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3 第三の使用人登場

あれよあれよと奉公先が決まり、イオニア家を出て、ウドの大木ならぬ、ウィルハイム男爵家の執事・ジョルジュと共に首都に向かう馬車に乗り込んだ。

エイリが手にするボストンバッグひとつだけを見て、ジョルジュは目を丸くした。

「荷物はそれだけなのですか?もっと化粧道具を持っていらっしゃるのかと思ってたんですが。」

「いえ、私物が少なくて、これ、荷物のほとんどが化粧道具なんです。

他はみんな差し押さえられちゃって…持ってこられるものが着替えと化粧道具以外にはほとんどなかったんです。」

「え、エイリさん…なんて境遇なんだ…!」

ぐぬぬぬ、とハンカチの端をかみしめて涙する巨木のような男はある意味見るに堪えない。

ああ、もしかしてこれって前途多難?と思いついたエイリは、別な方向を見てげんなりした。

しばらくして悲しみも収まったのか、ジョルジュはようやく建設的なことを言いだした。

「そういえばきちんと待遇面に関してお話してませんでしたが、今ここでしてもよろしいですか?」

「はい、構いません。」

そういえば、働けるならばどこでも、と思っていたが、待遇や給金についてはシビアなものがある。

委細を詰めておかないとあとあと大変かもしれないと思い、エイリは心して聞く姿勢を取った。

「では説明させていただきます。

エイリさんの雇用期間は原則無期限ということにさせていただきます。

1年ごとに更新、みたいにめんどくさいことはしません。

ただし、エイリさんが別なところに移られる場合は、1ヶ月前に辞職の意向を伝えてくださいね。

それと、これはないと思いますが、もしエイリさんがウィルハイム男爵家に背信なさるなど、使用人として不適格なことをなさった場合は解雇を通告することもあります。」

「はい。わかりました。」

「雇用の形態は、エイリさんは使用人ですが、専門職もプラスされる、ということになります。

給金も通常の使用人に支払われる分に加えて、化粧師としてお仕事なさった分だけさらにかさましされることになります。

で、これが給金の額ですね。」

ぱちんぱちん、とどこかからとりだしたらしいそろばんからはじき出された金額は、おおよそエイリが想定していたものの何倍にもなる額だった。

「え…こんな金額でいいんですか?多いと思うんですが…」

「いえ、首都だとこのぐらいが相場ですよ。

たぶん、エイリさんが想定されている金額はこのあたりの物価を基準とされてるでしょうから、差があるんです。」

エイリは自分はなんて幸運なのだろう、と思った。

こんなド田舎から一足飛びに首都へ行ってこんな給金を手にできる人間は限られる。

普通はド田舎で足元を固めて、ようやく首都への足掛かりを手にして初めてできるものだ。

すべてはマイアが手に職つけさせてくれたおかげである。

感謝してもし足りないほどだった。

「差があるとしても、身に余る待遇だと思います。ほんとうに…ありがとうございます。」

「むしろこれからもっともっと給金が上がって行くぐらいの活躍を見せていただけると嬉しいですよ。

で、労働時間は、週休二日、朝7時から夜9時が基本の労働時間です。

とはいっても、うちの主人は仕事で忙しい方ですから、昼間はほとんど働く必要がありませんね。

それで、住み込みで三食付きということになりますが…よろしいですか?」

給金の保証に住みこみ三食付き。上々である。

「はい、よろしくお願いします。」

一も二もなくエイリは受諾した。


イオニア領から首都まで馬車を飛ばして半日ほどである。

整備された道を通ってきたので、あまり疲れずに首都に辿りついた。

「すごいですね…こんなに活気のあるところ、私、初めてきました。」

「それはよかったです。

でもまだここは首都でも入り口の町です。

もっと城の近くの方に行くほど、活気も増しますし、色んなものが見られると思いますよ。

とはいっても、我がウィルハイム男爵家は叙勲されて間もない家柄ということもあって、

あまり城の近くに邸宅をもっていないんですよね。

もしかしたら、エイリさんが想像されているような

『わあすご~~い、これが貴族の御家なんだ~!感激~!!』

みたいな家には見えないかもしれませんが。」

