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この話は書いてて楽しかった話です。
この世界――モグボルーツは意外にも技術が発達している。
理由は召喚される勇者が元の世界で身に付けた技術をこちらの世界で披露しているからだ。そのため、冷蔵庫やテレビなどの家電製品(魔力で動くので家魔製品と言うべきか)も一般家庭に普及している。
もちろん、それは家魔製品だけではない。包丁のような魔力を必要としない日用品も伝わっている。
余談だが、モグボルーツの通貨は『円』だった。まぁ、お札などはなく『1000円玉』や『1万円玉』のように硬貨なのだが。因みにモグボルーツの硬貨は『1円』、『5円』、『10円』、『50円』、『100円』、『500円』、『1000円』、『1万円』、『100万円』、『1億円』の10種類ある。もちろん、模様などは元の世界の硬貨とは違うが、よく見れば類似している硬貨もあり、魔雪はお金に関して覚えることは何もなかった。因みに、魔雪の血液は1本、5万円だったりする。
何故、モグボルーツの通貨が円なのか。それは勇者のせいである。
ルフィアの昔話のように、魔王を倒した後、勇者は世界を支配した。その時に、モグボルーツの法律を書き替えたのである。その時はまだ通貨は円ではなかったのだが、今日この日まで何度も勇者が召喚され、次々とモグボルーツの国々を支配し始めた。そして、いつしかモグボルーツの通貨は円になったのである。
このことから推測できることはないかと、魔雪は考えてすぐに思い付いた。
“勇者は日本人が多い。”
元の世界で通貨が円なのは日本だけである。そして、冷蔵庫やテレビなどの家電製品が発達しているのも日本なのだ。そのことから、勇者の多くは日本人なのかもしれない、と魔雪は考えた。まぁ、考え付いたとしても魔雪の目的は元の世界に帰るための方法を探すことなので、全くと言っていいほど関係ないのだが。
閑話休題。
先ほどの話に戻るが、モグボルーツでは魔雪も見慣れた日用品が多く存在している。包丁、うちわ、消しゴム(実は羽ペンの先端は炭素――つまり、鉛筆と同じ成分で出来ている。そのため、消しゴムでこすれば消える)などなど。
「……」
「マユちゃんって馬に乗れなかったんですね……この店にある中でマユちゃんでも扱えそうな乗り物と言ったら、これしかないんですよ……ものすごく人気ありませんが」
少しだけ落ち込んだ様子でルフィアがとある物を指さしながら言う。
実は、旅の移動手段を手に入れるために訪れた店は『乗り物屋』という店だった。この店では馬はもちろん、馬車なども取り扱っており、レンタルも出来れば購入することだって出来る。
しかし、魔雪は馬に乗ったこともなければ触ったことすらない。なので、すぐに馬は保留となったのだ。ルフィアは自分の前(後ろではない。前だ)に乗ればいいと提案したのだが、身の危険を感じたので彼はすぐに却下した。
「これ、乗りにくいらしいんですよね。乗ってる人は見たこと、ありません」
そこで、乗り物屋に置いている物の中で魔雪でも扱えそうな物を探していると、ルフィアが一つの商品を提示して来たのだ。
「こ、これは……」
ルフィアの話ではその商品はとても、乗りにくくて人気がないらしい。だが、魔雪はその乗り物に乗ったことがあった。もちろん、元の世界で、だ。
「自転車じゃん!?」
そう、人気のない商品はよく乗り回したあの自転車だった。驚きのあまり、演技をし忘れる魔雪。
「え? ジテンシャ? 違いますよ?」
彼の大声を聞いたルフィアは首を傾げて否定し、本来の名前を言い放った。
「これは、チャーリーです」
「どこの外国人だよ?!」
「ガイコクジン? いえ、チャーリーです」
「……何か、ものすごく嫌な予感がして来た。でも、何で、これ人気がないの?」
自転車は小さい子供でも慣れれば乗りやすい乗り物だ。魔雪も身を持ってそれを知っている。しかも、目の前にあるのはマウンテンバイク。塗装されていない道でも比較的、乗りやすい種類だ。アスファルトの道路がないモグボルーツでも乗れることには乗れるはずだ。だからこそ、人気がない理由がわからなかった。
(……何で、マウンテンバイクなのに荷台があるんだろう?)
