AUヒーローの英雄!
前回のあらすじ
SPヒーローは赤い変態にからまれた
「手前みたいな英雄気取りがなぁ、知ったような口を叩くんじゃあないっ!」
「分かった!じゃあ黙って貴様を叩くっ!(正義拳撃!!!)」
「ぐぼあああああっ」
夕日の朱が差す、土管もなにもない街中の空き地。
己が信じる正義を探して、今日もとりあえず自分のことは棚上げにし、勘違い野郎をボコす者がいた。
彼の名はSPヒーロー。
スプーンでできたにび色の装甲を、頭のさきから足先までびっちりと纏い、首元には自身の情熱を示すが如く深紅のマフラーがなびいている。
そのSPヒーローの足元に転がっている白目をむいたおっさんは、ただのおっさんではない。手足に純白の靴下を装備しているので、なんらかの変態である。
「靴下をどこまでも伸ばす能力……。それで手足に履いた靴下を鞭のように扱い、ただ空き地で暴れ回る……。憂さ晴らしか、でもそれを見て不気味に思う人もいるってことを考えなくてはならない。それに他の力の使い道もあったのでは……と、言っても聞いてやしないか」
SPヒーローはその場を立ち去ろうと、空き地の隅に置いたMy段ボールに手をかけたところで、道路の方から何者かに呼び止められる。
はっと、SPヒーローがそちらの方に目をやると、見覚えのある野球少年が、グローブと硬式球を手に、真面目そうな面持ちで立っていた。
「君は……あの総代の裸を見たがってた……」
「だぁっ!そうだけど、ちげぇ!後に投手として魔人と呼ばれる予定の、藻乗萌投だ」
「く、今度は病気になって帰ってきたか……いいだろう、俺は何度でも立ちはだかるさ。……くじけるまでは……」
一仕事終えたSPヒーローは、普段の彼、下裏羅 鮎広へと戻りかけていた。
野球少年は呆れながらも、少し照れくさそうに話しだした。
「だからあんたは……。いやな、俺は、その、くそう、うまくいえねぇな。今度は自分の限界の向こう側がみたくなったんだよっ」
鮎広はその場にしゃがみ込み、股の間で人差し指を立てた。
「……分からん。ストレートに頼む」
「ちょいと、練習付き合ってくれやってこと!バッターのフリして立ってるだけでいいから」
「いいけど……その前に着替えさせてくんない?」
ため息をつく投を見てから、鮎広はきょろきょろあたりを見回した。
草が長い適当な場所を見つけ、段ボール片手に物陰へ行こうとする最中、無情にもじゃらじゃらとスプーンの装甲、匙装甲は、パージされ地面に落ちた。
生まれたての状態の鮎広は、その場に立ち止まり、投の方に振り向いた。
「野球拳、その後」
「アウト」
適当にスプーンで練り上げたバットで、投の練習につき合い、空が紫がかったところで、鮎広はいつものシャッター街の一角に帰って来た。
そこはSPヒーローの依頼受付場所として、鮎広が好んで陣取っている場所である。そこには、たまに小学校帰りの帽子を被った眼帯少女や、会社帰りの面倒くさい感じの中年のおっさんが入り浸っている時もある。
今回は前者のようであった。いつも鮎広がスプーン曲げをしている時、背にしているシャッターに寄りかかり、俯いている士二 総代の姿があった。
明らかに鮎広の存在に気づいていたが、総代は不機嫌そうに地面をかすめるようキックを繰り返し続けるだけであった。
鮎広はそんな総代を気にも留めず、総代に背中を向けるように座った。そして手にしていた段ボールの中の、様々に歪曲したスプーンを一本一本、まっすぐに戻していった。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、かちゃ……ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、かちゃ……ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、かちゃ……。
沈黙はしばらく続く。
シャッター街とは言え営業している店も数店あるので、夜の帳に合わせ、街頭に明かりが灯る。
そこでようやく地面を蹴ることをやめ、総代が口を開いた。
「そういえば、あれまだ話してくれてないよね。鮎広がスプーン曲げの能力になんでなったかの話」
鮎広は手を止めず、振り向きもせず応えた。
「何、つまんないし長いだけだよ。……今日はもう帰ったらどうだ。もう十分遅いし。なんなら送るけど」
「いや。鮎広のその作業が終わるまで待つ」
「終わった」
総代は鮎広を押しのけるように、段ボールの中をのぞいた。まだほとんどがぐにゃぐにゃに見えた。
総代は鮎広の髪の毛をぞんざいに掴んだ。「俺の老後が……」と言う鮎広に総代は掴んだ手をぐりぐりしながら言った。
「なんで嘘つくの。そんなに私を家に帰したいの。……ん?」
「いやだから、もう遅いし」
「鮎広がここに戻ってくるのが遅いんじゃん」
「なんだよそれ……俺ら毎日会う約束でもしてたか?いで。なんとなーく、気が向いたらお前が勝手にここに来る、みたいな感じじゃあなかったのかよ。いてて。なにむきになってんだよ。痛ぇよ」
「むきになってるのは、鮎広の方でしょ。なんか露骨にそーよを避けてない?あれー、おかしいな。この前までそーよにデレデレだったのに」
鮎広は総代の手を掴むと、丁寧に自分の髪の毛から振り払った。
「ヒーロー業が地味ーに忙しくなってきてるだけだっての。それに総代は俺がいなくたって、平気だろ。最近同級生の友達もちょろちょろできてるみたいだし。なんだっけ、楼流ちゃんとか、ケロ里香ちゃんとかさ」
「誰情報それ」
「田図ー」
「……友達できたらここに来ちゃいけないわけ。へぇ、そう。ふへ。変なの」
「そういうわけじゃないけどさ。ほら、小学生女子が高校生男子と、度々会っていたら世間様はどう見るかなーって思ってさ」
「は。今更。違うよね。そーよそんなの気にしないし。……言い訳はいいからはっきり言えば。これ以上仲良くなるのが怖いですそーよちゃん、わーんわーんって泣きながら」
総代は鮎広の正面に周り、手を腰に当て胸を張って言った。
対する鮎広は段ボールの中の虚空を眺めていて、上辺だけの表情は笑顔を取り繕おうと歪んでいた。
「へ、へへ。なんでそんなこと言わなきゃなんないんだよ。俺は正義の使者、SPヒーローだぜ。仲良くなるのが怖くなるとか気取った漢じゃあない」
「今、鮎広は鮎広でしょ。ほんとのところはどうなの。小学生なそーよに言ってみ」
「…………」
鮎広はまずったのかなあと首を傾げてから、シャッター街中央にある時計にわざとらしく視線を運んだ。
「うわ、もうこんな時間か。まずいな。そーよ、ほら、帰るぞ」
鮎広は荷物をまとめると、一人ですたすたと総代の自宅の方に歩き出した。
総代は不機嫌を隠さずに黙って鮎広に付いて行く。
道中、あたりさわりのない会話がぽつぽつ交わされただけで、お互いのもやもやは解消しなかった。
一戸建ての士二家近くまで来ると、鮎広はじゃあ、と反転して総代とすれ違う。
その際に、総代は鮎広の腕を取って、鮎広の歩みを止めさせた。
「このままじゃあ、鮎広黒焦げにするかもね」
「そりゃあ……覚悟しとかなきゃな」
「もちろんそーよを説得することをだよね」
「…………こっちのだ」
鮎広はするっと、総代から離れ、去っていった。
静かに夜の住宅地に爆発音が響いた。
「うわあ!どーしてこうなったんだ!どこで俺間違えたんだ。分かんないなぁ!分かんないっ。淡井さん、なんか、こう……スパーンッと、あれから総代は総代の道を行きました、ちゃんちゃんってならないんですかっ?」
翌日の夕方。シャッター街の一角にて。今日は帰宅途中の面倒くさそうな雰囲気のサラリーマンとお話し中の鮎広。
そのサラリーマン、淡井 一郎は、腕を組んだまま深く深く頷いた。
「うむうむ。初々しいかぎりだ。いいのだよ、若さを振り回して間違えたって。それを教訓に君はまた大きくなれる。大人になってから間違えたら、得られる教訓より、付きまとう責任が大きすぎて、冗談で済ませないからな。間違えるのは今のうちということだ。もちろん、常識の範囲内でだぞ」
鮎広は納得がいかない。
「今の俺を肯定しないでいただきたい。俺は駄目な奴なんです。俺じゃあ総代の奴を本当の意味で救えない……」
「それは帽子少女がそう言ったのか」
