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11時50分 メヌード中央広場
地面に象の形をしたガムをスコット・レングランは吐き捨てた。無線機から流れていた会話や音から、ユウナ・ブルックがテロリストの男を殺害したことがわかった。ずっと待っていたことがようやく果たされたのだ。ディヴァイド・ソーヤがブルックに話しかけたているときに、レングランは周りにいるイラク人の目に入らないように右の太ももの前でデザート・イーグルのスライドを後退させ、マガジンから弾を薬室に装填した。
ウィリアム・クロウドは地面に置いていたバックパックを背中に背負い、いつでもテロリストのアジトを急襲できるように備えた。
「それでユウナ、君の今の状況は?」タバコを吸いながらソーヤはブルックへ話しかけた。
「拷問部屋みたいなところにいるわ」ブルックが答えた。床に転がる男の亡骸から何かを持っていないかを調べていてた。身分証のようなものを持っていれば敵の正体がわかるのだが、あいにく都合のいい物はなかった。見つかったものは1丁の銃と3つのマガジンだけだった。
男が発信機のようなものを身につけていたら厄介だったが、どうやらそこまでは頭は回らなかったようだ。もっともこの男も拘束した女に殺されるとは予想もしていなかったのだろう。外から誰かが来る様子もなかった。
『イーシャは無事なのか?』クロウドが聞いてきた。
「さあね、わからないわ。おそらく別の部屋に連れて行かれか、最悪の場合は殺されてるわね」
ブルックはルドウが無事かどうかは気になったが、心配はしていなかった。傭兵をしていれば、仲間が死ぬことは日常茶飯事で、いちいち友情や愛情などを抱くようなことは無駄だった。だから今も傭兵としてやっていくことができている。
『とりあえずユウナ、君が無事でよかったよ』マックス・ベルナーの声だ。近くでジン・ヨシノが何故か鼻で笑う音も聞こえた。なるほど、皆で私のラジオ・ドラマを楽しんでたわけね、とブルックは木製の扉の方へ歩いて行った。右手にサプレッサー付きのベレッタを構えながら、左手で音がならないように、ゆっくりと扉を開いた。階段があり、見張りはいないようだった。その先には壁が見えた。
「おそらく地下にいるようだわ。言っとくけど、この先には何の情報もなしに進む気にはなれないわね」
階段の左右がどうなっているのか分からなければ、敵がどこに潜んでいるかも予想できないからだった。
「私の声はマクドナーにも聞こえているの?」
『ああ、聞こえている』ヘイデン・マクドナーの声が流れた。彼から通信機をもらったのは正解だったわね、とブルックは思った。
飛行機の中でマクドナーは椅子に座り、机の上でノートパソコンを操作していた。メヌード市役所のサーバーにハッキングし、テロリストのアジトだと思われる3つの住宅の設計図を入手した。ブルックの情報をもとに地下室がある住宅をその中から探すと、1軒だけ該当した。これでブルック、ルドウ、レイナ・クレセントの居場所がわかった。
「よし、諸君わかったぞ」マクドナーが言った。彼のすぐ近くでは秘書のキャサリンが救出作戦の進行状況をデルタ・ブレイドのお偉いさん達に報告していた。報酬が1000万ドルの案件には彼らも注目し、随時その報告を求めていた。
「ユウナたちがいるのは3つのうちの東側にある家だ」マクドナーはそう言いながら、パソコンに映るメヌード中央広場にある該当の家をクリックした。
ソーヤ、レングラン、クロウドの持つスマートフォンにマクドナーからデータが送られてきた。ソーヤは携帯電話を操作し、中央広場のマップ写真を画面に映すと、東側にあるテロリストのアジトが黄色で表示されていた。ベルナーとヨシノの携帯にも同じものが送られている。
「ベルナー、来てくれ」ソーヤが言った。
『了解。そこには30秒で到着する』
「クロウドどうだ?」ソーヤが言った。「この広場に奴らの見張りはいるか?」
「いや、おそらくいないだろう」
