ふかき
それは昨日の魔法学校でのことだった。
翌日からの三連休に浮かれていた生徒たちをたしなめるように、先生が声を上げたのだ。
「今日の授業はここまで。さて、皆さんにはこのタマゴを配ります。勤勉な生徒である皆さんにはこれが何かもうお分かりですね? さぁ、一人一つずつ手にとって。そう、割らないようにね」
もちろんそれが何なのか理解していないものは教室にはいない。ちょうど今やっている教科書の前の章で習ったばかりだ。六芒星が描かれた純白のタマゴ。それは私たちがはじめて手にする召喚獣のタマゴだったのだ。
「明日から連休に入ります。皆さんはこのタマゴを教科書の手順に従って孵すこと。これが休みの間の課題になります。同時に今後の授業にも役立ててもらいますからね。しっかりと孵して、その行程をレポートにして提出してください。では、今日はここまで」
もう、連休の予定なんて頭から飛んでいってしまった。それは自分の最初のパートナーになるかもしれない大事な存在なのだ。
他の生徒も、大事に大事にタマゴを扱っている。壊れないようにそっとかばんに入れ、柔らかいものでくるんだり。手に持ったまま、恐る恐る歩いたり。とにかく細心の注意を払いながら、帰宅したのだ。
今、そのタマゴは柔らかい布を敷いたテーブルの上に、ちょっとななめに首をかしげながら座っている。はやる気持ちを抑えつつ、私は教科書を開いた。
『召喚獣のタマゴの孵し方その一、タマゴに魔力を込めます。ここで込めた魔法属性がそのまま召喚獣の属性になります。最初は自分が得意な属性か、無属性が良いでしょう』
これは問題ない。私はタマゴに描かれた魔方陣に指をあて、自分の魔力を注ぎ込む。私の得意な属性は炎。十分ほどそうしていると、タマゴはしだいに赤く染まり、炎の属性で満たされたことが確認できた。自分の魔力とはいえ、真紅に染まったタマゴは美しく、やる気に満ち溢れているように見える。
満足のいく出来にほっと一息ついて、私は再度教科書に目を落とした。
『召喚獣のタマゴの孵し方その二、タマゴに何か好きな音楽を聞かせましょう。歌でも楽器の演奏でもかまいません。あなたの好きな音楽は召喚獣にあなたの趣向を教えます。これによって召喚獣の性格が決まるといわれています。最初は優しい音楽がいいでしょう』
さて、困ったことになった。私は歌が得意じゃないし、音楽を奏でたり聞いたりする趣味もない。友人に歌の得意な子は居るが、それでは私が孵した事にはならないかもしれないし、何より意地がある。最初の一匹だからこそ、自分ひとりの力でやってみたいのだ。
部屋の中をぐるぐると回りながら、何か方法はないかとあれこれ考えてみる。そしてふと思い出した。
子供の頃好きだったオルゴールがあったはずなのだ。急いで物置に駆け込むと、ほこりを撒き散らしながら目的のものを探す。それは、一番奥の箱の中に何かを待っていたように居座っていた。
急いで部屋へともどり、壊れていない事を祈りながら、小箱のふたを開く。ゆっくりと流れ出し、部屋に満ちる音楽は、いつの日にか聞いた懐かしい旋律。
どうしてしまい込んでしまったのか、理由すら覚えていないが、私はこの曲が好きだったことを思い出した。
いつの間にか目を閉じ、聞き入ってしまっていたようだ。目を開けるとテーブルの上のタマゴは魔方陣に淡い光を湛えている。どうやらここまでの行程は成功しているようである。
私は三度、教科書の文字をなぞった。
『召喚獣のタマゴの孵し方その三、タマゴを温めましょう。暑すぎても寒すぎてもダメです。個体差はありますが人肌が丁度良いとされています。割らないように注意しましょう』
これが最後の行程のようだ。震えそうになる手をどうにか抑えて、タマゴを両手で包み込み、そっと胸に抱きしめる。それは何かに祈りを捧げる行為に似ていた。実際、祈ってもいた。
素敵な召喚獣が生まれますように。私の言うことをちゃんと聞いてくれますように。
誰に向かっての祈りかは解らなかったが、そうやって祈りを捧げながらほんの少しだけ強く抱きしめたとき。
タマゴが発していた光はその輝きを強め、そして――――。
「……爆発してしまいました」
レポートを読み上げ終えた私は、力なく椅子に座り込んだ。その態度はけっして良いものだとは言えないが、クラスの大半は私と同じように、力なくふさぎこんでいる。そして横目でチラチラと孵化に成功した召喚獣を眺めているのだ。
「どうやら、皆さんは小さなタマゴに力や思いを込めすぎたようですね。今回の失敗は次に生かしてください。さぁ、今日の授業を始めましょう」
どんなに気分が落ち込んでいても、先生の話は進んでしまうので仕方なく教科書を開く。
いつの日か手に入れる、小さなパートナーを夢見ながら。
終わってね




