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友の中の戦艦

最終章 友の中の戦艦


「ここがアメリカ・ヨーロッパ連合艦隊およびアジア連合艦隊の合同居室であります」

 国際連合軍浮き名基地の寄宿舎内統合艦隊居室。大柄で年配の男性兵士に案内された立木ゆかりは大きな扉の前に立つ。

「色々と有り難うございます」

 元々内気な方だ。厳つそうな男性兵士に緊張を隠せず、表情を強張らせたゆかりはペコリと頭を下げる。

「ここまでこられたお友達はあなたが初めてですよ」

「そうなんですか?」

 意外に気さくな態度で接してきた兵士に、ゆかりの強張りが少しだけゆるむ。兵士の言葉にやはりとゆかりは少しだけ納得できた。

 艦隊だけに戦艦娘は集団行動が基本だ。元々一人だけでも近付きがたい美人揃いの戦艦娘が三十人近くも固まって行動しているのだ。

 特に拒否する態度も取っていないが近寄る人間は現れず、本人達も人数がいるため、外に友人を求める必要性を感じない。

 もっともそれ以上に接近しすぎては危険だからというのも事実だった。

 ……ここまで来る来ない以前に、あの娘達に友達と呼べそうなのは、あたししかいないんじゃ?。

「……付き合ってみれば結構はじけてて、面白い娘達なんだけどな」

「……そうです。その通りです。どうか仲良くしてやってください?」

 思わず呟くゆかりに、どこか父親に通じる雰囲気で兵士も頷く。

「………と?」

「いいえ。前に彼女達の教官をやっていたものですから。失礼します」

 戦艦娘とは縁の薄そうな年配の兵士の意外な言葉に驚くゆかりに軽く敬礼をし、男性兵士はそのまま歩き去っていく。

「本当に有り難うございました。さてと?」

 とりあえず去っていく兵士に頭を下げた後、改めて大きな扉に向き直る。

「失礼します」

「いらっしゃい、ゆかりさん」「よく来たね!」

 扉を開けたゆかりに多数の返答が返ってきた。

「……何か凄い部屋?」

 思わず一度はゆるんだ表情がまた強張る。

「良く来てくれたわね。基地内は広いから迷わなかった?」

 少し甲高く良く通る声が室内に響く。

 アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊旗艦序列一位戦艦キャサリンの金髪が、やけに細長い大広間の奥に見える。

 レースをふんだんにあしらったネグリジェ。本人の風貌も相まってゴージャスそのものの雰囲気だが、そこまではいい。

 しかし彼女が座っていたのは畳が敷かれた上の煎餅布団。金髪の外国人娘が洋室にベッドではなく畳に布団?

 違和感がバリバリだ。聞いてみたいこの部屋は何?何で布団?

「何を驚いているの。早く入ってきなよ?」

 続けて呼んでくれたのは溌剌とした雰囲気のハンサム系かもしれない美少女。やはり部屋の奥に座っていた。

 こちらは軍学校の制服を着たアジア連合艦隊旗艦序列一位、戦艦飛鳥だ。当然というかこちらも煎餅布団の上だ。

「少し狭いけど悪いな。前はみんなベッドだって入った、もう少しまともな部屋で寝ていたんだけど」

 申し訳なさそうに謝るあぐらをかいた統合旗艦大和。一番奥の布団に座っていた。

 統合旗艦で名目上は一番偉いのであそこが上座なんだろう。

「何が悲しくてこの私がこんな地面で寝ないといけないのかしら?」

 キャサリンが不満たらたらで漏らす。

 戦艦娘達の布団は左右に分かれ、ズラッと並べられていた。布団の上にはその布団で寝ているのだろう様々な服装の戦艦娘達。

 白人と黄色人、それぞれの艦隊別に寝ていた。両艦隊と均等の距離を置くため、大和の布団だけが真ん中だ。配置としては教室とにている。艦隊序列に従い、旗艦である戦艦飛鳥と戦艦キャサリンが一番奥の布団に位置していた。

「……牢名主?」

 呆然と呟くゆかり。父親の見ていた古い映画。何となしに一緒に見ていた時代劇。牢屋の奥に何枚か敷いた畳の上。

 デジャブがゆかりを襲う。ゆかり自身は知らないが、乱暴者を押し込んだという経緯を考えれば、実に言い得て妙のネーミングだった。

「大和は牢名主だったんだ!」

 いきなりツボに入ってゆかりは吹き出す。

「何だよ牢名主って?」「一番偉い人ってこと」

 間違ってはいないが、正確でもない答えをゆかりは返す。

「こっちにきなよ。お客さんなんだから隅っこにいちゃ駄目だよ」

 飛鳥が自分の横を開けるとゆかりを手招きする。

「え、えっと。じゃあ失礼をします」

 左右からの戦艦娘の視線が何か気恥ずかしい。ゆかりは急ぎ足で飛鳥の横に急ぐ。

「じゃあ、ここがゆかりの席ね」「楽しんでいってね」

「有り難うございます」

 飛鳥とキャサリンに改めて挨拶を交わし立木ゆかりは腰を下ろす。

「それでは立木ゆかりさんをお迎えしての、第一回両宇宙艦隊合同パジャマパーティを始めましょう」

 頃もよしと見てアジア連合艦隊序列二位戦艦定延、ちょっと艶っぽいお姉さんがゆかりの呼ばれた目的。

 少女達の親愛の情を深めるためのパジャマパーティの開催を宣言した。

「全員、飲み物、食べ物を出してよし!」

「あたしはジュース!」「こっちはポテトチップス」

 無数の少女の歓声が沸いた。両艦隊所属の戦艦娘の黄色い声が部屋中に充満していた。

 アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊序列二位戦艦ゴルドバ、キリッとした美少女の号令一下どこに隠してあったのか何十ものコンビニ袋が持ち出された。