「……。……俺はゴミ屑以下の……ふ……ゴミ屑に失礼か、ゴミ屑はゴミ屑でリサイクルとかされる時代だし……。俺はリサイクル不能で俺のまま……俺は結局俺と言うことなのか、はぁ……。つまり俺はどういうこと言ってるんだ?ん?……いや、もうどうでもいいのかもしれない……」
鮎広は淡井を見て淡井を見てなかった。
「おーい、帰って来い。……これは駄目だな。あたるべくして壁にあたったというところか。何かきっかけでもないとこういうのは中々なぁ。ふむ、ここは私が一肌脱いで気分転換にどこかへ連れて行って……」
かちゃら。
依頼の書かれたスプーンが、段ボールに放られる音。
その音で我に返った鮎広は、依頼主のいる方へと慌てて顔を向けた。
そこには、まだ鮎広より年端もいかぬようだが、どこぞの貴族出身ですかと訊きたくなるような雰囲気を放っている、白髪で金目銀目の少年が立っていた。そしてその少年は鮎広を見て言う。
「お久しぶり僕の英雄」
「どうしてこうなった」
「まぁよかったんじゃあないか。君には普段と少し違った環境がお似合いだ」
「どうして淡井さんがついて来てるんですか。あなたは僕の保護者か」
あれから鮎広と淡井は先ほどの少年の自宅というお屋敷というか大豪邸とかそういった物々しい建物の客間にいた。
一体いくらするんだよというような今まで感じえなかった感覚のするソファにびくびくと鮎広は座りながら、目の前のやたら作り細かいレースが敷いてある大理石のテーブルに肘をつき頭を抱えていた。
隣りに座っている淡井は、慣れた感じに辺りを見回してから、テーブルの上にあった宝石箱じゃねぇのというものの中から高級臭半端ないお菓子の包みをいくつか手に取った。
「私も日ごろのパトロールの疲れをリフレッシュしたい時があるのだよ。ま、ま、ここは君の知り合いである恩恵を受けさせてくれたまえ」
オールバックでネクタイをびしっと決めたスーツ姿の淡井は、にやにやと鮎広の身なりに目を向ける。
そこにいるのは、ぼさぼさの頭で首元には深紅のマフラーがうなだれ、薄茶色のポンチョを羽織っているいつもの鮎広だった。その横には大量のスプーン入り段ボールも健在だ。まるでふろうsy……。
鮎広はそんな淡井の視線に構いもせずただその状況に怯えていた。
「な、なんだっ、やたら長い車で拉致られたと思ったら、この豪邸は。とって喰われるんじゃあないか。この部屋一つに僕の部屋いくつ入るんだよ。あの部屋の隅にいるセバスチャン的な人はなんだよ。すげー怖ぇ。なんか悪いことしたか僕は」
「さっきの裕福少年が言ってたではないか。以前助けてもらったお礼がしたいから自宅に来てくれ、という依頼をしたいと」
「それがよく覚えてないんですよ……あんな印象強そうなヤツ一度見たら忘れない気がするんですけど……というか僕はだからこの件断りたかったんですよっ」
がばちょと鮎広は起き上った。
「覚えてなかろうが、名指しで君にお礼がしたいと言ってるんだ。そのお礼を受けるのも仕事のうちだ匙少年。向こうが満足できればなんにせよそれは人助けだろう?存分にもてなされてやるがいい」
淡井は手にしていたお菓子を鮎広に渡そうとする。その瞬間そのお菓子は光を放ち爆発した。
部屋は爆煙にしばらく包まれていたが、扉が開かれ薄らいでいった。
扉から入ってきた人物はあの金目銀目の少年であった。
「やった!なんかおまけがついてきたりしたけど、思ったよりあっけないけど、フラグかもしれないけれど、この僕が!あのSPヒーローを倒したぞっ!」
その少年は両手を握りしめ、今にも小躍りせんばかりだった。
だが、当然ながらその喜びはキャンセルされる。
煙の中に揺らめく二つの影が立っていたからだ。
「残念ながら、俺はヒーロー。火薬は友達!喰らわない!なぜなら、それが演出でありロマンであるからだ!」
「訳すと帽子少女で爆発には慣れていた、だろうな」
鮎広と淡井はなぜか机に立って、少年に対峙した。
「あの爆発で生きてるなんて……そ……そんなベタな……」
少年は少し動揺したが、すぐに調子を変えた。
「ふ、でもそうでないとつまらない。そうでないと盛り上がらない。そうでないとこの僕の壁としてふさわしくない。つまり、おもしろい!」
鮎広はそんな少年を勢いよく指を差す。
「やはりこれは罠だったか!道理で君を覚えていないわけだ。いい加減名前を名乗ったらどうだ!」
大好物の展開に助けられ、鮎広は生き生きとしだした。
だがそれに反して少年の方は再び困惑しだす。
「え、いや。だから名前は移動中にもいいましたが、僕は大庭 貝太ですよ。それに覚えていない……?……うぅ……そうか、そのパターンは考えていなかった……。ちょっとショックかも。とりあえずタイムです」
鮎広と淡井は動きを完璧に止めた。その間貝太はうーんうーん、と考えてから、電球に明かりをともした。
部屋の隅のじいや的な執事服を着たものに耳打ちをすると戻ってくる。
「オーケーです。続けましょう」
鮎広と淡井は元に戻る。
「それでええと、なんだっけ!これは俺を呼び出す罠だったんだろう。俺はとりあえず戦えばいいのか!」
「そうですね。いっきにネタバレをするよりいくつか場面を挟みましょうか。ということで僕は色々準備があるので、ここで失礼。後はこの『G-8 セバス』がお相手しますので。適当にてこずっといてくださいね」
そういうと貝太は客間から出て行った。
「待て!」
「待ちたまえ!」
後を追おうとする二人の前に、じいや的なもの、『G-8 セバス』は立ちふさがる。きらんと目が光り、その手の部分は引っ込み、代わりにロングソードの刀身だけが生えてきた。
「く、ロボットだったのか。あの爆発に巻き込まれながら、ヒーローでもなさそうなのに平気だったのはこういうわけか。……淡井さん、展開的にあなたはとんずらできそうですけど、どうします?」
「愚問だな。乗りかかった船というのもあるが、皆のキャプテンたる私が、こんなところに知り合いを置いて行くものか。力を貸そう。さっさと解決して帰るぞ」
「よし、ならば共闘だ!」
「だが勘違いするな。いつでも助け……」
「ん、ああ、え、うん。はい、すみません、どうぞ」
「もういい」
やや前のめりになっている鮎広と、落ち付いてネタに走る淡井とではやはりこうなる。
気を取り直して鮎広は、んばっと服を脱ぎ捨て全裸になった。屋内とはよいものだ。
淡井はがしゃーん、と窓を突き破り、外に消えていった。経済的によいことなのか。
「変身!」
鮎広は段ボールから大量のスプーンを宙に放り、降り注ぐスプーンを全身に浴びる。
説明しよう。下裏羅 鮎広は触れただけで自在にスプーンを曲げる能力者である。その能力を応用し、全身にスプーンを編むように巻きつけ装甲とし、SPヒーローに変身するのだ。
「匙は曲げても些事は気にしない!SPヒーロー参上!」
その名乗りとポージングが終わると同時に割れた窓から赤い、ひたすら赤い人影が現れた。
「キャプテン仮面ただいま推参」
キャプテン仮面と名乗った人物は、赤い皮のロングコートを羽織り、顔に赤い布が撒きつけて、その上に赤サングラスをかけていた。
『G-8 セバス』は扉の前からぴくりとも動かない。
「さて、あの貝太って子を追うには窓から出て行ってもいいけど、とりあえずこいつを倒さないといけない感じだな。だから遠慮なく行かせてもらう!」
SPヒーローは得意の猪突猛進で攻撃を仕掛けに『G-8 セバス』に駆け寄った。
すると『G-8 セバス』はすさまじいスピードで反応し、SPヒーローの懐に入り蹴飛ばした。
良い感じに相当な衝撃を受け、倒れこむSPヒーローに『G-8 セバス』の剣撃が襲おうとする。
「やれやれ、困ったものだな」
キャプテン仮面は自身の能力、遠隔から相手をひざかっくん状態にする、遠隔ひざかっくんを『G-8 セバス』に発動させた。……だが『G-8 セバス』には特に効果はなく、がんがんSPヒーローはロングソードで叩かれていた。
「痛いっ痛いっ。痛いって、言ってるじゃんか!」
SPヒーローは刀身を掴むと、そのまま起き上った。『G-8 セバス』は必死にその手を振りほどこうとするが、びくともせず、自身の関節部からぎちぎちという音が出るだけであった。SPヒーローは空いている手で『G-8 セバス』の腹部に手を突っ込んだ。
「正義握滅!」
SPヒーローは『G-8 セバス』の腹部内部を握りつぶし、中身の機械やらケーブルやらをぶちぶち巻き込みながらひっぱりだした。『G-8 セバス』は黒煙を放ち出したが、以前と動き続けている。
