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1 苦難、それも人生

王族が次々と殺され、間諜を送りこんだと思われる隣国と一時戦争に陥ってから早10年あまり。

新しい女王が即位し、ようやくその治世も平定して、戦時の荒んだ空気から徐々に回復してきた頃。

わずか16歳の少女、エイリ・ティスディルは途方に暮れていた。


「どうしよう…お金が、ない!」


『洋国』イオニア領のド田舎で、エイリは頭を抱えていた。

「まさか、ここまで借金がかさんでただなんて思わなかった…いえ、私が考えもしなかったが悪いのよ。

マイアおばさまが仕事を辞めてここに引っ越して15年、

それでも少ないながらもここまでやってくる人には仕事をしてたけど、

病気になって完全に収入が亡くなって5年になるんだもの…お金なんてなくなって当然よね。」

平屋建ての家の中にある、マイアが蓄財の中から捻出して購入したわずかばかりの家具には、

今はすべて『差し押さえ・競売物件』の紙が貼られている。

もちろん、この家自体も競売にかけられる予定で、明日までに退去しないと強制明け渡しの予定になる。

不幸中の幸いとして、借金が全てマイア名義だったため、僅かながらのエイリの私物の差し押さえは免れたが、

15年もの長い間ずっと住んでいた家を他人に取られるのは悔しくて堪らなかった。

たとえ、マイアの代わりになって生計を支えられなかったエイリの自業自得だとしても。

「悔しいけど、ひとつだけ、形見は残せてもらえた。

あとは、遺言に従って、イオニアの領主さまにお会いするしかないわよね…」

いつまでもこの部屋にはいられない。

行動するならさっさとするのにこしたことはない。

「むしろ、鞄一つ、身一つで自由に動き回れるなんて、身軽じゃない!そうよ、私は

自由よ!いくらでも、うでが、試せる!」

鞄一つをもって、家を出る。

思い出だけが詰まった過去は、もう後戻りできない。

エイリは感傷を振り払って、無理矢理未来へ思いをはせた。


エイリ・ティスディルは孤児だ。

産みの親については詳しくは知らない。

ただ、育て親のマイアが、とある貴族の家で寡婦の女中として働いていた頃に、どうしても子どもを育てられなかった若い同僚の女中の子を引き取った、とだけ聞いている。

マイアは若いころに軍人だった夫を亡くしていて、それ以来良縁に恵まれなかったらしく、長い間職業婦人として身を立てていた。

そんな経済基盤の弱い女性が一人で子どもを引き取って育てるなんて、リスクも甚だしかっただろうに、

なんとマイアはその女中としての職を辞めてまでエイリを育て上げた。

そして、数年ほど前に病を得てからは下り坂を転げ落ちるように体調が悪化し、先日他界した。

後に残されたのは、再び孤児になったエイリただ一人だった。

「まあ…つらかったでしょう、エイリさん。マイアも、どうして生きている間に私たちを頼ってくれなかったのかしら…」

「ほんとうに。マイアが病気になっていることすら我々は知らなかった。言ってくれれば援助をしたと言うのに。」

この十何年のことを軽く説明したら、目の前にある気品のある男女は驚愕といった体でエイリを見た。

――二人は、マイアが最後に女中をしていた貴族である、イオニア伯爵夫妻である。

つまり、エイリがマイアに託されたところでもある、と言い変えていい。

二人は小領主で、大金持ちと言ったゴテゴテとした華美な雰囲気はないが、質素ながらも上等な絹糸が使われたドレスやシャツを身にまとい、

整えられた髪や指先は労働に縁がないことが窺える。

マイアが病気の間、せめて家計の足しにと農業をしていたエイリの爪はささくれだって割れている。

服も、木綿を買うのがやっとだ。

今日もくたびれた、しかしエイリにとっては一張羅のワンピースを身にまとっているが、彼らの目の前では、農作業着を着ているのと変わらない。

まるで物乞いをすれば助けてあげたのに、と言われているような気分になって、被害妄想気味だと思いつつ、エイリはついひねくれた態度をとった。

「マイアおばさまは、ここをやめた人間です。私と一緒に市井で暮らしていく覚悟をしていました。

違う世界に住むあなた方に頼る気はなかったんだと思います。」

でなければ、マイアは『自分が死んだときにどうしても困ったら、イオニア領主夫妻を頼りなさい』という遺言は残さないはずだ。

しかし、イオニア夫妻はそうは思っていないらしかった。

「でも、マイアが遺言で、もし困るようなら私たちを頼りなさいと書いていたのでしょう?

…とても賢明な判断だわ。マイアらしい。自分が生きている間はなんとかするけど、どうにもならなくなったときに初めて人を頼れというのは、昔から何も変わってないわ。」

「そうだな。マイアはそういう人だった。

…15年前、君を引き取った時もそうだったんだ。」

突然出てきた自身の出自に、エイリは驚いた。

「御存じなんですか…私のことを!」

まさか、一女中が誤って子どもを産み落とし、それをさらに一女中のマイアが引き取って職をあきらめた経緯を、主家の人間が知っているとは思わなかったのだ。

そもそも、15年も前に一女中だったマイアのことをここまで気にかけている時点で、普通にはないことだった。

しかし、そうしたエイリの驚きをよそに、夫妻は過去を懐かしむように語った。

「あなた、覚えていらっしゃるかしら?私たちは、マイアに無理だといったわよね?