「あなた達、何をやっているのですか?」

 唐突に極寒の南極を思わせる冷たい声が一同の上に降り注ぐ。白人艦隊序列三位戦艦スージーだった。

 ゴルドバに似ている冷たい風貌。ゴルドバが厳しさを前面に押し出しているのなら、スージーは理知的な冷厳さを押し出していた。

 どちらにしても怒らせたくはない相手だ。

 良くも悪くも軍人気質。いつもは気の合う相手であり艦隊序列上位でもあるゴルドバの決定に異を唱えたことのないスージーの意外な剣幕に戦艦娘達が静まりかえる。

「……あんたも納得していたじゃない?」

 今更文句を言うの?眉がひそめられ不機嫌が形作られた。

 小さな声でアジア連合艦隊所属、艦隊序列五位、小柄で悪戯っぽい瞳の持ち主、戦艦扶桑が突っ込む。

「パジャマパーティでパジャマに着替えないでどうするのです?」

 スージーが冷たい声で再度告げる。もっともな提案だった。

 非常にわかりにくい冗談だったが。

「この間のランジェリーショップで買った過激なやつ着ようっと!」

「私だって負けていられない!」

 途端に一度は静まった大騒ぎが再燃した。普段着だった戦艦娘が勢いよく着ていたものを脱ぎ捨てる。

 私物を入れたバッグを開ける娘。唯一の空き地。

 大和の布団の横に積み上げてあった、まだ未開封のランジェリーショップの段ボール箱に駆けつけ手早く開けめぼしいものを物色する娘。

 華やかな下着姿の娘が部屋にあふれかえった。

「こうなったらあたしも?」

 中には既にパジャマに着替えていたのに、新たなナイトウェアを求めて段ボール箱に突撃する戦艦娘までいる始末だ。

「ゆかりも着替えましょ。どんなパジャマ持ってきた?替えの下着だって持ってきたんでしょ?」

「何だったらショップからもらってきたのがだいぶ余っているから使ってみる?結構いいランジェリーやナイトウェアもあるから」

 針葉と若竹のアジア連合艦隊所属の強行偵察艦娘がゆかりを囲む。二人とも学校指定のジャージという地味な格好だ。

 序列が最下位とブービー賞なので、ゆかりの案内役として駆り出されたらしい。

「大和君がいるのよ。男の目が!」

 あわててゆかりは手を振る。一度は見られてはいたが、いくら何でも自らは。

「大丈夫!」「大和も毎日なんだから慣れているから」

 平然と針葉と若竹はジャージを脱ぎ捨ると、強引にゆかりの手を取ってランジェリーショップの段ボール箱に小走りで向かう。

 かわいらしいデザインとセクシーさを同居させたショーツとブラ。ブラのカップの上半分は半透明。

 控えめながら、真っ白な膨らみが半分見えていた。

「ちゃんと大和は目を閉じています。あたし達がパジャマを着て、もう目を開けていいと言うまで目を開けませんから」

 大和と段ボール箱に近くに寄ったとき、ゆかりに得意げに言ってきたのは序列五位の戦艦扶桑。

 小柄な肢体を愛らしいピンクのパジャマに包んでいる。胸等が慎ましいので色っぽい格好はちょっとらしい。

「……本当?前はしっかり見ていたのに?」

 ゆかりが見ると本当に大和は下を向き目を閉じていた。

「あのときは隠れていましたから、まだ。いくら何でも正面からはさすがに覗いたりはしませんよ」

「それは男なんですから当然、興味はあるのでしょうが、まともに見るなんて、大和様にそんな度胸はありませんって!」

 ランジェリーショップでの大和の行状を思い出すゆかりに、強行偵察艦娘達はケラケラと笑って見せる。

「本当にいいの残ってる?」

「いくらでも有りますよ!」「清楚なのも過激なのも選び放題です。」

「じゃあ、急ごうか?気に入りそうなのを目の前でさらわれたら悔しいもの!」

 すでに無数の戦艦娘がアリのようにたかっていた。負けてたまるかと、三人は同時にショップの段ボール箱の山に飛び込んだ。

 半透明、フリル、シンプル。派手な原色、清純な白、ベーシックなベージュ。ブラジャー、ショーツ、スキャンティ、キャミソール、ペチコート。パジャマ、ネグリジェ、タンクトップ、ホットパンツ、ベビードール。

 目移りと言うより、目が回りそうな量と質と種類のランジェリーが三人を待っていた。

「これなんかどうです?」「こっちは本当に素敵!」

「待ってよ。どれだけ出すの?」

 針葉と若竹が次々とランジェリーを取り出し、困惑しているゆかりの体に確かめるように当てては、周りに撒き散らしていく。

 下は畳。後で回収すれば何にも問題はない。

「このレースなんか感激です!」「どうしても決められない!」

「いいから、あたしはいいから。自分達の着るのを選んでよ!」

 悲鳴混じりに二人に言うゆかり。完璧にハイテンション。その上、ゆかりとしてはパジャマなどのナイトウェアを見てみようと思っていたのだが、針葉と若竹が取り出してくるのはショーツやブラがメインのランジェリーばかり。

 ゆかりの目的と二人の選定に齟齬か生じていた。

「ああっ、もう!じれったい!これでは本当に似合うのか分からない!」

「下着を直接身につけないでどうしようって言うのよ?」

 ついに恐ろしいことを言い出す。まさか大和の目の前で裸になれと言うのだろうか?

