SPヒーロー参上!
真夜中の街並みに、飛び交う二つの影があった。二つの影は衝突を繰り返し、やがてビルの屋上にその所在を落ちつけた。影の一つはどうやら全身黒タイツを着た、中年気味の小太りの男だった。息をきらしながら、地面に片膝を付き、相対するもう一つの人影に、きりぃ、とにらみを利かす。
「く、この『足が臭くなればなるほどスピーディに動ける』という能力を持つこの私がっ!臭さMAX、限界スピード状態の私がっ……お前みたいな変態野郎に押されているとは!至極屈辱!何者だお前は」
そう言われた人影は、堂々と仁王立ちしており、月光を浴び全身から金属質なにび色の輝きを放っていた。
全身に鎧を纏っているにしては、それはあまりにも人の体の形状に近く、継ぎ目らしきものがやたら多く、酷く入り組んだ造りであった。そして首元には、深紅のマフラーが夜風を受け颯爽となびいている。顔も丸々その謎の装甲に包まれており、表情は一切うかがえない。
そいつは、ややくぐもった声で全身黒タイツに答えた。
「俺の名は『SPヒーロー』!己の正義を探すついでに、この一帯の地域の平和を守るものだ!」
びしぃっ、と専用ポーズらしきものをとると、SPヒーローは大袈裟な身振りで続けた「俺はあえて貴様に変態呼ばわりされることをスルーしよう。俺は今!猛烈に貴様に訊きたい事があるからだっ」
「……なんだ」
「なぜだ。なぜそのような才能に恵まれながら、他人様に迷惑をかけるような所業を行う! 」
「『才能』なんて言葉は残酷だな。私には元々あったものを、押しつけがましくお前の感性で美化して、私を理解するつもりなどないようだ。……ふっ、それに迷惑をかけるような所業だと?そんなこと、人は生きていれば誰かしらに迷惑をかけているものよ、変態ぼっちゃんよ」
「くっ……、ちょっと……、よく訳の分からないことを言うなぁ! 」
SPヒーローは、感極まって全身タイツに掴みかかる。すると、いやん、というおっさんの声とともに、タイツはやぶけ、もさっと大量の女性用下着がはじけ出てきたではないか。……ついでにおっさんの汚い肌色も。思わずSPヒーローは飛びのいた。
「……よくぞ見破ったSPヒーロー! いや、単によくぞやぶったというべきかな?」
半裸のおっさんは、自分のB地区を手で隠しながら、自慢げである。
「いや、なにがだ! 最初から下着泥棒と承知で俺は貴様と対峙してたぞっ」
「私は女子のパンテーや、ラジャーの声が聞こえる能力ももっているのだ。それで野ざらしで寒がっていて助けを求めた彼女らを救済したに過ぎん。これは私の正義だ」
「知った事か。その下着の持主である依頼主達が犯人をぼこすかしろというんだ。俺はその人たちの想いをとるぜ」
SPヒーローは、あらためて構える。
すると半裸のおっさんは慌てふためき、許しを請いはじめた。
「ちょっ……いや、悪かったって。めんごめんご。おじさん調子こきすぎたわ~。ガチ自首とか考えてるんで?そういう暴力的なのは、ねぇ?ヒーロー名乗ってる以上、許す展開じゃね?これ。いやいや、ほんと改心しますから、ほら~」
するとSPヒーローは、落ちた下着を避けながら、ゆっくりと汚いおっさんに近づく。
そして、おっさんのあぶらぎった顔面を、にび色の装甲で覆われた手で鷲掴みにした。
「んっぉ?」
「さっきも言った通り、悪いが俺の正義は現在模索中だ。だから許す展開とか、そういうのよくわからないんだ。なにせもぐりのヒーロー(自称)だからな。だが安心しろ、依頼通りちょろっと灸をすえるだけだ。我慢しろ」
「や……やめっ……」
SPヒーローは、片手でおっさんを鷲掴みにしたまま、おっさんを軽々と持ち上げ、そして吠えた。
「正義握滅! ! 」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ……」