クロウドはブルックが拘束を解くまでの間に広場を歩き回り、怪しい人物がいないかを調べていた。途中で警備を行っていた米兵と会話することがあったが、内容は急用でこの場を離れるとのことになったとのことだった。彼らはソーヤ達が警備業務を行なっているPMCだということを信じ込み、この場を任せていった。
「それにしても」レングランが言った。「テロリスト共がいる場所がこんな近くにあるのに、何で奴らがユウナとイーシャが家に連れ込まれるところを俺たちは見逃したんだ?」
「さあな」ソーヤが言った。前方にある4車線の道路を見つめながら続けた。「このあたり交通量が多い。おそらく大型トラックが通った時に2人を家にいれたのかもな」
「まあいい。さっさとこの任務を終わらせて、アメリカに帰ってジュリアとケイトとリリスを一気に抱きたいぜ!」
レングランはお気に入りの売春婦とのお楽しみを想像しながらニヤけていた。
道路の向かいにあるテロリスト達のアジトの前に黒いバンが停車した。運転席にはベルナーの姿があった。
「ベルナー達が来た」クロウドが言った。
「よし、行くぞ」タバコを捨てながらソーヤが言った。
3人は道路を渡り、バンの後部に乗り込んだ。
『ユウナ、俺たちが準備している間に家の鍵を開けといてくれ』ソーヤの声が耳に流れた。
「オーケー」ブルックが答えた。「マクドナー、ガイドをお願い」
「よし、まず階段を上がった先には右側にしか通路がない」
マクドナーの声を聞いたブルックはナイフを持つ左手首に右手を乗せ、銃を構えながら階段を登り始めた。コンクリートの階段でよかった。木製なら足音を忍ばせることが難しかっただろう。階段の角に来ると、背中を壁に押し付けた。そして、できるだけ顔が出ないように右にある通路を覗き込んだ。3m先の左にはこの家の玄関があり、その向こうで見張りの男が椅子に座りながら雑誌を読んでいた。膝の上にはマシンガンのMP5を乗せている。
ブルックはすぐに顔を壁に隠した。
「見張りを1名発見。排除するわ」
ブルックは素早く角から出ると、構えた銃を男に向けた。男がこちらの方に顔を向けかけたが、それよりも先に息を吹くような小さな発砲音がなった。その直後に男のこめかみに穴が空いた。血を飛び散らせながら遺体は椅子に沈み込んだ。
「敵を排除。これからドアを開けるわ」ブルックが言った。
『了解』ソーヤが答えた。
ブルックは玄関まで素早く歩き始めた。玄関以外に扉はないこの通路からはつきあたりが見えるが、マクドナーからその先には右に通路があるというマクドナーの説明が耳に流れた。敵が現れるなら、そこからだ。注意しながらブルックはドアのぶに左手で触れ、回転させる。外の光がかすかに差し込むぐらいに扉を開けた瞬間、視界の右側から人影が見えた。素早く銃を向ける。だが、撃たなかった。人影の正体はイーシャ・ルドウで、こちらの方にハンドガンを向けている。
ルドウの目には自分の方にベレッタを構えるブルックがいた。ブルックか。間違えて撃
ったりしないわよね、とルドウが思った瞬間にブルックが彼女の方に発泡した。視界に血が飛び散る。嘘でしょ!私を撃ったのね!だが、ルドウは痛みを感じなかった。弾は当たっていない。すると、背後から男の体が倒れてきた。床に血がゆっくり流れている。
「何してんのよ?」ブルックが言った。銃を下ろし、呆れた表情をしていた。「そいつを殺さずに、拘束を解いたの?」
床に倒れた男はブルックが地下で殺した男の相棒だった。拉致される前に見た顔だ。
「た、助かったわ」ルドウが言った。「ちゃんと息の根を止めたつもりだったんだけど」
「しっかりしなさいよ。あんたさ―」ブルックは何かを言いかけて少し言葉を止め、そしてまた話始めた。「イーシャよ。生きてたわ」
ルドウは明らかに自分にむかって話していないブルックを奇妙に思った。「幻聴が聞こえているの?そんなにひどい拷問を受けたの?でも傷はついてないわね。何をされたの?」
「何言ってんのよ?ああ、あんたは知らないのね。ソーヤたちと話してるの」
「どうやって?無線機は壊されたでしょ」
「詳しい話はあとよ」
ブルックが扉を開けると、その先に黒いバンが止まっていた。勢いよく音を出してドアが開けられ、重武装したソーヤ、クロウド、ラングレンが家の中に入ってきた。ベルナーとヨシノは外に残り見張り役となった。
