魔法少女ニーソ現る!
前回のあらすじ
SPヒーローは変態をぼこった
…… ………… …… ……。
灰色高校生、下裏羅 鮎広の学校での描写は皆無である。彼にとって、学校は死地であるからだ。生きているようで生きていない。ものを見ているようで、意味を見ていない。そこにあるのは、鮎広でなく、何かの抜け殻であった。
故に物語は、鮎広が死んだように、学校から家に帰ってきたところから始まる。
鮎広は自分の部屋に入るなり、制服という死装束を脱ぎ捨てると、薄茶色のポンチョと、深紅のマフラーを身に付けた。そして部屋の隅に置いてあった、段ボールに手を伸ばす。
段ボールを両手で抱えると、じゃらり、と重々しい金属音が発せられた。中には鈍く輝く大量の曲がっていないスプーンが入っていた。
よし、と言うと、彼はそのまま足で器用に自室のドアを開くと、玄関へと向かった。
その途中、ダイニングにいた鮎広の母から、凍えるような冷やかな目線を送られるが、鮎広は我関せず焉という具合である。
視線だけで、母は何も言わず、すぐ目の前のTVへと興味を戻した。
鮎広は玄関に少し立ち往生してから、家を出た。
鮎広は通りすがりの人に、あからさまに避けられながら、近くの繁華街を抜けると、バイパス通りを挟んだところにある、人気の少ないシャッター街に向かった。そこが非変身時のSPヒーローの活動場所であった。
昔は活気あっただろうアーケード街だが、すでにほとんどの店が立ち退いており、シャッターの閉まったみせばかりである。通行人も抜け道ぐらいにしかこの通りを考えて歩いていないだろう。
もうちょっと世紀末的になってればなぁ、今のこの格好もはえるだろうに、鮎広は妄想にふける。この世界の能力に目覚めた者たちは、基本みんなしょぼくてイモい能力しか持たず、国家権力である警察に大抵勝てない。よって活動もちんけなものが多い。とてもそのような連中が非道徳的な行為を行おうと、その不良に毛が生えた程度の連中が、世界を世紀末風にするなんてできなくて当然なのである。
能力者は確かに世界に突如として現れた。だが、特に世界が激変することなく、気が向けば能力を履歴書に書いたり、隠し芸として使う程度の人が大半であった。
シャッター街の、とある一角に腰を下ろすと、鮎広は段ボールの中のスプーンを一つ取り上げる。そして辺りを様子見ながら、スプーン曲げを始めた。いわば街頭パフォーマンスである。能力を使ってのパフォーマンスというのは、少数だがこの能力者のあふれた世間では見ない光景ではないのだ。
ふん、うおおお、と鮎広は演出を交えパフォーマンスをし続けるも、数少ない人通りの中、まず足を止めて見てもらえることはなかった。止めたとしても、いたずらや、文句を言う対象でしか、ほぼ見てはくれない。
ならば、なぜ鮎広はこのようなことをやっているかというと、そう、実はパフォーマンスはカモフラージュで、本気でお金を稼ごうとかではなく、依頼を待っているだけなのである。
あらかじめ、その手の情報通の輩に、このシャッター街の一角の場所を教えておいてある。なにか能力者関連で、警察とか大事にできない、したくない困った事があれば、ここでパフォーマンスをやっている鮎広の前にある段ボールに、依頼を書いた紙をスプーンにくくりつけ、投げ込むと、依頼の内容に従い、無償でヒーローが動いてくれる。そういったふれこみと一緒にだ。
回りくどいが、依頼人のプライバシー保護と、鮎広が依頼人を確認したいことの、妥協案なので改善する気はないようだ。
ともかく、だから鮎広がどうこうせずとも、依頼は週一くらいで舞い込んでくるのである。来ない時は全く来ないので、鮎広はより寂しい放課後を過ごすことになっていた。
「今日も依頼無しかなぁ……ふぅ。ここ最近めっきりだな……すさまじくつまらない……」
鮎広は根暗で友達がいなかった。だからこそ平日にこんなヒーローごっこにうつつを抜かせていられるのだが、最近どうも寂しすぎて独り言を連発しがちになり、自分でも気になってきた頃合いであった。
