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魔雪がゴブリンを全滅してすぐ、アルが状況を把握しにやって来た。
「……これ、全部マユちゃんが?」
ゴブリンの死体を集めて(触りたくないので闇魔法を使って吹き飛ばして1か所に集めて)いた魔雪を見てアルは目を丸くする。実はこの2週間、魔雪とルフィアはたくさんの依頼を受けて来たが、魔雪の実力を自分の目で見たことはなかったのだ。
「アル? 丁度よかった。これ、どうしたらいいの?」
集めたゴブリンの死体を指さしながら魔雪が問いかける。いつも、ルフィアが異空間収納に入れていたので魔獣の死体を運んだことがなかったのだ。
「え、えっと……後で他の人に運ばせるわ。マユちゃんはギルドに来て? 緊急だったけど、ちゃんと報酬を渡すわ」
「りょうかーい」
アルの指示通り、チャーリーでギルドに向かおうとした矢先、後ろからローブを引っ張られてしまう。
「ん?」
振り返るとそこには先ほど助けた少女がいた。
「あ、あの……」
「何?」
「……ありがと。こんなに小さいのにすごく強いんだね」
「ち、小さっ……」
「それじゃ、またね! マユちゃん!」
アルとの会話が聞こえていたのだろう。少女は彼をそう呼んでパンを買いに行ってしまった。
「……あれ? マユちゃん、まだ向かってなかったの?」
ゴブリンがちゃんと死んでいるのか確認していたアルが突っ立っている魔雪を見て首を傾げる。
「……小さい、か」
魔雪は少女が言ったその言葉で深く傷ついていたのだ。
「大丈夫?」
「う、うん……」
「そんなに小さいって言われるのが嫌なの?」
アルはそう言いながら前に魔雪から聞いたことを思い出していた。彼は元々、男なのだ。それが幼女になってしまったので困惑しているのだろう。
「小さいって言うか……幼女になってることがかな」
「あー……やっぱり、男だった頃と勝手が違うの?」
「え? あ、それはもう慣れたよ」
しかし、魔雪はアルの推測を否定した。
「じゃあ、何で?」
「……実はね」
そう言いかけてため息を吐く魔雪。それを見てすごく深刻な問題があるのだろうとアルは生唾を呑む。
「……こんな姿じゃ演劇の主役、出来ないなって」
「……は?」
「元の世界で俺、主役を貰ってたの。こっちに飛ばされる前もすごく練習しててもう少しで本番って時に召喚されたから……ああ、演じたかったなぁ」
そう、彼が幼女になってまず、心配したのが『この姿では練習していた演劇の主役が出来ない』ことだった。魔雪が演じる役は男子高校生だったのだ。しかし、今の魔雪は小さい子供で、しかも女だ。全くと言っていいほど役に合っていない。だからこそ、落ち込んだし、幼女とか小さいとか言われるとショックを受けてしまうのだ。
「そ、そうなの。大変ね……」
「全くだよ!! まぁ、まだ演武演劇が出来るからいいんだけど」
だが、魔雪が普通に生きていけるのは戦闘シーンを演じる――演武演劇が出来るからだ。戦闘そのものは好きではないが、演じられるのは嬉しかった。たまたま、演じるシーンが戦闘シーンだっただけだ。
そして、称号に『演武演劇役者』と付いてから戦闘シーンを演じることを演武演劇と呼んでいた。
因みに今回のチャーリーに乗ったままの戦闘は矢を反転させた以外、魔雪のオリジナルだったりする。つまり、戦闘シーンを参考にしなかったのだ。まぁ、騎乗戦などもあったか馬と自転車は全く違うので役に立たなかった。特に騎乗戦などでは騎乗している戦士は槍や剣など得物を持っていたので参考にしても演技し切れなかったという点が大きい。
「でも、何でゴブリンが街に攻めて来たんだろう? 昨日、集落は潰したのに」
「そう、そこなの。集落が発見されずに放置してたならまだわかるんだけど、集落を潰した直後に街に侵入するなんて今までなかったのよ」
アルの話を聞いて魔雪は少しだけ嫌な予感がした。
何か、変なことが起こりそうだ、と。
「……とりあえず、ギルドに向かうね。それじゃ、また後で」
「え? あ、うん。また後で」
頷いたアルを見てチャーリーに乗り、のんびりとギルドに向かう魔雪。そして、ギルドで事情を話し、臨時収入を得てルフィアが待つ家に向かった。
「ただいまー」
チャーリーを家の外に止めておいて家の中に入る。
「あ、おかえりなさーい!」
家に入った刹那、入り口で待ち構えていたルフィアに抱き着かれてそのまま、抱っこされてしまう。
「ルフィ、手を洗いに行かないと」
もう彼はルフィアの奇行に驚くことはおろか、反応すら示さないほど適応していた。
「私が連れて行ってあげます!」
それから、ルフィアに抱っこされたまま手を洗い、ソファに(ルフィアの膝の上だが)座る。
「チャーリーの乗り心地はどうでしたか?」
「うん、元の世界とほとんど……いや、それ以上に扱いやすかったよ」
そりゃ、闇魔法でタイヤを固定していれば速度が0でも倒れないのだ。元の世界よりも運転はグッと楽になる。
「あ、そうだ。ねぇ、ルフィ。ちょっと報告が……」
そこでゴブリン達が街に侵入して来たことをルフィアに説明した。
「ゴブリンが? おかしいですね。集落は私たちが潰したのに……」
「アルも不思議に思ってたよ……ねぇ、何かあると思わない?」
「何か……とは?」
「何となく……嫌な感じがする」
(そして、俺は……この感じを知ってる?)
嫌な感じ。妙な違和感。自分は何に警戒しているのか。どうして、自分はこんなに不安に思っているのか。魔雪自身、意味がわかっていない。それでも、この嫌な感じを魔雪は知っていた。
「……なら、少し警戒でもしておきますか」
「警戒?」
「ええ。これでも私、ランクSの冒険者なんですよ? ちょっと仕込んで来ますので待っててください」
そう言いながら魔雪を丁寧に(もちろん降ろした後、魔雪の髪に顔を埋めてくんかくんかするのを忘れない)ソファに座り直させ、ルフィアは家を出て行った。
「……」
それをただ見送るしかない魔雪なのだった。
さて、空気が怪しくなって来ましたね。
・・・まぁ、この後何が起こるのかは簡単に想像できますが。