変に伝わったのかマウンテンバイクには荷台が付いていた。ルフィアに質問しながら魔雪はひたすらそのことだけを疑問に思っていた。
「先ほども言いましたが、ものすごく乗りにくいんです。歩いた方が楽なほどです」
「……とりあえず、俺はこれにする」
「え!? いいんですか!? 正直、ゴミですよ!? ゴミ!? ただの鉄くずですって!」
「おい! エルフの嬢ちゃん! オレの前で商品をゴミ扱いすんじゃねーよ!!」
ルフィアの後ろで店の商品を磨いていた店主が叫んだ。
「いいから。おっちゃん、これいくら?」
「お? やっと、決めたのか……って、チャーリーを買うのか!? 止めておけ! ゴミだから!」
おっちゃんもチャーリーをゴミ扱いである。
「いいから、いくら?」
「……はぁ。うちは返品出来ないからな? 乗りにくくてもお金、返さないからな?」
「いいから、いくら?」
「……そうだな。売れ残りだから1000円でいいぞ」
「はい」
すぐに1000円硬貨をおっちゃんに投げ渡す魔雪。
「おっとっと! 毎度ありー。しかし、マユちゃん? ホントに乗れるのか? 届かないんじゃないか?」
おっちゃんの言う通り、魔雪が買ったマウンテンバイクは男の頃の魔雪にピッタリな大きさ――つまり、今の魔雪には大きすぎるのだ。
「大丈夫だよ。サドルを調節すればいいし」
確かに、サドルを調節すれば魔雪の足の長さでもペダルを漕げそうだ。
「……サドルって何だ?」
だが、魔雪の予想を上回る質問がおっちゃんから飛んで来た。
「……は?」
「それに、調節って言ってもマユちゃんの“腕の長さ”じゃ漕げないだろ?」
「腕?」
違和感。ただそれだけが魔雪の頭に浮かんでいた。
「その様子だと乗り方も知らずに買ったみたいだな。どれ、オレが乗り方を見せてやる」「え!? おっちゃん、これに乗れるの!?」
ルフィアは目を丸くして叫んだ。
「おうよ! チャーリーに乗れなかったら乗り物屋なんか出来やしねーっての!」
そう言いながらチャーリーを店の外に運ぶおっちゃん。嫌な予感しかしないが、魔雪もその後を追う。
「いいか? よく見ておけよ?」
店の周りに人がいないことを確かめた後、おっちゃんはチャーリーに乗った。
ここで、話は変わるが、カンガルーの名前の由来はご存じだろうか?
昔々、J=クックという冒険家がいた。そして、その人が今でいうオーストラリアに辿り着き、カンガルーを初めて見た。その時、原住民にカンガルーの名前を聞いたそうだ。そして、その原住民は答えた。『カンガルー(私は知らない)』。それを聞いたキャプテンクックはカンガルーの名前をカンガルーだと誤解し、カンガルーは晴れてカンガルーとなった。
そして、モグボルーツの話に戻るが、技術や硬貨は日本と類似しているが、言語に関しては日本語ではない。ルフィアもモグボルーツの言葉で話している。しかし、魔雪には言語変換があるため、日本語に聞こえるのだ。
だが、言語変換は魔雪のユニークスキルである。他の勇者は言語変換を持っていないのだ。そう、勇者はモグボルーツの言語を覚えるまで原住民であるモグボルーツの住人と手振りや身振りで意思疎通するしかないのである。それでも、大まかなことは伝わるだろう。でも、それは大まかなことなのだ。
「……」
「ど、どうだ!! マユちゃん! 見てるか! おっと!?」
「……ウン、ミテルヨー」
今まで、冷蔵庫やガスコンロ、テレビはルフィアも普通に使っていたのですっかり、忘れていたのだ。よく、昔の人は他の言語を話す人と何か話したり、貿易をすると誤解したまま、人に伝えることがあることを。
今回の場合、チャーリーの乗り方だった。
おっちゃんの手はしっかり、“ペダル”を握り、サドルに“お腹”を乗せ、足を“荷台”に乗せていた。ハンドルは放置である。
「行くぞおおおおおおおおおおおおおおおお!」
絶叫しながらおっちゃんは必死にペダルを手で漕いでいた。ハンドルは放置なので真っ直ぐ進んでいる。
「……逆にすごい」
よく、ハンドルを持たずに真っ直ぐ進めるものだ。魔雪は違う意味で感心していた。
自転車に乗る時、『ペダルを漕ぐ』と言う。これは当たり前のことだ。
しかし、それは元の世界の常識であって、モグボルーツの人々は『漕ぐ』と言われると『船を漕ぐ』と言う動作を思い浮かべる。そして、船を漕ぐ時、オールを“手”で持って漕いでいる。言ってしまえば、漕ぐという行為は手で行うものだと思っているのだ。だからこそ、まだモグボルーツの言語を覚え切れていなかった勇者が自転車を開発して乗り方を伝えたが、原住民であるモグボルーツの人々は『ペダルを手で漕ぐ』と勘違いしていたため、おっちゃんのような乗り方になってしまったのである。
「う、うわっ!?」
魔雪が呆然としているとバランスを崩したおっちゃんはチャーリーごと地面に倒れた。
「……マユちゃん、あれに乗れますか?」
チャーリーの乗りにくさを目の当たりにしたルフィアがおっちゃんの方を見ながら魔雪に問いかける。
「……」
その問いに答えずに魔雪はおっちゃんの傍に倒れているチャーリーに近づき、ハンドルを持ってスタンドを使い、しっかり固定する。そして、サドルの高さを限界まで低くし、慣れた様子でそのサドルにお尻を乗せて何事もなかったかのようにペダルを漕いで普通に進んだ。そのまま、ハンドルを操作してルフィアの元へ戻る。
「それじゃ、先に帰ってるね」
ルフィアの横を通り過ぎる時、そう言い残してそのまま彼は道の向こうへと消えて行った。
「「……」」
魔雪がチャーリーを新しい乗り方で簡単に乗りこなしてしまったのを見て原住民であるルフィアとおっちゃんは数分間、魔雪が消えた方向を眺め――。
「「それだあああああああああああああああああああ!!」」
――そう、叫んだそうだ。
この日、魔雪は移動手段を手に入れ、モグボルーツの住人達はチャーリーの本当の乗り方を知ることが出来たのだった。
因みに、チャーリーの名前の由来は自転車を伝えた勇者が自転車を『チャリ』と呼んでいたので、少しだけ言葉が変化して伝わったことからです。