流石に不気味さを感じ、刀身も同様に握りつぶすと、SPヒーローは一端距離をとることにした。
「随分とタフなセバスチャン的なロボットだな。そういえばキャプテン仮面、あいつに能力は効かなかったんですか」
「そのようだ。まだ私の出番ではないということかな。ここは任せた」
そんなんじゃあいずれ天津セット化ですよと、鮎広の部分で思いつつ、SPヒーローは目の前の敵の様子を窺った。
依然として向こうから攻めて来る様子はない。さっきのように突っ込めば対応をしてくるということなんだろう。もうなんか『G-8 セバス』はぷすぷすとしているのでほっとけばいずれくたばりそうだったが、SPヒーローは自身の矜持として再び突っ込むことにした。うおお、と叫ぶことで熱さを演出しようと図ったが、やってることはただの追い打ちなので、少々滑稽であった。
『G-8 セバス』がSPヒーローの接近に反応し、素早く攻撃をかわそうと動くと同時に、SPヒーローは前転をし、さっき砕いて折れた刀身の先っちょを拾ってそれでカッコよく止めを刺そうとした。が、『G-8 セバス』は損傷に加えそのような謎行動をとられてフリーズし、そのままバランスを崩しSPヒーローの一撃を避けるように倒れてしまったのだ。
「ええー」
SPヒーローが拍子抜けだよとばかりに佇んでいるのをしり目に、腕組みし高みの見物を決め込んでいたキャプテン仮面は、うんうんと頷いてから、部屋を出ようとした。
「その程度はかませだ。気にせず次に行くぞSPヒーロー。って、む。開かないな」
その時、窓にはシャッターが下り、部屋ががたんと、揺れたかと思うと、左右の壁がSPヒーローたちを押しつぶさんと迫ってくるではないか。
「まずい、早く脱出しないと……というかなんつう家だよ。さっきのロボットといい金持って謎だな」
SPヒーローが扉をぶち破ろうと扉に近づくと、どこからかメロディーが流れてくる。
その曲は、大分ノイズが入っていたが、鮎広はその曲がなんなのか知っていた。それは彼が以前通っていた中学の校歌である。
校歌は『G-8 セバス』から流れてきていた。
なんでこいつがこの曲を……。
SPヒーローは後ろ髪を引かれつつも、扉を正義拳撃で破壊し、キャプテン仮面とともに客間を後にした。「イヴ……」と呟いていたので、キャプテン仮面もなにか思うことがあったようだった。
それから変態ヒーローコスプレコンビは、大庭邸(仮)の謎ギミックに翻弄されながらも、大広間的な所を目指した。なぜなら展開上貝太少年が待ってそうだったからである。
根拠はない。ただ脈絡を信じてやまない馬鹿たちなのだ。
「ランニングマシーン的に走らされる廊下、槍がつき出す壁、ビームが出る石像、爆弾が定期的に落ちて来る天井、平然とある仕掛け床の落とし穴、どこからともなく飛んでくる矢、インディなんちゃら的になる一本道で追ってくる巨大鉄球、そして無限湧きじゃないかと思えるセバスチャン的メカの数々……もうここはなんだ、B級アクション映画のスタジオかなんかか!」
「そう猛るなSPヒーロー。きっとそろそろ謎解きパートだ。落ち着いたらどうだ」
「ほとんどトラップ処理を俺に任せ、後ろで偉そうに腕だけ組んでたくせにぃぃ、くぅぅっ!」
「ほら、私の力は対人特化だからな。本当の救いの使者は出番をとっとくものだからな。はっはっは。働け少年」
SPヒーロー、いや鮎広は徹底的理不尽を覚えた。
「さて、そろそろ整理しておこうか。明らかにそれっぽいヒントを並べて」
キャプテン仮面は長い廊下の壁に背もたれ、懐から紙切れを出す。
かちり。
背もたれた壁のスイッチに反応し、SPヒーローの横を通り、キャプテン仮面の鼻先をかすめるように、火の玉らしきものが飛んで行った。
キャプテン仮面の持っていた紙切れは燃えカスとなりちりちりと床に落ちた。
ははっ。
「と、いうことで今は無きものとなったが、□ロ通りの地図がさっきこれ見よがしに、メカを撃破した時ドロップしたな。あとは不良っぽい若造の写真がドアに貼りつけられてたのもそうだろな。他はシャンデリアに吊るされた紙に殴り書きされたセリフ、『自分に誇りを持てなければ何事も悔しく思えないし先にも進めない』も、ふ。だよなあ。もちろん最初の部屋で聞こえた歌も、校歌っぽかったがなんかなんだろ?なぁ匙少年いい加減思い出してあげたらどうだ?」
「?なにが」
「おいおい勘弁してくれよ。こっちは巻き込まれた側なんだから、これ以上は言えないな。メインは君たちだぞ」
「キャプテン仮面……今の俺に難しいことを言わないで欲しいんだが……考え始めるとぐるぐる思考が黒くなっていくから……それに推理パートってこんなん推理とかカッコつけてるけどこれ推理でもなんでもないから。いい思い出もないから」
「そう言うな。少し先を見てみろSPヒーロー」
SPヒーローは振り返り廊下の突き当たりの方にドアを見つけた。そしてどうもそれが大広間へ続くものっぽい。
近づいてみると、ドアは厳重にロックされていて、ご丁寧にそれを解くパスワードを入力するらしきものまで見えた。SPヒーローは問答無用とドアを殴ったがびくともしなかった。
「数字4桁か。0から9までの数字を順々に入れてって……って絶対これは床がかたかたしてるから間違えたら落ちるな。匙少年、パスワードになにか心当たりはあるか?」
「ない」
「……はぁ。まず順番的に校歌か。あの部屋で流れていた校歌、あれは君の母校の校歌か?」
「俺の中学時代の校歌だったが……それがなにか?」
キャプテン仮面は大きく肩を落とした。
「確かに向こうも執着がすごいが、こちらは無頓着ですごいな。まあいい。ここからは私のたわ言だ。聞き流しても構わないが、ヒーローというからには人の話をちゃんと聞いているものだよな」
「些事は気にしない!」
「気にしたまえ。普通助けてくれた恩人とは言え、その恩人の母校を特定するのは出来ない事もないが、難しいだろう。だとすれば裕福少年は年齢的に同じ中学の後輩だったのでは、と思える。向こうは匙少年に忘れられていることが意外そうだったからな。それなりに近い立場ではあったんじゃないか。
「次に□ロ通りの地図だが、素直に助けてもらった場所だろう。あそこは路地裏がやたら入り組んでいるし、色んな学校の通学路でもあるはずだ。学生同士のいざこざは普段パトロールしているから分かるが、今でも少なくはない。
「不良の写真はからまれた不良を差しているのだろう。もしかするとまんま当時からんできた奴のものかもしれない。金持ちはできることが多いからな。怖いよな。こんなことにもなるのだからな。
「最後に紙に殴り書きされてた謎迷言だが、あれ君が裕福少年を助けた時にでも言ったんだろう?というかすごい言いそう。いや、言ったね。言うとも。ああいう言いたい事を響きに合わせて言おうとしているところがなんとも……言い過ぎた。悪かったよ。しょげないでくれ。
「こんな感じに適当にあてずっぽうを言っただけだがなにか思い出したか匙少年。思うに君と裕福少年が初めて会った日、もしくは君が裕福少年を助けてもらった日付がパスワードだ」
……と、いう感じに間違っててもいいから一度はこういうことを言い切ってみたい。
淡井はそう思った。実際SPヒーローが「ない」という場面から一切キャプテン仮面は言葉を発していなかった。
「仕方ない、かくなるうえはどうにかなる精神で行こうッ!」
SPヒーローはそう言うと同時にパスワードを入力するらしき装置に手を伸ばした。
キャプテン仮面は「こういう時は大体うまい方向に行く!」とぬかしまた破壊行為に明け暮れるのでは、とSPヒーローの膝をとっさにかっくんさせてようとしたが、そうではなかった。
SPヒーローは、校歌は3番まであったから……3、□ロの角を全部足して……8、不良は……4文字、名言は……よかったから4、と呟きながらパスワードを入力していた。
とっさにキャプテン仮面は、SPヒーローの立っている位置を確認し、自分の方へ引っ張ろうとSPヒーローの肩に手をかけようとした。だが無情にもしかけ床はがこんと起動し、SPヒーローとキャプテン仮面の姿をその廊下から落とし穴の闇へとボッシュートした。
全身が痛い……ヒーロー補正がなければ確実に死んでいた……と、SPヒーローがモノローグに酔いながら目覚めると、そこは石造りの床や壁で薄暗い牢屋のような一室だった。8畳くらいの広さか。鉄格子から外は、これまた石造りの廊下がある。そこの壁に等間隔でかかっている松明のような照明だけが光源のようだ。