 実際、部屋の隅で仲間についたてを作ってもらっている戦闘艦娘もいるから、絶対にあり得ないとは言い難い。

「あ、あたしこれがいいから!」

 仕方がない。ゆかりは適当な部屋着的なものを選んで段ボール箱から離れる。

「そうなんですか?」「まだまだ品物はあるって言うのに。欲がないです」

 あからさまに肩を落とす針葉と若竹。ゆかりは申し訳ないとは思うものの、我が身が何より大切なのだった。

「じゃあ、あたしは戻っているから」

 言い残すと再び飛鳥の元に戻っていく。

「分かりました。あたし達は自分の着替えを探します」

「針葉これなんかどうかな。着替えてみる?」

 もう去っていくゆかりの方を見ようともしない。ゆかりが見ると若竹の手にあるのは漆黒のスキャンティ。

 あれを針葉に?似合わないかも。見ている間に針葉は深紅のスキャンティを取り出し、二人で部屋の隅に向かう。

 ああっ、チャレンジャー!最後まであの娘達に付き合わないで本当によかったと思うゆかりだった。


「改めて飲み物と食べ物の用意を!」

 ゴルドバの命令いっか。混乱の中粉砕されないよう元の場所に戻されていたコンビニ袋の大群が再び戦艦娘の前に並ぶ。

「あたしはポップコーンを広げるから」「こっちはポテトチップ」

 戦艦娘達の声が大部屋に響く。パリンと言うスナックの袋が破られる音がさらに続く。

「あなた達ものが食べられたの?」

 隣に座るアジア連合艦隊旗艦序列一位戦艦飛鳥にゆかりは首を向ける。いままで学校は午前中だけ。宿舎に来たこともない。

 だから食事している姿を見たことがない。だいたい元が単なるホログラフィ。食事が出来なくても何ら不思議はなかった。

「元になった人間の生態情報に影響されているみたい。食事も出来るし味だって分かる。五感もあるし事実上人間と同じ」

 小首をかしげ飛鳥は返答してくれる。

「もっとも、栄養とかカロリーとかは関係ないかもしれません。この体を維持していくには小型の原子炉程度のエネルギー源は必要だし、とても食事程度でまかなえるわけもないですから」

 大和の向こう側に座っていたアメリカ・ヨーロッパ連合艦隊旗艦序列一位戦艦キャサリンが補足をしてくれた。

「見た目はともかくプラズマキャノンも使えるし。半端じゃないエネルギーが必要だろうな。それにゆかりさんは知らないだろうが、飛鳥やキャサリンは本来の体重が百トン近くあるから」

 サラッと大和がとんでもない事実を明かしてくれた。

「いまは質量管制をしているから普通に歩いていますけど、切ってしまえば確実に床を踏み抜くでしょうね」

 頷きなから言うキャサリンの再補足にゆかりは驚くしかない。

「それでも万単位であった元の体重からすれば一パーセント以下だから、ある種、凄いダイエットをしたようなものよ」

 ニコッと飛鳥が邪気のない笑みを浮かべた。

「……申し訳ありません。みんなが待っていますから」

 恐縮したようにゴルドバが言う。見れば戦闘艦娘達はパーティまだ始めないの?とばかりゆかり達を注視していた。

「ご免なさい。みんな待っていたのに話し込んじゃった」

 ゆかりはあわてて両手を合わせ謝意を示す。

「では大和様、パーティ開始の合図を」「乾杯のリードをお願い」

 頃はよしとキャサリンと飛鳥が紙コップを持ち、世話係の針葉がジュースを注ぐ。

「どうぞどうぞ」「お礼に注いであげる。」

 それを見て戦艦娘達も乾杯の準備に入った。旗艦であるキャサリンと飛鳥はともかく、残りの娘達はお互いに注ぎ合っている。

「では大和様も」「あたし達が注いであげる」

「済まないな、頼む」

 最後に統合旗艦の大和のコップにキャサリンと飛鳥が飲み物を注いで、全員の乾杯の準備が完了した。

 基本として下位の者が上位の者に。今時珍しい律儀さだが軍として、序列は大切にしている両艦隊だった。

「立木さんを迎えての合同パジャマパーティを始めよう。では乾杯!」

 統合旗艦大和は手のコップを軽く前に突き出す。

「乾杯!」「乾杯!」

 キャサリンと飛鳥が唱和し、左右から自分の紙コップを大和のコップに当てる。

「乾杯!」「こちらこそ!」

 同時に大勢の女の声が華やかに部屋の中を飛び交う。戦艦娘と言えどこの辺りは、普通の女の子と何ら変わるところはなかった。

「このクッキーあたしが作ったんだ」「美味しそうだね」

 さすがに戦闘艦の変化といえ、女の子の集まり。手作りのお菓子が回され、つまんだ女の子の黄色い声が飛び交う。

「大和様、このスナックをどうぞ」「こっちのジュースもおいしいよ」

 華やかな空気。周囲の雰囲気に負けじと、さっそくキャサリンと飛鳥は同時に大和に食べ物を差しだす。

「さすがに一緒にはもらえないから」

 有り難くはあっても一度には困る。目を白黒させている大和。

「大和どのあたしのスナックとあたし自身も召し上がってくださいな」

 そこにさらにベタなことを言いながらにじり寄っていく定延。いきなりのハイテンションだった。

「ゆかりさん、さっきはちょっと冷たかったですよ?」

「せっかく色々と着てもらいたかったのに」

 最初の給仕が終わり、後は自由とばかりゆかりの前に座り込み、さっそく愚痴を言ってくる針葉と若竹。

「いやっ、ちょっと過激だったし、趣味の方向があたしと違うというか?」

 強行偵察艦娘の二人に迫られ、手を必死に振りつつ防戦に懸命なゆかり。

 布団の上に座った三十人もの美少女。その中にたった一人の男の子。波乱含みのパジャマパーティの始まりだ。


 ゆかりの歓迎パジャマパーティが始まって一時間が経っていた。女の子三人で姦しいのなら、三十人ならどう言えばいいのだろう。

「楽しいな。人間になってよかったよ。酒は飲めるし飯も食える!」

 満面の笑みで統合旗艦大和は高く酒の入ったコップを掲げていた。パジャマパーティだから大和もパジャマだ。

 襟は大きく開き逞しい胸板が覗いていた。

 前には十本近い酒の瓶とつまみとしてのスナック類が置かれていた。

「お酒はいいですわ。日頃の憂さがスーッと晴れていくようです」

 大和の右隣でアメリカ・ヨーロッパ連合艦隊序列一位、旗艦の戦艦キャサリンが頬を赤く染めていた。お嬢様っぽいフリル過多のネグリジェの裾は大きく乱れ、太ももまで顔を覗かせた真っ白く形のよい足が、ハの字となって広がっている。

