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「それでは魔法講座を始めさせていただきます」
「お願いします、ルフィア先生」
森に向かう途中、幼女と変態が魔法講座を開いていた。
「では、いきなりですが問題です。水魔法は何が出来ると思いますか?」
「ええ!? み、水魔法でしょ? さっきみたいに水を発生させたり、水を操ったり出来るんじゃないの?」
唐突な問題に魔雪は戸惑いながらも自分なりの考えを述べる。
「確かに水魔法と聞けばそう思うでしょう。半分正解です。ですが、惜しいですね。足りません」
「他にも出来るの?」
「そうですね……マユちゃん、この水を触ってみてください」
手の平の上に水の弾を出現させたルフィア。魔雪はおそるおそるその水の弾に指を突っ込んでみた。
「あ、ぬるい……」
「では、こちらにも――」
「湯気出てるよ! 絶対、熱湯じゃん!!」
熱湯に指を突っ込んで火傷した魔雪の指に優しく回復魔法をかけ、どさくさに紛れて魔雪の可愛らしいお手々をペロペロするルフィアの変態的な作戦は失敗に終わった。
「ちっ……その通り、よくわかりましたね。つまり、水魔法は水を操るだけでなく、水の状態も変化出来ます」
「……」
魔雪の絶対零度の視線を受けてルフィアは少しだけ興奮した。
「そして、熱湯の他にもこんなことさえ出来るのです」
顔を紅くして『はぁはぁ』言いながらルフィアは熱湯の弾に魔法をかける。すると、熱湯だった水が一気に冷えて氷になってしまった。
「こ、凍った?!」
「そう、水魔法を使えば水を凍らせることも出来るのです。更に水を凍らせることが出来ると言うことは…」
氷の弾は明後日の方向へブン投げて、空いた手を魔雪の顔に向ける。そして、魔法を発動。
「うわっ!? 冷気が!?」
ルフィアの手から冷気の風が魔雪の顔面に直撃する。冷気と言ってもエアコンと同じぐらいの温度なので凍傷になることはなかった。
「更に更に! 冷気を操れるとなれば!」
ぬるい水の弾も明後日の方向へ投げて魔雪の顔面に向け、今度は温風を放つ。
「あ、あったかい……」
「このように水魔法と一言で言っても色々なことが出来ます。言ってしまえば、自分の解釈一つで魔法は広がるのです」
水魔法→水を操れる→水の状態も操れる→熱湯に出来る→逆に凍らせることが出来る→ならば、冷気も操れる→では、逆に温風も操れる
今、ルフィアが言った事をまとめるとこのようになるのだ。
因みにどうして冷気を操ることが出来れば、温風を操れることになるかというと、冷気を放出することをプラスだと考えて、その力をマイナスにし、放出――力のベクトルを反転させて放出すれば冷気は温風となり、放出される、という考え方だったりする。
「水魔法=水を操る。これだけでは温風まで辿り着きません。これが出来るのであれば、これも出来るのではないか? そんな考えが必要なんですよ。さすがに水魔法で炎を操ることは出来ませんが、そこまでの過程が出来れば可能かもしれません」
「へぇ……じゃあ、風魔法はどんなこと出来るの?」
「風ですか? そうですねぇ……風を操るのであれば気流を操って雲を集め、雷を落とせる、みたいな解釈をすれば……ほら」
慣れた手つきでルフィアは自分の手に雷を纏わせる。
「か、風で雷を操れるの!?」
「かなり無理矢理ですけどね……この考えがまとまるまで50年はかかりましたよ」
「ルフィアって今、何歳?」
「乙女に年を聞いてはいけませんよ? 147歳です」
「答えてくれるんだ……」
彼女なりの罪滅ぼしである。もちろん、魔雪の全裸をカルテンの住人に曝してしまったことについてである。
「私が言いたいのは魔法と言ってもひとそれぞれで形が違う、ということです。私の友達で光魔法を使い、その子が立っている場所から半径1キロ範囲内の光を全て奪って暗闇にしてしまう子がいました」
「なるほど……柔軟な考えが必要なんだね、魔法には」
「そう言うことです。では、そろそろ本題に入りましょう。マユちゃんは闇と聞いて何を思い付きますか?」
