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2010年8月17日12時30分 イラク上空

 メヌード中央広場から飛び立った輸送ヘリ、シーナイトは2つのプロペラを回転させながらバグダット空港へと向かっていた。地上との距離は、石造りの建物と道を走る車とアリぐらいに小さい人の姿も確認できぐらいのものだ。

 レイナ・クレセントは窓からを外を眺めていた。過ぎ去っていく地域に未練でもあるかのような眼差しだった。限りなく死に近づいていたのに、監禁されていた疲労感や救出された喜びが見えないように、表情は険しかった。

 傭兵たちのうち3人は早朝から行動していたせいか、目をつぶっていた。ウィリアム・クロウドはレイナのは左横で腕を組みながら。マックス・ベルナーはレイナの右横で頭を床の方に下げながら。スコット・レングランは機内中央で両腕を頭の後ろで組み仰向けになり、大きないびきをかきながら眠っていた。

 目を開けていたのは、ジェームズ・ハリス、イーシャ・ルドウ、ジン・ヨシノ、ユウナ・ブルック、ディヴァイド・ソーヤ。ハリスはヘリの操縦席で大好きな空の景色を見て楽しんでいた。ルドウはレイナの反対側の位置に座り、イヤホンをしながら小型音楽プレイヤーをいじっていた。やけに指を動かしている様子は音楽を選んでいるというより携帯でメールを打っているみたいだった。ハッチ側にいるヨシノはお気に入りのアンチマテリアルライフルのマガジンに弾丸を入れていた。

 操縦席の近くに座っていたソーヤとブルックは周囲に感づかれないよう小声で会話をしていた。頭上で轟音を立てている2つのプロペラをそれを2人を助けてくれていた。

「裏切り者がいるわ」ブルックが言った。「こいつらの中に。じゃないと私とルドウの正体を奴らが見破ることは不可能だったわ」

 ブルックは機内にいる傭兵たちに疑いの眼差しを向けていた。そうである以上、任務完了とは言えない状況だった。バグダット空港に到着し、アメリカに帰国するハーキュリーズに乗り換えるときに妨害されるかもしれない。

「それは間違いないな」ソーヤはブルックの方に目だけを向けた。「なぜ俺を信用している?」

 ブルックが20分前に広場で話しかけてきたことが記憶から蘇った。

「敵はあなたのことを恐れていたわ。それで完全にあなたがシロとも言えないけど、マイナス要素にはならないわね」

「なら君も同じだな。もちろんイーシャもだが」

「どういう意味?」

「奴らに拉致されたからと言って、俺にとって完全にシロにはならないというわけさ。灰色だな」

「灰色ね。ま、それでもマシな方ね。私にはあんたとイーシャ以外の連中は黒に見えるから」

 ブルックは拉致されていたときに聞いた敵の会話を思い出した。ラセーナという名前をしっかり覚えいてた。その女の正体がわかれば敵の正体も明らかになると思った。

「ラセーナという女を知っている?」

 ブルックの質問に少し間をあけてソーヤは答えた。

「ああ。ラセーナ、彼女は、CIAの工作員だ」

 CIAという単語を聞いてブルックは舌打ちをした。CIA?なら敵の正体は明らかじゃない。わかりやすくも全員白人だったんだから。

「じゃあ、レイナをさらったのはCIAの仕業だと言うの?」

 CIAは敵に回すには非常に厄介な存在だった。あまりにも強大すぎる。創設されてからアメリカの歴史の裏で暗躍し続けている組織であり、戦っても得られるものはないし、個人が勝つことは到底不可能だ。これからアメリカで安心して暮らせることにブルックは期待できず、絶望した。アメリカどころか、もはや安全に暮らせる場所などこの世には存在しない。生きている限り、いつ殺されるかわからない恐怖が死ぬまで追ってくる。

「CIAがなぜ、ただのNGO職員を狙うかは俺にはわからんな」

 ソーヤは窓の外を眺めているレイナを見た。仮に敵がCIAだとして、何があっても彼女を守り抜くべきか

どうかを考えた。それは傭兵としての仕事の範疇を超えている。損得で考えれば損失にしかならない仕事だ。

「確かにね」ブルックが言った。「何か連中にとって都合の悪いものでも持ってるか」レイナの方に視線を向けた。「テロリストに協力している女かね」どちらにしろ、できるだけレイナには関わりを持つのは避けたほうがいいかしら。もう手遅れかもしれないけど。

