9 ご主人様VS使用人
どうして、男爵は突然
『変装はできるか?』
と聞いてきたのだろうか。
エイリはその答えがさっぱりわからなかった。
あれだけ、昨日の初対面ではエイリの技術を真っ向から疑ってかかるようなことばかり言っていた。
なのに、頑固者で有名なくせして、この変わり身っぷりである。
なにかおかしい。
エイリはそう思いながら、2階の書斎に鞄を置きに行って、やはり手持無沙汰になってしまったので、とりあえず食堂に移動する。
厨房では、先に夕食をとると言う男爵のために食事の用意をするシーヴァが、忙しそうに動き回っている。
手伝いたいが、厨房は聖域だ。
干渉しないでとりあえず、今はダイニングテーブルでお茶でもしようか、とのんきに考えていたとき、食堂から男爵が食事をしているダイニングにつながる小間使い用のドアが開いていて、そこから声が漏れ聞こえていた。
お風呂のお湯を沸かし終えて、食事の給仕に回っているジョルジュと、その補助についているカレンが中にいる。
たぶん、今日の例の招待状についても触れざるを得なくなっているはずだ。
お茶をやめて、エイリは野次馬根性丸出しでドアにへばりついて、中から漏れ聞こえてくる声を拾おうとした。
「…で、私にそのパーティーに行け、とお前は言うのか。」
「僭越ながら、そういうことになります。」
おお、ジョルジュさんが勇気を出して言った!
エイリは興奮気味に聞いていたが、中は沈黙に包まれていた。
男爵は果たしてなんというのか!?と思っていたが、やはりというか、想像通りの回答だった。
「行かない。そんなところへ行く時間があれば、書類仕事を片付けたい。」
ああ、やっぱり、である。
頑固者というか、意固地と言うか。カレン達が言っていた筋金入りが発揮されているようだった。
しかし今回ばかりは事情が違うらしいので、スパッと一刀両断されたジョルジュは果敢にも反論を試みた。
「さしでがましいと存じますが、今回は公爵家からの招待です。
当家のような男爵家に直接お声掛けしてくださっているにもかかわらず、お断りするのは非礼にあたります。
しかも、当日はお館様のご予定は空いております。
お断りする理由もありません。」
「本当に差し出がましいな。
確かに、貴族との付き合いなんぞ、私は反吐のように思っている。が、それだけではない。
私は正当な理由もあって行きたくはないと考えている。
それはすでに理解してくれているものと思っていたが、そうではなかったようだな。」
どういう意味だろう?と思っていると、すでに下げられている皿を洗って布巾で拭いているシーヴァがいつの間にかエイリのすぐ横にいた。
「わっ!お、おどかさないでください、シーヴァさん…!」
「お館様は、軍では旧名で通していらっしゃいます。
現名である、貴族としての名前はほんの一部の上層部にしか伝わっていないのだといいます。
軍は、ある意味貴族の世界よりも複雑な階級社会で成り立っている。
だから、お館様は、そこで悪目立ちするようなことは極力避けたいと願っておられます。」
旧名だのなんだの、新たな情報が更に出てきた。
解説をシーヴァに求めようとしたら、今度は中からカレンの声で聞こえてきた。
「僭越ながら。確かに存じておりますわ、お館様。
軍では爵位を継がれる前の御名前を使っておられます。
一般人とは違う入隊と昇進の仕方をする貴族に、よもや一般人として入隊されたお館様がなられると、混乱を招くとお思いになっていらっしゃいます。
だから、その御顔のまま貴族の名前を出さざるをえないような場に、行かないようになさるお気持ちはわかりますわ。
ですが…」
「だが、なんだ?うちの家名をみすみす貶めるようなことをするな、と?
そんなことを使用人が心配してどうする。貶められる男爵家の人間はこの私ひとりきりだ。
私が構わないと言っているのだから、構わない。貶められて結構。
ひいては、それで社交界から縁を切ることができれば、万々歳だ。」
上流社会とか、政治とか、そんなことに疎いエイリでもわかった。
お館様は、思春期をこじらせたへ理屈な子どもと一緒だ!
