レイナ・クレセント
2010年8月15日午前11時、イラク、バグダッド郊外
舗装されていない道を黒いバンが走っていた。車体のサイドにはイラクの復興支援に関わっているNGO組織、ピース・メイカーのロゴが塗ってある。前方には車両の姿はなかったが、サイドミラーでコンテナを載せた1t車トラックが後方を走っているのが確認できる。
車内ではフランス人のロンが運転席に座り、後部座席にはアメリカ人のレイナ・クレセントがブロンドの髪に隠れている耳に携帯電話を当て、アメリカにいる父と話していた。ロンはバックミラーでレイナの様子を確認すると、何かを言い争う会話をしているようだった。
「見過ごせないわ、父さん。あの子はまだ12歳なのに全てを失ったのよ。」
必死に何かを訴えるレイナの声に、NYの自社オフィスにいる父は冷たく答えた。
『よせ。その子のことは気の毒だが、お前は関わらない方がいい。危険かもしれない』
「だから今こうしてアメリカに向かっ・・・」
途中でレイナの言葉は、振動と爆発音によって鼓膜を叩かれたことで遮られた。一瞬であったが、フロントガラスから道で爆炎が上がっているのが見える。テロという文字がレイナの中で浮かんだ直後に、爆風によってコントロールを失ったバンは道から外れ、横転した。
窓ガラスが割れてたせいか、車内には砂が入り、肺を攻撃してくる。咳き込みながら「ロン!大丈夫?」とレイナは運転席の方を見た。顔中にフロントガラスの破片が刺さったロンは反応しなかった。生きているかどうかもわからない。
助けを呼ばなきゃ、と思ったレイナが割れたリアガラスから外を見ると、爆発前に後方を走行していた輸送車が道で停車していた。
「助けて!怪我人がいるの!」
助けを求めたレイナの声に反応したのか、輸送車のコンテナから5人の男が現れたが、その姿は異様だった。ターバンとフェイス・マスクで顔を覆った男たちが、防弾ベストを身につけ、アサルトライフルのAK47を構えながらこちらに向かってくる。
マズい、テロリストだわ。そう直感したレイナが逃げようとしたが、横転している車内に安全な逃げ道はなかった。レイナは気がついた時には脚を掴まれ、リアガラスから外へと引きづられた。
車内には既に絶命したロンと共にレイナの携帯電話が取り残されていた。『レイナ!何があった!?大丈夫か!?』と困惑する声を携帯電話は発しながら、「女を確保した。アジトへ向かう」というアラブ語もしっかり聞き取った。