女性が一人で子どもを育てるなんて、って」

「ああ。いくらマイアの腕が立つからと言って、うちの仕事を辞めて田舎にひっこむなんて、正気の沙汰とは思えなかった。

でも、マイアは、頑として育てるといって譲らなかったな。」

「ええ。このままだと、この子は孤児院に入れられてひもじい思いをすることになる。

そうなるぐらいなら、自分の手元に置いて、育てる、と豪語していたわ。

あの頃でもう50近かったのに…あのときはマイアの選択は間違いだと思っていたけれど、今になれば最善だったといえるとわかるわ。

こうして、目の前に立派に育ったエイリさんが現れてくださったんだもの。」

夫妻は、すがすがしいといった風にエイリを見る。

けれど、エイリは心の中が荒れ狂っていた。

『どういうこと?

この二人は、マイアおばさまが無理矢理私を自分たちの反対を押し切って引き取ったっていっているけれど、

どうしてそのマイアおばさまに押し付けず、

自分たちのような余力も財力もある自分たちがどうにかする、とはいえなかったの?

マイアおばさまが頑固なのはわかるけれど、女性の、それも年のいった人が一人で子どもを育てるなんて、どれだけ経済的にも身体的にも辛いことかわからなかったはずがないのに、

どうして助けてあげられなかったの!?おかしい、おかしいわ…

なのに、マイアおばさまが私に宛てたたったひとつの遺言が、この夫妻を頼れ、という一言だけだったの!

賢明だったマイアおばさま、どうしてこんなことが起こるの…!?』

内心荒れ狂っているエイリに気づいていないらしい夫妻は、微笑みをたたえて言った。

「エイリさん、あなたさえよければ、うちに留まってくれないだろうか?

マイアが立派に育て上げたことは十分に分かっているけれど、あなたさえよければ、私たちはあなたを引き取ることも考えている。

ここではあなたの好きにしていい。経済的なことは何も考えなくていいんだが、どうだろうか?」

「そうね、それがいいわ、エイリさん。

マイアがここで働いていた時、彼女の凄腕の技術に私たちは何度となく救われたわ。

それなのに、十分な恩義を返せないまま彼女は亡くなってしまったわ。

マイアへの恩返しのためにも、私たちにあなたへ経済的な支援をさせてくれないかしら?

一番いいのはここに留まってくださることだけれど、そうでなくてもいいわ。

とてもいいことだと思うのだけれど、どうかしら?」

エイリはぶちっと堪忍袋の緒が切れそうになるのをすんでのところで堪えた。

まるで、善意の塊のようなことを言っているが、その実、マイアがひっかぶった泥を、十何年も経ってからお金だけ使って処理してしまおう、という魂胆に聞こえる。

エイリは心の中で思い浮かべたことを吐き出しそうになるのを堪えて言った。

「申し訳ありませんが…その御申出、私は受けられません。まったく。失礼いたします」

苦しい気持ちを押えて応接室を出る。

最早帰るところもお金もないエイリは、この日は夫妻の家に厄介になることになっていたが、明日には早々に出ていくことを心に決めた。


「ねえ…あなた、本当のこと、やっぱりいえないわよね?エイリさん誤解したままだわ、きっと…」

「勿論だ。絶対に知られちゃいかん。たとえ、彼女のこれからのためにならなくても、隠し通さなくてはいけない。

回りまわってそれが彼女を助けることになる。」

「でも、エイリさんがこのまま私たちの手を振り切ってしまえば、どうなるかわからないわ。

誰かに知られてしまうかもしれない…そうなれば、隠したことが裏目に出るわ。」

イオニア夫人はため息をついた。

エイリの出自は極秘中の極秘である。

エイリ自身が知っていたように、表向きエイリは若い女中が結婚することなく産み落としたが、育てきれずに捨てられた孤児ということになっている。

しかし、本当のエイリの親は、女中ではない。

そして、このイオニア家は、エイリの庇護者として、秘密裏に選ばれた存在だった。

決して、エイリと、真実の親とが交わることがないように。

マイアは、さらに、イオニア家からエイリを任された存在だった。

しかし、マイア亡き今、エイリは何があるかもわからない、有象無象の世界へと羽ばたこうとしている。

「あの方たちは…エイリさんがこんな立派な方に育ったと言うことを御知りになれば、どうされるのかしら?」

夫人の暗い想像に、イオニア伯爵は、予言めいたことばを口にした。

「おそらく、エイリさんを自分たちの思うままに利用して使う、もしくは

殺す。」

もし別作品も読んでる方がいればわかるかも知んないですが、一応数か月前まで書いてた「政略結婚のススメ」というお話と同一世界のお話です。

ただし時間は10年ほど昔を舞台にしてます。

すでに一話の時点で、政略~で書いたネタというか伏線を使ってるんですけど、

今後はこのネタ以外にリンクする点はほぼないという感じですかね~。

基本的に独立したお話にするつもりです。

つもり…orz

まあ、どういう方向に行くのかまだわかりかねてる状態ですが、

色々キャラクターを出しては色々事件引き起こしてかき混ぜることになるので、

あんまり愉快にならないかもしれませんが(タイトル詐欺かよ)

ぼちぼち書いていきたいと思います。

お付き合いいただけるとありがたいです。

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