 吐く息が熱い。アルコールの匂いも強いが、それは全員なので誰も気にしていない。

「ちょっとしたことで文句を言われてこんな元倉庫に島流し!お酒くらい飲まないとやっていけないわよ!」

 左隣に侍っていたのはアジア連合艦隊の旗艦序列一位の戦艦飛鳥。こちらはまだきちんとパジャマを着てはいたが頬の赤さはキャサリン以上だ。

 結構図々しことを言いながらつまみのスナックを大和の前からさらう。そのままバリバリとかみ砕く。

 もはや遠慮という言葉はないらしい。さすがに熱くなってきたのか?しきりに手で顔を扇いでいた。

「……熱いし、もう脱いじゃお!」

 飛鳥はいきなり立ち上がると首を左右に二度三度と強く振ってから、手早くパジャマを脱ぎ捨てていく。

 上は普通だったが下は結構きわどい紐パンツ。大和の後ろにはまだまだランジェリーの在庫が眠っていた。

 どうやら過激な品物から捌けていっているらしい。

「飛鳥さん、脱いで大和様にアピールですか?」

 大和の頭越しにキャサリンが飛鳥に絡んでくる。目が据わっていた。

「だったらキャサリンも脱げばいいでしょ?あんたは体が自慢だったんでしょうが?」

 何のためらいもなく飛鳥は言ってのける。こちらもしっかり目は据わっていた。

「そうですね。格の違いを見せてあげるのもいいことですわ」

 飛鳥に対抗しキャサリンも立ち上がった。

「ご覧なさい。女神の肢体を」

 飛鳥より背の高いキャサリンは文字通りライバルを見下す。肩紐を外されたお嬢様ネグリジェがはらりと足下に落ちる。

「貧弱な小娘とは違うのですよ」

 元々の背の高さも違うが、これまたフリル過多のお嬢様ブラジャーに包まれた胸のボリュームの差はそれ以上だった。

「お、大きけばいいと思っているの?そんなの下品なだけよ!」

 怯みまくる飛鳥。圧倒的な戦力の差に、負け犬の遠吠えに走るしかない飛鳥だった。

「まあっまあっ、女の子は全員いいところがあるからな。二人とも酒を飲んで仲直りだ」

 そこで大和が取りなしに入った。普段ならもう少し退いているところだが、酒を飲んで気が大きくなっている大和は頓着しない。

「そうね。都合の悪いことは酒を飲んで忘れてしまうのが一番かな?」

 飛鳥は無駄な戦いを避け畳に膝をおろす。

「私も下手に追撃をしていても不毛なだけですし」

 続いてキャサリンも腰を下ろし酒盛りの続きが始まった。

「よし二人ともコップを出せ。注いでやるから。立木さんももっと飲みなよ」

「頂くね」「頂きますわ」

 コップを突き出す飛鳥とキャサリンに手近にあったワインを注ぐと、大和はゆかりにもワインの瓶を向けてきた。

「い、いいのかな?あたし達まだ学生なんだけど?」

 仕方なく手元の紙コップにワインをもらいつつ、飛鳥の横に座らされたゆかりは頭を抱えていた。最初は確かにジュースだった。しかし果実繋がりで缶チューハイ、缶繋がりで缶入りカクテル、さらにいまもらったワインが出て、今はもっと強そうな酒が戦闘艦娘達の間を行き交っている。

「大丈夫です。あたし達は人間じゃないから何をしてもいいんです」

「戸籍も出生届も関係有りません!ゆかりさんももっと飲んでください!」

 何の躊躇もなく針葉と若竹は言い切る。完全に目が据わった針葉と若竹。二人とも上半分が透明なブラ、下は履き替えマイクロビキニショーツというこの二人にしては過激な下着姿だ。最初はパジャマを着ていたのだが酒が回って熱くなり、今はこの姿だ。

 偵察艦娘ズはゆかりの前に女の子座りで座り込み、自分達も次々とお酒を開けながら、ゆかりに飲んだら一気に正体を失いそうな強い酒をしきりと勧めてくる。

「いいわよ。あたしはこのカクテルで十分だから」

 大和からのワインを脇に置き、結局家から持ってきたごく普通のパジャマ姿のゆかりは辟易としながら、ちびちびとカクテル缶を開けていく。完全にお酒をシャットアウトするには場の勢いが強すぎた。

「針葉、あまり人にお酒を強要するのはマナー違反ですよ」

「あたしはそんなことが言いたいのじゃない!酒を酌み交わしてこその友情じゃない!」

「大丈夫です。ゆかりさんはわかっています。今は調子を整えて、この後、このラム酒をラッパ飲みしてくれます」

 完全な酔っぱらいの論理。若竹は大きくラム酒の瓶を掲げ、針葉はそんな友を感激の面持ちで見つめる。全然大丈夫ではなかった。

「今夜はここで寝てしまうんでしょ?だったらいくら飲んでも大丈夫です!」

「いい薬が用意してあります。二日酔いなど過去のものです。痛飲した者が宴会の勝利者なのです」

 何とも幸せそうにニコニコと笑っている針葉と若竹だった。もっとも手にはしっかりとラム酒の瓶。とても油断はできないが。

「困ったものです。同じ強行偵察艦として恥ずかしいです。強行偵察艦は常に冷静に周囲を確認し本隊の安全を図るのが仕事なのに」

 針葉達の醜態に眉をひそめたアメリカ・ヨーロッパ連合艦隊の側の強行偵察艦序列十三位のエリカは同じ強行偵察艦仲間の十四位クールベ十五位ローレヌとともに、針葉達の後ろに座りゆかりと同じくちびちび缶カクテルを舐めていた。

