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恋愛観察  作者: 眠れる森の微女
プロローグ
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2

 昔の偉い人は言った。険しい山を登り切ることはとても辛いが、登り切った後の絶景は一生心に残るものだと。

 山道の順路を確かめ、必要な道具や知識をかき集め、最高のコンディションに整えて、時に休み時に踏ん張り、距離を詰める。

 多大な苦労と少しの快感。もがけばもがくほど輝く愉悦。苦労の先には変え難い自分の楽園が待っているのだ。

 そう、これは何も登山に限ったことではない。

 苦難を乗り越えた先に手にする栄光を求めて、誰もが生きているのだ。

 無意識に、あるいは意識的に。求めたものを手に入れることで心の充実感を増していくのだ。

 そうして誰もが大人になっていく。昔から言われてきた真理の一つ。

 その真理を正しく数式に置いものがある。これだ。


 八対二。


 素晴らしい。完璧な比率だ。苦難八割(ツン)快楽二割(デレ)。絶妙なバランスに人は驚嘆してきたことだろう。人はこれを黄金比率と呼ぶ。

 私も感嘆のあまり自然と息が漏れる。恍惚とするに相応しく美しい式だ。先人達は本当に素晴らしい発見ばかり残してくれたものだ。私も斯くありたい。


「ツンデレって完成された萌えの一つだよね」


 思わず言葉も漏れる。


「悟ったような目をしながら頭の沸いた発言はやめろ」


 隣からすぐさま返答が帰ってきた。冷たい発言と共に脳天に衝撃が走る。

 痛い。とても痛い。訴訟も辞さない。法廷で会おう。

 人は無情である。




 人気恋愛シミュレーションゲーム『君に恋する』は、ギャルゲームと乙女ゲームの両方の要素が合体したゲームである。

 恋愛シミュレーションゲームとは、擬似恋愛を二次元のキャラクターと行うもので、大抵が台詞や地の文章を読み、出てくる選択肢を選ぶだけの簡単なゲームのことを言う。

 ギャルゲームは女の子と、乙女ゲームは男の子と恋愛するのが目的だ。つまりギャルゲームの主人公は男の子、乙女ゲームの主人公は女の子であり、それぞれがプレイヤーの鏡として動く。

 この一般的認識を踏まえた上で挙げる『君に恋する』の特異な点は、ギャルゲームでもあり乙女ゲームでもあるところなのだ。つまり主人公の性別が選べる。その性差によって攻略対象や登場するキャラクター達の関係が変わり、一粒で二度美味しいゲームとなっている。


 架空の都市、早瀬市内にある県内有数の進学校、私立早瀬川学園を舞台に繰り広げられる学園生活。主人公はこの学園の高等部二年生に所属しており、二年生の始業式から一年間、学園内にある寮で暮らしながら青春を楽しむのだ。

 攻略対象は男女それぞれ四人と隠しキャラクターが一人。キャラクターとの恋愛とは別にキャラクター同士の絡みがあるイベントの数も多く、プレイヤーを飽きさせない。特にキャラクター毎に設定されたライバルとの絡みが人気に一役買っている。その上充てがわれている声優は有名所で、勿論フルボイス。スチルはかなりの枚数となっている。


 正直、販売客層の狙いが広すぎ、人の好みの地雷踏みやすいため買いにくい、値段が他より高めに設定されているなどの理由でシリーズ最初の無印と呼ばれる作品が発売される前は「大コケする」と言われていた。

 しかし予想に反してレビューは高評価。加えて商業漫画を依頼するなどのさくら、所謂偽客を使って知名度を上げたり雑誌への広告や高評価のレビューを増やすなど色々戦略を駆使した結果、そこそこの売り上げを出し、PC版から他のハードウェアへ移植したりドラマCDも数本発売。その後続編を制作しシリーズ化、現在三作目に突入している。

 ……大手のゲーム製作会社ならではの出来レースなどとは言ってはいけない。賢く見て見ぬ振りをするべきだ。私はこのシリーズがとても好きなのだ。余計なことはせずに作品だけ評価するに留まるに限る。うん。


 私達が今いるこの世界の舞台も、この『君に恋する』に沿っている。

 何を言っているのかわからないだろうが、とりあえず聞いて欲しい。

 私達は今、『君に恋する』の世界にいるのだ。

 先程『君に恋する』はゲームであると長々と説明した口でこんなことを言うのはかなり抵抗があるのだが、事実であり、どうもしようがないのでこのまま過去にあった出来事のみ簡潔に述べよう。


