22
無事にチャーリーを手に入れた魔雪は次の日、ルフィアにチャーリーを出して貰って(ルフィアの異空間に収納させて貰っていた)家の外で整備することにした。
(おっちゃんが転んだから汚れてるな)
チャーリーの側面は砂だらけになっていた。それを濡れたタオルでしっかり、拭き取って行く。砂が付いていない場所もついでに洗う。
「……ん?」
ハンドルを拭いているとハンドルにボタンが付いていることに気付く。
「何これ?」
ボタンは3つあり、赤、緑、黄色の3色だった。赤のボタンにはグローブのマーク。緑のボタンにはプロペラのマーク。黄色には電球のマークが付いていた。
「……ルフィー」
家の方に向かって声をかけるとすぐにルフィアが家から出て来る。
「どうしましたー? 私がいなくて寂しかったんですか?」
「全然」
「そうですか。でも、私は寂しくて死にそうだったので助かりました。それで? 何ですか?」
「このボタン何?」
「ボタン? ああ、それはチャーリーに付いている機能ですよ。このチャーリーに使われている金属は魔力を溜め込む性質がありまして、それを利用してるんです」
それを聞いて魔雪は思わず、チャーリーの方を見てしまった。まさか、これにそんな機能が付いているとは思わなかったからだ。
「魔力ってどう溜めるの?」
「乗っていれば自然と魔力は溜まりますよ。生物は常に魔力を放出して生きていますのでそれを吸ってるんです」
「え!? そうなの!?」
「あれ? 教えていませんでしたっけ? まぁ、放出してる魔力は極微量なので大丈夫です。魔力切れになることなんてありません」
また魔雪は一つ、賢くなった。
「じゃあ、今はこの機能、使えないんだね」
「そうですね。昨日だけしか乗っていないのでまだ魔力は溜まっていませんね。ですが今日一日、乗れば溜まると思いますよ」
「ホント!? じゃあ、乗って来る!」
そう言って、魔雪はチャーリーのスタンドを上げてすぐに出発する。
「あ、待ってくださいよ! このままじゃ私、マユちゃん成分不足で死んじゃいますううううううううううううう!!」
そんな声が響くも魔雪は無視して街へ向かった。
カルテンの街はガルガの中でも西側の外れにある街である。そのため、人口は少ない。
「マユちゃん、おはよー!」
「おばちゃん、おはよー」
なので、カルテンの栄えている場所はかなり狭い。そのせいか栄えている場所に住んでいる人たちは全員、魔雪のことを知っていた。今も、チャーリーに乗っている魔雪におばちゃんが気軽に話しかけている。
「それ、チャーリーよね? 本当にそんな乗り方だったんだねぇ!」
「そうだよ。逆にあんな乗り方で進める人、いるの?」
「だから、人気がなかったんだよ。でも、マユちゃんの様子を見ると本当に楽に乗ってるわね。私も買おうかしら?」
「慣れるまでが大変だけど、一度、乗れるようになったら感覚的に乗れるよ。じゃあ、そろそろ行くね」
そう言って魔雪はおばちゃんと別れてチャーリーに乗り直した。その瞬間――。
「ま、魔獣だああああああああ!!」
道の向こうから男性の絶叫が聞こえる。
例え、森があっても砦があっても街に魔獣が現れることはある。それをルフィアから聞いていたので魔雪はすぐにその声の方へ向かった。チャーリーに乗って。
「に、逃げろッ! ゴブリンだ!」
「ママっ! どこっ!?」
「こっちよ! 早く!」
街の住人はパニック状態に陥っている。こんな状態ではチャーリーに乗っている魔雪は人を轢いてしまうかもしれない。それほど、人々が行き交っているのだ。
「どうしよ……あ」
チャーリーを置いて走って行くことも考えたがその前にある作戦を思い付き、すぐに実行した。
街に侵入したゴブリンの数は6匹。まだゴブリンに殺された人はいないが、時間の問題だろう。そのゴブリンの中に弓を持った個体が2匹いたからだ。
「いたっ!?」
逃げ惑っている人の中にとある少女がいた。母親に頼まれてパンを買いに街に出て来ていたのだ。その時、ゴブリンが現れ、必死に逃げていた。だが、その途中で転んでしまったのだ。
「ッ!? い、いやぁ……」
立ち上がろうとしたが、チラリと後ろを見ると弓を持ったゴブリンが転んだ少女を見つけ、弦を引いた。その弓だけで少女の命は散ることになるだろう。だからこそ、少女は涙を流して神に祈った。助けてくれと。
「ギギッ」
恐怖で動けなくなっている少女を見つめ、ゴブリンは醜い笑みを浮かべながら矢を放った。
――ブシュッ!
