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軍の中の戦艦

    第四章 軍の中の戦艦


「第一集団、第一分隊、集合しました」

「第一集団、第二分隊、集合しました」

「第二集団、第一分隊、集合しました」

「第二集団、第二分隊、集合しました」

 青空の下、四人の戦艦娘の声が次々に申告していく。

 アジア連合艦隊旗艦飛鳥、副旗艦定延、そしてアメリカ・ヨーロッパ連合艦

隊旗艦キャサリン、副旗艦ゴルドバの計四人である。

 真剣な表情の飛鳥達の後ろにも、それぞれ複数の戦艦娘達が従っていた。

 両艦隊はほぼ同編成で戦艦が五隻、巡洋艦が七隻そして強行偵察艦がそれぞ

れ二隻と三隻所属。

 多少アメリカ・ヨーロッパ艦隊の方が多く、計十四隻と十五隻からなる。

 各艦隊。序列順に奇数偶数で二編成。計四編成。戦場では非常に重要な意味

を持つ序列だが、ここまで変化をしてしまったのでは、さすがに有名無実。

 せいぜいが食事当番の目安。艦隊序列、久し振りの有効活用だった。

 人数は各分隊七人、七人、八人、七人の合計二十九人。

「諸君らは非常に特異な事情で入隊してもらった。いつまでこの状態が続くか

不明だが、現状でがんばってもらいたい」

 初老の基地司令が重々しく頷く。場所は国連軍浮き名基地中央ゲートの近

く。大駐車場の一角だ。

「第一集団、第一分隊。通称飛鳥分隊はこちらに。これより市街パトロールに

でる」

「第一集団、第二分隊、通称定延分隊はこちらに。これより疑似市街地での戦

闘訓練を行う」

「第二集団、第一分隊、通称キャサリン分隊はこちらに。これより基地内のパ

トロールにでる」

「第二集団、第二分隊、通称子ゴルドバ分隊はこちらに。これより基地内にて

各種特殊車両運転訓練をしてもらう」

 基地司令の言葉を受けいかにもなの大柄で厳つい軍曹が四人、控えていた司

令官の後ろから一歩進み出てきた。

「総員、前に!」

 太い声が四重に響く。

「全員、前進開始!」

 戦艦娘達の足音が青空の下に響いた。一斉に動いた娘達は分隊ごとに四本の

筋となって分かれていく。

 戦艦娘達の陸軍最初の一日が始まろうとしていた。


「どうかな。浮き名市は?」

 指導教官のライス軍曹の質問が第一集団第一分隊分隊長である飛鳥の耳に届

く。少し自慢たらしくもあった。

「いろいろと変化があって面白いです。どうこう言っても艦内とは違いますか

ら」

 大型の軍用車両。広い車内にうきうきした声音の飛鳥の声が響く。屋根のな

い車内に涼しい風が通っていく。

 国連宇軍アジア連合艦隊序列一位の旗艦飛鳥の黒髪は後ろに流され、いかに

も気持ちよさそうに戦艦娘はため息をつく。

「結構大きな市ですから、浮き名市も」

 満足そうな指導教官。飛鳥も含めて戦艦娘が市街に出るのはこれで二度目。

軍事機密など色々あって一回だけを除いて、これまでは学校と宿舎の往復に終

始していた。

 それ以前は戦艦のインターフェース。当然艦外にでたことなどない。

「艦の中に緑などありませんから、正直、珍しいです」

 初めての経験に飛鳥の胸は高鳴っていた。

 六輪のタイヤに支えられた車内は広く、三列の座席には真ん中に戦艦飛鳥と

指導教官のライス軍曹。

 前列の運転席に運転手役の若い兵士、助手席に序列十三位の強行偵察艦若

竹。後列に序列五位、戦艦扶桑と序列九位巡洋艦那智。

 合計六人が座っていた。

 後ろにもう一台一回り小さい車両が続き、序列三位の戦艦ランヴィ七位巡洋

艦ジョティ十一位巡洋艦ランジット、そして運転手役の兵士の計四人が乗って

いる。

「さすがに人が多いわ」

「それも見知らない人ばかり」

「船に乗っているメンツはどうしても固定されちゃうから」

