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4 同僚たちの危険狂想曲

「エイリさん、本当に申し訳ありません。うちの不良メイドの口が悪くて…」

「あらやだ、失礼なこと言うわね。私事実を言ったまでよ?謝るものじゃないわ。」

「こら!カレンさん、この期に及んでまだそんなことを…!」

なにこの漫才、と思いながら、エイリは半笑いで二人の会話を聞く。

結局エイリのことを、先輩御色気メイドのカレンが『芋』といったことを謝罪させるため、

小間使い用の部屋に通されたエイリの前までジョルジュが彼女を連れてきたが、謝らない始末である。

エイリとしては、田舎から出てきた芋っ子なのは自覚しているので今更感たっぷりだが、

初対面からこうも嫌われた口を利かれるのは困る。

なので、ジョルジュがなんとかしようとする熱意はわかるが、なんだかこじれているように見えるのは錯覚ではあるまい、と思っていた。

「わたしはね、これでも結構どんな子が来るんだろうと思ってたのよ。

都に呼び寄せるレベルの化粧師よ、普通なら

お目目ぱっちり、唇ぷるんぷるん、ぴっかぴかの玉のようなお肌、薔薇色のほっぺって、思うじゃない。

それが、化粧一切なしの、


煮っ転がしの芋


ときた!これが驚かずにいられるかって話よ。」

「芋芋芋って!エイリさんほんとうに申し訳ありません…」

エイリに対してはぺこぺこ謝りどおしのジョルジュに向かって、ははは、とエイリは笑った。

「大丈夫ですよ。たぶん信じられないのは私もわかります。

お化粧なんて、私自分に対しては殆どしないですし。」

その発言にカレンは、そら見たものか、という目で見て来た。

「ええぇ?!自分で化粧しないのに『化粧師』なんて名乗ってるの!

あらまぁ、ねえ、執事、いいのかしらねぇー?こんな子連れてきちゃって…

ロクに自分で化粧もしない子を、お館様の前に出せるの?

わたしなら恥ずかしくってできないわ。」

ようやく、自分で化粧をしないから化粧師と名乗れない、というものいいに、さすがにエイリはかちんと来た。

「なにか誤解があるみたいですけど、化粧師が化粧をしないことを馬鹿にされるのは、我慢ならないです。

わたしの師匠であり育ての親のマイアも、ほとんど化粧はしませんでしたよ。

白粉をすこしはたいて、紅をさす程度でした。

だけれど、この都でも名前を轟かす化粧師でした。

私も同じく、化粧はしませんけれど、腕に自信がないわけではないです。」

「でも、他人に化粧をしない限りその腕がわからないって、変だと思うんだけれど?

せっかく自分の顔ってものがあるのに、おかしいじゃないの。」

そういう見方もあるかもしれない。

でも、エイリは化粧はあくまで化粧、としかとらえていなかった。

「化粧は、蓋です。顔を閉じる、蓋。

わたしは、化粧は確かに武器だと思います。人に美しい顔を見せることができる。

でも、蓋を閉じれば、皮膚は呼吸ができなくなる。

身体に悪い、毒と一緒なんです。

それが、嫌な理由です。」

毒、ということばで思うところがあったのか、カレンは皮肉って笑った。

「毒は言い得て妙ね。

娼婦たちの白粉には水銀が含まれているのよ。

夜に疲れ果てた隈を隠したりするのに、この白粉って便利なのよ。

ノビもいいし、白粉をつけているのに素肌のような感じがするの。

でも、毒をつけてでも化粧をする必要がある人たちがいるのもまた事実といえるわ。

まあせいぜいお館様がお気に召して下さることを祈るばかりね、あんた。」

そういって、カレンは部屋を出ていく。

さっきと多少語気がかわったことで、エイリは驚いていた。

「なんか…若干、態度が軟化しましたよね?」

「そう、ですね。なにか思うところがあったのかもしれませんが。」

ジョルジュも少し呆気にとられている。

「カレンさんはああいった奔放な方ですが、メイドの経験はかなりおありで、エイリさんも勉強になるかと思いますよ。

一応ご本人いわく年齢不詳なんですが、10年は働いてるとい…」

と、ジョルジュがカレンを褒めて、年齢に関するようなことを口に出した途端、

バタン!と部屋のドアが開いて

「このスカポンタン執事ぃいいいい!!!

