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2010年8月17日7時、イラク、バグダット、ハタファ・ホテル


 ソーヤ達はスイートルームでブリーフィング(作戦説明)に参加していた。窓からはバグダッドの街並みを見ることができる。ブリーフィングが行われている部屋の中央には大理石で出来た長方形のテーブルがあり、6人は入り口側に置かれた椅子に座っていた。6人の前方に映像が映っている2台のスクリーンがある。その左横には寝室につながるドアがあり、右横でデルタ・ブレイドの分析官ヘイデン・マクドナーがソファに座って映像を眺めていた。

 ワックスで固めたオールバックが特徴であるマクドナーはスーツ姿で、いかにもビジネスマンのように見える。ソーヤはマクドナーと面識があった。2週間前に彼をヘッド・ハンティングしたのはマクドナーだったが、始めて会ったのは12年前だ。イランでの潜入任務の際にソーヤが救出したMI6の諜報員がマクドナーだった。その頃からオールバックの髪型は変わっていない。

『我々の要求は以下のとおりだ』左のスクリーンに映った、黒いフェイスマスクをした男が言った。アラブ語だ。映像はYOUTUBEに投稿されたテロの犯行声明だ。男の左横で猿ぐつわをされたブロンドの美女が、拘束されていた。男の手にはAK47自動小銃が握られている。

『一つ目はイラクに駐留するアメリカ軍の全面撤退』

 男の話など聞く気がなかったソーヤは、右のスクリーンに目を向けた。ブロンドの美女に関する画像や説明が載っていた。

 ブロンドの美女の名はレイナ・クレセント。1978年生まれの32歳。画像は彼女のFacebookアカウントから入手されたものだ。5枚の画像の中には26歳の時のビキニ写真もあり、グラマラスな彼女の胸がソーヤの右横にいるレングランを興奮させているようだ。顔がニヤついている。その横にいるヨシノは呆れているような表情でレングランを見ていた。

『2つ目』テロリストの男が言った。『拘束されている我々同士の全員の釈放だ。要求期限は8月22日の午前0時まで。それを過ぎたら、この女の殺害を放映する」

 映像が停止した。テロリストの男とレイナが映っているシーンだ。2人の背後の壁には陽の光が当たっている。こいつら素人か?とソーヤは思った。この映像のおかげで日中に撮影されていることがわかる。今までに拉致を行ったテロリストたちは全グループが壁を旗で隠し、撮影時が昼か夜かを判断させないようにしていた。

「駐留米軍の撤退とテロリストの釈放か」クロウドが言った。「アメリカ政府の対応は?」

「テロリストとの交渉には応じない姿勢を鮮明にしている」マクドナーが答えた。

 テロリストとの交渉には応じない、という考えは、テロリストには屈しない、という考えと共にアメリカ政府が従来から主張していたものだ。だが、それは建て前であり、政府要人や情報提供者などの重要人物が人質となれば、非公式にアメリカ政府はテロリストと交渉してきた。そのことをデルタ・フォースとして裏舞台で活動していたソーヤは知っていたし、元MI6のマクドナーと元シールズのクロウドも知っているだろうと、思った。

「レイナ・クレセントは重要人物か?」ソーヤがマクドナーに尋ねた。

「我が社にとってはな。だが、アメリカ政府にとっては無用な存在だ。要求には応じないだろう」

「無用な存在とはどういうこと?」ブルックが尋ねた。

「レイナはNGOのピース・メイカーの職員で、そこで彼女は政府の対イラク政策を繰り返し批判してきた。彼女が殺されれば、少々の批判が世論から出るだろうが、耳障りな人間が消えるというメリットも政府は手に入れられる。金や人員を出すには値しない人間というわけさ」

「そんなことで、政府は方針を決めるのかよ?」ベルナーが言った。

「それが現実だ」ソーヤが言った。「国民の命を守るために働いていたお前には失望することだろうが、政府が守りたいのは、大勢の国民であって、1人の国民じゃないのさ」

 ソーヤの言葉にベルナーは納得できないような表情を浮かべ、腕を組んだ。

「ま、だから我が社にとっては都合がいい」ソファから立ち上がったマクドナーが言った。「彼が今回の依頼人だ」

 レイナのプロフィールが映った画面が50代後半の男のプロフィール画面に切り替わった。

「ああこの男か」ヨシノが言った。

「知ってるのか?」マクドナーが尋ねた。

「ああ、ロイド・クレセント、ヘッジファンドマネジャーで、この前、議会公聴会に参考人として呼ばれてた男だ。テレビで見た。なるほど。金融規制に積極的な現政権なら、緩い今の規制を利用して、利益のために金融システムを崩壊させることに貢献した男の娘の救出に消極的なわけだな」

