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「何でっ! 何でっ!!」
空を全速力で飛行しているルフィアは何度も大声で悪態を吐いていた。
(どうして、こんなところまで来るの!)
彼女が向かう先に見えるのは西側を守っている砦だ。しかし、いつもと様子が違う。
「何で!!」
その砦から灰色の煙が上がっているのだ。それだけで砦に何かあったのかは明白。そして、ルフィアは3日前に魔雪からゴブリンの話を聞いてカルテンの街全体にトラップを仕掛けていた。トラップと言っても侵入者がカルテンの街に近づいて来たらルフィアに伝わる風魔法――≪エマージェンシー≫なのだが。
しかし、ルフィアが焦ったのはトラップが作動したからではない。トラップが作動してすぐに砦の方から爆音が聞こえたからだ。彼女は普段から風魔法を使って周囲の匂いや音を集めて索敵していた。だからこそ、微かに音が聞こえたのだ。
「ッ!」
砦の周囲にたくさんの魔獣がいるのが見える。
トラップが作動してから砦が襲撃されるまでの時間。
魔獣の大量発生。
それだけで、ルフィアは全てを理解した。
「何で……どうして、こんなところに勇者が!?」
そう、砦にあの勇者が攻めて来たのだ。
そもそも、勇者は何のために悪さをするのか? それはまだ解明されていない。だが、勇者に関する研究は今でも進められており、色々判明したことがある。
勇者は異世界から召喚される。
勇者はモグボルーツを支配しようとする。
勇者の周囲には魔獣が大量発生する。
勇者の強さとは固体の話でもあるが、勇者に辿り着くまで魔獣と戦わなければならないのだ。だからこそ、勇者は今でも倒されずに好き勝手やっている。
「くそっ! くそっ!!!」
勇者が砦に攻め込んで来たとわかるとルフィアは普段の彼女からは想像できないような形相で叫びながら飛行を続けた。怒り狂っていた。
だからだろう。冷静ならすぐに気付いたはずだ。
「――ッ!?」
ルフィアの背後から飛べる魔獣が攻撃を仕掛けていたことに。
「きゃあっ!?」
気付いた頃には遅く、ルフィアは魔獣の鉤爪攻撃を背中にまともに喰らってしまう。その反動からか体を回転させながら吹き飛ばされてしまい、凄まじい勢いで地面に向かって背中から叩き付けられた。
「……あれ?」
無防備な背中を鉤爪で攻撃され、背中から地面に叩き付けられたのにルフィアはそこまでダメージを受けていなかった。
「ギャァァァァァァッ!」
それどころか攻撃した魔獣の爪が粉々に砕けていて悲鳴を上げている。
「な、何が……」
「――全く、少しは落ち着いてよ。ルフィ」
「え!? マユちゃん!? どこ!?」
ここにいるはずのない愛しき幼女の姿を探すためキョロキョロと辺りを見渡すが、天使はどこにもいなかった。
「ここだよ。ここ」
しかし、確かに魔雪の声が聞こえる。その方向は――背中からだ。
「いやー、吃驚したよ。ルフィったら後ろから魔獣が迫って来てるのに全く、気付かないんだからー」
ピョンとルフィアの背中から降りた魔雪が周囲に魔獣がいるのにのん気に言う。
「ど、どうして……ここに?」
「そりゃ、ルフィの背中にくっ付いて来たんだよ。文字通り、ね」
そう言って魔雪の両手に紫色の靄が纏わり付いた。
ルフィアが飛び立とうとした瞬間、何とか彼女の背中に触ることが出来た魔雪は闇魔法の引力を使い、彼女の背中に貼り付いていたのだ。普通ならば、気付けるのだがルフィアは冷静ではなかったので気付くことなくここまで来てしまった。
そして、魔獣の攻撃を斥力で弾き飛ばして爪を粉々にし、これまた斥力でルフィアが背中から地面に叩き付けられた時に衝撃を0にしたのだ。
「でも、何で……」
「そりゃ、突然、飛んで行こうとしたら何があったのか気になるじゃん? ああ、それと”ルフィア”」
最後だけ、彼は酷く声を低くした。
「ッ……は、はい!」
たったそれだけでルフィアは背筋を凍らせて返事を返した。
「勝手に行くな。後、冷静になれ。冷静にならなきゃ、何も視えないぞ?」
そう忠告する魔雪の顔は無表情だった。
「ご、ごめんな、さい……」
「……それでよし!」
無表情から笑顔に戻った魔雪だったが、ルフィアはそれどころではなかった。
(な、何……今の?)