ばばっと、SPヒーローは自身が全裸でない事を確認すると、ほっと息をついた。よかった、と。全然よくない状況だが。
一緒に巻き添えになったキャプテン仮面はというと、牢屋内の壁を調べているところだった。
「よくできた作りだな、まるで中世ヨーロッパだ」
キャプテン仮面に申し訳が立たないSPヒーローは、胡坐をかきうつむくだけであった。しかしこうしていても仕方ない。鉄格子に手をかけ、匙装甲のMAXパワーでこじ開けようとしたが、先ほどのドアと同様びくともしなかった。
「これが……お金のかかったものの……すごさ!」
鮎広がまた一つ賢くなっていると、廊下の方から足音が聞こえてくる。その音がSPヒーローたちのいる牢屋の前までくると、小さな影がぬぅっと現れた。例の少年貝太であった。とても不機嫌そうでイライラとした感じで強くSPヒーローをにらみつけている。
「あのパスワード、分からなかったんですか!!え?!僕の英雄!!!いや、もう予想外すぎで面白いのは面白いですけど!!!これはアリなんですか?!間違ったら駄目な場面でしょう!!劇的な場面でしょう!!!ヒントをいくつも上げたんですよ!!!それで僕のことを思い出しつつ!あの扉の先で僕が待っている!!!そういう流れですよね!!!『ふっふっふ、待ちくたびれましたよ僕の英雄!いいや!!我が越えるべき壁、SPヒーロー!!!』という台詞までようしてスタンバってたんですよ!!!なんですかこの醜態は!!!ああもう!!!確かに、出だしは上々でしたよ!!!ですが肝心なトコでちょいちょい入れるボケはなんですか!パスワード不可のアラームが聞こえた時、誤作動かと思った僕は期待しすぎでしたか?!いいえ、あの頃のあなたのままならこんな些細なことできて当たり前でしたよ!!!なんだ!そうか!今のあなた……いや、お前は【もってない】んだ!!ヒーローの雰囲気を!!!劇的に出くわす時には出くわし、絶妙なタイミングで敵の前に現れ、颯爽と解決し、華麗に去っていく!そんな感じが今のお前からは微塵も感じない!!!熱くない!!!燃えない!!!奇をてらったヒーローというレベルではない!!!お前はヒーローなんかじゃなっかった!!!見損なった!!幻滅した!!そんなお前と戦って僕が勝利したとしても!むなしいだけだ!!!今日のこの日まで努力してきた僕を否定して!憧れだった英雄は僕が超える前に死んでいた!!!お前は躯だ!抜け殻だ!せめて過去の精神に敬意を示し!本来ならば相手をしたくも視界に入れることもこのうえなく不快だが、相手をしてやる!葬ってやる!!」
貝太の目は完全に血走っており、時折強く地団太をしながら怒鳴っていた。まくし立てるだけまくしたて、それだけ激怒していたということなのだろうが、その異様さは幼子がだだを捏ねているだけのようにもみえた。高貴なお顔が台無しだな、と淡井は言わなかったが、SPヒーローは空気を読めず……。
「……悪役が色々ぬかすのは結構だけど、多分そんなに長いと読み飛ば……」
「黙れ!そういうのがいらないんだよ!お前のヒーローなんて知るか!!」
案の定貝太を刺激してしまい、状況は収集がつかなくなる……と思われたが、ふぅと一息入れると、貝太は別人と入れ替わったように、けろりと落ち付いた。
あっけにとられているSPヒーローと、キャプテン仮面をよそに、SPヒーローがこじ開けられなかった鉄格子に、貝太は手をかけた。
そしてぐにゃり、とそれが飴細工のようだとばかりにひん曲げてしまった。そこから出てこいよ、とばかりに貝太は背を向け歩き出した。
流石のSPヒーローも黙ってついて行くしかなかった。
パスワードを無事に解いたら到達していた、だだっぴろい大広間の真ん中に、SPヒーローはいた。隅の方でキャプテン仮面が申し訳程度に腕を組み突っ立っている。その横には鮎広の段ボール箱もちゃんとあった。
貝太はというと、「最低限の演出はまだしてあげますよ」といって、大広間にSPヒーローたちを案内した後、どこかにいってしまった。
この待っている間、SPヒーローはなんかよく分からない重圧に押しつぶされそうだった。おそらくそれは罪悪感ではと考えてみるものの、釈然とせず、どうもいつもの癖で悪い考えが自分の中でぐるぐる回っているなぁという感じだった。
展開が乗ってくれば、ヒーローを演じられるのだが、こうした待機状態では、SPヒーローでなく鮎広にもどってしまうのだ。何時装甲がパージされるかハラハラものなのだが、本人にその自覚はなかった。
これが終わったら帰れる、帰って……ああ、また総代と一悶着あるかも……やだなぁ……直接帰ったらまた後で怒るだろうし……家に帰っても宿題が……ああっぉ。
貝太は意図せずとも鮎広を追いつめていた。あるいは執念から偶然ではない、いわば気づいたら敵が弱ってたよ!というご都合主義を引き寄せていたのかもしれない。それが【もっている】ということなんだとSPヒーローにあてつけるようにだ。
傍から見ると、SPヒーローが対決を控え震えているだけなので、キャプテン仮面なんかは武者震いか、それともやっと思い出したか、これで宿命の相手として戦えることに打ち震えているのか!噛み締めているのかっ!と勘違いしてしまうくらいだ。
そんなこんなでSPヒーローが精神自爆しないうちに、貝太は現れた。
貝太は頭からつま先まで、黄金の西洋甲冑を身につけており、背中には純白のマントをたなびかせていた。
「『くっくっく、待たせたなぁ!SPヒーロー!我が名は、AUヒーロー!!お前を倒す者の名だ!』って、もう作ったキャラでやるのもな、冷めるというか、その価値もないというか。SPヒーローに感化されたネーミングでAUヒーローとは我ながら……いや、あのですね、確かにユーモアもあった方がいいとは僕も思いますよ。ですけどね、親しみが湧くものとマヌケなものとは質が違うと思いますよ?あー、言っても無駄か」
そのくぐもった声でその黄金甲冑、AUヒーローが貝太と気付いたSPヒーローは構えをとった。
「なんか背が伸びたな」
言われたそばからである。
「……調べがついていたんでね、実際お前がヒーロー活動をしているところを度々見ていたんですよ。それで急遽作らせた甲冑がコレです。あの人と並びたてれるよう、身長が高く見れるようにしたり、対極の色合いにしたり、色々工夫してね。その時は僕の英雄はあの頃のままでいてくれたのか、『面白い』と思ってましたが、実際会うとこんなものとは、……うまくいかないことばかりだよ」
SPヒーローは我慢の限界だとばかりに叫び出した。
「そうか、もう戦い始めていいかっ!」
それを聞き哀れに思いながら貝太は冷静に返す。
「その前に、一つ約束してくれませんか?」
「く、なんだよ」
「お前は僕から英雄を奪い、なおかつその屍を弔わせようとしている。お前が負けたその時、罰として今後一切ヒーローを名乗るのをやめろ。今やっているゴッコ遊びの人助けもやめろ。ですが、安心してください。真の英雄であるこの僕がその仕事を受け継ぎますから。ああ。そもそも、自称ヒーローを名乗っておいて、思い出せもしない僕程度に倒されるくらいだったら恥ずかしくて勝手に引退しますよね。すみません、余計なことでした」
「ああ!余計だ!俺は負けないからな!」
「そうですか、負かしますけど!」
二人は同時にお互いに飛びかかった。SPヒーローは拳を引き、殴るモーションを取っていた。
一瞬だった。AUヒーローが急に消え、気づいたらSPヒーローはすさまじい衝撃を受け、吹っ飛んでいた。
キャプテン仮面は第三者なのでかろうじて分かった。AUヒーローの動きが急に加速して、いっきに距離を詰めたかと思うと、SPヒーローを殴り飛ばしていたのだ。
当事者のSPヒーローは、何が起きたか分かる前に、壁に激突し地に伏せた。
「……?!」
鮎広は当然のようにお前能力者なのかよ、と言いたかったが止めた。匙装甲の上からとはいえ、洒落にならないダメージだったからだ。というか匙装甲は所詮スプーンだ。
「あれ、SPヒーローの売りはその匙装甲による圧倒的パワーと、スピードじゃあなかったんですか?どちらも僕が上回っていみたいですね?」
AUヒーローは余裕綽々でSPヒーローに歩み寄る。
その隙を見逃さず、SPヒーローはAUヒーローの足首を掴み、叫んだ!