「どうするか……友達とは落ちてないものなのか……」
そんな感じにパフォーマンスを中止し、うなだれ鬱っていると、じゃらと、目の前の段ボールになにか落ちた音がしたではないか。
すかさず鮎広は顔を上げると、帽子をかぶった小さな背中が、すぐ近くの角を曲がっていくところだった。
しまった、依頼だったか。
依頼主の顔は拝めなかったが、段ボールの中を確認する。いくつもあるスプーンの中に、紙が結びつけられたそれがあった。スプーンから取り外してみると、かわいいキャラクターのメモ帳の切れはしだった。
SPヒーローさんへ。最近毎日うちの学校の体育館で、夜の11時くらいに、誰かが暴れているのか、すごい音がしています。次の日の体育館には、焦げ跡とかも残っていて、怖いです。どうにかしてください。
依頼内容はこのように書かれていた。筆跡もこれまた丸っこくかわいらしいものだったが、鮎広は少しあざとさをそこから感じ取っていた。だが、それより重要な事があった。いや、書いてなかったというべきか。
「うちの学校てどこだよ……」
「ああ、これ多分Δ△小学校だと思われるな鮎広」
シャッター街には、シャッターを下ろしていても、その実、活動している店があった。店内には裏口から入る。中は不気味に薄暗く、マンガインターネット喫茶まるまるの設備のままであったが、ネット上ではここは『何でも屋』を名乗っている。
鮎広はこの『何でも屋』を情報通として利用していた。そう、依頼主の選別は、ここの唯一従業員、田図卓也が行っているのである。ならば紹介した人物を特定し、そこからその人物がいう、学校も判断できてもおかしくないはず。そう思い鮎広は田図を訪ねたというところだった。
田図はいつも決まって7番のパソコンがある個室にいる。今日はそこでなにをするでもなく、キャスター付きのイスでくるくると回っていた。
「でるたさんかく小学校……?ふむ。ところで田図。俺は依頼主の背中しか見ていない。そこから見てとれた少女というキーワードと、その依頼書しか提示してないんだが、なぜわかった」
それにしても早かった。これまでの話をかくかくしかじかし、依頼書を渡した途端これだ。鮎広は不審がる。
田図は軽快に答えた。
「依頼人には僕も直接会う派でね。そうしてれば分かる事だけど、この手のやつはまず少女なんて来やしないよ。よほど人に言えない切羽詰まった状態でないとね。まぁいいや、ここ最近に来て、少女と言える子は、思い当たるのはちょうど1ヵ月前くらいに来た子しかいない。だから、ね?ほら、わかるだろ?」
「…………?」
「なんだよもう。わかんないのかよ。バカだなぁ相変わらず。僕はその子のことが気になって、ちょっと調べてみたんだよ。その子がかわいかったからじゃないよ、珍しいかったからだよ。ロリコン故にじゃないよ。……とにかく、その子の周辺情報を一通りあさってたから、その子が通ってる学校を知ってたんだよ」
鮎広はそうか、とそのことはあっさりと手を引く。鮎広は次に田図の手元を指差す。
「だが、田図。そんなわけわからん依頼内容で、よく僕に通したな。お前らしくもない」
「僕は依頼内容だけじゃなくて、人も見るんだって前に言ったろう。あの子は君が必要なんじゃないかな、と思っただけだよ」
「僕があの子に必要?ふう、ならば仕方ないな……」
「違う」
「ん?なにかいったか?俺はそろそろいくぞ」
鮎広は、依頼書を返してもらおうと田図の手元に手を伸ばす。
対する田図はその鮎広の手を避けるように、依頼書を上にあげた。そしてひと言。
「お金」
「ないっ」
事実である。鮎広は、いつ何時カツアゲされてもいいように(?)、お金を極力持ち歩かない性質だった。
「いいか鮎広。僕は一応君の6つ上の社会人なんだ。厳しい現実に生きている。わかるかい?無償でなにか情報をあげるわけがない。僕らは友達か?違うだろう」
「そ、そういうことを言うのか」