 こちらはごく普通のパジャマ姿だ。

「そうよね。こんなに乱れちゃ」

 同意の意を込めゆかりも大きく頷く。大人しくしっかりとした性格のエリカはさすがに冷静とゆかりは感心した。

「ですから確認させてください」「……何を」

 針葉の横から回り込んできた妙に強引なエリカにゆかりは違和感を覚える。

「下着です。胸の張りです。残念なことに着替えの場面を見逃していました。強行偵察艦として失格です」

 ゆかりがよくよく見ればこちらも完全に目が据わっていた。どちらも一番下位だからストレスがたまっているのか。

 強行偵察艦以前に女の子として失格だった。

「お願いです。強行偵察艦の本分を果たさせてください!」

 言いながらエリカはゆかりのパジャマを引きはがそうと手を伸ばしてきた。

「落ち着いて!やめなさいエリカちゃん!」

 強引に振り払うわけにも行かずゆかりは身を縮み込ませる。

「エリカの責務を果たさせて!」「お願いします!」

 エリカに気を取られている隙にクーベルとローレヌが若竹側から迂回、エリカとともに挟撃してきた。さすがというか艦隊らしく見事な連携だ。

「やめなさい!勘弁してよ!」

 ゴロゴロともつれ合いながら布団の上を転がって行く四人。何かの余興と思ったのか、周りの戦艦娘は生温かく見守るだけだ。

「ああっ、お酒が残っているのに」

「同じ強行偵察艦なのに、なぜあたし達の邪魔をするの?」

 ただ針葉と若竹は悲しそうな顔をしていたが、これ以上お酒はまっぴらなゆかりとしてはそちらに捕まるわけにも行かない。

「うるさい!静かにしてなさい」

 突然エリカの頭がはたかれた。憤然とした口調。エリカよりも明らかに背の低い、小柄な娘だ。

「何をするんですか?人の探求心を邪魔しないでください!」

 線の細いエリカはキッと振り向くと、一見聞こえのいい抗議を繰り出す。

「黙れ!艦隊は序列がすべてだ!あたしの序列を言ってみろ?」

 背は低いが態度は大きい。アジア連合艦隊の序列五位、戦艦扶桑だ。

 対して強行偵察艦のエリカは序列十三位。

 艦隊は違っていても五位と十位以下では勝負にならない。

「ちょっと背が高いからと思って調子に乗るなよ。このヒョロヒョロ娘」

 内部では小悪魔的で通っているが、ここまでくると単なるいじめっ子だ。それも小なりと言えど権力を背負っているだけに質が悪い。

「何が確認だ?自慢のセンサーはどうした?こんな時に使わないでどうする?忘れてるのか、相手はただの人間だ。シールドなど持っていないぞ!」

 畳み掛けてくる扶桑。ゆかりはこれは悪い方向にと焦る。

「そうでした。スキャンします。皆さんとデーター共有です。大和様にもお知らせします!いつかは役に立つ情報です」

 完全に壊れた雰囲気でエリカがゆかりの全身を舐め回すようにスキャンしていく。

「こらっ、やめなさい!役に立たないから!絶対役に立たないから!」

 必死に手を振り回しエリカのセンサースキャンを阻もうとするゆかりだが、そもそもどうすれば妨害したことなるのかすらわからない。

「スキャン完了!これからスキャンの結果を発表します」

 そのまま強行偵察艦娘のスキャンは終わった。

「これはなかなかの逸材!大人しそうな顔の裏で」

 一番上座で大和が感心したように呟く。

「こんなデータが」「胸はあたしより大きいのね」

 ザワザワと戦艦娘達がざわめく。ゆかりには全然分からないがデーターの共有が完了したらしい。

「余計なお世話かもしれないですけどパンツ少しへたってますよ」

 戦艦娘の一人がお酒のせいだけではなく、赤い顔のゆかりに注意してきた。本当に大きなお世話だった。

「全く乱れすぎだ。酒は楽しむものだ。こちらが飲まれるものじゃない」

「その通りです。羽目を外さない奴も困りますが外しすぎはさらに困ります」

 両者ともシースルーのベビードール姿。スキャンティが丸見えの状態で白人艦隊序列二位戦艦コルドバと序列三位戦艦スージーが重々しく頷き合う。

 会話と外見がちぐはぐと言えばちぐはぐだが、ともにかわいいランジェリーが趣味なので仕方がない。

「なかなか見栄えがするなお前達」

 突然ゴルドバ達に声がかけられた。見ればゆかりのデーターをダウンロードして興奮気味の大和だ。真っ赤な顔。女の子の秘密を知って、目尻が下がり機嫌が良さそうだ。かなり酒を飲んでいた。

 ここまで酔ってしまえば気配りも失せるらしい。いつもはまともに見ない戦艦娘達の肢体に無遠慮な視線を這わせていた。

「私達の体が見たいのですか、大和様?」

「御覧になりたいのなら存分に御覧ください」

 自分達の肢体は艦隊でも一番なのに。ゆかりの次か。少し腹が立つ。からかってやるか?目と目で会話。いつならこんなことはしないけどと、しっかり酔っていたゴルドバとスージーは二人で顔を見合わせた後、スッと立ち上がった。