 自宅で『君に恋する』シリーズ最新作をプレイしようとしたら、『君に恋する』の世界と思われるゲーム内に入り込んでしまっていた。そしてプレイヤーとして主人公達の代わりにゲームを進められるようになっていた。

 いきなり起こった事態に混乱した私は震える心を抑えつつも世界の不思議を解き明かさんと研究を試み、その過程で同志と出会い、互いに協力することとなった。

 その同志こそ、先程私の頭を容赦無く叩いてくれやがった唐変木の彦島文也(ひこしまふみや)。趣味こそ合う同志だが、奴は友人にするには短気すぎるという欠点を持った同年代の男子だった。

 大体すぐに手が出る。お陰様で長い付き合いでもないのに片手で数えきれないくらいには殴られた。本当に短気な奴である。

 私を見習って欲しい。叩かれても文句を飲み込み、人の無情を密かに嘆いた程度で済ませた聖人の如く広い心の持ち主である私を。奴にはカルシウムが足りない。ひじきの胡麻和えでも食べて好きあらば悪態をつく口を常時塞いでいればいいのだ。髪質もひじきっぽいし。後、よく割れる眼鏡をどうにかしろ。危ないだろ。萌えるたびに割れるとかどんな構造してるんだよ。どうやって開発した。後で設計図寄越せ。私も作りたいから。

 ……ともかく、協力者を得た私はより一層、世界の不思議を解明するべく現在にいたるまでこの世界を走り回っていたという訳だ。


 あまりに非現実的であるため、言った瞬間に妄想癖を疑われ病院に突っ込まれるような話なのはわかっている。

 しかし事実だ。

 信じられないことに真実。

 辛いことに現実。

 残念ながら落ち込むだけでは悪戯に時間が過ぎるだけなのだ。よって、前向きにこの世界と向き合いゲームを進めている。

 ただそれだけなのである。

 先程の私のツンデレ最高発言も眼鏡ひじき男にはわからなかっただろうが、ゲームを次に進める為に打った一手だったのだ。眼鏡ひじき男にはわからなかっただろうが。大事なことなので二回言いました。


「で、いきなりツンデレ萌えを提唱した理由は?」


 狙ったように絶妙なタイミングで彦島が訳を訊ねてくる。

 こいつ、もしや私の脳内を見越す妖怪サトリの親戚か。証拠品でっち上げて、プライバシーの侵害で訴えて勝訴するぞ。


「昨日、加塚ルートのライバルエンドをクリアしたでしょう」

「したな」


 薄々感づいている人もいるかもしれないが、私達は恋愛シミュレーションゲームを主人公のポジションでプレイしているにも関わらず、シミュレーションしているのは他人の恋愛だけだ。

 『君に恋する』のエンディングの数は各キャラクターに三つずつとハーレムエンド二つに、バッドエンドが十一とかなり多い。

 各キャラクターのエンディングは攻略キャラクターの好感度とよばれる、プレイヤーには見えない数値によって変わってくる。


 ハッピーエンドは先ず、攻略キャラクターの好感度をある指定された数値以上に保っていると、途中で恋人同士になる。そこから更に一段落高く指定されたの好感度の数値を数値以上に保ち、卒業まで過ごすとエンディングを迎えて卒業後の様子が見られるのだ。

 友情エンドは恋人同士になった後に一段落高い指定数値を保てないままだと、卒業後に友人関係に戻り再会の約束をして別れる様子が見られるエンドになる。

 そして最後の一つ。人気でもあったライバルキャラクターが出てくるライバルエンド。実は攻略キャラクターの好感度を上げる選択肢の全ての中に、ライバルキャラクターが出てくる選択肢が紛れ込まされている。その選択肢を選んでいくと、主人公と同じ条件でライバルキャラクターと攻略キャラクターが恋人同士になり、エンディングを迎えて卒業後の様子が見られるのだ。


 長々と説明したがつまり私達はライバルエンド限定でプレイしているということになる。

 その理由はたいしたものではない。単に私達は自分達の恋愛に興味がないというだけだ。私達は二次元の恋愛限定萌えなのだ。


 この世界に来てから現在にいたるまで色々やってはみたものの、このゲームの世界から抜け出すには何をどうしたらいいか、不明なままだ。本当のゲームクリア条件がわからない。とにかく色々やり続けるしかない状態なのだ。元の世界に帰れるまで。

