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ゴブリンが街に侵入した日から3日ほど過ぎた。今日も魔雪とルフィアは森に向かって依頼をこなしている。
「それにしても、ランクC以上の依頼ってほとんどないんだねー」
今日は森に住んでいるサル(フォレアスマンキーという魔獣)を倒すというランクDの依頼だ。そして、その依頼も軽くクリアして街に戻っている最中である。実は、カルテンの森にはランクC以上の魔獣はほとんどいない。そのため、いくら依頼をこなしても魔雪のランクはBに上がらないのだ。まぁ、魔雪たちの目的は資金集めなのであまり困っていない。もし、他の街に行ってランクAの依頼を受けようとしてもルフィアがいるので大丈夫なのだ。
「マユちゃんの敵じゃありませんよね。ですが、そろそろマユちゃんも武器を持った方がいいのでは? チャーリーに乗ったまま戦おうとしてもあまり攻撃手段がないと言ってたじゃないですか」
そう、チャーリーは機動力に優れているため、魔雪はチャーリーに乗ったまま戦闘出来ないか模索していた。しかし、チャーリーに乗った時の攻撃手段と言えば、車体による体当たりと前輪を叩き付けて粉砕する、という荒技しかない。闇魔法である程度、衝撃を緩和しているとは言え、そんな乱暴な使い方をしていたらいずれ、チャーリーは壊れてしまうだろう。
「……確かに、武器も大切だよ。でも、問題があるの」
「え? 問題ですか?」
「……俺の体に合う武器がない」
「……あー」
この世界の武器は比較的、大きめに作られている。何故ならば、子供が戦うことは少ないからだ。
元の世界でも国同士で戦争をしていると、子供に武器を持たせて戦わせていたりするが、この世界には勇者という共通の敵がいるので国同士が戦争をしている場合じゃないのだ。だからこそ、武器を持って戦う場面は魔獣が攻めて来た時ぐらいである。
「だって、杖でさえも持てないんだよ!? 他の金属製の武器なんか持ってるだけで疲れちゃう!」
しかも、チャーリーの運転をしながら重い武器を振り回すなど幼女な魔雪では不可能に近い。魔王になったことで力もパワーアップしているが、体が小さいのが原因で武器に振り回されてしまうのは変わらないのだ。ましてや、魔雪は武器など使ったことはない。使ったとしても包丁ぐらいだ。包丁も料理をする時に触るほどである。
(……そう言えば、俺って元の世界だとどんな扱いなってるんだ?)
この世界に来てからそろそろ3週間が経つ。魔雪が空間の歪みに取り込まれたところを美里に見られているので、行方不明として処理されているかもしれない。
「……」
「マユちゃん、どうしました?」
浮かない顔をしている魔雪にルフィアは目ざとく気付いた。日頃から魔雪にセクハラしているだけあって魔雪の表情の変化には敏感だった。
「え? あ、ううん。元の世界じゃ俺、行方不明なのかなーって」
「……3週間ですもんね。家族も心配してるでしょう」
「そうだねー。魔智は大丈夫かな」
「? マサトとは? マユちゃんのお兄ちゃんか弟君ですか?」
こちらでも魔智は男の名前だと認識されるようだ。
「妹」
「妹!? ま、マサトっていう名前で女の子なんですか!?」
「実は双子の妹でねー。二卵性の双子だから顔は似てないんだけど」
因みに魔智は普通の女の子である。もっと言えば、魔雪も女顔とかではなく普通の男の子だ。
「どうして……そんな名前に? そう言えば、マユちゃんも男の子なのにマユキっていう女の子っぽい名前ですよね」
「……俺の親ってさ? ものすごくおっちょこちょいなんだよ」
意図的に演技するのを止めて、魔雪はそう切り出した。この話は魔雪個人の話なので本来の自分で話すようだ。
「この世界にもあるのかな? 生まれた子供に名前を付けた後、書類に子供の名前とか色々書いて国に提出しなきゃならないんだよ。戸籍とかあるし」
「あ、それならモグボルーツにもありますよ」
「……それで、俺たちって双子だったから。書類が2枚、必要だったんだよ。で、本当なら俺が魔智。妹が魔雪になるはずだったんだ」
「はずだった?」
「……名前を記入する書類が逆だったんだよ」
魔雪の両親はものすごくおっちょこちょいなのだ。出かけてみれば財布を忘れ、取りに戻ったら店に鍵の入ったカバンを忘れ、店に戻って車の後部座席を見たら家に魔雪たちを忘れるほど抜けている。あの時、魔雪と魔智は玄関の前に体育座りしてしりとりをしながら時間を潰していた。
「そ、その書類を提出する時、役所の人が指摘しなかったのですか?」
「……その役所の人もおっちょこちょいで有名な人だった」
「……救いはないんですか」
哀れな双子にルフィアは思わず、神に祈りを捧げた。
「だからかな。男っぽい名前で生きて来た魔智は……ものすごく女の子なんだよ」
「ものすごく女の子?」
「なんて言うか……」
「何か歯切れが悪いですね? 何かあったんですか?」
「……俺たちって結構、仲のいい兄妹で有名なんだよ」
お互いに名前というコンプレックスもあって魔雪と魔智は寄り添うように生きて来た。その結果――。
「魔智の周りに男って俺しかいなかったんだよな……そんな状態で女の子してたら、さ?」
「……まさか?」
「……めっちゃブラコンに育った」
だからこそ、ルフィアに抱き着かれても慌てなかったのだ。普段から魔智に抱き着かれていたから。そう、魔雪は異性に抱き着かれることに慣れていたのだ。まぁ、魔智がいたから異性を意識することも少なくなり、美里と仲良くなれたのだが。
「何となく、マユちゃんが私を否定しないのがわかりました」
「まぁ、その点に関してはルフィに感謝してるんだけどね」
「え?」
「だって……お前を見てると寂しくないからさ」
それだけ言って魔雪は少しだけ歩くスピードを速めた。
普段、魔雪は幼女しているのでクサい台詞や恥ずかしい行動は他人のように感じている。だから、そこまで気にしていない。しかし、今の台詞は魔雪本人の気持ちを直球でルフィアに伝えた。そのため、照れているのだ。
「……はい! これからもずっと夜這いします!」
蟠りがなくなった日からルフィアは魔雪が寝ている間に彼の体を撫で回していた。それに気付いた魔雪は厳重注意したのだ。
「そこは魔智の真似しなくていいから!」
そして、注意だけで済ましてしまうのは魔智によく鍵のかかった自室に侵入されて夜這いをかけられていたから慣れていたのだ。変態にどれだけ注意しても変態は直らないと知っているからである。
「まぁまぁ! そんなことは言わず――ッ」
そこでルフィアは言葉を区切り、明後日の方向を凝視した。
「ルフィ?」
「……マユちゃん、先に家に帰っていてください」
「え?」
「≪フライ≫」
首を傾げている魔雪を放置して彼女は空を飛んで行こうとする。
「待てっ! ルフィア!」
それだけで緊急事態なのだとわかった魔雪はルフィアの背中に右手を伸ばした。