「ブルック、よくやった」ソーヤが言った。手にはM4カービンを携えている。アメリカの軍や警察の装備する自動小銃だ。腰には右にスミス&ウェッソン社製のM&P、左にベレッタM8000クーガーがしまってある。防弾チョッキの腹の部分には3丁の銃のマガジンを入れるポーチが装着してある。
ソーヤはルドウに目を向けた。「イーシャ、君も無事のようだな」
「ええ、さすがに終わりかと思ったわ。さあ、銃を頂戴」
「ほらよ!」ラングレンがニヤけながらルドウにサブマシンガンで、FN社製のP90とその4個のマガジンを投げた。彼の装備には元々携帯していたデザート・イーグルに2つの装備が加わっていた。これから室内で敵を掃討するのが目的なのに両手には200発の連射が可能なH&K社製のMG43を持っていた。バンの中ではヨシノから、フルオートのショットガンだけ十分だろ、と言われて渡されたMPS社製のAA12を背中の方へと肩からかけていた。
ルドウは受け取ったP90のセーフティーを外し、マガジンをズボンのポケットに入れた。
「さあ、ユウナ、これはお前のだ」クロウドからそう言われて、ブルックはH&K社製のアサルトライフル、G36と5つのマガジンを受け取った。コッキングレバーを引き、マガジンから薬室に初弾を送り込む音がする。G36はやっぱりデザインがいいわ、とブルックは思った。
その様子を見ていたクロウドはDSA社製のアサルトライフル、SA58を両手に持っていた。。右の太ももに装着したホルスターにはH&K社製のハンドガン、USPが収まっていた。
「よし準備はいいな」ソーヤが言った。「これからレイナを救出する。イーシャとウィリアムは先導を頼む。スコットは後方を見ていてくれ」
前方へ先導するポイントマン役となったクロウドとルドウがレイナの部屋へ進み始めた。そのあとにソーヤとブルックが続き、最後にレングランが後方を警戒しながら続いた。
通路の角を右側へクロウドとルドウが曲がると、階段とその横には2つの部屋の扉が見えた。
「階段を上るわよ」ルドウが言った。「そこの2つの部屋には誰もいない」
階段のそばに行くと、クロウドとルドウはその先に銃を構えた。敵はいなかった。見えるのは壁と柵状の手すり。登った先を左へ向かうようだ。ルドウが左に、クロウドが天井の方に銃を構えながら階段を登り始めた。階段の中間に差し掛かり、2階の一部が見え始めた。ルドウの視界には壁にある2つの部屋の扉が見えた。1階の階段に近くにあった部屋の上に位置しているようだ。クロウドは手すりの向こうに壁を見た。どうやら左側に角があるようだ。そこから先の通路は広くなっている。
部隊は階段を上りきった。クロウドが2階の通路の角の方まで移動した。残りの4人は2つの部屋の前で止まっていた。壁に背中をつけながらクロウドが慎重に角の先に顔だけ出す。壁は30センチぐらい薄かった。角の先には最低でも2人の敵が確認できた。2人はU字型のソファに座っていた。そのうち1人は前にあるテーブルに右脚を載せてテレビを見ていた。それ以外に家具はなかった。まるで空家に最低限の物を置いただけの内装をしている。
クロウドは待機している4人に人差指と中指だけを立て、敵は2名いることを知らせた。
「よし一気に叩くぞ」ソーヤが小声で言った。「イーシャ、ウィリアムと一緒に2人を殺せ。ユウナとスコットと俺はこの2つドアを蹴破って、中に敵がいるなら殺す。いいか5人同時に動くぞ」
ルドウがクロウドの方に移動した。レングランは右の扉の前に立った。ソーヤはブルックと共に左の部屋に立った。そうしたのはブルックが女だからじゃない。レングランの持っているMG43の性能を考えれば、1人でも部屋の敵を一掃できるからだった。
ソーヤが左手を広げた。指を1秒に1本ずつ下げていく。その動きを4人が見つめていた。最後の人差指が
下がったとき、5人は一斉に動いた。