前、ギルドで魔雪に注意をされた時、低い声を聞いた。
体を撫で回していたことがばれた時なんか魔雪は苦笑しながら注意していた。
だが――今の魔雪はとんでもなく、恐ろしかった。確かに声が低くて顔も無表情なだけなのだが、底知れぬ何かを感じ取って心の底から恐怖した。逆らってはいけない。何か、妙なことを言ってしまったら一瞬にして塵にされてしまう。私は彼に忠誠を誓わなくてはならない。そう感じていた。
「さてと……それじゃ、行きますか」
呆然として座り込んでいるルフィアに手を差し伸べながらそう言う彼。
「え? どこに?」
「決まってるよ。勇者を、倒しにね」
元々、魔雪はルフィアに言われていた。“世界を救ってください”、と。それを今から果たしに行くだけ。彼の中ではそうとしか思っていなかった。
「あ、でもルフィ? 今度は勝ってに行っちゃ駄目だからね? 俺たちは仲間なんだから」
「ッ……」
仲間。その言葉を聞いてルフィアは初めて魔雪が怒った理由がわかった。
彼はただ、仲間としてルフィアと一緒に戦いたかったのに彼女はそれを踏み躙って独りで突っ走ったのだ。だからこそ、魔雪は怒った。
「もちろんです! 私はマユちゃんの仲間ですから!!」
そう言いながらルフィアは仲間の手を取って立ち上がる。
「そうそう! それじゃ、早速、勇者を倒しに……の前に、こいつらをどうにかしなくちゃね」
「……ええ、そうですね」
魔雪たちの周囲には魔獣が集まり出していた。ルフィアの殲滅魔法で切り抜けるしかないようだ。
「≪エコーボイス≫」
だが、ルフィアが杖を取り出した瞬間、横から飛んで来た衝撃波に魔獣たちが吹き飛ばされる。
「おやおやー? 魔王様たちもー、魔獣狩りー?」
質問しながらギルドマスターが2人の傍に着地した。
「「ギルドマスター!?」」
あまりにも唐突に現れたので魔雪とルフィアは声を揃えて叫んでしまう。
「そうだよー、ギルドマスタだよー」
「こ、こんなところで何を?」
「もちろん、大量発生した魔獣の殲滅ー。この数を相手にするのは普通の冒険者じゃ面倒だからねー。私の音響魔法で一気に吹き飛ばすことにしたのー」
先ほど、魔獣たちを吹き飛ばしたのはギルドマスターのようだ。
「じゃあ、私たちも――」
「駄目ー」
慌ててワードを唱えようとしたルフィアを止めたギルドマスター。
「魔王様たちはー、砦の方をー、お願いー」
「で、でも……」
「魔王様なら、倒してくれますよね?」
その一言だけで、砦に勇者が攻め込んで来ていること。ギルドマスターでは勇者に勝てないこと。そして――勇者に対抗できるのは魔王である魔雪だけだということ。全てを察ししているのだとわかった。
「……うん、任せておいて。ルフィ、チャーリー」
「は、はい!」
異空間からチャーリーが出て来て魔雪は素早く、乗る。
「ほら、後ろに乗って!」
「ッ!? し、失礼しまーす!」
荷台に跨り、ルフィアは魔雪の体に腕を回す。
――むにゅっ。
――ドンッ!!!!
その直後、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
「……早くしろよ?」
鋭い眼光で胸を押さえながら魔雪がルフィアを促す。胸を揉まれたのだ。魔雪は幼女でも何故か、胸はあった。まぁ、それでも幼女にしてみればだが。
「は、はひぃ……すみません……」
思い切り、闇魔法の靄を纏った裏拳を鼻に喰らったので骨が粉々に砕けているルフィアは回復魔法を鼻にかけながら再び、荷台に乗り大人しく彼の腰にしがみ付いた。
「では、行って来まーす」
ギルドマスターに別れを告げて魔雪たちは砦に向かう。
「……全くー、こんな時でもー、変態なことするなんてー」
チャーリーに乗って砦へ向かう(魔王だからかものすごいスピードだ)2人を見送ったギルドマスターは苦笑いを浮かべながらため息を吐く。
「さてー、こちらもー、やりますかー」
魔獣が集まり出しているのに気付いてギルドマスターは懐から1本の小瓶を取り出した。もちろん、中身は魔雪の血液である。
「まずは≪エコーボイス≫、≪音響増幅≫、≪インパクト≫っとー」
音響魔法は自分の声を増幅させ、衝撃波を生み出し攻撃する魔法である。この魔法の性質は壁も貫通することだ。更に声が大きければ大きいほどその威力も射程距離も上がる。
魔雪の血液には吸血種だけにだが、魔法の威力増加と魔法の範囲増幅の効果がある。この3週間、無駄に股から透明な液体を迸っていたわけではない。
因みに≪エコーボイス≫は声を衝撃波に変換する魔法。
≪音響増幅≫は声の大きさを増加させる魔法。
≪インパクト≫は衝撃波を貫通させる魔法。
魔法がきちんと発動しているのを確認(それだけで100体以上の魔獣が吹き飛んで内臓がぐちゃぐちゃになった。≪インパクト≫で体内にまで衝撃波が伝わったのだ)して背中から黒い翼を生やし、飛んだ。
「ではー、いただきまーす」
頬を紅くしてギルドマスターは勢いよく魔雪の血液を飲んだ。そして、股から透明な液体が迸る。
「あ、アァァァァ~ンッ!!!!」
――バアァァァァァァァァァァンッッ!!
そして、喘ぎ声で周囲にいたほとんどの魔獣を倒してしまった。
その日、ギルドマスターのギルドカードに【喘ぎエクスプロージョン】という称号が付いたとか付かなかったとか。
シリアス回なのにギャグで終わらせると全体的にギャグ回に見える不思議。




