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8 ご主人様の妙な意固地

男爵家は、貴族の爵位でいえば下層になる。

トップが公爵。この国では5家しかない指折りの家柄だ。

多くの王族の子弟が継いだり、降嫁したりしているので、中には現王家と遜色ない血筋を組む家柄もあるほどだという。

その次が侯爵。こちらは20家ほどあるといわれているが、こちらも公爵家などと縁組をしたりして、それなりの家格があるといわれている。

そしてその下が伯爵。だいたい150家ほどあるといわれている。小領主といった具合の領地をもつことができる。エイリが住んでいた領地をもつイオニア家がそれにあたる。

その下が子爵。このあたりになると、金で爵位が買えると言われ、お金持ちが家格に箔をつけようと売買されることがある。だいたい200家ほど。

そして一番下にあたるのが男爵家だ。こちらも200家ほどだ。領地は貰えるが、あまり大きなものではなく、所謂あまりモノを押し付けられるので、領地からの収入は乏しい。

なので、戦火がある際はいち早く優勢な方におもねって、少しでも地位向上を目指す。

ウィルハイム男爵家も、そんな貴族の中ではぺーぺーな存在だった。

が、突如、公爵家に目をつけられてしまった。

まさに、青天の霹靂である。

「どうして公爵家様様なんかが、たかが一男爵にわざわざ案内状を出すのかしら?

しかも、社交界を避けまくってる奇異な人物と噂されてるような人に、よ?」

さらさらさら、と定型文を見ながら、カレンは器用に

『行きたいんだけど、事情があって行けないんです、すみませ~ん』

と婉曲にいえばそういう文を丁寧に書きつけてゆく。

ジョルジュも、今しがた書き終えた便箋のインクが乾ききったことを確認して、丁寧に三つ折りにして封筒に入れて封をしている。

「それは私もまったくわかりません。

私が把握している限りで、お館様が貴族でどなたかとお会いになることはありませんでした。

ただ、もしかしたら軍のほうでお会いする機会があったやもしれませんが…」

自給自足のボンビー生活を送っていたが、マイアに読み書きそろばんだけは習得しておきなさい、と学校に通わされたお陰で、文字が書けたエイリは

早速便箋書き要員に投入されていた。

「その公爵家の方って軍関係者でいらっしゃるんですか?そう言う方にお近づきになれるぐらい、お館様は偉い御方なんですね。」

もし、公爵と接することのできる地位にあるなら、男爵当人もそれなりの地位にあるのだろう、と見越したエイリの発言だったが、それを聞いたカレンとジョルジュは暗い顔になった。

「え、もしかしてマズイ発言でしたか…!?」

「いえ、やっぱり有り得ないなあと実感したんですよ…お館様がそんな方とお会いになれる立場じゃありませんし。」

「お館様は確かに将校でいらっしゃるけれど、尉官だったかしら、そのあたりなのよ。

で、公爵家の方が軍にいらっしゃるとすれば、将官。そうそうお会いできるお立場じゃないわ。

たぶん軍関係で会ったって言う線もうっすいわ。」

これでまた振り出しに戻ったということである。

再び何が原因なんだろうと皆が思案し始めた時、ジョルジュがぶるり、と身を震わせた。

「どうしたのよ、執事?」

「…今ちょっと暗い想像が脳裏をよぎったもので…いや、考えなかったことに…」

「え?なによ、そんなのいわれたら気になるじゃない。」

カレンがせがむと、ジョルジュは渋々口を開いた。

「ニーゼット公爵は、言っちゃ悪いですけど、反王家派の急先鋒として有名です。

曲がりなりにも、貴族で、軍属であるお館様を少しでも取り入れようと考えているのなら、有り得ない話じゃないなと思ったんです。」

いきなりきな臭い政治の話が飛び出したので、エイリは面食らったが、カレンは承知していたらしく、たしかに、と頷いた。

「公爵なんて雲の上の上の人が貴族の中でも下の下な男爵を取り入れようなんて、普通は考えられないわ。

よっぽどの金持ち成金なら話は別だけど、ウィルハイム家はそうではないもの。

ただ、軍属っていうところで目をつけられた、っていうのは十分有り得るわ。」

「あ、あの、まだ話がよくわからないんですが…」

都の政治事情に疎いエイリの質問にジョルジュは丁寧に答えてくれた。

「10年前に他国と緊張関係になったことがあるのは御存じですか?