「泥臭くても敵を倒す!正義握滅!!」
次にAUヒーローの断末魔が響くと思いきや、そうではなかった。黄金の甲冑はびくともしなかったのだ。
「それが【地獄の万力】と、巷で通り名にまでされてた必殺技ですか?残念ながら、僕の財力パワーで作らせたAU超合金の前では無力みたいですよ?」
シリアスな展開(?)の中、蚊帳の外のキャプテン仮面はSPヒーローの通り名が【地獄の万力】とだと知ったことと、財力パワーと、AU超合金の三か所で噴き出しそうになったのを必死にこらえていた。
SPヒーローはというと、全身に痛みを感じながらも、自分の通り名だという【地獄の万力】と、財力パワーと、AU超合金のかっこいい三つの響きが頭から離れなかった。
「ああ、ひょっとして打撃なら有効なんじゃないかって、考えてます?いいですよ、ワンサイドゲームじゃあつまらなさすぎる。この英雄装甲の性能実験のために何発か殴らせてあげますよ」
全然考えてなかったSPヒーローは、若干挙動がおかしくなってしまったが、立ち上がり、AUヒーローの提案に「ああ」と短く答えた。
そして再び叫ぶ。
「情けをかけられても容赦なく倒す!正義拳撃!!!」
けたたましく金属と金属がぶつかる音が室内に響く。SPヒーローの渾身の拳はAUヒーローの顔面を捉えたが、AUヒーローはのけぞりもしなかった。まるで殴られてなかったかのように、衝撃なんか全然感じさせない様子だった。
「うん。内部のクッションも十分に機能しているみたいだな。あれ、それともSPヒーロー、今本気で殴らなかったんですか?流石に無抵抗な相手じゃあ気乗りしないんですか、それはそれで型通りすぎてつまらないヒーローですね。分かりました。攻撃再開しますから、手ぬかりなく本気で来てください」
再びAUヒーローは突然加速し、どこに行ったと思ったら、SPヒーローから距離を取るよう後方に移動していた。仕切り直しと言ったところか。AUヒーローが移動し終えた時、少しAUヒーローがよろけていた事に、キャプテン仮面は気づいていたが、まだ黙っていた。
5、6秒間を置くと、「いきますよ」とひと言断ってから、AUヒーローは再三度加速する。
そしてSPヒーローはAUヒーローの姿を見失った。その瞬間、SPヒーローはとっさのひらめきで後ろを振り向き腕をクロスさせガードのポーズをとった。
「こういう時は大体後ろだーっ!!!!!」
SPヒーローは、見事ガードし、ずざざと後ろに吹き飛ばされながらも、地に伏せず立っている自分を予想していた。だが、実際は無情にもSPヒーローは背中から衝撃を受け、再び壁に正面から衝突し、もう恒例となりつつある、地に伏してしまった。
結果的に、確かに後ろだった。志村後ろだった。
「な、えええ?」
AUヒーローは自分の蹴り飛ばした相手が、謎行動に出ていたことに困惑しながらも、調子を整えて言った。
「SPヒーロー、その装甲の防御力じゃあそろそろ限界でしょう。僕の能力、手加減できないんですよ。降参してくれませんかね。流石に殺しちゃあまずいですから。法的にはどうにでもできるんですが、AUヒーローの矜持としましては、ごまかせないんで」
「降参?そんなの口ではいくらでも言えるな。参った、もうお前には勝てない。許してくれ。……だけどな、俺の、俺がなりたいヒーローは、どんな屈強な相手でも、負けるかもしれない相手でも、降参しなきゃ死んじゃうかもしれなくても、降参なんてできないんだよ。なぜかって?それはな……」
SPヒーローはよろよろと立ちあがると、びしぃとAUヒーローを指差す。
「ヒーローが戦いから逃げてちゃ、逃げ出したくてしょうがない衝動を抑えるため、俺たちに希望を託しているやつらに示しがつかないからだっ!!!俺はそいつらを見捨てた時が、俺が俺を本当に死んだと思う瞬間だ!!」
どんなに貝太に馬鹿にされようと、否定されようと、鮎広のSPヒーローは決して揺らぐことはなかった。
今まで何人助けた?それがゴッコだったかもしれないが、依頼主の感謝の笑顔は本物だったと鮎広は信じていた。なんでこんなことを始めたか?それは些細なきっかけだったかもしれない。それでも今まで積み重ねてきたのは、実績や経験だけではない。ん……些細なきっかけ……。
「だからAUヒーロー!君からも俺は逃げないっ!!!」
「僕のことも思い出せない癖に!僕よりも弱いくせに!僕の英雄は幻想だったんだよ!!」
「思い出したよ!!AUヒーロー!!いや、貝太!初めて俺がヒーローとして助けた相手っ!!!」
「…………」
□ロ通りのある路地裏。そこではあまり真面目とはいえない学生がよくたまり、恐喝や暴力が行われることが珍しくなかった。大庭貝太はそこの常連であった。被害者側として。
当時中学1年生の貝太は、自分の先天性の白髪金目銀目の容姿を極端に嫌い、髪を黒く染め、黒のカラーコンタクトをしていた。というのも、小学生時代はその容姿で相当いじめられたので、中学からは周りにそれがばれないようにしようとしたのだ。だが、教師にそれがバレてしまい、やめろと言われたのだが、猛反発して結構な騒ぎになってしまった。
普通でありたいだけなのに。貝太のそんな気持ちとは裏腹に、調子に乗ったやつとして、学内の不良たちに目を付けられ、波乱の展開が貝太を待っていた。
貝太が金持ちの家の子であることが幸いして、どつかれたり胸倉をつかまれたりはするものの、大けがをさせられることなく、財布がいくつか取られるだけで済んでいた。……が、貝太の心は確実に荒んでいった。皆と違っていても駄目、なじもうとしても駄目。ひどい人生だ。
その頃から両親ともうまくいかなくなっていった。貝太の両親は貝太の事が心配だった。いじめが分かっていたのだ。だがだからと言って自分たちが出て行けば、またそれをネタにまたいじめられるかもしれない。せめて貝太の話を聞いてやれればと思っていた。しかし貝太はその両親さえ敵として見ていたのである。自分をこんな風に生んで、しかもいじめられてても助けてくれない。酷い親だ。いや親なんかじゃない。
貝太はそんな両親と一緒にいれるかと、屋敷を出て行ってしまう。両親は慌てて家とお手伝いを用意し、そこに貝太を住まわせたが、人間不信となりつつある貝太はお手伝いさんをことごとく拒否し、とうとうお手伝いロボットを与えたという。
貝太は学校だけは通い続けようと思って通い続けた。そこはもう意地になっていた。やけくそだった。
だからなのか放課後不良に呼び出されても逃げ出さなかった。自分から頭を茶や金に染めて、そんなに皆からはずれたいのか、大馬鹿がいたものだ。貝太はそんなやつらに屈したくはなかった。
実際路地裏では、頭が茶や金が『皆』だった。どちらにせよ、孤独は自分だけなのか、救いはないのか、そう貝太が絶望しきる前に、事は起こる。
劇的だった。絶妙なタイミングだった。その人物は自分と不良グループの間にさっと現れ、次々に不良をなぎ倒し颯爽と蹲る貝太に手を伸ばした。その手にはなぜかメリケンサックの代わりか、スプーンが撒きつけられていた。「大丈夫か?」そんな他愛もない言葉だったが、貝太はその人物の言葉に涙がでそうになった。そして貝太はその人物にお礼がしたいと名前を訊いた。同じ制服なので同中と貝太は分かったが、それだけでは情報が足りないのでぜひ訊き出したかったのだが、「まだ考えていないんだ」と言われてしまった。そのまま華麗に去っていく人物は、捨て台詞を吐いて行った。
「自分に誇りを持てなければ何事も悔しく思えないし先にも進めない」
SPヒーローは少し恥ずかしそうにも誇りを持ってそう言った。
「君を助けた後、名前の代わりにそんなこと言ったな……今思えば少し怪しい日本語なきがするが……まぁいい。
あの時、たまたま耳にしたんだよ。路地裏で大金を毎日取られ、いじめられている後輩がいるって、そん時の俺……なんだかいてもたってもいられなくて……何かしないと、あいつじゃねぇけど爆発しそうだったんだよ。
あとは行動するだけだった。無駄に鍛えてた体で、無駄に読んだ格闘技の本の知識を生かし、俺の個性を使って、戦うだけだった。といっても、あの頃はまだスプーンでメリケンくらいしか作れなかったけどな。
で、なんやかんや言いつつ、本当は逆に俺が、助けた君に助けられてたんだよというようなね。君の目にうつっていた、眩しそうな英雄が、俺の理想の出発点だったというか……なんか流石に恥ずかしいな」