「しかし」ソーヤが言った。「奴らはわざわざ誘拐してそれを動画サイトに投稿したんだ。ラセーナはそんな意味不明なことはしないと思うんだがな」

 仮にレイナがテロの容疑者だとしたら、ラセーナは秘密裏に拘束し、尋問する。わざわざテロリストの仕業に見せかけるようなことはしない。ソーヤはそう思った。

「ずいぶんラセーナって女のことを評価しているみたいね」

「それは彼女が―」

 機内に耳障りな警告音が響いた。一定のリズムを取っている。眠っていた傭兵たちも目を覚ました。

「何だ何だ何だ?」レングランが言った。勢いよく横になっていた状態から起き上がった。

「クソ!」と怒鳴る声をソーヤは背後から聞いた。デルタ・フォース時代にこの警告音は何度も聞いたことがあった。死へのカウントダウン。

「何があったハリス!」クロウドが言った。

「まずいぞ!ミサイルを撃たれた!」ハリスが言った。操縦席にあるレーダにはミサイルを表す三角形が機体に近づいている様子を映していた。「皆何かに掴まれ!結構揺れるぞ!」

 上空ではヘリを撃墜することを得意とする1発のスティンガー・ミサイルが煙を噴射しながら迫っていた。航空機から放出される赤外線を探知し、追撃する能力を持ったミサイルである。

 シーナイトのエンジン排気口から煙を出しながら火球が広範囲に何発も放出された。そのあとシーナイトは急旋回した。放出されたのはフレアという、燃焼しながら赤外線を出す球で、スティンガーにシーナイトを探知することを困難にさせる。フレアは太陽と同じようなものである。赤外線ホーミング誘導ミサイルは、太陽に向かって飛行している対象の航空機が急旋回をすれば、多くの赤外線を放出している太陽に目標を変更する場合があった。

 だが、それは一昔前の話だった。スティンガーは、先端に赤外線カメラが付いており、航空機の形をした赤外線の塊を攻撃するように設計されている。目標の偽物と本物を区別できるのだ。だから、シーナイトは広範囲にフレアを撒いたのだ。そうすることで赤外線カメラから、フレアによって形成されたシールドがシーナイトの姿を隠すことが期待できた。

 実際にスティンガーはフレアに命中し、爆発した。傭兵たちは急旋回したヘリの中でバランスを保つのが難しいのに、更に爆風が追い打ちをかけてきた。とりあえず墜落していない、とソーヤは思った。窓からは爆発の煙、そしてフレアが燃え尽きたあとに形成する蛇のような雲がいくつも見えた。

 揺れている機内でバランスを崩したレイナが中央の方へと転んだ。

「マックス!彼女を起こせ!」ソーヤが叫んだ。その瞬間、窓からシーナイトの横を飛行体が飛び去ったのが見えた。ミサイルではなかった。だが、最悪であることに変わりはない。あれは、まさか。ソーヤを目を見開いた。

「おい、今の見たか!?」レングランが言った。

 ベルナーはレイナを両手で起こしながら他の傭兵たちに目を向けていた。

「何てこと!」ブルックが言った。右手で壁につかまりながら、操縦席にある窓の方へ体ごと向けた。「プレデターよ!」

 その名を聞いた全員が途方もないプレッシャーに押し潰れそうになった。兵士ではないレイナでさえ、それが何かを知っていた。プレデターという名の無人戦闘機がイラクで空爆を行い、巻き添えになった市民を、これまでに何度も目の当たりにしてきた。

