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「お、お待たせ……」
ギルドマスターが倒れた後、アルが急いで全てを片づけた。その間、部屋にあったソファで待機する魔雪とルフィア。そして、十数分後、やっとアルが戻って来た。
「ギルドマスター、大丈夫だった?」
自分のせいではないと言っても原因は十中八九、魔雪なので彼は申し訳なさそうにアルに質問する。
「え、ええ……気絶してるだけだから大丈夫よ。ギルドマスターが目覚めるまでここで待機して貰ってもいい?」
「うん、わかった」
さすがに拒否することが出来なかったので魔雪はすぐに頷く。
「……あの、その間に闇魔法について教えて貰えませんか? 私、もう何が何だかわからなくて」
おそるおそる手を挙げたルフィア。彼女は模擬戦をしていた頃から――いや、昨日、魔雪がオークキングを倒した頃からずっと気になっていたのだ。
「あ、そうだね。今の内に説明しておこうかな」
「それ、私も聞いていい? マユちゃんの強さを知りたいから」
「どうぞー」
「それでは、お茶を淹れますね」
アルがソファに座ったと同時にルフィアは異空間から紅茶セットとポットを取り出して素早く3人分のお茶を淹れた。異空間収納に入れておけば状態が保存されるので彼女はいつでもお茶が飲めるように熱いお湯を入れたまま、ポットを異空間に収納しているのだ。
「それで? 闇魔法って何なの?」
カップを傾けて一息吐いた後、アルが問いかけた。
「まず、闇って何だと思う?」
ルフィアからクッキーを貰いながら2人に聞く魔雪。
「闇……そうですね、光とは逆の位置にある力だと思います」
「真っ暗な場所とかかしらね? ほら、暗闇って言うでしょ?」
ルフィアとアルがそれぞれ、己の答えを言う。
「俺はアルに近い考え方だったの。ほら、ルフィアに説明したでしょ? ブラックホールの話。あれは物体を引き寄せる力が強いの。それこそ、光さえ脱出出来ないほどの強さでね。だからこそ、ブラックホールは真っ黒なんだ。光を反射しないからね」
色というのは光の波長の違いによって決まる。赤は赤の波長以外を吸収して、赤の波長を反射するから人間には赤に見えるのだ。逆に白の場合は全ての波長を反射するから白に見える。黒は波長を全て吸収するので黒に見えるのだ。黒いTシャツを着た人と白いTシャツを着た人で体感温度を比べると黒いTシャツを着た人の方が暑く感じる。あれは光の波長を全て吸収しているから白いTシャツよりも暑く感じるのだ。
「だから、思ったんだよ。闇の力は“引力”じゃないかってね」
「引力?」
「ブラックホールは光すらも引き寄せるから黒く見える。つまり、暗闇に見える。引力が働いているから暗闇になる、てね」
「なるほど……だから、私の体が引き寄せられたんですね。ですが、≪サンダー≫を弾き飛ばせたのは何故ですか?」
「引力は引き寄せる力。その反対は――反発する力。磁石がいい例だね。N極とS極は引き寄せ合い、N極とN極、S極とS極は反発し合う。それを利用して、≪サンダー≫を弾き飛ばしたんだ。反発させてね」
それを聞いてルフィアは思わず、感心してしまった。あの短時間でそこまで闇魔法を理解したのだ。
「すごいです……マユちゃんは手足に纏わせた靄の性質を変えながら戦ってたんですね」
「え? どういうこと?」
ルフィアの呟きに首を傾げるアル。
「マユちゃんの闇魔法は引力と反発を操るのはわかったよね? で、私の≪サンダー≫を弾いた時は反発。そして……私に攻撃した時は引力に変えて戦ってたの。そうですよね? マユちゃん」
「そうだよ」
そう、ルフィアが攻撃を躱そうとした時、引き寄せられたあの感覚は魔雪の闇魔法である引力が原因である。そして、オークキングを殴った時も最初は引力を使い、逃げられないようにして拳が触れた瞬間、反発に切り替え、吹き飛ばしたのだ。
「……マユちゃんってワード登録してる?」
「ううん。ワードどころか無意識魔法だよ」
「嘘っ!? その一瞬で性質を変えるなんて……」
アルはやっと魔雪の凄さがわかった。ルフィアも魔雪の異常さをまた目の当たりにした。
演技――敵の動きを見て、周囲の状況を把握し、敵が次に起こす行動を予測し、使える戦闘シーンを選び、演技する。
闇魔法――引力と反発を操り、その性質を無意識で切り替えながら攻撃する。
演技も闇魔法も正直言って、普通の人には出来ないことだ。闇魔法はワードを使えば、何とかなるかもしれないが、殴った瞬間にワードを唱えても間に合わず、衝撃は魔雪よりも半分以下になってしまうだろう。逆に当たる前にワードを唱えてしまったら折角、近づいていた敵に反発の力が働いて遠くへ行ってしまう。
魔雪だからこそ、この2つのスキルを組み合わせて使いこなせているのだ。
(そんなに驚くことなのか?)