「だってそうじゃあないか。気持ち悪い。君と僕とでは生きてるステージが違う。僕は君の言ってる事わかるけど、君は僕の言ってる事よくわかんないだろ?そういうことさ。金」
「俺は悪には屈さない。たとえその依頼書がなくとも完遂してみせるさ……多分」
鮎広はその場から立ち去ろうとする。おいおいと、田図は鮎広を呼びとめる。
「鮎広くん」
「なにか」
「今回の依頼主子ちゃんに会う機会があったら伝えて」
「なにをだ」
「今度一緒に映画でも。お友達からお願いしますって」
鮎広は、はっ、とせせら笑うと笑止!と言葉と踵をかえした。
田図も鮎広に背を向け、鮎広に聞こえないようにつぶやいた。
わかってないなぁ。
その日の夜、11時。場所はΔ△小学校、体育館内。
体育館には、南京錠がかかっていたが、鮎広はスプーン曲げの応用で、スプーンを変形させピッキングをし、まんまと中に潜入していた。その辺どうなの?というのは無しである。犯人がすでに毎日侵入している、ということにすれば、正当化される事実であるからだ。
鮎広は先程の一人異邦人な恰好で段ボールを抱えたまま、見回りの人が来ないかそわそわしながら、すごい音の正体を、暗い体育館の中月明かりだけを頼りに探していた。
がらり。鮎広が壇上にあがって床を調べていた時である。
鮎広がピッキングしたまま放置してあった入口から、人影が見えた。そこから、真向かいである壇上の鮎広はまる見えである。鮎広は段ボールを床に落とし、反射的に叫んだ。
「ひぃっ!怪しいものではないですからっ。今帰ります!今帰ります!」
「ん……。え、早々には帰さないよ」
鮎広は、落ちついて人影を見てみると、それはどうも小学生くらいの背だった。それに声からして女の子だろうか。
帽子を深々とかぶり、右腕で松葉杖をついており、右足にはギプスらしきものがうかがえた。
鮎広は言う。
「新手の変態かっ!」
「……どうかな。ああ、それより確認しておかないと、君はSPヒーローさんで間違いない?」
「ああ!」
「そう。へぇ。顔出しOKなんだ。というか、さっきの大道芸おにーさんだね。ふへ。なんか拍子抜け」
帽子を深くかぶった少女は、どうやら今回の依頼主と同一人物のようだった。しかし――
「夕方見たときはそんな松葉杖なんてついてなかったはずだろっ……まさかっ!」
「いや、多分思ってるのと違う。双子とかそういうのじゃあないし、あれから事故ったってのもない。これは……君のその一人世紀末の旅人みたいなカッコと同じ感じ。ポーズだから」
少女は薄暗く淡々とに言った。虚空に消えていきそうな、非常に頼りなく、危なっかしさを感じる声である。
鮎広は咳払いをし、空気を整えてから、少女に歩み寄っていく。
「君の事はなんとなくわかっていたさ」
「よく言う」
「この件で、不可解な点は現状で三つある。それを俺はこの体育館に来てから、少し整理していたんだ。
まず一つ、なぜ依頼書に具体的な場所を書かなかったのか、それは……」
「んう?書いてなかったっけ、ああ、私小学生だから、うっかりしてただけ」
歩みが止まる鮎広。気を取り直し、手を後ろに組むと、少女の周りをぐるぐると歩き出す。
「……二つ目、これは何でも屋の田図に、俺のことを紹介された日と、実際に君が俺に依頼した今日とで、約1ヵ月の間隔が空いている点だ。これは……」
「最近忙しかっただけ」
再び歩みが止まる鮎広。気を取り直し、今度は少女の目の前までやってきた。
よく見ると少女は、やけにだぶついたパーカーに、7分丈のコットンパンツといういで立ちで、左目には眼帯がつけられていた。
鮎広はそれを見ても特に気にせず、情けなく言う。
「じゃあ三つ目は何だよっ」
「三つ目って何」
「依頼書の字が、なんか、あざとかったぞ」
「まぁ、嘘の依頼書だしあれ。だって見てわかるとおり、体育館のどこにも焦げ目なんて無いし、依頼書の内容だけでも、よく読めばちぐはぐだよね。すぐわかってもいいと思うなあ」