 どれほど時間がかかるかはわからない。人間とは不思議なもので、周りの環境に適応出来なけなければ身体的にも精神的にも弱っていき倒れてしまう繊細な生き物なのだ。

 そんな状況で恋愛を楽しめるほど、私も彦島も鋼のように硬いメンタルではない。

 ならば少しくらいは、精神の安定の為に好きなことをしてストレスを発散しなければ。してもいいはずだ。しておこう。そう私達は結論付けた。そうしなければ鬱憤は溜まり疲れて果ててしまう。そう思わなければやっていられない。


 時には休憩も必要なのだ。心の栄養を欲してしまうのだ。ならば与えてやらなければならない。心の餓えは魂の餓え。魂が欲しているのだ。栄養剤(萌え)を。

 幸いにしてクリアまでの時間は制限されていないようだし、焦る必要もない。どうせなら思いっきり満喫したい。この夢のような世界を心ゆくまで。

 それはもう隅々までたっぷり、余すところなくどっぷり。味わっても罰は当たるまい。これは決して言い訳ではない。そう、私達は真剣に生きているだけなのだ。

 真剣にルートを選び(彦島と萌え所の違いで揉める)、真剣に選択肢を選び(最善ルートを目指すのは当たり前)、真剣にイベントを見守って(ガン見)(ご褒美です本当にありがとうございました)、真剣にエンディングまで辿りつかせる。

 真剣な行動にちょっと不純な感情が混ざっているだけだ。それだけったらそれだけだ。


 そんな訳で、趣味も兼ねてライバルルートをプレイしている。

 休息とはいえ、これもこの世界の不思議を解明に必要なことでもあるのだ。この世界がゲームそのものならば、クリアすることによって何か起きるかもしれない。一つの可能性だが、創作物ではよくあるパターンだ。他に解決のあてもない。真剣にならなければ。

 私は心意気を新たに、神妙な顔をしながら彦島へ言葉を返す。


「私は再確認したわけです」

「何を」


 ……何故私の顔を見て半目になるんだ、この天然パーマ頭。私の顔から何を読み取ったんだ妖怪。

 彦島の妙な威圧に負けじと、毅然とした態度で答えを出す。


「ギャップ萌えは正義」


 くだらねぇ。

 そう言わんばかりの呆れ顔で彦島は脱力した。

 お前だって昨日散々萌えていたじゃないか。お前に私を軽んじる権利はない。


「恋愛シミュレーションゲームに必ず一人はいるといってもいいくらい王道なキャラクター設定だぞ。ギャップ萌えの熱が来ている今、攻略する他にない」

「それはお前の趣味だろ」

「いいじゃないか。どうせ全員クリアするんだし、順番なんてどうでも」

「さすがに男のツンデレは気が向かねぇよ……」


 彦島は目の前の机に肘をついて、その上に顎を載せる。脱力しきったまま明後日の方を向く姿はどうにも冴えない。

 私も彦島も、シリーズ最新作の発売当日に現物を入手していざ、プレイしようと構えたところでこの世界に来たのだ。故にキャラクターについての情報は最新作の発売前に雑誌で紹介されていた短い文章のみ。

 その少ない情報を見る限りツンデレに該当する女性キャラクターはいなかった。だから彦島がやる気をなくしている。

 キャラクター紹介文と実際の性格が違ったというのは良くある話だが、あの当たり障りのない紹介文から何を読み取り、妄想しろというのか。情報が少なすぎる。材料が無くては料理は作れない。卵とご飯だけあっても卵かけご飯にはならない。醤油とかつお節を追加しなくてはただの卵とご飯を混ぜた物足りないご飯なのだ。

 プレイしなければわからない設定を気にするより、事前にわかっている設定を楽しみにした方がこちらも気が楽だ。申し訳ないが今回は諦めてもらおう。残念だったな彦島。男のツンデレで我慢してくれ。しかし可笑しいな、彦島はツンデレのようなアクの強いキャラクターより大和撫子や真面目な子が好きだと言っていたはず。

 まさか照れ隠しか。お前がツンデレになってどうする。ちっとも萌えない。イメージチェンジするならもっと意外性を求めろ。ルーランゲージをユーズしてマイ箸をバイしにゴーだ。筋肉を鍛えて筋肉で会話だ。新しい世界を開け。お前ならいける。


