしているのに気付いた魔雪が叫ぶ。
「≪アイスウォール≫!!
ルフィアがワードを唱えた刹那、入り口が氷の壁で覆われて隙間を埋める。しかし、所詮、氷の壁だ。すぐに壊されてしまうだろう。
「≪プロテクト≫!」
だから、彼女は苦手な時空魔法の中で使えるワードを唱えた。≪プロテクト≫は対象の空間を固めて何倍にも頑丈にする魔法である。そのおかげで魔獣が氷の壁を攻撃してもビクともしなかった。
「……はぁ。やっと着いたぁ」
緊張の連続だったので、地面に降り立った魔雪はそのまま、へたり込んでしまう。
「もう、あんなことしたくないですね……」
チャーリーを回収したルフィアも疲れ切ったような表情を浮かべていた。因みにチャーリーにも最初から≪プロテクト≫をかけていたので無傷だったりする。
「さて、砦に入れたけど……誰もいないね」
そう言いながらキョロキョロと周囲を見渡すが人影はおろか、物音一つしない。まぁ、砦の入り口なので何もないのだが。
「そうですね……砦には結構な人数、住んでいましたからおかしいです」
「しょうがない。探索しよっか」
そう言って歩き出そうとした瞬間、何かを感じ取り、右に飛んだ。
――ドンッ!
先ほどまで魔雪がいた場所に火球が炸裂する。
「へぇ……あれを躱すのか。少しは楽しめそうだなぁ」
声が聞こえた方を見ると銀色の鎧を着た青年がニヤニヤしながら立っていた。
「ッ……鎧の、勇者……」
それを見て呟いたルフィア。その顔は酷く歪んでいる。
「おや? エルフ? いやぁ、まさかこんなところで会えるとはなぁ」
そんなルフィアを見て青年は口元を緩ませ、笑う。その笑みはとても歪んでいて気持ち悪かった。
「どう? 皆、元気してる? あ、ゴメンゴメン! もう――皆、死んだんだっけ?」
「勇者ああああああああああああああああああ――ブヘッ!?」
勇者の挑発に乗り、咆哮しながら走り出すルフィアは途中で誰かに殴られた。
「落ち着けっての」
もちろん、魔雪である。
「いたた……何するんですか!?」
「お前、学習しろよ。あのまま、突っ込んでもやられるだけだろうが」
「ほう? そっちのちっこいのは出来そうだな」
「ちっこいは余計だっての。ところで、勇者様? こんな陳腐な砦に何の御用で?」
「何。エルガを支配したから今度はガルガって思っただけだ。で、このカルテンはガルガの中で一番、西にある街。まずは手始めにここを支配しようと思ってな」
エルガを支配した。つまり、ルフィアの母国はすでにこの勇者に支配されていたのだ。
「くっ……」
そのことを知っていたのかルフィアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
(なるほど……)
ルフィアは勇者を憎んでいるような素振りを何度も見せていた。だからこそ、儀式召喚魔法で化物を呼び出し、勇者を殺そうとした。その理由はもちろん、勇者に支配されてしまったエルガの人々を救うため。
ルフィアは元々、ガルガにこんなに長く住むつもりはなかった。一時的に冒険者としてガルガに住み、経験をある程度積んだらエルガに帰って来るつもりだったのだ。しかし、30年ほど前、エルガに勇者が現れ、暴れていると知らせが来てエルガに帰って来るな、と両親に言われてしまい、帰ろうにも帰れない状況に陥ってしまったのだ。勇者の顔を知っていたのはその手紙と一緒に勇者の顔が映った写真(写真もモグボルーツに伝わっている)を貰っていたからである。
「しっかし……砦って言っても皆、雑魚過ぎて欠伸が出ちまうよ……なぁ? ちっこいの。お前は、俺を楽しませてくれるのか?」
「どうだろうなぁ?」
勇者の問いかけに対し、首を傾げる魔雪。それを見てルフィアは気付いた。
(マユちゃん……もう、演武演劇を?)
そう、魔雪がルフィアを殴ることが出来たのは演武演劇を使っていたからである。演武演劇を使っている間、魔雪の口調は安定しない。だからこそ、ルフィアは気付いたのだ。
「何だぁ? 自信ないのか?」
「いや、何……お前がマゾだったら楽しめるよねって話だよ」
「……言ってくれるじゃねーか。ちっこいの!!」
そう叫んだ勇者は地面を蹴って魔雪に攻撃を仕掛ける。
「これから勇崎 魔雪による演武演劇を始めさせていただきます。それでは、ごゆっくりお楽しみください」
魔雪もいつもの台詞を口にしながら闇魔法を使って一気に前に跳んだ。
「はああああああああああっ!!」「やああああああああっ!」
勇者は銀色の剣を振り降ろし、魔雪は紫色の靄が纏わり付いた拳を剣に合わせて突き上げる。
そして、感情の魔王と鎧の勇者の戦いが始まった。