要はただ顔面を握りしめただけだが、数秒でおっさんはだらんと、もがくのをやめ、どさりと解放されても、白目をむいたままピクリともしなかった。SPヒーローは、そんな汚いおっさんを一瞥してから、深々と闇夜に浮かぶ月を仰ぎ見る。その拳を胸元で強く握りながら。
「試してみた必殺技……。匙装甲の性能とも噛み合っている。俺は……まだ、高みに行けるぞっ」
その時、ばちん、と何かがはじけたような音の後、じゃらじゃらじゃらじゃらー! と金属がコンクリートの地面にいくつも落ちるような音が、盛大にした。
そこには、深紅のマフラーをした、全裸の少年が月夜に照らされ、立ち尽くしていた。足元には大量のスプーンが、複雑怪奇に曲がりながら落ちている。
「やっちったぁ……」
彼の名前は下裏羅 鮎広。齢17である。
突如世界に出現した能力者たち、彼らは警察の目の届かないところとかで、己の私欲を肥やしていた。というのも、突然手に入った能力がどうにも一様にしょぼいものばかりなのだ。まず、どの痛い小説でも主人公ははれねぇよ、というものが大半と言えた。とはいえ、悪行は悪行。自身もある日、能力に目覚めた鮎広は、自分探しついでに悪の所業を重ねるやつらを懲らしめようと立ち上がったのだ。
鮎広が目ざめた能力は、超能力ではメジャーながら、異能力バトルではまず見ない、触れたスプーンを自在に曲げるという、『スプーン曲げ』だった。
一般に戦闘向きではない『スプーン曲げ』でいかに戦うか、彼は苦肉の策として、全身に大量のスプーンを纏い、その一つ一つを正確に編むが如くスプーンを曲げ、スプーンを、全身を包む装甲としたのだった。
それを彼は匙装甲と名付けた。関節部分を動かす際、必然的に『スプーン曲げ』によって動かすため、重量の加算はあるが、基本的な飛んだり跳ねたりの身体機能は大幅に向上している。
先の必殺技、正義握滅も、指一本一本に絡みついたスプーンを曲げる力と、握力が加わっており、脅威的な威力を発揮していた。もちろん、金属ということで、防御力もある程度は期待できる。
金属オンリーのマッスルスーツとも言いかえはできよう。ただ、先に言ったように、今の鮎広は「触れた」スプーンしか曲げることができない。よって、全裸になることでしか、この匙装甲を形成することができない、ということになる。つまり、このように、装甲が剥がれれば、生まれたままの姿の鮎広が現れるのだ。
ちなみに、匙装甲装着時のキャラ、SPヒーローは、根暗な鮎広が頑張って役作りしているものであって、決して素ではない。深紅のマフラーも役作りの一部だ。
とりあえずの解説はそんなところである。
鮎広は、高ぶった気持ちを落ちつけ、ため息交じりに、散らばったスプーンを一個一個拾い出す。寒空の下、夜風がやたら全身に染みいるが、これもなにかの試練と思えば、不思議と手が進む鮎広であった。
鮎広は戦いが終わると、つい気持ちが緩んで匙装甲をパージしてしまう癖をどうにかせねば、と少し身震いしながら考える。
彼のこれからの戦いと、このスプーン拾いを強いられた長い夜は、まだ始まったばかりである。
女性用下着にまみれながら、半裸で倒れているおっさんと、全裸に深紅のマフラー姿で、スプーンを拾っている少年の、先ほどの戦いを、見ていた人影があった。
「SPヒーローか……面白い」
人影はありもしないマントをひるがえすようにターンすると、夜の闇に消えていった……。と、いって欲しいオーラは出してはいるが、実際はビルの屋上から、非常階段でたったかたったか、締まりなく降りていっているだけだあった。
「いつかまみえるその日まで、精々のんきのんきのんたんしているがいい」
独り言も締まらない人影は、くっくっくと、笑いをこぼす。
彼もまた変態であることは間違いない。
夜は更けていく……。
不穏な伏線を立てたところで、回収できなければ意味がないぞ。それまでがんばれ鮎広。負けるな鮎広。必殺、正義握滅で、敵を蹴散らせ。スプーン曲げても、信念は曲げるな!僕らの明日は、君に任せた!
……続く