クロウドとルドウが角から飛び出し、敵に弾丸の雨を注いだ。2名の敵に多くの穴が空き、血が飛び散る。ソーヤとレングランは同時に2つの部屋の扉を蹴破った。レングランの破った部屋の方には敵はいなかった。ベッドがあるだけだ。ソーヤの蹴破った部屋には2つのベッドがあり、敵も2人いた。ベッドに横になっていた1人を何が起きている理解する前にソーヤが数発撃ち込んだ。ベッドに座っていたもうひとりの男は状況を理解するのが早く、ソーヤにハンドガンを向けた。だが、それよりもブルックが男の頭部や胸を撃つ方が早かった。壁に男の肉片や血がこびりついた。
ソーヤがクロウドとルドウの方に目を向けると、2人は角の先の方へ進んで行った。そして、すぐに銃声が聞こえてきた。発砲音の頻度からマシンガンかアサルトライフルを撃つ音だ。ソーヤたちが角の方へ移動すると、ルドウと
クロウドがしゃがみこみ、ソファに隠れ、銃弾を避けていた。窓が割れ、壁には穴が空き、コンクリートの粉が舞っていた。
角から適当にソーヤは射撃した。2つの部屋の扉からAK―47を撃つ敵が見えたが、命中しなかった。弾が切れた。すぐに身を隠し、空になったマガジンを床に捨て、新しいマガジンを装填した。レングランが近くに来て、スタングレネードをポーチから出した。殺傷能力はないが、視力や聴力を一時的に奪うことができる手榴弾だ。それを見ていたルドウとクロウドは目をつぶった。レングランがスタングレネードを投げて、数秒後に閃光と爆発音が家の中に広がった。
一瞬聞こえた爆発音と共に視界は白くなった。男は上下左右の区別がつかなかった。キーンという耳鳴りがしていた。それ以外には何も聞こえない。普通の人間ならこんな感覚を味わうのは病気になったときぐらいだろうか。視界や聴覚は奪われても触覚だけはあった。どうやらコンクリートに肌があたっている。床だ。男の肌に何か別のものあたる感覚がした。生ぬるい液体がかかったきたようだ。
かすかに白かった視界にカラーの世界が薄く映りはじめて来た。男は薄い霧がただような場にいるような気分にいるだった。上下左右の区別も付けられるようになってきた。見えるのはテーブルの足とその上で光っているものだ。なぜか腕に血が付いている。痛みはないから彼のものではない。光は男が持っている何かから出てきた。間違いない銃だ。この血は横で転がっている同僚のものだとわかった。
銃を持った男がこちらに近づいてきた。殺される。男が銃を向けている。死にたくない。メアリー。男に死の恐怖が襲いかかってきたが、体は固まっていた。
男は何かを言おうとしていた。だが、ソーヤはそんなことは気にせずに敵の体に数発の銃弾を味わせた。最後に1発男の脳に撃ち込んだ。
スタングレードが爆発したあとにブルックが1名、ソーヤが3名を撃ち殺した。ソーヤは銃を下ろさずに視線を床に転がる死体に向けた。白人だ。やはり今回の誘拐事件はアラブ系のテロリストの仕業じゃなかった。
クロウドがルドウを床から立ち上がらせてた。そこにレングランもやってきた。ブルックは手前側の部屋の中に入った。誰もいない。ベッドが4つある。ならもう一つの部屋にレイナがいるに違いない。ここまで来て、残りの部屋にも彼女がいなかったら、アクション映画か刑事ドラマの主人公になったような感じなってしまうが、そんな展開はゴメンだった。
手前の部屋から出てきたブルックがかぶりを振るのを見て、ソーヤは奥の部屋の方に銃を構え進み始めた。部屋の中に入ると窓から光が差し込んでおり、手錠をされた女が怯える目で彼を見ていた。ブロンドで後ろ髪を左にまとめた白人女性だ。体にフィットした白い半袖シャツのせいで胸がでかいことはすぐにわかる。かすかに顔には殴られたような傷跡があるが、美人が台無しになるほどではなかった。
「あんたがレイナか」ソーヤが言った。他の傭兵たちも部屋に入ってきた。
「そ、そうよ。あなたたちは?米軍かなにか?」
「違うわよ」ブルックが言った。「あなたのお父さんに頼まれて助けに来た傭兵よ」
「父が?」
「話はあとだ」クロウドが言った。「ジェームズ、レイナ・クレセントを救出した。すぐに向かいに来てくれ」
『オーケー友よ。今向かうぜ』
いつから俺は奴と友だちになったんだ?とクロウドは思ったが、あまり気にしないようにした。
「マクドナー」ソーヤが言った。「レイナを救出したぞ。今から脱出する」