それを魔雪自身、すごいと思っていないことが一番、あり得ないことだった。
しかし、無理もない。
魔雪にとって演技することは呼吸をすることと同じぐらい慣れたものだった。
そして、闇魔法に関しては無意識でやっているので感覚的に魔法を使っているのだ。言ってしまえば、闇魔法は自動的に切り替わると言っていい。だから、魔雪がしているのは事実、演技のみである。まぁ、それだけでもすごいのだが。
「あ、そう言えば、ギルドカードはどうなっていますか? 闇魔法を使っていたので少しはレベル、上がってると思うんです」
気持ちを切り替えてルフィアは魔雪にギルドカードをチェックすることを勧める。
「じゃあ、確認してみよっか」
カップを置いて魔雪はギルドカードを確認してみた。
名前:勇崎 魔雪
性別:女
種族:感情の魔王(人間)
年齢:17歳
ランク:G
スキル:言語変換
演技
感情変換
闇魔法【Lv.42】
称号:幼女魔王
「……」
すぐにギルドカードを仕舞って紅茶を飲み始めた。そして、魔雪は決して、称号のせいではないと自己暗示をかける。
「どうしました?」
「……イエ、ナニモ?」
「どうして、片言なのよ。ほら、吐いちゃいなさい!」
「……闇魔法のレベルは42だったよ」
称号について触れないことにした魔雪は闇魔法のレベルを言った。
「はぁっ!? 42!?」
それを聞いてルフィアは大声を上げてしまう。
「……高すぎない? 昨日はどれくらいだったの?」
声を上げてから動かなくなってしまったエルフを放ってアルは気になることを聞いてみる。
「13」
「……え? 13が42になったの?」
「うん」
そして、アルも動かなくなった。
「え、えっと……本当なんですよね? 闇魔法のレベルが42って」
やっと、動き始めたルフィアの一言目はそれだった。
「うん、42って書いてあったよ」
「あり得ない!! あり得ませんよ!! たった一日……しかも、手足に纏わせるだけでそんなにレベルが上がるわけありません!!」
「そうよ! 魔法使いが自分の魔法のレベルを上げるのにどれだけ苦労してると思ってるの!?」
ぐいっとルフィアとアルが魔雪に詰め寄る。
「お、俺に言われても……」
魔雪が冷や汗を掻いて今の状況をどうしようか悩んでいた時、いきなり部屋のドアが開いた。
「え? ギルドマスター?」
アルが振り返ってそちらを見ると先ほど大変なことになったギルドマスターが入り口に立っていた。そのギルドマスターはすぐにドアを閉めて杖を取り出し、ワードを唱えた。
「≪サイレンス≫」
≪サイレンス≫はギルドマスターのユニークスキルである音響魔法の一つだ。音を消すのはもちろん、音を漏らさないようにすることも出来る。所謂、防音魔法だ。
「あ、あの……マスター、どうして≪サイレンス≫なんか」
「アル、頭が高い」
「え?」
いつもと口調が違ったのでアルを含め、魔雪もルフィアも驚いてしまった。
「まさか、貴女様のような方が復活しているとは知りませんでした。先ほどのご無礼をお許しください。魔王様」
そして、片膝を付き、深々と頭を下げてギルドマスターは謝る。その謝った先には紅茶を片手にクッキーのカスを口元にたくさんくっ付けていた魔雪がいた。
「……え、ええええええええええええええええええええええええ!?」
それを聞いたアルは今日最大の声量で絶叫する。
ギルドマスターはアルが叫ぶと予測していたので≪サイレンス≫を唱えていたりするのだが、この部屋にいる中でそれを知っているのはギルドマスターだけだった。
闇魔法の説明を聞いてあれ?って思った方もいるかもしれませんが、後々、全てがわかりますので安心してください。