 気持ちは同じなのだろう。騒がしい声が後ろの車両から聞こえていた。指導

教官などの煙たい人間が乗っていないからか、遠慮会釈がない。

 この時代でも普通の車両はタイヤ式が主流だ。エネルギーの効率や整備が容

易な点など優位性は今でも失われていないからだ。

 エアカーなどの半飛行式と違って、窓が開けての走行が容易な点も好印象

だ。開放感が違う。

「本当に緑の香りが強い。気持ちがいい」

「何なら中央公園にでも行ってみるか。この市で一番緑が濃いし、買い物など

にも便利なんだが」

 目を細める飛鳥にライス軍曹が聞いた。

「いいんですか、本当に?」

「構わないよ、初日だし。町を見たり人と接するのも、君達にはいい体験だろ

うから」

「それは楽しみです」

「知りたいことを全部調べちゃいましょう」

 ライス軍曹の言葉に扶桑と若竹が素早く反応した。特に若竹は偵察艦だけに

好奇心旺盛らしく実に嬉しそうだ。

「では進路の変更をします。」

「大きなビルがいっぱいですね」

 運転手がハンドルを切ると、前方に威圧感すら感じる周囲より一段高い高層

ビル群が重なるようにそびえ立っているのに飛鳥は気づいた。

「中央公園を周りを取り巻くように建てられている。あそこは大きな集会や重

要な会談が開かれることも多いから。人が覗きやすいように、それにいざとい

う時には周りを固めやすくする役目も持たせてある」

 ビルの陰を回り込むように車両は進んでいく。複数のビルの間を回り込みな

がら二台の車両は進む。

「だから道もまっすぐにしてないのかな?」

 テロリストに警戒し、車による突入を防ぐためだろうと飛鳥は思った。ビル

群が邪魔をし、これなら空からの進入も難しいだろう。

 次第に国連主導による政治が進行してはいるが、反抗する国家もまだ多い。

大きい国は国連に強い影響力を持っているが、弱小国家の意見は無視されるこ

とも多い。

 国家独自の権利が抑圧されつつあるのに、国連に対する意見も通らないとな

れば、国としての立場が危うくなってしまう。

 国家をまとめるはずの国連の立場が強まれば、逆にテロの脅威も増してしま

う。

 強い国しか参加できない宇宙と違って、地上の統一はまだまだできそうにな

い。皮肉な話ではあった。

「ここが中央公園だ。今日は存分に楽しんでくれ」

 車が止まった。広大さすら感じる森。直径が一・五キロほどある森の中に何

カ所かの大会議場やコンベンション・ホールが点在している。

「すごい広さ」

「下手をしたら大人でも迷いそう」

「それに散策している人の数も多い」

 さすがに驚き、飛鳥達も開いた口が閉まらない。

「周囲のビルにいろいろなショップやレストランが入っている。見て回るだけ

でも面白いと思うが」

「とは言っても、オシャレなショップに軍服では?」

「正直、ゾッとしません」

「それ以前にあまり手持ちがありません」

 ライス軍曹の言葉に一瞬目を輝かせた戦艦娘達だったが、こんな大きなビル

に入っているショップだ。

 それなりの高級店だろう。現実を思い出すと、一気に興奮が冷めた。

 実際この間の騒動による借金まであるのだ。

「我々はイレギュラーだが、この公園は常に軍のパトロールが見回っている。

森の中には警備の軍人相手主体の店もあるし。中にはなかなか面白い店もある

ぞ。そこなら後払いでも買い物ができるし」

 落ち込む娘達にライス軍曹は懸命の持ち上げをはかった。かれとて軍宿舎の

惨劇は知っていた。

 戦艦娘には明るく笑っていられた方が、まさかの事態が起こる可能性が低

い。それ以前に見目麗しい娘達の落ち込む姿は正直見たくなかった。

「何かおみやげでも買っていって、大和様に渡すのもいいかしら?」

「今度の休日に大和様を連れてきてもいいかも?」