「マジかよ!?」ヨシノが言った。「何だって、俺たちがあれに狙われるんだよ!?」

 ソーヤは思った。プレデターは俺たちも狙っているだろうが、一番の標的じゃない。それはレイナだ。俺たちもろとも彼女を殺す気だ。

「おいジェームズ!」レングランが叫んだ。「あれを撃ち落とせよ!」

「馬鹿言うな!このヘリはただの輸送機だぞ!ミサイルなんか装備しちゃいない!」

 前方でプレデターが旋回し、こちらに向かってくるのをハリスは見た。

「クソ!こっちに戻ってくるぞ!」 

 ハリスの言葉を聞いたヨシノはアンチ・マテリアルライフルを手にして、機内右側にある搭乗口の方へ走って向かった。そこから上半身を出し、ライフルを構えた。スコープでプレデターに狙いを定め、可能な限り弾丸を何発も撃ち込んだ。飛行しているヘリから、それよりも高速で飛行しているものを撃ち落とすことが容易だとは思わなかったが、銃を撃つしか抵抗する手段がなかった。不可能に近いことではあったが、腹立たしいことに弾は1発もプレデターに命中しなかった。

 プレデターはシーナイトの方に向かいながら、カメラで照準を定め始めた。映っている緑色の四角い枠がシーナイトに重なり、黄色へと、最後に赤色へと変化した。そして、2発目のスティンガーが右翼から発射された。

「クソ!」ハリスが叫んだ。「ミサイルがまた来るぞ!」

 機内では2度目の警告音がなり始めた。1発目の時よりもリズムのテンポは早かった。

 シーナイトは左に急旋回しながら、再び広範囲にフレアを放出した。だが、1発目のスティンガーを発射された時とは機体の位置が違った。今回はシーナイトがフレアのシールドに隠れきれなかった。そのため2発目のスティンガーが狙いを外すことはなく、シーナイトへと飛んできた。

 機内に爆発音が響き渡った。まだ生きてる。ソーヤは爆発音が聞こえたとき死を覚悟したが、どうやらヘリは大破を免れたようである。

「クソ!エンジンを被弾した!」ハリスの声が聞こえた。その瞬間、操縦席にいるハリス以外の乗員は体が少し浮き上がり、激しく転倒した。

 ソーヤはシーナイトが上空で回転しながら、急降下し始めているのを感じた。窓からは、雲が線のように見えた。地上が徐々に迫ってくる。

「墜落するぞ!」ハリスが言った。「全員衝撃に備えろ!」

 レングランが立ち上がり、ハッチの方へと向かった。そばではレイナが倒れていた。

「スコット!」床に肘を付きながらクロウドが叫んだ。「何をする気だ!?」

 ハッチの開閉装置にレングランが手を伸ばした。

「決まってんだろ!地面に近くなったら、ここから逃げんだよ!」

「よせ!」ソーヤが言った。「ハッチを開けるな!放り出されるぞ!」

 レングランは耳を貸すことなく、ハッチを開いた。ハリス以外の乗員たちが体をハッチの方へと引っ張られた。レングランの体が宙に浮いた。放り出されそうになったが、辛うじてハッチに両手でつかまり、下半身は外にさらけ出していた。レングランは腕を引きちぎられるような痛みに雄叫びを上げた。

 他の者たちは床にしがみつき、滑り落ちそうになることに耐えていた。その横では装備が次から次に外へと放り出されている。アンチ・マテリアルライフルが滑り落ちようとしたのを、ヨシノは両足で掴んだ。ルドウは音楽プレイヤーを必死に口で咥えていた。

 床にしがみつきながら歯を食いしばっていたソーヤは自分のM4が前方から床を跳ねながら落ちていくのを見た。自分の横を通り過ぎ、ハッチの方に目を向けた。そちらにはレイナがいた。M4についているマガジンが彼女の額に当たった。まずい、とソーヤは思った。

 レイナは額に走った痛みに耐えられず床から手を離してしまった。体が宙に浮き、ハッチの方へと向かっていく。ソーヤはとっさに飛び跳ねた。外に放り出されたレイナの右手を左手で掴み、もう一方の手でハッチを掴んだ。両肩に裂けるような痛みが走ってくる。歯を食いしばり、左手を曲げ、レイナを引き上げて、ヘリの中へと戻した。

 すると、隣でハッチに掴まっていたレングランが外に放り出された。雄叫びが離れていくにつれて、小さくなっていくのをソーヤは聞いた。ハッチからは外に街が見えた。回転しながら建物の横をシーナイトは通過した。その瞬間、墜落した音が響いたのと同時にソーヤの視界は白色に埋め尽くされた。

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