鮎広はその場に崩れ落ちた。そして立ち上がったと思うと、壇上の方へ駆けて行き、段ボールを抱え戻ってくる。
「もういい。あれだろ、俺を目の仇にでもしてるんだろ?バトルか。そのために呼び出したんだな、いいぞ、来い。俺は男大人に容赦ないように、女子供にも容赦はしない。SPヒーローは、己が精神衛生の平穏のため戦うぞっ」
鮎広は、ポンチョを片手で、んばっと脱ぐと、いつの間にか彼は全裸状態だった。他に着てたシャツや下着やら深紅のマフラーは、丁寧に足元近くの床に畳まれていた。早脱ぎというやつだ。
なぜ彼は全裸になったのか、説明しよう。
下裏羅 鮎広の能力は、直接ふれたスプーンを曲げる『スプーン曲げ』である。戦闘パートに入る際、彼はこの能力で、スプーンを曲げて、全身にスプーンを編むように巻きつけ、匙装甲とするのだ。その上に、改めてマフラーを巻きなおし、SPヒーローの完成となる。
この変身する際、大量のスプーンを体に巻きつけるにあたって、素手で一本一本巻きつけるより、全裸で全身でいっきにスプーンをかぶり、曲げてしまう方が、スピーディでかっこいいと、鮎広は考えているため、全裸になるのだった。
「ゆくぞっ、へんしn……」
「変態っ!!!!」
ぼーん。
鮎広はリア充でもないのに、突如爆発した。生まれた姿でぼーんと爆発するとは、これいかに。
鮎広は空中を舞い、軽く4、5メートル吹っ飛ぶと、頭から着地した。
「う、ぐ……俺がヒーローでなければ死んでいたぜ……。しかし、今のは一体……」
軽く焦げた鮎広が、血迷ったことを言っているのは、頭を打ったせいでなく仕様なのでしょうがないとして、少女は鮎広に背を向け、感情をむき出しに叫びちらかしていた。
「早くなにか着て!馬鹿じゃないの!死んじゃうでしょ!早く!」
「いや、そのね、これから匙装甲着るから。変身するから、嫌なら見るな?」
「もう!最初から変身して待っててよ。馬鹿でしょ。変態。痴漢、露出狂。ロリコン……」
少女は自分を落ちつけるかのようにしゃべっているようで、語尾にいくにつれ、小声になっていた。
「敵の前で、変身してこそのヒーロー学。君にはまだわからんのかなぁ。まぁ、いい。テイク2だ!変身!」
鮎広は段ボールを手に取り、大分無理をしながら、うおおお、と段ボール内のスプーンを頭上に撒いた。
頭上のスプーンは、鮎広に降り注ぎ、鮎広に接触したスプーンから装甲として編まれながら巻きついていく。鮎広は両手を広げながら苦悶の表情を浮かべていたが、やがてその表情も見えなくなっていく。
気づけば、全身にび色の匙装甲を装備していた。そこに装備しそこなって床に落ちていたスプーンをいくつか足の裏にくっつけ、適当にまだあった隙間にねじ込むと、深紅のマフラーをさっと身につけ、ポーズをとる。
「匙は曲げても信念は曲げない!SPヒーロー参上!」
「終わった?」
少女はぐるり、とふりかえる。最初の淡々とした調子を取り戻していた。現れたSPヒーローの姿を頭からつま先まで見てひと言。
「ださ」
「…………?」
鮎広は言われた言葉の意味がよくわからなかったので、「君はそのままでいいのか?え、と、名前って訊いてなかったな、君の名前はなんだ」と頭の悪さ丸出しで問うた。
「私の名前は士二 総代。この学校に通ってる、小学5年生。私もそうだね、そっちにならって変身しようかな」
少女、総代は松葉杖を投げ捨て、足のギプス、帽子、眼帯を次々に外し、両手を胸の前で組むと、俯き目を閉じた。
「天に咲き地に咲き悪事を消し飛ばす我が感情の化身、爆炎よ……」
「詠唱をはじめただと……」
「私の心に愛と勇気の、正義の炎を炊きつけて。マジカルバーン!きゃ、きゃぴっ」
最後のセリフをちらりと舌を出しながら、目もとで横ピースで言ったと思えば、そのセリフと同時に、総代の足元に火薬が仕込んであったがごとく、ぼーん、という轟音とともに爆発が起こった。