「なんつう目で人を見るんだ、お前は。目玉刺すぞ」

「自分が眼鏡で目を防御しているからといって逆襲にあわないとは思わない方がいい。お前が目を刺すなら私も目を刺す。ついでにコンタクトレンズも入れてやるから感謝しろ」

「やめろ。恐ろしい真似はよせ。神すら許されない暴虐だ」


 コンタクトレンズが怖いのか。悪態の割に肝の小さい男である。やれやれ。


「まあいい。ツンデレを攻略したいなら付き合ってやる。先ずは情報収集だ」


 鷹揚な態度に切り替えてからの上から目線で言い放ってから彦島は席を立った。貴様、前の加塚と九道ペアはお前のリクエストだったじゃないか。何故そうも偉そうなんだ。コンタクトを怖がった後にそんな態度をとっても残念な印象しか残らないぞ。

 指摘したい気持ちを抑えて私も立ち上がる。話が進まないからここは私が大人になろう。感謝しろ。


 今私達がいるのは学園内にある寮のロビーだ。私立早瀬川学園は寮と自宅通学どちらも選べるらしい。主人公達は寮生なので、そのポジションの私達も自然と寮生になったようだ。

 最初にこの世界にきた時に現れたのも寮にある自室だった。パニックに陥り慌てふためく姿を誰にも見られないで済んだことだけは僥倖に当たった。

 ……まあ、この世界が『君に恋する』の世界だと感づいた時は人目を憚らず歓喜に震え飛び上がったりもしてしまったが。過去は振り返らない。

 彦島と協力しあうようになってからは、さすがにゲーム内といえ互いの部屋で会話する訳にもいかず(お互いのプライベート空間は不可侵条約を組んだため)、学校が終わった後はこの寮のロビーにあるスペースで計画を話し合ったりするようにしている。今も待ち合い用のテーブルや椅子に座って周りを観察しながら昨日の成果を検証していたところだった。


 私達は情報収集の為にある場所へ向かって歩き出す。途中から誰にも見られないように、素早く移動するため小走りに切り替えた。別に移動を見られたところで問題は何もない。何もないが、私の気持ち的に嫌だったので彦島を巻き込んでこっそり移動している。

 角を曲がる前に様子を伺い、一気に進む。気分はスニーキングミッションを行う熟練の兵士。咄嗟に有りもしない無線機を耳にあてるフリをして彦島とアドリブで小劇に入る。

 大佐、聞こえるか。これより超危険区域である生徒自室区に入る。敵の特徴を教えてくれ。いや、知ってるけど。正直やりたかっただけで。

 彦島は即座に返してくる。蛇よ、既にこの寮を知り尽くした君にならわかるだろう。こんな会話をする余裕と暇があるならいっそ君が囮となって騒ぎを起こし、その間に俺が情報を入手した方が建設的だと。くだらねぇことやらせんじゃねぇ。そのへんの部屋に放り込むぞ。と。

 らりるれろ!らりるれろ!らりるれろ!!……ごめん。つい、カッとなって。

 彦島が怖い顔をしてくるのですぐにやめる。ふん、ノリの悪い奴だ。

 三階建ての寮を二階まで上がり、男女の住居地の分かれ目で男子用の方へ進む。佇む無数の扉を過ぎること数分。

 二五五と書かれた質素な扉の前で少し失速し、そのまま止まらず一気に部屋に突入した。

 あ、ノック忘れた。


「いらっしゃい」

 

 開け放たれた扉の前には平凡そうな男子生徒が一人。

 突然訪れた私達に驚くことも、怒ることもなく微笑んで歓迎の言葉を放ったあたり、只者ではない。

 私も彦島も簡素に挨拶を交わしてそそくさと部屋に入り込ませてもらう。

 私と彦島が互いの部屋を行き来するのを抵抗していたというのに、あっさり揃ってこの一見穏やかそうな男子生徒の部屋を訪れたのは訳がある。


 彼はこの世界におけるサポートキャラクターなのだ。

 サポートキャラクターとは何か。文字通りゲームをクリアするまでプレイヤーをサポートするお助けキャラクターのことだ。

 ゲームの苦手な人のへ救いの手。あるいはやたらと難しくした攻略法のヒントの為。求めたものに必要な情報を開示してくれる。目の前で爽やかに笑ってこちらの出を待っている男子生徒もまた然りなのだ。

 前情報しか持たない私達への救済措置とも言えよう。よって、戦闘力がゴミである私達も敵を倒すために必要な情報を請いに来た。次の攻略キャラクターの情報を教えて貰い、ライバルルート攻略の参考にする為に。




 彼の名前は日向景明(ひゅうがかげあき)

 『君に恋する』の元々の主人公の一人である。


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