 酒を飲んで気持ちのたがは外れても体の制御は失わない。言うだけ有って足がふらつくなどの醜態は一切見せなかった。

 はっきりと言って男好きのする体だ。胸は大きく形も良く。腰はキュッとくびれ、尻は魅惑的に張り出している。

 扇情的な雑誌の表紙を飾っていても何の不思議も感じない。

「胸をもっと寄せて強調しようか?」「お尻の方が好みとか?」

 ゴルドバは前屈みになり大きな胸をさらに持ち上げる。乳房が柔らかくたわみ、ブルンと揺れた。

 スージーは後ろを向くと中腰になりお尻を突き出す。

 ちょうど大和の目の高さに合わさり、目の前一杯に小さな布に股間辺りがほんの少し隠されただけの真っ白な山が二つ。

 素面ではとてもできないサービスぶりだ。

「どうです。興奮します?」「大きくなります?」

「い、いえ!もう勘弁してください!」

 思わず大和は平伏していた。ゴルドバとスージーは全然笑っていなかった。内面はともかく、あくまで冷静そのものの表情。

 逆に扇情的な姿が恐怖しか感じさせない。

「よかったらスキャンティも脱ぎますか?もう一回見られていますから、私は全然構いませんよ」

「………!」

 追い打ちをかけてやるか?ゴルドバに静かに問われ大和は何も言えず、ただ震えるしかない。

「全く何をなさっているのですか?統合旗艦殿を脅かしてどうしようというのです?」

 大和の危機を救ったのはアジア連合艦隊副旗艦艦隊序列二位、ゴルドバ達と同じフリルで飾られ半透明、扇情的なベビードール姿の戦艦定延だ。

 胸を突き出すゴルドバと大和の間にスルリと入り込むその動きは肉食獣を思わせた。

「……別に胸を見せていただけだが」

 自分と同格の副旗艦、定延の登場にゴルドバはしれっと言う。

 本当ならゴルドバ達を監督しなければいけない両艦隊の序列一位、旗艦であるキャサリンと飛鳥は既に酔いつぶれていた。

 もっともそれを言ってしまうと統合旗艦である大和はキャサリン達よりも上位の立場だが、今となっては有名無実でしかない。

「中途半端ですね。見せるだけですか?それでは本当に殿方は満足なさいませんよ」

 定延の呆れたような口調に、両副旗艦の視線が絡み合う。

「ならば定延はどうなさるのです?まさかこんな場所では不可能なことをなさってしまうとか?」

 まずいと内心では焦っても勢いが止められない。挑発的にゴルドバは笑う。

「まさか。単に抱き締めてあげるだけです」

 言うとフワッと大和を抱く定延。

「迷子の子犬を抱くようなものです。男の方を安心させてあげるだけです」

 座っていた大和に柔らかく抱きつくと、そのまま定延は動きを止める。言葉の通り軽く抱き締めただけだ。

「ゴルドバ仲良くいたしましょう」「………?」

 首だけをゴルドバに向け定延は言う。

「酒の宴の戯れ。ちょっと脅かしただけ。下手に口を出し失礼しました。一緒に大和殿に抱きついてそのまま水に流しましょう」

 大人の対応だった。

「そうですね、定延。ちょっとした悪戯心だったのです、大和様。あそこまで退かれるとは正直思いませんでした。お二方とも、どうかお許しを」

 止めるに止められない。酒も入って少し意固地になりかけていたゴルドバ。定延の申し出は渡りに船と、大和の後ろから抱きつく。

 大和の広い背中が気持ちよくゴルドバは穏やかな気持ちを取り戻す。だから気付くのが遅れてしまった。

「………ん?」

 ゴルドバは半分呆けたような呟きを漏らす。トロンとしつつあったその目にとんでもない光景が飛び込んできた。

「大和殿、悪戯が過ぎますよ」「定延の胸は柔らかいんだろ?」

 統合旗艦大和はベビードールの前を開いたアジア連合艦隊副旗艦、艦隊序列二位戦艦定延の豊かな胸に必死に手を伸ばしている最中だった。

「駄目ですってば」「……フニャとしている、定延」

 チョンとだが指先に触れる柔らかく弾力のあるもの。焦った大和にクスクスと笑う定延と意馬心猿、情欲のまま息を荒くしていた大和。

 ゴルドバの理性を吹き飛ばすには十分な威力だ。

「何をしているこの淫婦?定延、演技かと思っていたら地だったとはな」

 バッと体を起こし定延を見るゴルドバの視線は極限まで険しい。

「酒の上の冗談です。いいではないですか?」

 さすがに流せないみたい。いつのように軽くかわそうとする定延だが、少々無理があった。額からは冷や汗が一筋。

「お風呂場の時といい、どうしても私に綺麗に終わらせてくれる気はないのですね?」

 宿舎大浴場の破壊も定延と大和絡み。再度の行いに怒りもひとしお。低い呪詛のような呟きがゴルドバの唇から漏れる。アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊副旗艦、艦隊序列二位戦艦ゴルドバの体に縦線が走った。

「んっ?ゴルドバどうした?」「目が血走っているわよ?」

 ゴルドバの低いうなり声に目を覚ました両艦隊の旗艦、序列一位、戦艦キャサリンと戦艦飛鳥の目の前でゴルドバのクワガタの角型の主砲はエネルギーの充填を終え、今まさに発射されようとしていた。