男爵家の使用人は一癖も二癖もある、とエイリは思っていた。
執事はウドの大木でどこか回路がこじれているようなミーハーっぷりがある。
カレンは、メイドなのにやる気がない。代わりに色気を使う始末。
シーヴァにいたっては、厨房を聖域にして、ブリザードを漂わせている。
だが、そのさらに上を行くのがこの男爵当人のようだ。
そして、常識的な考えを持って、彼のためを思って行動する使用人たちの方が、ずっとまともな人間に見える。というか、実際そうとしか思えない。
この大人子供な男爵を、どう宥めすかせて社交界に出させるのか…新参者のエイリには無理だ、と思っている時、
横で一緒にダイニングの様子をうかがっていたシーヴァがすっとドアの中に入って行った。
「あ、シーヴァさん…」
執事の困惑した声が聞こえる。おそらく、シーヴァが直接向かうとは予想していなかったようである。
常にない行動をしているらしい、シーヴァは、その普段とまったく変わらぬ様子で男爵に諭した。
「私も、男爵家のことはお館様ご当人がお決めになられるのが良いと思います。
私たち使用人はそれについていくのみ。
異論をはさむ余地はありません。」
「そうか。シーヴァさんだけが私のことを理解してくれているようだな。
この二人のお陰で、私は使用人には恵まれていないものだと一瞬思ったが。」
してやったり、といった風の皮肉だ。
なんてこのお館様は性格が悪いのだろう!とエイリは腹立たしさすら感じる。
ジョルジュやカレンの懸念はもっともな物だし、男爵を思ってこその助言だ。
ありがたがることはあっても、一刀両断する非情さをもつようなものではない。
しかし、一瞬男爵側についたと思われたシーヴァは、彼女らしく急所をついたことを言った。
「ですが、お館様が懸命になって探しておられた化粧師がここにいます。
いつかこういうことがあるとお思いになっていたから、化粧師を求められたはずです。
ならば、彼女に化粧を施してもらえば、その素顔が明らかにされることにはならないでしょう?」
「おおおおお!シーヴァさん!」
「すごいわ、シーヴァさん!」
一本取ったシーヴァに、ジョルジュとカレンの歓喜の声が聞こえる。
だが、くっと珍しく笑ったらしい男爵は、わざとエイリに聞こえるような大きめの声でのたまった。
「だが、あの娘はまだ世間に腕も何も知られていない。
伝説の化粧師直伝の弟子だというが、誰に見破られるとも知れない技術に任せる気はさらさらない。
そんな恐ろしい真似、できるか。」
侮辱だ。
エイリに対する、あざけりだ。
さっきは『変装できるか』と聞いてエイリを持ち上げておいた癖に、この仕打ちである。
ふつふつふつ、とエイリの中で怒りがわきおこる。
まだ、ここで勤めだして二日目。
屈折した性格の持ち主である、男爵さえ目をつむれば、
多少変な人たちだが気が優しくなんのかんの目をかけてくれる他の使用人たちには恵まれているし、
待遇も田舎に引っ込んでいた頃には想像もできなかった破格の良さだ。
ここでそれらを失うのは手痛すぎる。
だが、男爵の態度は目に余った。
入っていいとは言われていなかったが、エイリもまたダイニングに乗り込んで行った。
「え、エイリさん!」
「失礼つかまつります、お館様。
お言葉ですが、私の腕を一度も見たことがない方に、そういう評価を下されるのは心外です。
一度お目にかけてから、判断して下さい。」
「ほう。ならば、やってみせよ。」
今まであまり表情を変えてこなかった男爵が、好戦的にエイリのことを見た。
つい昨日、竦みそうになるような鋭い眼光でねめつけてきたのは、勘違いでも何でもない。
たぶん、本性がこういう人なんだ、とエイリは思った。
ものごとをなんでも挑発的に取り扱って、周りに鋭い爪痕を残してでも自分のよいように事を運ぶ。
ある意味、軍人らしい性だ。
だが、ここにいるのは、彼の同僚たちでもなく、勿論仇敵でもなく、
ただ、男爵のためを思って心を砕く使用人たちのみである。
孤児をも受け入れてくれた彼らのために、エイリは報いなければならないと思っていた。
たとえ、このお館様が、気にくわなかったとしても。
「ええ、やってみせます!!絶対に誰にも見破られない変装を施して差し上げます!」
大見栄をきった大啖呵だ。
使用人たちからは拍手である。
今すぐにでも目に物見せてやる!と息巻いていたエイリだったが、男爵はふと思いがけないことを言った。
「ならば、明日、私が仕事から帰って来た時に、お前の姿が私を欺けるかどうか、見せてみよ。
それで判断させてもらおう。」
「え…!」
自分にやれ、といわれるとは思わなかった。
というか、エイリは自分に対して化粧を施したことは殆どない。上手い具合に盲点をつかれたわけだった。
だが、やるといった手前了承するしかない。
「か、かしこまりました…」
「ならばこれでこの話も終わりだ。私は今から書類仕事をするから自室へ行く。」
そういって男爵は立ちあがって1人ダイニングを出る。
食堂の方では、思いがけず男爵に喧嘩を売る形で喧嘩を売ったエイリを中心に、わいわいがやがやとやかましい。
ただ1人ぽっちで廊下を歩きながら、喧騒から離れた男爵は思案げに呟いた。
「さて…公爵、お前は一体どう出る気だ?」
というわけで思いがけずサクサク更新。卒論はいったいどこー?(ぇ
今回書くにあたってよーやく脳内設定を文章で打ってみたんですよね。
キャラ設定とか。(昔はちゃんと1話始める前とかにちゃんとやってましたが、なんか最近はね…脳内にしまってるね…)
うん、
昼ドラも真っ青な鬱設定である。(汗)
自分で言うのもなんですが、なんなのこの可哀相なキャラの過去!という具合。
人生で起こったら堪ったものじゃない不幸を全てぶちこんだかのような、キャラばかりになりました。
もし、「そんなことやめてよ~~(´Д`)」と仰る心優しい方がいらっしゃったら是非この筆者の愚行をいさめてくださいませ…(ぇ)
ちなみに私はハッピーエンドが好きです。どの口開けて言う…