その矢は見事、眉間に突き刺さった。矢を放ったゴブリンの眉間にだが。
「……え?」
ゴブリンの倒れる音が聞こえて少女は気付いた。
「大丈夫?」
目の前に、チャーリーに乗った魔雪がいることに。
魔雪は闇魔法の靄をチャーリーのタイヤの地面に接している部分に纏わせ、引力と斥力を使ってバランスを取っていた。そう、足を地面に付けることなく、立っていたのだ。
「ほら、乗って」
「え? ええ?」
混乱している少女。仕方なく、右手に靄を纏わせて少女の背中にその手を付ける。それから軽々と少女を持って荷台に座られた。引力を使って少女の背中を掴むことなく、右手にくっ付けさせたのだ。
「しっかり捕まってて」
「う、うん!」
魔雪の忠告通り、少女は魔雪の腰に腕を回して彼の背中に顔を押し付ける。そして、魔雪はペダルを漕いでゴブリンに向かって突進した。
「あ、危ないよッ!?」
それに気付いた少女は叫んで魔雪を止めようとする。この少女は街の外れに住んでいたので魔雪のことを知らなかったのだ。
「大丈夫だよっと」
剣を持ったゴブリンの前まで来て魔雪はハンドルをぐいっと上に引っ張る。それと同時に前輪の靄の性質を引力(地面とタイヤをくっ付けて安定させるために使っていた)を斥力に切り替えた。その結果、チャーリーの前輪は跳んでウィリー状態になる。
「きゃあああっ?!」
突然、チャーリーが揺れて少女は悲鳴を上げるが、魔雪は少女を放置してゴブリンに向かって一気に前輪を叩き付けた。
「ッ――」
剣で受け止めたが、前輪には闇魔法の靄が纏わり付いている。つまり――。
――ぐちゃ。
斥力が働いて、剣ごとゴブリンは簡単に潰れてしまった。
「ギャッ! ギャギャ!」
それを見ていた他のゴブリンより少しだけ大きなゴブリンが叫んだ。どうやら、あいつがリーダーらしい。
「ギッ!」「ギギッ!」
リーダーに頷いて見せた槍を持った2匹のゴブリンがチャーリーの側面から魔雪たちに飛びかかった。側面からならば前輪攻撃は通用しないと理解したようだ。
「ちょっと走るよ」
それを見てすぐに魔雪はペダルを漕いで前進した。ゴブリンの攻撃は空を切る。
「しっかり捕まって」
ハンドルを操作して壁の方へ向かいながら少女に言う。
「か、壁! 壁ッ!!」
少女は壁に向かって走っていることに気付き、悲鳴を上げた。だが、魔雪は止まらない。そのまま、壁に激突――する直前でまた前輪を持ち上げる魔雪。前輪は壁にぶつかり、そのまま壁を登り始めた。
「……え?」
思わず、声を漏らして辺りを見渡してしまう少女だったが、すぐに違和感を覚える。
(か、壁を登ってるのに……下に落ちない?)