総代の姿は爆煙に包まれて見えない。鮎広のように吹っ飛んだのかと思われたが、爆煙が周囲に散っていくと、そこに人影が立っていた。
どこぞの学校の女子制服を思わせる基本デザインに、ふりふりとしたレースやリボンがくっついており、全体として明るい色彩が目立つ服装を着た、ちょっと煤の付いた総代がそこにはいた。……否。
「け、けほっ……。自爆系魔法少女、ニーソちゃん登場……」
魔法少女ニーソちゃんは、詠唱中と打って変わってテンションだだ下がりだった。あ、肝心の二―ソックスはき忘れた……と、はき直したり、頭のリボンをいじり直したりしているのも含め、台無しである。
「魔法少女だと……それに、自爆系……?」
対する鮎広は、ニーソちゃんの姿を見ながら、今までにあったことのない、未知なる敵との遭遇を、全身で恐れおののいていた。匙装甲時は、感情が表情で伝わらないので、誰に対しての気遣いか、オーバーアクション気味に振る舞うのが、SPヒーローのくせになっていることをここで補足しておこう。
そのせいか、まじまじと見られてる感が半端なかったニーソちゃんは、顔をそむけながら、自分のスカートのすそをひっぱり、絶対領域の面積をちぢめた。
「そんな……見ないで……」
ぼーん。SPヒーローは爆発した。だが、先ほどと違い、吹っ飛ぶ事はなく、その場でよろめいた程度だった。
「匙装甲のおかげか……いや、それだけではないな。それにしても、さっきから爆発、爆発、爆発……もしや、これが魔法少女ニーソの能力かっ!」
「そ、そんなことより、お互い変身したわけだし、戦わなきゃ」
「ああ!」
SPヒーローはなんの躊躇もなく、ニーソちゃんに向かって走りこんだ。その異様なスピードに、ニーソちゃんは、ゴキブリを見た時の様な気持ち悪さを連想した。SPヒーローは再び爆煙に包まれる。
煙が去った後には、焦げ付いてうつぶせに倒れた、SPヒーローがいた。その状態のまま、かたく拳を握ると、床を叩いた。
「くっ、基本近距離戦しかできん、この俺が、まず近づけないとは、致命的!ニーソちゃんとの距離はあと4,5メートル……だがこのままじっとして、距離を詰めさせてくれてる保証はない。このまま遠距離爆破をされ続けては、……一生たどり着けないかもしれない……」
「SPヒーロー、そこであきらめないで。これじゃあなんのために私がこんな大掛かりな事して、君に会ってるのかわかんなくなるから」
ニーソはイラついた様に、伏せったSPヒーローを見降ろしている。ただ、それ以上の意味を訴えるかの様子でもあった。
「ニーソちゃんが……俺に会う意味……?俺を倒すとかじゃあないのか」
「違う、そんなわけない……そんなわけであるはずがない……」
そこで引っかかるニーソちゃんをSPヒーローは見逃さなかった。
「ん?ひそかにネットで噂のこの俺を、倒して目立とうとしてるんじゃあないのか!」
「だから、そんなわけのはずがないじゃんかっ!」
SPヒーローはうつぶせのまま、爆発の衝撃をうける。鮎広時、はじめて受けた爆風よりも強力で、体育館の壁までふっとばされ、叩きつけられた。
「…………っ!」
洒落にならない衝撃を受け、SPヒーローはいつものような世迷言をとっさに言えなかった。そのかわり、「わからないんだよ!」と、体育館中央で、悲しげに佇んでいたニーソちゃんに言葉をぶつける。
「俺は殴り合えばわかりあえる的なことに憧れてて、とりあえずバトルは関係なさそうな今回の件だって、バトルを持ち込んでしまった。だが、現実全然うまくいかんっ。悪かった。俺馬鹿だから言ってくれなきゃわからんかった。だから、もう少し君の事を教えてくれっ!」
「いきなりっ、人の事をわかろうだなんて言い出さないでっ!理由を言ったって、そう簡単にわかるわけないじゃんっ!だって、そう、そうだよ、これは私の話、本当の意味では、私しかわかるはずがないっ」
ニーソちゃんが、感情に振り回されるよう、そうまくしたてると、SPヒーローを中心に複数の爆発が巻き起こる。
嗚咽をもらしながらも、SPヒーローはふらふらと立っていた。