「ここで下調べをしておいたら大和様を退屈させずにすみますよ」

 次第に戦艦娘達の興奮が復活してきた。

「外に出ているあたし達はすでに有利。基地の中ではどうしたっておみやげ

も、そのデートの下調べも絶対に無理だから!……でも?」

 飛鳥は顔を輝かせ一瞬、自らの勝利を確信した。しかしすぐに伏兵の存在を

思い出してしまう。

 大和と立木ゆかりが会う約束していた。相手はただの人間だからたぶん釣り

合いはとれないだろう。

 大丈夫とは思うが油断はできない。

「そうと決まったら、すぐにでも中に入ってみましょう?」

「探検の開始です」

 飛鳥の気持ちに斟酌することなく、若竹が目を光らせ、今すぐにでも先陣を

切ろうと一歩踏み出す。

「軍曹はついてこなくていいのですか?」

 飛鳥が気づくとライス軍曹はその場を動いていなかった。

「この公園にいるのがはっきりしているのなら私がついて行かなくてもいいだ

ろう。ゆっくりとパトロールしてくるといい」

 飛鳥達には言ってはいないが、指導方針は各指導教官の采配に委ねられてい

た。そしてライス軍曹の方針はストレスの発散だ。

 知らないとは恐ろしいことで、初めての環境によるストレスによって飛鳥達

の暴走が引き起こされている、とライスは考えていた。

 実際には単なる男の争奪戦だったのだが。

「わかりました。飛鳥分隊ただいまより中央公園のパトロールに移ります」

 とりあえず煙たい指導教官がついてこないのなら飛鳥に異存はない。軍曹に

敬礼をすると仲間に向き直る。

「総員に告ぐ。ただいまより公園の散策に移る。偵察艦若竹が先行。残りはあ

たしを中心に隊列を編成。移動開始」

 飛鳥の号令が飛ぶ。全員が森に入っていく。

「中央公園ガイドマップをダウンロード。店の位置を確認。迷うといけませ

ん。総員あたしに続いてください」

 高らかに若竹が叫ぶ。

「店ってどんなのかな?」

「軍人ならツケが効く店なんだから、高望みすると失望するよ」

「それより森の一角に開けた空き地で座りやすそうなところとか、大和様とゆ

っくりできそうなとこを探した方がいいと思うけど」

 だが誰も若竹の言葉など聞いてはいない。口々にかしましく騒ぎ立てながら

きょろきょろ辺りを見回すのに夢中だった。

「あっちの方アベックが多そう。ついて行ってみようか」

「まず買い物を済ませてから。店が閉まったらおみやげを大和様に届けられな

いわ」

「何かお腹に入れませんか?少し落ち着いた方が」

 完全な烏合の衆。隊列など一瞬で崩れ、戦艦娘達はてんで勝手な方向を目指

していた。

「どうする飛鳥?みんな気持ちがバラバラだけど。分かれた方が効率的に動け

るかもしれないし、ばらけてしまう?」

 すっかり浮かれ気分の仲間を見て、小柄な戦艦娘の扶桑が決断を求め飛鳥を

見上げた。

「確かに常にリンクしている以上ばらけても問題はないし、効率的かもしれな

いけど、今はこのまま一緒に動きたい気持ちが強い感じかな?」

「……なぜ?」

「楽しいから。こうやって統制も何もなく、ごちゃごちゃで行動するのが外出

の醍醐味じゃない?」

「確かにそうかも」

 飛鳥の言葉に納得し扶桑は明るく笑う。

「みんな店はこっちだよ。迷わないでついてきてください」

 若竹が何度目かの声を張り上げた。元になった娘の記憶がよみがえったの

か、緑の中でなぜか懐かしそうな雰囲気だ。

「あっちのアベックが森の奥に行くよ」

「昼間なんだから、ついて行っても仕方がないじゃない?」

「あたし等は覗き魔か?」

「違うって。落ち着ける場所があるかもしれないじゃない」

 口々にやかましく騒ぎながらも一同は若竹の後を追っていく。

「木の匂いに花の匂い。目に優しい緑。こうしてみると艦の中はやっぱり殺風

景なんだと心底から感じるね」