この世界でも重力というものは存在している。本来ならば、壁を登っている間に重力に耐えられず、地面に落ちてしまうのだ。でも、自転車はおろか少女も安定していた。少女の力(まぁ、少女とは言っても10歳くらいなので魔雪よりも大きいのだが)では自分の体を支え切れず、落ちてしまうはずなのだ。それなのに、安定している。
この現象の原因はもちろん、魔雪の闇魔法だ。少女は気付いていないが、荷台に紫色の靄が纏わり付いており、少女のお尻を引っ張っていた。そして、微弱にだが、魔雪の着ているローブにも靄が纏わり付いていて少女を引力で固定していたのだ。
魔雪がチャーリーに乗って現場に辿り着けたのもチャーリーで壁を登り、建物の屋根の上を走っていたからだ。そして、現場に到着した時、少女が攻撃されそうだったのでその間に割り込んだのだ。
「一気に行くよ!」
壁を登っていた魔雪がそう言った瞬間、スピードを上げた。
「ッ!?」
今のスピードを保ったまま、魔雪たちは飛ぶ。そう、壁を登り切ったのだ。
「きゃああああああああああああっ!?」
少女の悲鳴が響く中、チャーリーはそのまま、空中で反転し今度は壁を伝って降りて行く。
「よいしょ!」
前輪の靄を斥力に切り替え、前輪が壁を蹴り車体が地面と平行になる。そして、今度は後輪の靄を斥力に切り替えて射出された。
「――」
凄まじいスピードで飛んで来る魔雪に反応出来ず、槍持ちのゴブリンはチャーリーに直撃し、後方の壁に叩き付けられた。そのまま、ハンドルを切ってもう一匹の槍持ちのゴブリンに体当たり。こちらも吹き飛んで地面に伏す。
「ギッ!」
それを見届けていると後ろから弓を持ったゴブリンが迫っていた。チャーリーの前輪を浮かせて方向転換すると同時にゴブリンが矢を放つ。
「ッ――」
矢は真っ直ぐ、魔雪の心臓に向かって飛んで来ている。しかし、それをただ見送る魔雪ではない。ハンドルから左手を離して、前に向けた。その状態のまま、紫色の靄を噴出させる。その靄の性質は『斥力』。だが、その斥力はとても弱いものだ。矢を止めることは出来ない。勢いが弱まった矢を魔雪は指で掴んで180度、回転させた。先端をゴブリンの方へ。普通の人なら出来ないだろう。だが、今の魔雪は演技中である。魔雪が参考にした戦闘シーンでは登場人物が銃弾を指で挟み、180度、回転させて相手に撃ち返すなんて荒技をやってのけていた。そのシーンを矢で再現したのだ。まぁ、矢の勢いを殺したりとアレンジを加えていたが。
魔雪は矢を離した直後、靄を矢に付着させた。その靄も斥力。矢の勢いが復活し、そのまま矢はゴブリンの眉間に突き刺さる。
少女を守った時もこの方法でゴブリンを仕留めていた。
まぁ、もっとも、傍から見ていた少女も一瞬の出来事だったので魔雪が何をしたのかわかっていないのだが。
「ギャッ……」
もうリーダーしか残っていない。戸惑っているリーダーだったが、すぐに2本の剣を取り出して、魔雪たちに突っ込んで来た。しかし、リーダーは冷静なようで正面からではなく、右側から攻めて来たのだ。
チャーリーの欠点はすぐに方向転換出来ないことだ。ペダルを漕いでハンドルを切るか、前輪を浮かせてぐいっと引っ張らなければならないからだ。そのため、方向を変えるのは余裕がなければ簡単に敵の攻撃を受けてしまうだろう。だからこそ、槍持ちのゴブリン2匹に襲われた時、魔雪は前進したのだ。
リーダーはそれを見て側面から攻撃すれば、魔雪は前進する。その後、後ろから攻撃すればいいのだ、と考えていた。
「……」
魔雪は何故かわからないが、リーダーの考えが読めた。このまま、前進してしまったら後ろにいる少女が危ない。だから――。
――バックした。
普通、自転車のペダルを反対に漕いでも自転車はバックしない。チャーリーも同様だ。
では、どうやって、バックしたのか?
それはもちろん、闇魔法を使ったのだ。
チャーリー本体に微力の引力の靄を纏わせた。だが、それだけでは物を引き付けられるがバックすることは出来ない。
そもそも、引力とは何か? それは物体同士がお互いに引き寄せ合う力のことである。言い換えれば、絶対に動かない物体があれば動く物体が引っ張られているように見えるのだ。極の違う磁石を用意して片方を指で固定し、もう片方を近づければ近づけた磁石が勝手に固定してある磁石にくっ付くのと同じである。
この時、動かない物体に選んだ物は後ろで倒れているゴブリンである。リーダーが突っ込んで来るのを見て左手を後ろに向けてゴブリンに紫色の靄を纏わせ、斥力を使って地面に固定させたのだ。
作戦は見事、成功しゴブリンに引っ張られたチャーリーはバックして、リーダーの攻撃を躱した。
「ッ!?」
予想外な動きにリーダーは目を丸くする。そのせいで、動きが止まっていた。
「とどめ」
ブレーキをかけて停止したチャーリーの前輪を浮かせ、思い切り、リーダーの胴体にったき付ける。
――ぐちゃっ。
たったそれだけでリーダーは倒されてしまった。すぐにタックルされただけで気絶しているゴブリンも同じように始末する。
「もう大丈夫だよ」
その光景をただぼんやりと見ていた少女に向かって魔雪は笑顔でそう言った。
ものすごく書くの大変でした・・・。
チャーリーなんか嫌いだ!