「つまり……」SPヒーローは仕切り直した。
「君の英雄は幻想じゃないっ!!!俺の目標だ!いや、俺はいずれそれの英雄さえも越えて行く!!」
AUヒーロー、貝太は後ずさりをしていた。ぼろぼろな目の前のヒーローに何を感じているのか。貝太自身も分からなかった。
「追いつめられて、思いだす、これも型通りすぎて駄目か?いいや!劇的だろう!!今度はなんでこんな風に俺に挑戦したのか、君が説明する番じゃないのかっ!」
理不尽にも思えるSPヒーローの言動だったが、貝太はゆっくりと喋り出した。
「…………あなたに助けられてから、僕の人生はがらりと変わりましてね。
神や仏はいなくとも英雄はいるんだって。そう思えるだけで孤独じゃなくなったんですよ僕は。
そう、それからというもののその場に甘んじるだけじゃなく、先に進めるよう僕は自分の中に誇りというヒーローが芽生え、主張するようになったんです。あれからもちょいちょい僕に突っかかってくる連中はいましたけど、びた一文くれてやりませんでしたよ。痛い目にあったりもしましたが、清々しかった。
あの人と同じステージに早く立ちたい。それだけでした。強くなった自分で再会したいと思い、すぐには会いにいきませんでしたが……それがこんな、行きすぎた幻想の英雄を作り、本物のヒーローと比べるようなことをするとは自分でも恥ずかしく……」
「あー、反省に入るな。やりづらくなるだろ」
「え、でも、もうなんか僕は満足しちゃったと言いますか……。それよりあなたではその、勝てないんじゃあ……」
「君の英雄をなめるなよ?」
SPヒーローは不敵にそう言うと構えを取りつつも、なんか言いだした。
「君の能力はほぼ分かった。よってヒーローである俺は君に勝利し、君の高い理想のままであれる。失点は取り返さなくちゃいけないからな!」
「それなんだがSPヒーロー」
横の方から声がかかる。その声の主はキャプテン仮面だった。
「いたんだ!」
「ひどいな。君が『俺はそいつらを見捨てた時が、俺が俺を本当に死んだと思う瞬間だ!!』とか言っていた時、うんうん、と頷いてやってたんだぞ」
「やめてっ!他人の口から聞きたくないっ!!」
「『君の英雄は幻想じゃないっ!!!』」
「う、うあああ……」
「冗談はさておき、SPヒーロー、AUヒーローの能力のことだが、私なりにも推測してあるんだよ。それを今まで出番のなかった私に披露させてはくれないか。熱い台詞も聞かせてもらったことだし」
「……でもそれはアンフェアじゃ……」
「いいや。これぐらいしないと逆にアンフェアだ。なんせ向こうは君の事を調べさせてたみたいだからな。【地獄の万力】……っ、とかな!だが君にはAUヒーローの情報が少なすぎる。裕福少年が必至すぎてそこら辺雑になってた、というだけじゃあちょっとあんまりだろう。それにこれは、あくまで参考レベルだ。な、いいだろう?AUヒーロー」
AUヒーローはこくりとうなづいた。
「SPヒーロー、ざっくり言う。文句は言うな。AUヒーローの能力は『数秒間だけ無敵になれる』だ」
「え……?……俺への配慮痛みいるが……キャプテン仮面……」
キャプテン仮面は仕方ないな言いつつ、肩を疎める。は、これだから坊やなんだよ。と言わんばかりである。
「甲冑は演出のように言っていたからな、生身でも戦える力……あの鉄格子をひん曲げる程のパワー……肉体的パラメーターが強化されるものだと考えられる。だからあんなに早く動けて、力もでる。まさかワープ能力とでも思ってたんじゃあ……流石に無いよな。目が泳いでるが。
……続けるぞ?
おそらく君に殴られた瞬間にも使っていたと思うぞ。でなければいくら衝撃吸収材を使っていようと、流石にあの響き方じゃあ中にもいくらか衝撃はいくだろうに、身じろぎ一つなかった。ということは、さっき言った通り殴られる瞬間だけ無敵になっていたんじゃないか。防御力は甲冑だけではないと念頭に置いといて損はないだろう。
他に、この能力見る限り直線的にしか動いていないし、相手の動きを見ながら動いてる様子もない。謎行動をした君の行動に、《攻撃し終えてから驚いていた》しな。このことから、この能力の強化には、脳、あるいは思考回路は入っていないんだろう。AUヒーローが、能力を使い移動した後、よろけていたりしていたのも、そういうことだからだろうが、君は地に伏していたからこれは気づかなかっただろう……すねるな。
最後にこの能力発動のインターバルを計ろうとしたんだが、こればかりは匙加減だからな。なんとも言えない。本当はもっと連発できるが、普段はわざと余裕をもって使っていて、相手に慣れられたら連発しだすという策略かもしれない。気をつけろ。……何?匙加減は俺の専売特許だって?……そうか。
参考にはなったか?私からは以上だ」
決まった……今度は言ってやったぞ!もう落ちたくないからな!腰痛めたくないからな!
……キャプテン仮面の苦悩をまだ誰も知らない……。
AUヒーローは只者ではない感をひしひしと放つキャプテン仮面に思わず言ってしまった。
「……あなたの名前をきいていませんでしたね。失礼ですがあなたは……」
「キャプテン仮面。今この場での私はSPヒーローの人脈の一部に過ぎない。さ、あとは君たちだ。続けたまえ」
SPヒーローは二人の視線を感じ、はっとした。
「……え、うん、ああ、俺もそう、AUヒーローの能力はキャプテン仮面と同じことを考えてた」
「流石我がヒーロー……」
今度はAUヒーローに視線が集まる番だった。
「う、こほん。まず謝らせてください。確かに僕の不手際でアンフェアでした。申し訳ありません。そしてその推測を、僕の誇りにかけて肯定します!そう、AUヒーローたる我が能力は『一秒間だけ最強になれる』です!さぁ、我がヒーロー。……SPヒーロー。この能力をどうやぶってくれるんでしょうか!」
そうAUヒーローがかかってこいアピールをしているものの、SPヒーローは固まっていた。「正直どうしていいか分からない……」小声で弱音を吐いていた。
駄目だ!俺のヒーローは迷わない!SPヒーローはうおおおおと咆哮してから、キャプテン仮面に段ボールをとってくれるようアイコンタクトをした。
かっこよく段ボールを受け取り、SPヒーローは中を確認した。最近依頼が増え、匙装甲で使う分を差し引いても、スプーンの量に大分余裕が出てきていた。匙装甲だけではなく、新しいステージへ行くのだ!
ヒーローとは最近の経験からヒントを得るもの!鮎広は回想した。
ダメージが通らないなら大ダメージを与えるんだ!最近痛かったことはなんだ。AUヒーローの攻撃、屋敷のトラップの数々……ロボットの剣!そうだ武器だ!平成だ!
剣の形成……。大丈夫。投とのつき合いでバットも作れたんだ。
SPヒーローは手だけ器用にパージした。そしてスプーンを曲げて剣を形作るよう練り上げていく。
破壊力とかっこよさを求め、結構な大きさになっていた。
「できた!名づけよう。正義大剣【J・Iブレイカ―】だ!」
「おお、……我がヒーローそれは……」
「…………(次は【人切り包丁だな】)」
それはお世辞にも剣とは言い難かった。よく言えば全体的に丸っこいでかい包丁。だが到底切れそうもない。刃の部分も丸っこくて、もはや斬撃は不可能。鈍器として使用するほかない。その武骨さがまた不気味で恐怖を誘う造形だった。ちびっこなら泣くレベルの禍々しいオーラも放つほど。
作り手本人は満足そうだが、どうも重すぎ、重心が取りづらく、両手で持っても、扱いづらそうであった。
「く、仕方ない。匙装甲にも手を加えるっ!」
SPヒーローは正義大剣をいったん置いて、各関節部や、頭部、恥部を除き、残りの装甲を器用にパージし、パージしたスプーンを各関節部の装甲の上から巻きつけ強化しはじめた。イメージとしてあったのは、人間の筋肉なのだろうか。
「防御を捨て、肉体への負担も増えるが……パワーも増すはずだ!」
SPヒーローは、指先だけでるように、ガントレットのようにスプーンを両手に編んでいくと、完成したかチェックのため、グーパーしたり屈伸したりし始めた。
「少し複雑な匙加減が要求されるが……今の俺なら問題はないっ!」
持ちにくさ改善のためか、マフラーを正義大剣の柄に巻きつけ、SPヒーローはそのまま正義大剣を、肩に乗っけるようにして片手で持った。
「正義を力で示す刻!攻撃特化型匙装甲【FMA・ブレイカ―スタイル】だ!!!」
……茶化しては駄目だ!