 飛鳥も一緒に移動しながら心休まる心持ちを味わっていた。

「本当に広いし」

 扶桑も仲間とぞろぞろ連れ立って歩きながら強い開放感を感じていた。

 飛鳥も扶桑もほぼ同型艦だ。全長は五百メートルほど。一見広そうだが艦の

内部はぎっしりとエンジンや機材が詰まっている。

 通路は数人が並んで歩ける程度。乗組員も多いため、正直な話、かなり狭苦

い。

 扶桑自身はホログラフィなので本来問題はないのだが、それでも前から人が

来れば、思わず気を遣ってしまう。

「お店を発見しました。早速入りましょう」

 引率係と化した若竹が手をバタバタと振って前方を指し示す。

「案外と綺麗な感じ」

 目の前のお店は結構大きく周囲がガラス製。煌めく光に飛鳥が目を細めた。

「喫茶店でしょうか。周りに座りやすそうなベンチもあるし、居心地は良さそ

うです」

 嬉しそうに戦艦娘の一人が目を輝かせた。

「ここなら大和と一緒に休むのに最適な感じ」

 同調し飛鳥も声を弾ませる。

「お前達、ここで何をやっている?」

 と、店の裏から自動小銃を持った十数人の男が姿を現した。国連陸軍の軍服

だ。男達は飛鳥達の姿に一瞬驚きの色を浮かべた。

「女兵士、何者だ?国連軍の者か。今日の中央公園のパトロールは我々の管轄

のはずだが?」

 長い髪に美しい顔立ち。地味な軍服に包まれながらも衰えない飛鳥達のその

美しさにさらに驚きの色を深めながら、男の一人が誰何の声を発した。

「今日付で国連軍浮き名基地に配属されました者です。今日は特別に公園パト

ロールを命じられました」

 素早く表情を改め飛鳥は敬礼の姿勢をとった。

「よろしくお願いします」

 残りの戦艦娘も一斉に居住まいを正す。

「浮き名基地所属第十二パトロール分隊の者だ。こちらこそよろしく」

 男達も銃を片手に敬礼を返してきた。

「今日付というと例の艦隊娘か?今のところは異常は何もない。特に行事の予

定もないから安心してもいいだろう。君達も気楽にやってくれ」

 隊長と思われる男は飛鳥達にそう言い残すと残りの兵士達に視線を向けた。

「……」

 艦隊娘と言い捨てられ飛鳥達はカチンとときたのだが、男は何も感じていな

いらしく、平然と部下に命令を下す。

「それではパトロールを続ける。全員ついてこい」

「了解です、分隊長殿」

「パトロールお疲れ様です。我々もがんばりますから」

 そのまま男達は一団となって木の陰に消えていく。飛鳥達は見送るしかな

い。

「安心という割にやけに緊張しているようにも見えましたが?」

 訝しげに序列三位の戦艦娘ランヴィが飛鳥に声をかけてきた。

「どうせあたし達の悪評を聞いて、もしかして直接見るなりしてるんじゃな

い?」

 飛鳥が何かを言う前に序列五位の扶桑が割り込んできた。

「……確かに宿舎では危うく人死にがでるところでしたから」

 扶桑の言葉が腑に落ちたらしくランヴィは大きく頷く。

「とにかく早く休もうよ。ちょっと疲れちゃった」

 飛鳥のがんばるという言葉が聞こえなかったのか、序列十三位の若竹は平気

な顔で森の中の喫茶店に入っていく。

「自分だけずるいじゃないの」

「分隊の行動は全員一緒でしょ」

 扶桑の後に数人が続く。

「一時小休止をとります。一時間後に再度パトロールに移りますから」

 扶桑の後には続かなかったものの恨めしそうな表情になる戦艦娘達に飛鳥は

仕方なく休憩を命じた。ここで休まなかったらまともに自分の後に付いてこな

いのではと飛鳥も考えざるを得なかった。

 それほど娘達の表情は迫力に満ちていたのだ。

「休憩、休憩」

「あたし甘いものを頼もうかな」

「この前の時はゴチャゴチャしていて無理だったけど、パフェを一度は食べて

みたかったんだ」

 騒がしく話しながら戦艦娘の一団は喫茶店の中に吸い込まれていくのだっ