「外道達を処分します。ゼロ点発射なので防御をよろしく」

 部屋を凄まじいエネルギーが荒れ狂った。


「酷い目にあった。だんだんゴルドバも容赦がなくなってくるな」

 恐怖のあまり堅く凝った首筋をグリグリと動かしながら統合旗艦大和。宿舎の裏庭、無数の星が瞬いていた。

「女の子だったら誰でも怒ると思いますよ?」

 大和の隣には立木ゆかり。心の中で先程のでき事を再現してみる。

 余裕を持っていかにも可笑しそうに笑う定延。彼女の豊かな胸に手を伸ばす大和。眉はだらんと緩み、鼻の下が極限まで伸びていた。

「あたしだって怒っているんですから」

 大和に向け唇を尖らす。ゆかりも正直よい気はしない。ゴルドバのきついお仕置きで気が晴れたが、そうでなければ正直今二人でいたかどうかわからない。

「悪かったよ。もう少し気を遣うべきだった」

 頭を下げる大和の頭から焦げた髪の毛の固まりがポトリと落ちた。

「……まるでコント。これで部屋の中は無事だったんだから」

 驚くよりも呆れるゆかり。戦艦娘との時間は短いが、中身の濃い時間。何度も戦艦娘の集中攻撃を受けていた大和。

 もはやこんな程度で驚くようなゆかりではない。むしろ砲撃の被害の少なさに感心してしまう。

 最初は部屋そのものが壊滅。ランジェリーショップでは商品の被害だけ。今回はゴルドバの暴発にもかかわらず、部屋には何の被害も出なかった。

「慣れは恐ろしいな。シールドの張り方が精妙になる一方だ」

 キャサリンや飛鳥、その他の戦艦娘がダンゴになって防御、それでも残る隙間を小型艦娘が潰していく。

 見事なコンビネーションだったと大和は思い出す。

「それでも部屋の中は目茶苦茶に散らばっちゃて。みんなで片付けると言っていたけど本当にあたし手伝わなくてもいいのかな?」

 心配そうにゆかりは呟く。大和と二人きりとなって裏庭に立っているのはそのため。

「お客さんに掃除は不作法だからな。俺は邪魔だと追い出されたし」

 いつもはみんないるしここで一つ。心の中でチャンスと思いながら、大和はゆかりにさらに近付く。

「この間二人で会ってもいいと言っていたし、今度はいつ会ってくれるかな?」

 大和目線では滑らかなつもりゆかり目線ではギグシャクとした動きで、統合旗艦は少女の細い指に自らの手を伸ばす。

「一度といったでしょ?今度会ったら二度目になっちゃうじゃない」

 これくらいはいいかと大和に指を任せ、ゆかりは残念そうに言う。

「こんなのノーカウントじゃないか?遊園地でも何でもいいから、そっちの言う通りでいいからさ」

 ここで退いては男ではない。緩く絡んでいた指に力を入れ、尚も大和はゆかりを引き寄せようとする。

「遊園地は確かにいいけど、あなた達って自由に外出できた?この間だって特別に許されたんでしょう」

 大和を軽く振り払いながらゆかりは逆に聞き返す。

「それに二つの艦隊の娘達だっているでしょ?いつでも行けるあたしとは違うんだから、あの娘達を連れて行ってあげたら?」

 確かに大和に対する気もなくはないが、今は戦艦娘達との関係が気になる。やんわりと拒否の意を示すゆかりだった。

「そんなこと言わないで。僕の目を見てよ?ねっ、一緒にもう一度だけ?」

 諦めるにはまだ早い。自分の顔に自信のある大和はまともにゆかりに目を向け、再度の説得に入る。

「今は考えられないから、後でいいでしょ?学校でだって会えるし?」

「じゃあ、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ」

 美形の大和に怯んだのか何とか目を背けるゆかり。これは気のある証拠だと大和は考えた。実際に大和は絶世の美少年。

 宇宙艦隊全体のイメージ向上にと選ばれた程だからそれも無理はない。

 しかし大和の考えは甘い。ゆかりは戦艦娘の顔にすっかり慣れていたのだから。男女の違いはあっても絶世に近い美形にはすっかり耐性ができていたのだ。

「いい加減にしてよ!後でと言っているのが分からないの?」

「そうですわ。みっともない。統合旗艦としてのプライドはおあり?」

「強引はいけないよ。女の子には優しくが基本でしょ?」

 ゆかりの言葉に被せるように別の女の子の声が裏庭に響く。

 アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊副旗艦艦隊序列一位位戦艦キャサリンとアジア連合艦隊旗艦艦隊序列一位戦艦飛鳥の登場だ。