 その場にいる全員がヨシノの講義に呆気に取られた。そんな中、レングランがヒューと口笛を吹いて、茶化した。

「さすがは勤勉な中国系フランス人だぜ」

「俺は中国系でもなければ、フランス人でもない。日本人だ!」

「似たようなもんだろ。はっはっはっはっは!」

「はい、そこまでだ」マクドナーが言った。「彼が今回の任務の依頼人で報酬として1000万ドル出す。お前らの取り分は4割だ」

「悪くない金額ね」ブルックが言った。

「彼が依頼してきたのか?」ソーヤが言った。「いつの間にデルタ・ブレイドはヘッジファンドと仲良しになったんだ?」

「依頼は仲介人がしてきた。ただ、仲介人の正体は不明だ。上層部が仲介人の正体を明かさなかった。ソーヤとクロウドの起用は仲介人からの希望だそうだ」

 中央の椅子に座るソーヤとクロウドに4人の視線が集まった。「さすがは元特殊部隊出身の2人だな」とレングランがガムを口に入れながら言った。

「俺たちを指名してきた奴なら、ある程度を候補を絞れるな」とクロウドを見ながらソーヤが言った。「マホーン、オブライエン、フォード、フィンチ、ムスル、ランディの誰かだな。誰だと思う?」

「フォード?」とベルナーが言ったが、クロウドが「興味ないな」と言ったせいで誰も反応しなかった。

「そのとおり」マクドナーが言った。「仲介人の正体は任務には関係ない」

「ところでよ」レングランが言った。「俺らの報酬は400万ドルだろ。6人で割るなら1人いくらになるんだ?」

「6人じゃない。8人だ」

「は?」

「今回の任務は8人で取り組んでもらう。残りの2人を紹介しよう。入れ」

 マクドナーがそう言うと、部屋のドアが開き、男と女が入ってきた。2人はマクドナーの横に来た。

「紹介しよう。元SASのジェームズ・ハリスと元イラン革命防衛隊のイーシャ・ルドウだ」

 ハリスはトレードマークの黒いキャップをしていた。薄毛を隠すためだ。ルドウは黒髪のショートで、デニムのジャケットに身を包んでいた。ファスナーが開いたので、大きな胸にピッチリと張り付いた黒いTシャツが見える。

「パイロットとイラン人か」ソーヤが言った。「久しぶりだな2人とも」

「知り合いか?」ベルナーが言った。「ああ、またデルタ・フォース時代の話か」その先を尋ねる気がなかったのかベルナーは話すをやめた。

「改めて」ハリスが言った。「ジェームズ・ハリスだ。今回の任務ではヘリのパイロットとして参加する。よろしくな!」

 ハリスはニヤリとしたが、「よろしく」と言ったベルナー以外は無言だった。ブルックの表情は残念そうに見えた。これで一人あたりの報酬が50万ドルに減ったから当然かもしれない。

「私はイーシャ・ルドウ」ルドウが言った。レングランは興味深く見ていた。「元々イラクでは常勤だから参加してるようなものよ。久しぶりね、ディヴァイド。10年ぶりかしら?」

「最後に君を見たのは、俺が君の脚を撃った時だ」

「感謝してるわ。助けてくれて」

「ところでよ」レングランがにやけながら言った。「イーシャはなかなかセクシーじゃないか。任務が終わったら、俺の息子に会ってくれよ。ベイビー」

「あんた子供いんのか?」ベルナーが問いかけるだけで、他は無言だった。

「子供どころか」ヨシノが言った。「結婚さえしてないさ。こんな変態野郎には無理だからな」

 ブルックが口笛を吹いた。

「んだと!?このジャップ野郎!」

「やめろ」クロウドが言った。「そろそろ作戦の詳細を聞きたい。無駄な会話はレイナの命を危険にする」

「その通りだな」マクドナーはそう言うと、スクリーンの画面を切り替えた。すると街のマップが出てきて、4つの建物がそれぞれ円で囲まれていた。

「では作戦を説明する。作戦名『デンジャラス・ビッチ作戦』」

 ブルックは眉間を寄せた。どうやら作戦名が気に入らないようだ。

「相変わらず下品な作戦名しか思いつかない奴だな」ソーヤが言った。

 レングランはまたガムを吐き捨てた。吐き捨てられたガムは象の形をして、灰皿に立っていた。


7時19分

 マクドナーが説明を終えると、7人は作戦の準備をするために部屋を出て行ったが、ソーヤだけは残った。説明中に気になることがあったからだ。マクドナーに聞きたいことがあった。

「マクドナー、今回の作戦に関して疑問がある」

「疑問とは?」

「こんなにも情報が揃っているのに、なぜ米軍は動かない?これは本来なら奴らの任務だ。どうも政治や外交的なものが絡んでるようにも思えん」

「金が手に入るなら、どうだっていいだろ?準備に取り掛かれ。以上だ」

「気に入らねえ雰囲気だ」ソーヤはそう言って、部屋から出た。

 レイナ・クレセントがただのアメリカ人なのかどうかも疑わしい、とソーヤは思った。監禁場所のおおよその位置が判明しているのなら、何故米軍が動かないのか。価値の低い人質、その割に大きすぎるテロリストの要求、謎の仲介者、多額の報酬。これらはソーヤには、奇妙に思うパズルのピースの組み合わせだった。



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