た。


「第一集団、第二分隊整列」

 指導教官であるモス軍曹の声が響く。ここは国連軍浮き名基地内に作られた

戦闘訓練用疑似市街地。

 全部で十棟ほどのビルと一般家屋。市街地が一ブロックまるまる再現されて

いた。

「全員整列しました。指導教官殿に敬礼」

 教官であるモス軍曹の前に事前に渡された自動小銃を構えた七人の戦艦娘

達。

 一番前に国連宇宙軍アジア連合艦隊序列二位の副旗艦定延、その後ろに二列

縦隊で同四位戦艦愛宕、同六位巡洋艦夏、同八位巡洋艦来延、同十位巡洋艦海

龍、同十二位巡洋艦海情、同十四位強行偵察艦針葉、計七人が並んでいた。

「よろしい。これより市街戦訓練を行う。訓練内容は前方市街に敵を摸した標

的が一体約五秒間出現するから、第二分隊はこれを撃破するように。なお無関

係の市民も出現するからこれを撃てば減点とする。以上だが質問はないか?」

 モス軍曹は定延達を見渡すと険しい表情を作った。

「合否判定がありましたらお教えください」

 どうやら定延達をしごこうと目論んでいるらしく厳しい面持ちを崩さない軍

曹に、定延が臆することなく質問をぶつけた。

「まず時間は五分。出現する敵数は教えられない。減点分を引いて撃破数二十

体で合格とする。以上だ。では訓練開始」

「針葉サーチ開始。第一級戦闘態勢。全員リンクを強化せよ」

 モス軍曹の号令とともに第二分隊は散開。銃を構え標的の出現を待つ。

「右、左、右、右、左!」

 針葉が素早く呟く。その瞬間、戦艦娘達の銃が閃光を放つ。

「左ダミー、右、左、左ダミー!」

 針葉のセンサーには標的の出現場所とタイミング。さらに敵とそれ以外も全

て判断可能らしく、言われるまま戦艦娘達は標的を撃破していく。

 それも敵の出現場所により対応する戦艦娘も事前に決められているらしく一

発の無駄撃ちもなく、戦艦娘達は敵標的を完全撃破してしまった。

「敵標的二十五体を撃破しました。教官殿ご確認を」

 敵それも民間人に偽装した敵にすら一切惑わされずに完全撃破。幾分誇らし

そうに定延はモス軍曹に申告した。

「こ、これは凄いな」

 モス軍曹にはそれしか言えなかった。

「針葉のセンサーは本来五千キロほど離れた敵艦の武装や装甲でも識別できる

ように作られています。我々の武装はその情報に基づき約千キロでの誤差プラ

ス、マイナス二メートルの精度を持たされています。今はかなり制限付きです

が、それでもこの銃の精度や弾のばらつき程度なら何とかリカバリーが可能で

した」

 定延の言葉は自慢ではなく単なる確認だった。

「何だと。よくもそれだけの大言壮語を」

 しかしモス軍曹はそうと取らなかったらしく、改めて標的を全部だし再確認

を行う。

「……全ての標的の顔面が撃ち抜かれている?」

「頭部や胸部はヘルメットや防弾ベストに守られている可能性がありましたか

ら」

 呆然と呟くモス軍曹に定延は平然と答える。

「なるほど。どうやら私は君達を新兵と思っていたが、実はそうではなかった

らしい。最精鋭の部隊を持ってきてもこれだけの成果は出せないだろう」

「これで我々は合格と言うことですね?」

 モス軍曹の言葉に定延が改めて確認を求めた。

「当然だが合格だ。しかし訓練はこれで終わりではない。これから君達の限界

を見させてもらおう」

 定延の言葉に対しモス軍曹の形相が変わった。これまでの目下の者という雰

囲気がまったく消え、顔つきがいっそう厳しくなったのだ。        

          「実は今日ビル群の中での訓練予定のある部隊がいる。

少し早いが彼等との実戦訓練をしてもらう」

 言うと軍曹はヘルメットにつけられた無線機に何事か連絡を入れ始めた。

「いきなりな展開です」

 若竹と同型の偵察艦針葉が呆れたように呟く。