女の容姿と年齢に関しては一切口に出しちゃいけないって、あんた習わなかったの!?

金輪際一切口に出さないでよ!出した時にはあんた終わりだからね!」

ばたん、とまたしても激しい音を立てて扉が閉まった。

「…どうやら、年齢と容姿は鬼門だったみたいですね。」

「というより、仕事するために出て言った風を装って、中の会話聴き耳立ててたみたいですね…」

エイリはこれからの仕事のことを思うと、前途多難そのものしか考えられなかった。


「さて、次は食堂です。

使用人用の食堂で、エイリさんも今日から使っていただくことになります。

そしてその奥が当家の厨房で、そこでは専任の料理人が1人いらっしゃいます。」

「…お会いする前に何なんですが、カレンさんみたいな方…ではないですよね?」

「ええ。お仕事に忠実でいらっしゃって、こちらの要望にもよく応えてくださる方です。

はっきりいえば、当家のような、末端貴族のような場所で無く、もっと高名な方の屋敷でも十分腕が通用すると思うんですが、

こちらで腕を振るうほうがいいといって長年働いてくださってるんですよ。」

「そうなんですか。」

さっきのような不良メイドと違って、プロフェッショナルさが伺える。

エイリとおなじ専門職ということもあって、もしかしたら打ち解けられるかも、という淡い期待が芽生える。

「御夫君も仙人ではないのですが、当家の庭師として働いてくださっているので、お二人の貢献度は我がウィルハイム家にとっては計り知れないほどです。

彼女たちもエイリさんにとっては、いい先達になるかと思いますよ。」

「あの、野菜だらけの庭をおつくりになったのが旦那さんなんですね。」

ここでふと、エイリの頭の中で若干の違和感がもたげてくる。

料理人の妻を持つ庭師は、貴族の屋敷の庭を野菜畑でいっぱいにした。

妻のため、となると、なんとも麗しく、夫婦の扶助精神を感じるだろう。

だが、ネガティブに考えるとどうなるか。

妻のいいなりになって、本来ならば貴族の威光を発揮すべき庭の構造を、

料理人の妻のためだけに、実務的な便利さをとって野菜畑に変えた、と…

悪い予感が頭にかけ巡る中、屋敷の1階奥にある食堂にたどりつく。

さすがに、使用人用だけあって、どこか家庭的な雰囲気のあるダイニングで、古ぼけたテーブルと椅子が6脚置いてあるこじんまりとしたものだった。

そして、そこからカウンター形式で奥の厨房が見える。

「さあ、挨拶なさってください。」

執事にそういわれて、エイリは、奥にいるらしいのに未だに姿も音も聞こえない厨房の主に声をかけるべく、

一歩厨房内のタイルに足を踏み入れた瞬間だった。

「あのーー、わたく


「ここは、余人の出入りを禁じる厨房です。

挨拶なら、カウンター越しでも十分です。そちらからお願いします。」


キン、と乾いた音が鳴る氷を落したような冷たさの声が響き渡った。

あまりの感情の無さにエイリは息を呑む。

「わたしの名前はシーヴァです。今後はここから話しかけてください。

どうぞよろしく。」

ぬっと顔を表した厨房の主は、冷たい氷の声と同じく、

溶かした銀むくのような髪と、色素のないキラキラとした宝石のような蒼い目をしていた。

執事はそんなシーヴァの態度をよく見知っているのか、にこにこと言葉を返した。

「こちらがエイリ・ティスディルさんで、新しく雇った化粧師の方です。

どうぞ、今日からよろしくお願いしますね。」

にこにこ顔の執事と、絶対零度の視線を浴びせ返す厨房の女主。

『なんでここには問題人物しかいないのおおおおおおお』

エイリの心の叫びを聞き遂げる人物は今のところ1人もいない。

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