…よくわからない代弁をされたが、まぁこれも追々慣れればなんとかなる、かもしれない、と思って

エイリはとくにつっこみを入れずにスルーした。

「…でも、貴族の方の御家って私はさっきのイオニア領主の御宅ぐらいしかみたことがなくって。

あまり想像もつかないです。」

「そうですか。なら、ただエイリさんが居心地のいい場所だと思ってくださることだけ願っていましょう。」

エイリも、大きいだとか綺麗だとかそういうことは気にしなかった。

ちゃんとこれからやっていける場所であることだけが気にかかっていた。

―――中にいる人間が、ちゃんとやっていける人たちなのかどうかを考えることを失念していたが。


「つきました。ここがウィルハイム家です」

舗装された道路の道幅がどんどん広くなり、居並ぶ家も最初はバラック小屋のようなものが並んでいたと思えば、

平屋になり、こじんまりとした煉瓦の住宅が並んだと思えば、二階建のしっかりした家、というふうに

徐々に財政的な余裕が見られるようになって行った頃にそこに辿りついた。

馬車から下りると、しっかりした門扉の向こうに、2階建の漆喰で塗り固められた洋館がそびえたっている。

「すごい…素敵な御家ですね。」

「外観だけでそう言ってもらえるとは、ありがたいです。」

そういいながら、ジョルジュが門を開ける。

エイリも続いて中に入ると、そこには緑豊かな庭が広がっていた。

…が、豊かと言っても、なにやら畑がよく目立つ。

「これって、食べられるものばかりなんですか?」

「そうですねー。観葉植物ばかり置いてもつまらないですしねー。

畑なら食べられる物を育てられますし一挙両得です。」

貴族はつまらないことでも、見栄を張ることにかけてはお金を使い倒すと聞く。

しかしこの家では当てはまらないらしい。

食べることとなにが一挙両得になるのかわからないまま、エイリとジョルジュは玄関ポーチにつく。

ジョルジュは、硬い樫材でできたドアの、虎の意匠らしきノッカーを数回小気味よく打ちつけた。

「は~い、今参ります~」

中から甲高い声がきこえる。女性のもののようだ。

どたどたどた、と板の床の上を歩く音が聞こえてきた、と思ったら、がちゃっとかぎが解錠され、扉が開いた。

そこにいたのは、かわいらしい御仕着せを着た、金髪碧眼のまるで『これぞメイド!』というような綺麗な女性だった。

「お待たせしましたわ、どちらさまでしょ…って、なんだ、執事なの。

あらやだ、走ってきて損しちゃったわー。あーもう。」

甲高い声から一転、不機嫌なハスキー声に変わる。

そして、かわいらしく小首をかしげた姿から、とたんに、バリボリと髪を掻きだした。

「…カレンさん、御客様にはまさかこういう対応はしていませんよね?」

険を含んだ声がジョルジュから発せられる。

険悪な雰囲気にエイリがどきりとしていたら、そそくさと家の中へとはいって行こうとした、枯れんと呼ばれた女が振り返った。

「してるわけないじゃない。ちゃんと相手は見極めてるわよ。失礼するわね。」

そういって、まばゆいばかりのハニーブロンドの纏めを外し、暑苦しそうに胸から首にかけての使用人の御仕着せブラウスのボタンを外した。

さっきまでは、綺麗な可愛らしい使用人だった風貌が、一転して淫蕩な女性に早変わりである。

エイリがその変化に目を丸くしていると、ようやくエイリのことを視界に入れたらしいカレンは皮肉ったように笑った。

「あら、そこにいる子が例のお館様が探してらっしゃった化粧師の子なの?

化粧師って言うからに、自分の顔にも完璧な化粧を施してさぞや美しい人だろうと思ってたけど

この子、完全に



じゃないの。驚いたわ。」

いうだけいって、そそくさとカレンはどこかに向かう。

ぽかーん、とそれを聞いていたエイリをよそに、ジョルジュは、能天気そうに見える容貌だったのに、

一転してぷるぷると拳を震わせていた。

「エイリさん…うちの使用人が大変申し訳ないことを…

……カレンさん!どこにいくんですか!御待ちなさい!!!!」

ジョルジュはとうとう拳を突き出してカレンの後を追い出した。

執事に追われる不良メイドがいる家。

「…わたし、こんな同僚に囲まれてやっていけるのかしら?」

おもわずつぶやいていた。

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