淡井はすごくなにか言いたかった。
「おお、我がヒーロー。それは強力そうですね。攻撃を当てれればの話ですが……。その対策はどうなんでしょう?」
「さ、あ、な!」
SPヒーローは丸めたスプーンをAUヒーローに向かって無数に投擲した。
思わずAUヒーローは能力を使用して受けてしまった。はっと気がつくと目の前にはSPヒーローがいた。
「?!」
「たしかに大剣を持ってちゃ動きは鈍くなってるだろうな。だけど瞬発力は逆に上がってるはずだから、今の一瞬でこの距離を詰めるぐらいは、やってみたらできた!」
続いてSPヒーローがその距離から大剣をぶちかますと、思ったAUヒーローは身がまえたが、予想は裏切られるもの。
今度はSPヒーローがAUヒーローの視界から消えた。
どこだと思う前にAUヒーローの足にがちり、と違和感が走る。SPヒーローが自分の足に細工をするためしゃがんだだけだったのか。
気付いた時にはすでに手遅れになっていた。
AUヒーローの両膝の関節が曲がらなくなっていた。
「攻撃特化型匙装甲【FMA・ブレイカ―スタイル】の特徴は、なにも攻撃力だけじゃない。露出させた指先で、戦闘中にもスプーンで細工ができることにある」
説明しよう。SPヒーロー下裏羅鮎広の能力は、『触れているスプーンを曲げる』ことである。ちなみに、今回のブレイカ―スタイルでは、直接触れていないスプーンも構造上少なくないのだが、彼は無意識のうちにそのスプーンも曲げていた。
つまり、ある程度近くにある『スプーンを曲げる』能力に変化しつつあるのだが、彼はまだそのことに気付かない。
「甲冑の関節部にスプーンをねじ込んだ……?曲がらなければ強化しても力の入れようがない……。確かにこれでとっさに逃げれなくなりましたが、外してしまえば……」
そうか、そんなことしてる暇があれば、一撃必殺を叩きこまれるのか……。
AUヒーローは覚悟して構えた。一か八か、真剣(明らかに剣ではないが)白羽取りを、能力を使ってみようというのだ。
直接受けるにしては、不気味すぎる威圧感が正義大剣にはあった。
緊張が走った。SPヒーローは正義大剣を大きく振りかぶり、そしてふるった。
横に!
「J・Iブレイク!!!」
「?!!」
その、真上から来るんじゃないんですか!その重量を生かして!
SPヒーローとしては特に意図なんかなく、遠心力のが楽かなーという感じで横なぎであった。
AUヒーローにはさらに第二波の仰天が待っていた。
自分にあたろうとしている面が、なんか広い。そう、空気抵抗は悪とともに滅ぼす。そんな感じに平らな面でまさに殴打しにかかってきていたのだ。
これはただ単にSPヒーローが正義大剣に扱いなれてないだけなのだが、AUヒーローはしるよしもない。
AUヒーローは、それでも打撃に合わせて能力を発動させた。これでダメージは零。しかし、あまりの衝撃にAUヒーローはふっとばされた。気づくと壁に叩きつけられ、前のめりに倒れかけていた。そこに……
「まだだ!J・Iブレイクぅぅ!!!!!」
無慈悲な二撃目が繰り出されていた。AUヒーローの能力は確かに再発動にインターバルが必要だった。だが、体に負担がかかるもの、そのインターバルは無視して発動することもできる。AUヒーローは再び剣戟に合わせて能力を発動させる。これでまた振り出し、機会を見て態勢を整えよう。AUヒーローのその考えは文字通り打ち砕かれることとなる。正義大剣が振り下ろされる最中、『大きく歪んだ』いや、剣自体だけではない、剣の周りごと『歪んでいた』。その歪みにAUヒーローが巻き込まれた途端、まるで能力の発動を曖昧に捻じ曲げられたかのように、発動できたか発動できなかったか判断できなくなっていた。そんな中AUヒーローに剣はぶち当たる。
相手の能力までも捻じ曲げる力……?我が英雄、SPヒーローは、やはり【持って】いたのではないか。すさまじい衝撃で頭が揺れ、昏倒しそうとする中、AUヒーローは消え入るようそう思った。
「大丈夫か?」
そうだ、この声だ。夢に何度も現れたぐらいだから、間違えるハズがない。
我が英雄……。AUヒーローの読み方を変えると、出てくるその名前…・・・
「鮎広……先輩?」
貝太は気がつくと、自室のベッドで横になっていた。上半身を起こすと、その傍らでは憧れの先輩と、よく分からんが偉そうに腕を組んでいるサラリーマン風の男がイスに座っていた。
「やっと気がついたか」
「やっとって……安心宇宙旅行じゃあないんですから……ああ、すみません、寝ぼけているだけです。それより僕は……ああ、そうか」
貝太はパジャマを着ていた。別に野郎二人がお着替えさせたわけではない。ロボットさんです。
それが分かりつつも、貝太は鮎広に言った。
「このシチュエーション……僕が女の子じゃなくて残念ですね。鮎広先輩。というかまぁ、僕が女の子だったら先輩のこと憧れに思わなくて、こんなふうにはならなかったでしょうけど」
「ふーん?まぁガサツなのは自覚している。そこをおおらかと捉えてくれる娘と仲良くなるからいいんだよ」
サラリーマン淡井は鮎広を肘でつつく。
「おいおい、そんな屁理屈言ってたら、何時まで経っても帽子少女と仲直りできないぞ」
そう言われた鮎広の顔が突然お通夜になった。さっきまでの鮎広とのギャップが少し面白くて貝太はくすくすと笑った。
「ふふ、あはは……なんか、久しぶりに笑いましたよ。おかしいなぁ、鮎広先輩は。いつもあんな感じじゃあないんですね」
「……分からないかなぁ。普段のネガティブ思考をバネにしてこそ、俺のSPヒーローはできあがるんだよ。ああもう、なんか楽しそうにけらけら笑うなぁこいつはぁ」
貝太はしばらく笑っていたが、急にしゅん、とうなだれてしまった。
「なんか、ほんと、申し訳ありませんでした。この家とか、気持ち悪かったでしょう?」
鮎広は淡井の方をちらちらみながら答えた。
「……そうでもないかな。割と面白かったよ。あれが良かったな。あの、……ビーム出す石像とか!要はビーム出すだけなのに、あの凝った造形……センスを感じたな!」
「お気遣いどうもです。先輩。ですが、今回の件で分かってもらえたと思うんですが、僕はどうもおかしいやつみたいです。もう今後会わないようにした方が……」
やや熱血が出てきて鮎広はがばちょと立ち上がってしまった。だが……
「……………~っ!」
言葉が追い付いてこないっ!
