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翌日の朝、ルフィアが作った朝ごはんを食べている途中で魔雪はふと疑問に思った。
「ねぇ、ルフィア」
「ん? 何ですか?」
「どうして、冷蔵庫とかガスコンロとかテレビがあるの? 俺の世界の物だよね?」
魔雪の読んだファンタジー物の小説ではこれほど技術は進歩していなかったのだ。
「あー……そうですね。確かにマユちゃんの世界の物だと言われています」
「言われてる? それってどういうこと?」
「実は、勇者のおかげなんですよね。これに関しては。勇者は異世界から召喚されるって言いましたよね?」
「うん、言ってた」
「召喚された勇者はやっぱり、この世界と元の世界のギャップに困惑するそうなんですよ。そのため、勇者自身が自分の知識を利用してこの世界の技術力を進歩させ続けた結果、冷蔵庫やガスコンロ、テレビなどが一般的な家庭にも普及された、というわけです」
そこまで説明するとルフィアは席を立って冷蔵庫の方へ歩いて行く。魔雪もそれに続いた。
「ほら、これを見てください」
冷蔵庫の側面を指さしてルフィアが魔雪にそう言う。その先には大きな青い石が冷蔵庫に埋め込まれている。
「これは?」
「これは魔石と言って魔力を蓄える性質を持ってます。これを利用して常に冷蔵庫の中を冷やす魔法を発動し続けているのです」
「へぇ……他の物にも付いてるの?」
「付いてる物もありますが、基本的にはありません。冷蔵庫の場合は内部の温度を常に低くしておかないといけないので魔石を使っているのです。ですが、他の物は使う時に魔力を注ぐだけでいいので魔石を必要としてません」
「なるほどー」
こちらの世界では電力の代わりに魔力を使って機械を動かしている。次に質問しようとしていたことまで説明してくれたので満足した魔雪は椅子に座って朝ごはんを食べ始めた。
「ごはんを食べ終わったらギルドに行きましょうか」
「うん」
頷いた魔雪のほっぺたに付いていたパンクズを舐め取ろうとしたルフィアに目つぶしするなど色々とあったが無事に朝ごはんを食べ終えた二人はギルドに向かうために家を出た。
「ん? ねぇ、ルフィア。あれ何?」
ギルドに向かう途中、遠い場所にあった砦のような建物を見つけて質問する。
「あれ? ああ、あれは砦ですよ」
「砦?」
「実は昨日の森は地図上で言うとカルテンの東側にあります。あの森って自然のバリケードと言われてます。森の他に野原や平原にも普通に魔獣はいますからね。もっと言えば街以外には必ず、魔獣はいます。そして、魔獣は街に侵入して来ることもあるのです。そこで役に立つのがあの森です」
「何で? 森からも魔獣が来るんじゃないの?」
「森に住む魔獣は森から外に出ようとしません。自分たちの住処ですからね。ですが、他の魔獣は決まった住処を持っていないので街に突っ込んで来るんですよ」
『倒されるのに』、と苦笑いを浮かべるルフィア。
「突っ込んで来た魔獣はもちろん、冒険者たちによって排除されます。しかし、森がある場合、ちょっと変わって来ます」
「どんな風に?」
「東側から来た魔獣は街に突っ込んで来る前に森に突っ込むことになりますよね? その森の中で他の魔獣に倒されます」
「……同じ魔獣なのに?」
「そうです。森に侵入した瞬間、森に住む魔獣が集まって一気に屠られます。冒険者も同じように森の魔獣に攻められますが、そこまで強くないので返り討ちに出来ます。まぁ、オークキングのような強い敵もいますが」
昨日、森の魔獣たちが集まらなかったのはルフィアが風魔法で周囲の匂いを集め、安全な場所を通っていたりするのだが、魔雪は知る由もない。
「じゃあ、砦は何のために?」
「東側は森で守られてますが、西側は無防備なんですよ。なので、砦を建てて守ってるのです」
「守れるの?」
「あそこには優秀は冒険者が配備されていますから。魔法使いもいるので守りは完璧です。見晴らしがいいので近づいて来た魔獣もすぐにわかりますし……魔法と言えば、昨日、闇魔法を使ってましたよね? どんな魔法なんですか?」
昨日は演技の説明だけで頭が一杯になっており、すっかり闇魔法について聞き忘れていたのだ。
「……え? 闇魔法?」