そしてニーソちゃんのもとへと歩いて行く。
「う、来ないでよっ。何、あきらめたんじゃあなかったのっ」
爆発、爆発、爆発。ピンポイントに、SPヒーローは爆破され、その度に吹っ飛び、地に伏せるも、やがて立ち上がり、何度でもニーソのもとへと歩き出した。
「こっちに来ないでって、ねぇ、それで私をわかろうとするつもりっ?!」
「攻撃を受け続けて、相手のことがわかるわけがない。ただ面と向かって話すために、近づこうというだけだ」
SPヒーローの受ける爆発は、少しづつだが、威力が落ちていった。
やがて爆発自体起こらなくなり、SPヒーローはとうとうニーソちゃんの目の前に辿り着いた。
ニーソちゃんはう、ううぅ。と言うだけで、なにかをこらえるように俯いていた。
「恐らくだが、君の能力は、感情が一定値まで膨れ上がると、感情をそうさせる要因を爆発させる、つまり感情の爆発が現実で爆発を起こすという、いわばイヤボーンの法則のまんまだな」
ルール・オブ・イヤボーン。古き時代からのお約束の一端である。どちらかといえば、主人公か、美少女なんかが、感情の高ぶりにより、秘めたる力に覚醒した結果、ぼーん、とやる、というニュアンスの方が近いので、SPヒーローの言及は正確ではない。
だが、そんなこという解説役はその場にいなかった。
「爆発に強弱があったのは、その気持ちの高ぶり具合が違かったからじゃあないか?自分で恥ずかしいセリフを言って、自分を爆発させるのと、俺のスペシャルバディを生で見……、いや、俺がわざと君が嫌がりそうなことを言った時では、まぁ、違うだろうからな。
それにうっすら気づいて、俺は君に近づく方法がわかった。ただあきらめなきゃいいだけだからな。人の感情なんて、ずっと高ぶり続けてるわけじゃあない。いつかは冷めて沈んでいく。ただ、思ったより粘られたがな」
そこでSPヒーローは、がくりと、片膝をついた。
「…………」
「能力のネタばらしはこの辺にしといて、そろそろ君の口から君の事を話してくれないか、ニーソちゃん」
「……簡単に、わかろうとしないで」
「簡単じゃなかったさ、君の目の前に辿り着くことでさえ。それに、わかろうとしなければ、なにがして欲しかったんだ?この俺に」
「……それは、別に、もう……」
SPヒーローは、片手の装甲だけを解除し、ニーソちゃんの頭にその手を触れた。ニーソちゃんは一瞬びぐっ、となったが特に振り払おうともしない。
「これじゃあ依頼が完遂しないなぁ。俺はどうする」
「あれは嘘だって」
「体育館の爆音と、焦げ跡だらけの床は、現実になったけど……いいや、どうでもいいか。嘘だろうとなんだろうと、模索中の俺の正義は、聞こえてくる悲鳴をほっとかない。匙は曲げても匙は投げないSPヒーローだからな。お、これは次の名乗りに使えるっ」
「ふ、へ。投げてたじゃん、変身する時」
「いや、そういうことじゃあなくてだな……って、結局再び見てたのか、俺のスペシャルバディを生でっ」
「な、う、ちょ、思い出してまた爆発させそうだったんだけど……。違うから、音でわかるから、床に散らばってたスプーン見てもなんとなく察せるし」
「……そうか」
鮎広の方の感覚で田図の言葉を思い出す。こいつは俺が必要……ね。
ん?俺がこいつを必要としてるみたいだな。違うか、こいつが俺を必要として……ええい、もうそれもどちらでもいい。
「なんにしても、今日はもう遅い。解散だな」
そう言うと、SPヒーローは立ち上がった。彼の手が自分の頭からのけられると、ニーソちゃんは、SPヒーローを見上げた。
「SPヒーローの、中のおにーさんの名前、そういえば訊いてなかったね。なんていうの」
「SPヒーローの中には明るい正義と夢と、ときめきしか入ってないっ!」
「いや、変身って言って堂々と……、ああ、もう、そういうのいいから。その露出してる手の持ち主は誰って訊いてるの」
「鮎広。下裏羅 鮎広。(自称)ヒーローさ」