『了解、おめでとう諸君。これで君たちも我が社も莫大な利益を得られるぞ』
とりあえず任務完了だな、とソーヤは思った。だが、この任務にはいくつもの疑問が残っていた。なぜ白人がレイナを誘拐した上にこれをイスラム原理主義的な過激派テロリストの仕業にしようとしたのか。そして、敵の会話に出てきかた名前、ラセーナ。彼女もこの事件に関わっているのか。そして、なぜこの誘拐事件解決に米軍が使われず、自分たち傭兵が駆り出されたのか。敵の位置まで推定していた仲介者とは何者なのか。謎が多い任務だった。
ふと自分を見つめる視線にソーヤは気づいた。ブルックだった。何かを伝えたいことがあるような目をしていた。どうやら彼女も自分と似たような感覚になっているように思えてきた。
外から銃声が聞こえてきた。音は異なっている。銃撃戦が起きていることは明らかだった。そして、無線が入ってきた。
『おい、お前ら』ヨシノの声がルドウを除く傭兵たちの耳に流れてきた。「レイナを救出したんだろ?なら早く脱出するぞ。こっちはターバン野郎どもに撃たれてる!』
雷が落ちる音に似た銃声が聞こえた。おそらくヨシノがアンチ・マテリアルライフルを撃ち返す音だ。
12時10分
弾が切れたので、新しいマガジンをマックス・ベルナーはシグ556に装填した。建物の中から銃声を聞いたときには見張り役を暇だと思っていたが、銃声が止んだあとに今度は自分に忙しい役割が回ってきた。今はバンに身を隠しながら、何人いるわからないテロリストの相手をジン・ヨシノと2人だけでやっている。
バンの後部からベルナーは道に止まっている車を、盾にしているテロリストたちに撃ち返えした。1人に弾があたり、ボンネットの上に上半身だけを載せ、転がり落ちる様子を見てしまった。人を撃ち殺したのは、ベルナーにとって始めてことだった。だが、不思議と後悔のようなものは微塵も感じなかった。殺らなければ殺られる。そんな単純明快な考えがベルナーを戦闘時に余計な感情を感じさせないようにコントロールしてくれた。
隣でバンのエンジン部分を盾にしてるヨシノはライフルのスコープで狙いを定めていた。敵は車に隠れており、ベルナーのように撃ちまくるのは弾の無駄でしかなかった。敵の姿が見えないなら、障害物を取り除けばいい。そうするなら、おのずと狙う的は絞れてくる。ヨシノは集中して、息を止め、ライフルの引き金を3回引いた。そして同時に3回の爆発が聞こえてきた。
何事かとベルナーが確かめると、車が炎上していた。どうやらヨシノはガソリンタンクを狙ってたいたようだ。炎上している車の周りには血だらけ肌を黒くなるよに燃やされていた死体が20体ほど転がっていた。
すげーな、こいつ、とベルナーが思うほどヨシノの狙撃能力は優れていてた。
「おい、何だ何だ?」レングランが言った。どうやら家から出てきたようだ。続いて他の傭兵たちと一緒にレイナも出てきた。
「どうやら終わったようだな」クロウドが言った。先程まで人が多くいたメヌード中央区はテロリストの死体と捨てられた車だらけになっていた。建物の中から銃声が聞こえれば、無理もないことだった。
空から爆音が聞こえてきた。ジェームズの操縦するヘリコプターが中央区に降下してきていた。
「どうやら迎えも来たようだな」ヨシノが言った。
レイナは周りに広がる死体と炎を黙って見ていた。その表情は険しかった。
ベルナーはブルックが車道の方へ歩いていくのを見て、「ブルック、君とイーシャが無事でよかったよ。」と声をかけた。だが、彼女は無視して歩き続けた。その先にはソーヤがいた。
こいつらはアラブ系か、とソーヤは道に転がる死体を見つめながら思った。後ろから聞こえるヘリが降下する音が大きくなっていた。
「ディヴァイド」声が聞こえた。振り向くと、ブルックがいた。
「話があるの」
「俺にか?」
「あなただからよ。あなた以外は、信用できないからよ」
そう言って、ブルックは他の傭兵たちの方に目を向けた。そして、またソーヤの方に目を戻した。
ベルナーがブルックとソーヤのことを見ていると、ヘリがメヌード中央区に車道に着地し、2人の姿に重なり、見えなくなった。