「これで終わりなら時間が余りすぎだから、仕方がないわ」

 軍曹との会話と明らかに口調を変え定延が応じる。

「実戦というと主砲もありなんでしょうか?」

 早くも体に縦線を入れ序列四位の戦艦愛宕が聞いてきた。

「無理だと思いますけど。主砲なんか使ったら市街地そのものが消えますし」

「待たせたな。対戦車ミサイルが届いた。今度の敵は四足歩行型戦車や機動歩

兵が参加しているから、その程度の装備は必要だろう。一応自律型だが君達な

ら自分達で無線誘導も可能かもしれないな」

 定延が仲間と話している内に準備が進んでいたらしく、モス軍曹が呼び寄せ

た輸送車両が到着した。

「攻撃の速度は速いけどショックの大きい対戦車ライフルに、速度は遅いが破

壊力は大きい対戦車ミサイルか?」

「帯に短しタスキに長し。中途半端というか両極端というか?」

「精度は落ちるけど対戦車ロケットもあるよ」

 定延達が中を改めるとミサイルのほかにも各種武装が出てきた。思わず目移

りがしてしまう。

「どれでも好きな武器を選んで欲しい。選んだら十分間で配置につき、後に戦

闘を開始。一応模擬弾だが壁や床を撃ち抜く程度の威力はある。君達ならシー

ルドを張れるから特に問題はないと思うが」

 本部に問い合わせたらしく、今回はモス軍曹も定延達のスペックを理解して

いた。

「機動歩兵ならこの程度は平気と言うことですか。まあっその位でないとあた

し達も実力の発揮など無理ですから」

 モス軍曹の言葉に頷くと定延は対戦車ライフルを手にした。

「これは当然戦車の装甲を撃ち抜けるんですね?」

「一発では難しいが、連射すれば装甲の破壊は十分に可能だ。相手がそれまで

待ってくれればだが」

「ならば問題はありません」

 さすがに大口径の対戦車ライフルは単発だ。定延は三十発入りの弾丸箱を手

にし、胸元に押し込む。

「あたしはロケットでいいかな?確かにライフルの貫通力も面白いけど、破壊

力ならロケットだし」

 愛宕は五、六本の対戦車ロケットを脇に挟むと、白い歯を見せニカッと笑

う。

「ロケットかな?多少精度は低くても、接近すれば問題はなし。構造が簡単な

ら故障も少ないし」

「ミサイルよ。うまく追尾して確実に撃破が基本でしょ?」

 それぞれに好みの武器を手にして他の戦艦娘達も準備完了だ。

「では戦闘訓練を開始する」

 モス軍曹は再度の訓練を宣告した。

「針葉サーチを始めて。各艦展開。今度は本気で行きます」

 定延の号令に全艦が針葉のセンサーにリンクし敵の配置情報の取得を始め

た。全ての艦にセンサーは搭載されていたが、もっとも高性能なのが偵察艦で

ある針葉のセンサー。

 針葉でも誤魔化されるなら他の艦のセンサーでは通用しないだろう。

「前方右三番目のビル二階に三体。内二体が機動歩兵、一体が歩行戦車。各ス

ペックを照会します。判明」             

 針葉の報告に全艦が耳をそばだたせた。

「愛宕、夏、来延に撃破を命じます」

「愛宕行きます。夏と来延は後に続け!」

 さらに詳しい位置情報を針葉から取得しつつ、序列四位の戦艦愛宕が序列六

位の巡洋艦夏と序列八位巡洋艦来延を引き連れ移動を開始する。

 高速で当該ビルに殺到し三人はそのまま宙に舞う。

「夏、来延。突入を開始!」

 空中で次々と取り替えながら対戦車ロケットを発射。壁に大穴を開け、愛宕

は夏と来延をビル二階に突入させた。

「あたしの獲物も残しとけよ!」

 ロケット発射の反動を利用し対面のビル壁面に跳んだ愛宕はそのまま強い足

のバネを使用し、二人に続いて敵の潜むビル二階の大穴に飛び込んでいく。

 質量と慣性を完全に制御した戦艦娘の機動力は誰にも止められない。

「機動歩兵を撃破!」

「歩行戦車を撃破!」

 夏と来延の声が次々に響く。