しかし、ルフィアの問いかけに首を傾げる魔雪。
「闇魔法ですよ。昨日使ってたじゃないですか」
「使ってないよ?」
「は? だって、手足に紫色の靄みたいな物が纏わりついてたじゃないですか。あれ、闇魔法ですよね?」
「そんな靄あったの?」
そこでやっとルフィアはわかった。
魔雪は無意識に闇魔法を使っていたのだ。時々だが、魔法を無意識で使える人がいる。本来なら魔法の形を頭に思い浮かべなければ使えないのだが、無意識で使っている人はそれを必要としない。つまり、無詠唱魔法と同じようにロスなしで魔法が使えるのだ。まぁ、無意識なので慣れた魔法以外の魔法は魔法の形を思い浮かべなければならないが。
「今日、ギルドの裏にある練習場を借りて魔法の練習をしましょうか」
そう言いながらルフィアは魔雪の頭を撫でながら提案する。
確かに、無意識で魔法を使えるのは戦闘において有利だ。しかし、魔雪は魔法を使ったことすら気付いていない。それでは本当に魔法が使えるかどうかわからない。まずは、闇魔法を使っていることを自覚させなければならない。
「? うん、わかった」
ルフィアに頭を撫でられる理由はわからなかったが、魔法の練習が出来ると思ったら嬉しくなって魔雪は元気よく頷く。
……普段の魔雪ならこんな反応はしないのだが、今の魔雪は幼女モードである。言動もそうだが、思考そのものが幼児化していたりする。自分のことを『私』と言ってしまうのも時間の問題だろう。
「あ、マユちゃん、ルフィ、おはよう」
ギルドに到着すると受付にいたアルが2人に挨拶する。
「おはよー」「おはようございますー」
ルフィアは軽く、魔雪は頭を下げてそれに返事した。
「昨日の依頼、どうだった? マユちゃん、初めてだったんでしょ?」
慣れた手つきでルフィアに用紙を渡しながら魔雪に質問するアル。アルが渡した用紙は依頼完了の報告書だ。依頼は報告書と討伐依頼ならば魔獣の一部を、採取依頼ならば採取した物を、おつかい依頼ならば依頼者から手紙を貰い、報告書と一緒にギルドに提出して初めて成功となる。
「はい、初めてでした」
「へぇ、どうだった?」
「めちゃくちゃ大変でしたよ。1人で倒すの」
「おお! マユちゃん、倒せたん……あれ? でも、昨日、ルフィアが受けた依頼って……」
「はい、アル。書けたよ」
首を傾げているアルにルフィアが報告書を渡す。
「ああ、どうも……って!? オークキング!?」
「では、私はオークキングを渡して来るのでここで待っていてくださいね」
「うん、わかった」
驚きのあまり、硬直しているアルと魔雪を置いてルフィアは別のカウンターに向かった。
「ま、マユちゃん……これを1人で?」
「これってオークキング? そうですよ?」
「オークキングよ!? ランクBの魔獣よ!? ランクGの――しかも、初めての依頼で倒すなんて……そんなこと……ちょっと、ギルドカード貸して」
「ん? あ、はい」
アルは魔雪にギルドカードを渡すと何かの端末にギルドカードをスキャンさせる。そして、キーボードのような物を叩いてアルの手元にあるモニターを凝視している。
「……本当だ。オークキング討伐って記録されてる。しかも、1人って……」
ギルドカードには倒した魔獣を自動的に記録する機能が付いている。しかも、何人で倒しただとか、どのように倒しただとか細かい情報まで記録される。魔雪の場合、『オークキングを1人で討伐。頭蓋骨粉砕』と記録されていた。
「どうしたの?」
「……ねぇ、これからの予定は?」
「これから、ギルド裏の練習場で魔法の練習をするってルフィアが言ってたよ」
「わかったわ。その手続きもしておく。でも、練習が終わっても勝手に帰らないでってルフィに言っておいて」
「了解です」
魔雪が頷いたのを見てアルは受付の奥へ行ってしまう。
「オークキング、渡して来ましたー……あれ? アルはどこに行ったんですか?」
「奥に行っちゃったよ? 後、練習が終わっても勝手に帰らないでって」
「何かあったんでしょうか? まぁ、結構な時間、練習すると思うので大丈夫だと思います。では、行きましょうか。きっと、アルが練習場の使用手続きを済ませておいてくれたのでしょう」
それから2人はギルドの裏にある練習場へ向かった。
じ、次回こそ闇魔法について解説します。