そのときに、亡くなった前国王の側近が今のニーゼット公爵なんです。

ただ、前国王のお血筋の方々は皆亡くなってしまって、現女王が継がれた。

そのことに不満を抱いているといわれてるんですよ。」

「庶民としては、まあ上にいる方々がどういう敵対関係で勢力を争ってるかなんてことより、

明日の小麦、塩の値段のほうがずっと重要よ。

でも、この現王家派と前王家派の攻防は、ひいては10年前の再来になる可能性があるから、

もしなにかがあれば、たまったものじゃないわ。

庶民はね、みんな恐れてるわ、

戦争なんて、起きないでほしい、って。」

10年前と言えば、エイリが物心がつくかつかない頃だ。

隣国からの間諜が、当時の国王を殺したことから、一気に戦争状態に陥った。

戦火は主に国境付近だったらしいので、そことは正反対だったイオニア領では、直接的な被害はなかったという。

しかし、物の供給が途絶えたり、戦禍に追われた人々が大勢避難してきたりと、それなりの混乱があったとマイアが言っていたのをエイリは思い出した。

国家元首を他国の間諜が殺すという、前代未聞の大事であるから、戦争もどちらかが倒れるまで続くと誰もが思っていたが、

あっさり次の国王が立ち、隣国が手を出すのをやめたことで、現在は停戦状態で落ち付いている。

未だに外交は閉ざされたままだが、互いに知らぬ存ぜぬの姿勢を続けているので、なにかのきっかけがない限り、状況が悪化することはない。

ただ、混乱のさなかに現女王は即位したので、そのことについて、国内で反対分子が存在していることも事実だった。

つまりは、内紛の火種を抱えているわけである。

「でも、お館様ははっきり言わせてもらうけど、今は軍本部付きっていったって、大したポジションじゃないんでしょ?

公爵がそんな人を巻き込んでどうするつもりなのよ?」

「確かに、お館様が今いる部隊は後方支援の補給部ですし、万が一公爵が反乱を蜂起したとしても、

せっせと武器を渡しに行く係ぐらいにしかならないでしょう。

1人でも自分の味方を増やしたい、にしても数を撃てば当たるでは無駄な労力を消費するだけにしか思えません。」

割と自分の主人に対していろいろ酷いことをいう使用人二人であるが、

やはりどうも公爵と人脈を築くにしても足らない地位に男爵はいるらしい。

まぁなにかを吹っ掛けられるとしても、大したことは無い、と三人は思ったが、

いつの間にか厨房から出てきて、テーブルでもぐもぐと昼食のパンをちぎって食べていたシーヴァが再びぼそりと呟いた。

「…皆さん、お館様が既に公爵家のパーティに出ること前提の話をされてますが、当のお館様をどうやって行かせるかの知恵を絞らないといけないと思いますけど?」

古参の使用人二人が一様にぎくっ、とした。

今まであの手この手の理屈と、『お館様』の威厳を振りかざして、爵位継承以来、ロクに社交界に接してこなかったお館様だ。

いくら、公爵がこの国の要人で地位の高い人物だと諭しても、首を縦に振らない可能性は十分にあるのだろう、

二人はわななきはじめた。

「そーよ、そーだったわ!あれこれあることないこと憶測張り巡らしたところで、当のお館様の説得の材料なんてこれっぽっちも考えてなかったわ!!

執事!あんたなんか妙案でもあんの!?」

「…すいません、なにも考えつきませんでした。」

「ああああどうすんのよ!お館様の御不興を被りたくはないけど、社交界のつまはじきにされて、男爵家の威光が傾くのもいやよ!!」

「でも、あのお館様のことです…爵位の授与の式でさえ、最初は自分のような軍人が継ぐことは間違っているだとか何とか仰って断りかけたところ、

王家の方が直々に執り行う式だから、出ないなどとは王家の方を貶めることになる、と軍の上官の方から命令を出してもらってようやく出たという、筋金入りです…

私たちで何とかできるでしょうか?」

エイリはそこまでの頑固者だとは想像だにしていなかった。

そして、新参者の自分に何かできることがあるとは到底思えなかった。

誰も妙案が思いつかなかったらしく、沈黙に陥っていた。

暗いムードの漂い始めたダイニングだったが、振り払うようにカレンが明るい声を出した。

「もう何考えても思いつかないもの!