ルフィアの目的は最初からここにあった。魔雪の持っている闇魔法はまだ解明されていないことが多い。そのため、魔雪の魔法は手探りで使っていかなければならないのだ。しかし、戦闘中にそんなことは出来ないので、事前にある程度、闇魔法の使い方を考えておこうというわけだ。
「んー……ブラックホールとか?」
彼の頭に宇宙に存在する光さえも吸い込むあの真っ黒な現象が浮かんだ。
「ぶらっくほーる?」
「あっと……なんて説明すればいいのかな? 光さえも吸い込んじゃう現象だよ」
「光さえも!? それは、すごいですね……確かに邪悪そうです。闇ですね」
「あ、でも、あれって重量の問題だから闇は関係ないや」
「重力!? 重力って光を吸い込むんですか?!」
ルフィアの世界でも重力は存在する。もっと言えば重力魔法なんてユニークスキルもあったりするのだが、ルフィアの知っている重力魔法は対象の重さを変えたり(実際には重力加速度を変化させているだけだが)、逆に自分の重力を軽くして飛んだりするだけのものだった。だが、魔雪の話では重力は光さえも吸い込むものだと知って驚愕したのだ。
「光を吸い込むって言うか……脱出出来ないだけだよ」
「十分すごいですって! そんな現象が起きたら大変じゃないですか?! マユちゃんの世界ではどうしてたんですか!?」
「ブラックホールは宇宙……ずっと空の上でしか発生してないから対策も何も関係なかったんだよ」
「そ、そうなんですか……」
「そんなことより! 闇魔法について考えないと!! まだ何もわかってないじゃん!!」
それからしばらく、2人で唸るが明確な答えが出る前に森に着いてしまった。
「結局、何も思いつきませんでしたね」
「……うん。大丈夫かな?」
森の中を進む2人。ルフィアは冒険者として長いので適当に歩いているが、魔雪は戦闘はおろか森に入るのも初めてなので少しだけ不安だった。
「大丈夫ですよ。マユちゃんは私が守るので!」
不安そうしている幼女を見て興奮しながらルフィアはペッタンコな胸を張った。
「う、うん……頼りにしてるね。ルフィア」
「きゅんっ」
そんなやり取りを繰り返していると突然、ルフィアが足を止める。
「どうしたの?」
「……敵が近づいて来てますね。大きさ的に私たちが受けた依頼対象だと思います」
「え? 何でわかるの?」
「実は、風魔法で森中の匂いを集めていました。北の方から嫌な匂いが流れて来たのでそちらから来ますよ」
始めて見る冒険者らしいルフィアの姿を見て魔雪は思わず、感動してしまった。あんなに変態な彼女が、と失礼なことを考えているがルフィアは敵がいるであろう方向を睨んでいて彼の視線に気付くことはなかった。
「ここは少し木が密集し過ぎていますね。確かこの先に小さな広場があったと思いますからそこへ行って戦闘の準備に入りましょう」
「うん!」
彼女がいれば例え、自分が失敗しても大丈夫だ。彼はそう高を括ってしまい、ルフィアの後をついて行った。
「……まだかな?」
ルフィアの言ったように小さな広場を見つけた彼らだったが、ルフィアは獲物を引き寄せて来ると言って森の奥へ消えてしまった。
(結局、どんな相手になるのか聞きそびれたな……)
まぁ、今更そんなことを思っても仕方ない。ルフィアが連れて来る相手はきっと自分の実力に見合った敵なのだろう。そう、思いながら魔雪はジッとその場で待機し続けた。
「マユちゃーん!」
しばらくするとルフィアが木の上から姿を現し、魔雪の隣に着地した。
「ルフィア、どう?」
「はい、敵はこちらに向かってますよ」
「よかった……ところで、俺が戦うのってどんな――」
魔雪の質問はそこで途切れてしまった。唐突に地面が揺れ始めたからである。
「な、何!?」
「そろそろ来ますよ! 戦う準備を!」
「ま、待って?! 何?! 俺が戦う敵ってどんな奴なの?!」
彼の中ではゴブリンやコボルドなどの小さな敵と戦うのだと思っていた。だが、この振動を起こしている奴が敵ならばとんでもない大きさになる。
「決まっていますよ!」
すでに涙目な魔雪を見てニコニコ笑いながらルフィアは言い放った。
「オークキングです」
その言葉とほぼ同時に小さな広場に見上げるほど大きなオークキングが姿を現した。
次回、初戦闘です。