代わりに淡井が恐らく鮎広が言いたいことをかいつまんで言った。
「それは、我がままだな。他人のことを全く考えていない独りよがりだ。もう少し考えてものを言ったらどうだ」
「……え」
そこまで鮎広はきつく言いたかったわけじゃなかった。
「ふむ、じゃあ裕福少年。今回の件がこんなことになった理由、なんだった?匙少年……この鮎広にすぐ会わなずに、一人こんなとこでコツコツ自分の英雄を育てたからだろう。また同じことをする気か?」
「それは……しないように……」
「こいつはそうじゃないと言うんだろうが、私は一度起きた事は二度も三度も起きうると考えていてね。根本的な問題を解決しない限りはそれを解決と呼んでいない。だから定期的に……鮎広に会って幻滅しとけよ、裕福少年」
「…………鮎広先輩」
「俺に意見を聞くなよ。自分がどうしたいかぐらい自分で考えろ」
「…………」
貝太にとってそれ以上のハッピーエンドはないだろう。だが、自分がそんなものを享受できるのか。いいや、それもあるが、根本には鮎広の幻想をこれ以上砕いて欲しくない、それが自分の支えなんだ、という甘えからくる迷いが本命だった。
あと一押しあれば、進める……。だけど現状が、幻想が……。
沈黙を嫌ってか、座るタイミングを逃したからか、鮎広は部屋から出て行ってしまった。
初めて鮎広の背中を見送った時を貝太は思い出し、声が出そうになったが、迷ってる自分では引き留められない……。切ない半面、ほっとしている自分もいた。僕は、なんだ。貝太が自問自答の泥沼から這い出るのに、そう時間はかかんなかった。
「あーー!!!誰か俺が常にヒーローを越えて行くヒーローであり続けられるか、見守ってくれる奴はいないのか!!!」
鮎広が廊下で叫んでいた。当然の如くそれは貝太たちの部屋にも響く。
「大人ぶったやつらは!俺を試すようにしか見ないし!魔法少女はよく分かんないし!俺の理想を知ってる後輩くんなんかはいないのかなーーー!!!今周りにいないなーーー!!!」
意見いっとるいっとる。淡井はもう仕方ないと止めはしなかった。
先輩にそこまでさせた自分を恥じ、そしてもう迷わないことを貝太は決めた。
「せんぱい!!!」
「なんだよ貝太!!!」
「僕決めました!!!」
「なんだよ!!言ってみろ!!!」
「僕は!」
「ああ!」
「やっぱり家に籠ってます!!!」
ずこー、と廊下の方でこける音がした。あとなんかさめざめとした声で、「ここまでやって……ここまでやって……」と聞こえてきた。
こればかりは、淡井も貝太と顔を見合わせてくっくっくと笑わざるをえなかった。
「先輩!!」
「…………」
「鮎広先輩!」
「…………」
「嘘ですから!!!」
「……」
「不肖ながら、この大庭貝太。先輩がヒーローであり続けられるかどうか、見届けさせてもらいます!!!これからよろしくお願いします!」
「……弄るの止めてくんない?豆腐メンタルなんだよ。帰って寝る前思い出すからなコレ。ああもう俺はまたまずったのか……」
鮎広の声がぼそぼそと広い廊下にかなしく響いた。
いつものシャッター街の一角。
貝太邸から帰宅してから、何日か経ったある日のこと。
今回のラスボスがいた。
「誰その綺麗な子。随分鮎広に懐いているようだけれど、なに。彼女?」
「ん?え、あ、ああ。違う違う。貝太のことか。失礼だな。確かにネチネチと女々しいとこはあるけれど、こいつは男だ。僕の後輩。大庭貝太だ。ほら貝太。あの、こいつは前話した……」
「ああ、士二総代ちゃんですね。はじめまして。鮎広先輩の後輩、大庭です。よろしくお願いします」
「ふーん」
総代は貝太の周りをぐるぐると回り、値踏みをするような目で見ていた。ちなみに貝太もさりげなく同じような目で総代を見ていた。
「……ああ、彼氏。なるほど。総代になびかないわけだ」
「違うっての。もうなんだよ。帰りたいよ。総代、貝太にあいさつくらいしろよ」
「どうもおおばかさん」
「どうもしにそうちゃん」
ふ、二人とも間違えて名前覚えちゃったのかな……?鮎広にはなんか総代と貝太の二人の間で、火花的なのが散っていることに気づいてしまったが……気づきたくなかったっ!ラスボスもう一匹湧いた!
「おかしいな……どんどんここが居づらくなってる……?もう全力で思考停止で家に帰りたい」
「駄目ですよ鮎広先輩。あなたのヒーローは逃げないんじゃあなかったんですか?早く居づらい原因であるこの眼帯のガキ追っ払ったらいいじゃあないですか。そしてヒーローはどうあるべきか語り合いましょう!」
すごいにこやかに提案する貝太だったが、か……完璧に総代のことガキって、……っガキって!と鮎広は戦慄した。そして何気もう総代のことを視界に入れないようにしてる!
「どう考えても逆でしょ。新参者はいつだって空気をみだすもの。そりゃね、対人スキル小数点の鮎広なら酸欠気味にもなって居づらくもなるよ。ほら、これから私が鮎広で遊ぶから、もう付き添いはいいからおねぇさんは帰って雑誌のんのでも読んでれば?ああ、ごめんなさい、男の人でしたっけ。その髪と目、おっされーですね。めんずのんの読んでたらそうなるんですか……?」
総代は露骨にのんのであおり過ぎ!響きが好きなんだろうな!しかも貴重な笑顔で、貝太のそばから離れないと思ったら、おもきし貝太の靴踏んでんだけど!俺の月のおこづかい一年分ははたかないと買えそうもない値段の靴踏んでんだけど!と、鮎広は二度、いや三度戦慄した。総代は見たこともない手際で貝太の高そうなズボンのポケットに砂利を入れていたのだ!やめろ小学生!
逆にうらやましいわ!そのなんか、さ、そんな感じ!と鮎広がのどまで来たことを言って言っていたら、確実にこいつらもうそんな風に思われたくない一心で、本気でお互いを殺しにかかるぞ!という雰囲気だった。ほのぼのと、殺伐としている。
「ああー、独り言ですけど、しにそうな人はSPヒーローの名前の由来知ってます?まぁSPの部分なんですけど、トリプルミーニングなんですよ。SPだけじゃないんですよ。少なくていいから何人かの、特別なヒーローって……まぁ小学生に理解は無理ですね」
「おおばかじゃないの。本当の鮎広を語れずに、そんな演技の方の知識があっても、所詮上辺だけだよね。あーかわいそ。脳みそ突然変異でなくした?そんなおおばかにいっても無駄かかもしれないけど、鮎広はね、もともと左利きなんだよ。それが小さい頃お母さんに右利きにさせられてね、それ以降づっと右利きになちゃったんだって。それが理由で自分は馬鹿なんだと言い訳してる鮎広がまた面白くてね」
「全然面白くないですね、我がヒーローのポテンシャルは全然その程度じゃない。ですよね我がヒーロー!」
「ポテンション?よく分かんないなぁ。今彫刻刀持ってるんだけど、そんなに前衛的な恰好で帰りたいの?」
賑やかになりつつも、手放しで喜べない鮎広であった。これは、俺が死ねるな。と鮎広は自分らしく絶望しながらも、二人の鎮静化に励みはじめるのであった。彼が無事に帰れるかはまた別の話。
そして総代との仲直りもうやむやになったので別の話。
別の話。
別の場所での話。
といっても、そこは鮎広と因縁浅からぬ人物、田図 卓也が元ネットカフェの店をまんま使用して運営している、『何でも屋』である。
「……復讐がしたい」
今日もいつものように田図は自分の固定席に座り、いつものように目の前にいる依頼主から依頼を聞くだけのはずだった。
「へぇ、なかなかどうして、穏やかじゃないね。訊いてもいいのかな、相手は誰だい」
「……そうだな、この世のすべての能力者……ふ、それぐらいがふさわしい」
依頼主は漆黒のマントを頭からすっぽり被っており中肉中背ぐらいしか分からず、顔も陰っていて表情はうかがえなかった。正体を隠す依頼主は珍しくもなかったので、田図はこの件も適当に流そうと考えていた。だが、この素っ頓狂な発言が、田図の好奇心を《運悪く》刺激してしまった。
「面白いね。いいよ。手筈はこっちで整えよう。ああ、ただこの世の全ての能力者はあまり現実的じゃない。あんたが一人で直接手を下すんだろう」
依頼主はその返答に戸惑いつつも「ああ」と答える。
それじゃあ、提案と田図。
「まずそこそこ強い能力者を一人、罪を偽造し賞金首にする。そして、その賞金に目がくらんだ能力者がそいつに挑んでいくだろ。で、ある程度返り討ちにしてもらう。賞金首が負けたら、今度はそいつを賞金首というエサにして、できるだけ能力者集め、返り討ちにしてもらう……あとは、分かるよね」
「最後に残っていた奴をこの俺が……倒す」
「そうさ。復讐感が足りないかな?でも能力者を十分もてあそべるのは確かだろう?擬似的だが、残ったやつを倒せば、そいつが勝ってきた奴に自動的に勝ったことになるし。ああ、ちなみに僕は能力者じゃないよ、今のところはね。……ん……おっと、不安なのかい?世界の能力者を相手に想定にしてきたんだろ?これぐらい余裕でしょう。一週間くらいで、来る奴は来るから、期間はそれくらいかな?それでいいね?よしよし、決定。ま、あとは任せておいてよ。お金はそうだな、僕主催のような感じになっちゃったから……終わってから相談だ。……最初の賞金首のターゲットには心当たりあるんだ。元左利きの、何人かにとって特別でありたい名前のヒーロー気取り君だ」
……続く