もう、どっちだよ、と思う総代を置いて、一人出口へと向かおうとする鮎広。そのまま鮎広は背中越しに軽く言う。
「ああ、そうそう。俺、平日なら放課後、休日なら昼間っから、大体今日のシャッター街にいるから、気が向いたら来てくれ。その時は、また依頼の続きといこうな。今度は別の切口から。そんで、あと……今度一緒に映画でも。お友達からお願いします。なんてね……」
「……考えておく」
「じゃ」
そのまま恰好よく去りたかったのだろうが、SPヒーローは、自分の服と段ボールの存在を思い出し、振り返る。
「悪い。ちょっとそこに置いてある……」
ばちん、じゃららららら……。完璧に一仕事終えたという鮎広の心は、張り詰めた感覚から早く解放されたいと無意識に思って、それが能力を伝い、全身を包む匙装甲をパージさせてしまった。
鮎広は総代と目が合う。総代の視線から、自分の方へと視線を下げる。
鮎広はそこで事の深刻さに気付いた。
「俺のヒーローとしての矜持、深紅のマフラーが焦げ焦げじゃないかああっ!!!」
「変態っ!馬鹿あっ!!」
それから、夜の体育館に最後の爆音が聞こえたのは言うまでもない。
「え、何?最後の方とか、いちゃいちゃいちゃいちゃ、できの悪そうなラブコメよろしく、よろしくやりやがって、しかもオチまでつけるとか……くそう、また出ていくタイミング逃したじゃないか……」
ヒーロー対魔法少女という、色モノ臭だけのバトル、……というより、(自称)ヒーローと(自称)魔法少女のラブコメくずれな様子を、見ていた人物がいた。
体育館の上の方の窓の外に、へばりつきながらそいつはいた。そう、いつぞやも、別のビル屋上から、SPヒーローのことを窺っていた変態である。
窓の縁という2、3センチのところ足場にしているため、不安からか小刻みに震えている。
「てか、気づかれないものなのかー。へこむなー。この窓ばしゃーん、て割って、颯爽登場!みたいにやりたかったんだけどね、そうかあ、うまくいかないこともあるかあ」
高さ6、7メートルはあるところから、地上にぴょん、と飛び降りる。
着地、そして特に何もなかったように立ち上がる。全身金色の甲冑を身につけ、背中には純白のマントがあった。その重さを含め、すさまじい衝撃が彼を襲ったはずだが、そのような様子は見受けられない。かしゃんかしゃんと、音を立て、飄々(ひょうひょう)と歩き出しているからだ。
「明日こそSPヒーロー、ヤツを倒す。そんでもって、ヤツの持っているもの全てを奪い、ヤツ以上の存在に僕はなる。そうしてようやく、僕の人生はスタートを切れるんだ」
不穏な影はゆっくりとその場を立ち去ろうとする。だがしかし。
ふぁんふぁんふぁんふぁん……。サイレンが近づいてくる不安な音。
それがパトカーの放っているもので、それはこちらの小学校に近づいていてくることは明白だった。
学校自体のセキュリティは、こっそり気を利かせ、田図が止めていたが、生きてる見回りの人はどうしようもない。たび重なる爆音に、関わってはいけないだろう金色の甲冑が体育館の窓にひっついているのを発見すれば、110番余裕でした、だろう。その結果である。
「うわあ、サツだあ!」
彼も警官には勝てないのか、情けなくも、一目散に逃げ出す。
「あ、あいつら派手にやりやがってえ。今日のところはドロロンえん魔くんするが……覚えてろよ!」
ますます独り言が締まらなくなっているが、走っている中、一定の間隔ではあるが、尋常でないスピードを出している彼は、やはり只者ではないことは間違いない。
騒がしくも夜はふけていく……。
作風が主人公の鮎広と共に、迷走してるが、終わりよければすべてよし、完結編はちゃんとしたいね。その日に向かってひたすら正義だ。がんばれ鮎広。負けるな鮎広。今回はひとっ言も言わなかったし、使わなかった、正義握滅は忘れちゃ駄目だぞ。匙は曲げても些事は気にするな!僕らの平穏は君に……うーん、自信なくなってきたけど任せた!
……続く