「何でお前達がここに?後片付けをしていたのだろ?」

「こんなイベント、あたし達が見逃すわけないじゃありませんか?そんなの強行偵察艦の本性に逆らっています」

 ひょぃつと顔を見せたのは針葉とエリカだった。

「だが恋話に興味津々なのは偵察艦だけではなく、女だったらすべてだろう」

「そうですとも。私達だって」

 続いて顔を見せたのはいかにも堅そうなアメリカ・ヨーロッパ連合艦隊副旗艦艦隊序列二位戦艦ゴルドバと序列三位戦艦スージーのコンビ。

「これまた面白そうなことを」「やーい、振られ虫!」

 口々にからかいの声を上げながら裏口から木々の影から、そして玄関から回り込んできたのか、建物の影から続々戦艦娘が姿を現わす。

「まだデータ共有した感じはなかったのに。なぜそんなことを?」

 後から出てきた娘までことの顛末を知っていた。まだ見てもいないはずなのに。大和は思わず驚く。

「甘すぎるわね。あたし達のセンサーの能力は知っているでしょ?裏庭で起こっていることくらい、宿舎の中にいたって関係ないわ」

 アジア連合艦隊序列五位戦艦扶桑が得意げに言ってきた。

「そんなこと。面白そうと思えば出てくる程度のことわかっていさ。だからダミーのビジュアルデーターを流しておいたのに?」

 知られてからかわれたくなかった。それ以上にせっかく女の子を口説いているのに邪魔が入るのも困る。

 だから誤魔化そうと事前に普通に会話しているだけの映像を作って、それをリンクに流しておいたのに。

 思わず大和は頭を抱える。

「いくらダミーデーターを流したって、直接見ている分には関係ないものですから」

 最後にアジア連合艦隊序列二位の副旗艦、戦艦定延が草むらの影から姿を現す。地面に伏せていたのだろう。パタパタとスカートから土塊をはたきながら。

「定延、お前は罰当番だといっていたのに?」

 驚く大和。さすがに統合旗艦である大和には課せなかったが、艦隊仲間の定延は別。さっさと部屋を追い出され、特別なところの掃除を命じられていたはず。

「これが罰当番なのです。暗闇の中剥き出しのジメジメとした地面に寝ころんで。酷い目に遭いました。」

 シレっと言うが定延のその糸のように細い目には確かに笑いが含まれていた。

「それに連絡には携帯電話を使っていましたし」

 その手に持っていたのは小さな電話機だ。

 ゆかりは溜息を吐くと大和に背を向ける。

「こんなにたくさんの女の子が気にしてくれているようだし、こうなったら自分の艦隊の娘を大切にしてあげてね」

 そのだらしなさにもはや大和に対する執着をすっかりなくしたのだろう。立木ゆかりは他人事のように言ってきた。


エピローグ


「見ろよ。例の戦艦娘だぜ」

「停学がとけたのかな」

「しかしいつ見ても、可愛くて綺麗な娘だらけだ」

「あれで暴れなければいいのに」

 男子生徒の目前、ほぼ三十人もの美少女の一群が校庭を横切っていく。先頭に立つのは華美な印象の娘と活発な雰囲気の娘だ。

 それを見ていた男子生徒の一団は急に美少女評論家と化す。

「アメリカ・ヨーロッパ艦隊の旗艦娘キャサリンか。少し高慢な感じだが、そこがまたいいんだよな」

 男子生徒の一人がうっとりと呟く。

「アジア艦隊の旗艦、飛鳥ちゃん。気が強いけど素直な娘なんだよな」

「ゴルドバはまさにお堅い印象」

「定延は学級は同じだけどお姉さん。もっとも甘やかしてはくれないけど」

 それぞれの戦艦娘達の個性に惹かれ、男子生徒達は小さな派閥を作り上げていた。

「だが全員が観賞用なのは確ないからな」

 惹かれながらも、恐ろしさは熟知している男子生徒だ。

「おいっ!あれを見ろよ。立木だぜ」

 と、男子生徒は一団の中に見知った顔を見いだす。

「何で戦艦娘達に混じって登校してきているんだ?」

 にこやかに笑い合いながら戦艦娘達と会話を交わしているゆかりに、男子生徒は訳がわからなかった。

「大和君も来ているのかな?」

「例によって女の子達の真ん中を歩いているんでしょう」

 ゆかりの存在が気にならないわけではないが、女子生徒のお目当ては大和だ。

 とにかく見た目は非常にいい。上背があって足が長い。退くところまでは行かないが逞しく筋肉質。

 顔は整っているのに、愛嬌もそれなりに。

「あれだけガードが厳しいと近づけないのが残念」

「何でゆかりだけ彼女達の仲間になっているのよ?大和君に一人だけ近づいている?」

 さすがに女生徒の声が大きくなっていく。訳はわからずとも、ゆかりを加えて美少女三十人の護りは堅く、女生徒達のほとんどが大和の顔を見るのが精一杯だ。

 姦しくさえずる女子生徒の視線が大和を捉えた。

「珍しい。今日は後ろを歩いているんだ。何あれ?」

「……まるで小山?」

 女子生徒が息を呑む。女子生徒の視界に捉えられた大和は巨大な荷物を背負っていた。カラフルな色合いの荷物は明らかに背丈の倍はある。

「あれは鞄だわ」

「そういえば飛鳥さん達、誰も鞄を持っていない」

 大和が近づき細部が見えてきた。取っ手が揺れている。ばらけないように白っぽいヒモで括ってあった。

 かなりの重さらしく、大和は汗にまみれている。

「しっかりしてね、大和様」

「後少しで校舎だから頑張って」

 最後尾を歩いていた若竹や針葉が大和を励ます声が女子生徒の耳にも届く。

「何がどうなっているの」

「大和様が荷物運び」

 女子生徒の呟きに男子生徒も大和を見、同じく疑問符を大量に飛ばした。

「全く飛鳥さんが大和様を甘やかしすぎるから駄目になってしまったのです」

「持ち上げていたのは誰よ。大和様、大和様と付きまとって」

「付きまとっていたのではありません。慕っていたのです」

「やっぱり甘やかして大和を駄目にしたのはキャサリン達じゃない」

 キャサリンと飛鳥。両艦隊の旗艦娘は口角に泡を飛ばし、激しく応酬を繰り返す。

「辛いな。統合旗艦なのにみんな言うことを聞かなくなったし。鍛え直しで全員の鞄運びはやらされるし。こんなことなら人の姿にならなくてもよかったのに」

 汗が目に入って痛い。涙目で大和は前を歩く戦艦娘達を見る。

「やっぱり大和君にこの仕打ちはちょっと」

 大和のすがるような視線に、何とか取りなそうと一人だけ鞄を持ったゆかりが声を上げたが、飛鳥達は聞いていない。

「立木さん、あなただって被害者じゃありませんか?まさか、あんなに女の子のことが理解できない方とは?大和様には今後は厳しく当たります。昼にはパンを買ってきてもらいます」

「確かにもっと女の子を大切にするようにさせないと。あたし達だってお昼ご飯を買ってきてもらうわ。外のコンビニに買い物にだって行かせるんだから」

 キャサリンと飛鳥の口論は激しさを増す。いつの間にか大和はパシリに決まった。統合旗艦大和は厳しくなる境遇も知らず、辛い鞄運びに汗を流し続けるのだった。


      終わり

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