今はただこの返事を書くことに集中すればいいのよ!」

そういって猛然と返事を書きだした。

いずれ、お館様は帰ってきてなにかしら言わなければいけないのに…と思いつつ、

エイリもまた返事を書き始めた。


日も暮れた頃、家主は帰って来た。

使用人は心得ていたようで、だいたい帰ってくるらしい時刻には玄関で待機していた。

お昼を過ぎた頃に雨が降り出してきていて、多少雨に振られているだろう男爵のために、カレンはタオルを用意し、ジョルジュは風呂を沸かすための火種をつけておき、シーヴァは厨房で温かいスープを用意しているようだった。

エイリは、まだ自分のやれることが定まっていないのがわかっていたので、手持無沙汰のまま、カレンについて玄関で一緒に待っていた。

そして、ドアが開いた。

「おかえりなさいませ」

カレンが言ったので、エイリも倣って挨拶する。

昨日書斎で座っている姿は垣間見ていたが、こうして明るい玄関での立ち姿は初めて見るものだった。

ウドの大木のような巨体を誇るジョルジュほどではないが、すらっとした高い身長だ。

風に吹きつけられたのか、いくらかブルネットの髪が濡れている。

すらりとした身の丈を包んでいるコートも、ところどころ色が変わる程度に雨に吹きつけられていたらしい。

コウモリのような傘を折り畳みながら、相も変わらず軍人にしては長い前髪の奥から、見る物を射抜くような蒼い瞳がこちらを注意深く観察しているようだった。

「ああ。」

そういって、濡れたコートを手渡してくる。

コートの下は、軍服だ。カーキ色のいかにも抑圧されたイメージを抱かせるデザインだ。

胸のあたりには徽章がいくつもついていて、そこだけ華やかさを感じる。

全体的に地味、というか、おそらく髪を短くして、こんな制服を着ずに、こざっぱりしたジャケットとズボンを履けば、好青年にも見える出で立ちだ。

だが、この鬱屈そうな様子をうかがう限り、社交界とは積極的に縁をもちたがらないというのもわかる気がする。

なんとなくそういうところにばかり目をやっていたらしく、エイリの視線が気になったらしい男爵はコートをカレンに渡して頭をタオルで拭きながら、尋ねてきた。

「なにかあるのか?どうも手持無沙汰のようだが」

「え?あ、いえ。すみません、まだ仕事に慣れていなくて。」

「そうか。まあ追々慣れていけばいい。」

意外や意外、昨日はまるで射抜くような視線でエイリをねめつけていた男爵が、優しい言葉をかけてくれた。

とはいえ、やはり化粧師としての期待はなさそうだが。

「今日は腹が減っている。着替えは後にするから、まず食事させてくれないか?」

「はい、かしこまりました。今厨房に伝えて参ります。」

言いつけられたカレンが厨房の方に向かう。

エイリは、男爵から鞄を受け取って、それを2階の男爵の自室に持っていこうとした。

男爵は1階の食堂に向かうので、階段で別れるはずだったが。

「もし、私が誰にもわからないように変装したいといえば、お前はその通りにできるのか?」

「え?」

突然の質問だった。

だが、エイリの化粧師としての資質を問うものだ。

エイリは迷わず答えた。

「この腕にかけて、やります。」

咄嗟の言葉で、まずかったような気がしたが、男爵は満足したのか、それまでの無表情から少しだけほおを緩めたようだったが、

特に返事をすることはなく、そのままダイニングに行った。


そして、このあとエイリは質問の意味を知ることになる。

相変わらずサブタイトルの手抜き加減…目をつむっていただけるとありがたい。


というわけで久しぶりの更新です。遅筆すぎてすみません。

妄想ではそろそろあの人とあの人がくっついてる頃なんですけどね…(誰と誰だよ)

卒論とか言う書きたくないけど書かないといけないものがあったりするので、ぼちぼちお付き合いいただけると有り難いです。


で、最近なんでこんな話書き始めたのかなーとか思ったんですが(今更感たっぷり)

昔からメイドモノ!(゜∀゜)!という熱意はありました。

が、英国メイドの世界、というそらもう作者様のメイドにかける情熱をひしひしと感じる分厚い学術的な観点から調べた本があるんですが(もとは同人誌)、

それを読むと、メイドお腹いっぱいになりました。(ぇ)

で、結局このお話でも前回で、メイド的描写は満足してしまったし…

ほいでこれからなにが書きたいんだろう、と思ったのですが、

私の原点は、まさに


昼ドラ的ドロドロ


です。(ぇ)今回こそは爽やかコメディ書きたかったんですが…見果てぬ夢になりそうです。

あとは、家族モノもこだわりがある気がするので、

この男爵家の愉快な人々を疑似家族に見立てて、なんやらかんやらしたいなあと思っています。

というわけでドロドロ宣言でした…(ぇ

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