 転がるごつい人型。機動歩兵だ。戦車に近い重武装そして高機動バーニヤに

より意外なほどの素早さを誇っていたのだが間近で壁が粉砕されセンサーが混

乱していたのでは戦艦娘の相手は無理だった。

 大型のテーブルほどの寸詰まりの戦車。横に突き出す四本の足。一人乗りの

超小型歩行戦車だ。見た目の鈍重さと違い、足の先端の爪で垂直なビルの壁も

移動できる優れた機体だったが、やはりセンサーの混乱が致命的だった。

 たやすく二人の戦艦娘の足下に転がるしかない。

「油断はするなよ。これは?」

 愛宕の飛び込んだ先では砕かれたコンクリートの破片を全身に浴びたらしい

機動歩兵が完全に動きを止めていた。

 まだ識別コードが発信されていた。戦闘可能な機体だ。

「よしこいつはあたしの獲物!」

 愛宕は歓声を上げながら敵機動は歩兵に対戦車ロケットを直撃させた。

「左一番奥のビル一階に敵兵五体を確認。歩行戦車二、機動歩兵三」

「海龍と海情はあたしに続け!」

 続く針葉の情報に定延達も別のビルに展開していた敵の集団に突撃。

 彼女は仲間のあまりのあっけない最後に呆然としていた数体の敵に何本の腕

を持っているのか?残像すら確認できない速さで機関銃のように対戦車ライフ

ルを連射。

 一気に圧倒してしまう。

「あんた達はあたし達がお相手」

「いくら美人だからって愛宕に見とれていないの」

 さらに海龍と海情が愛宕の凄まじいまでの攻撃に、味方の援護もできず立ち

尽くしていた敵残存機動歩兵を始末。

 戦いは三十秒もたたないうちに終結した。

「海龍も海情もよくやったわ。愛宕達も御苦労様。針葉、情報をありがとう。

戦闘はこれで終了!」

 リンクした全員の状況をチェックした定延の勝利宣言が大空に響く。

 敵を完全に殲滅し、味方は全員無傷。定延分隊はここに完全勝利を収めたの

だった。


「何と言うか。退屈よね」

 国連宇宙軍アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊旗艦、序列一位の戦艦キャサリン

は必死になってあくびをかみ殺していた。

「分隊長自らの、そういう態度は慎んで欲しいな」

 キャサリン達の指導教官バーガー軍曹は苦笑を交え後ろに着いてきていた軍

服姿の戦艦娘達を振り向く。

 基地内のパトロールを始めて少々の時間が経過していた。しかし何も特別な

ことは起こらない。それは異常がないこと。

 望ましいのかもしれないが刺激に乏しいことは確かだ。  

基地は広い。大部分は舗装のない単なる地面。緑はそれなりにある。今キャ

サリン達は二重になった鉄条網の内側を歩いていた。

 普段持ちなれない銃の感触にとまどう。重くはないが煩わしい。

 一見大昔と変わらない風景だが二重の鉄条網の間にはシールド発生装置が設

置されていて緊急時に備えていた。

「申し訳ありませんでした。以後気をつけます」

 指摘にキャサリンはあわてて敬礼を返す。半分塞がっていた瞳が大きく見開

かれた。

「……でも退屈なのも事実よね」

 指導教官の目を盗み、序列十五位の強行偵察艦ローレヌが小さく呟く。

「ものは見方よ。その気になれば空気の流れの中にだって情報はあるわ」

 序列十三位同じ強行偵察艦のエリカが耳を澄ませる。確かに宇宙空間は真空

なのだが、宇宙船の遭難時など救援のために音響センサーだって搭載してい

た。

『昨日は彼が激しくて睡眠不足なのよね』

『若いから仕方ないわ。あんたがうらやましいくらい』

 風の音をサーチしようとしたエリカだが実際に耳に到達したのは、遠くの女

兵士達の会話だった。

『若い男は弊害も多いの。変なところに興味を持つし』

「……もしかして夜の秘め事?」

 あけすけな会話がエリカの耳に届く。自然にエリカの顔が赤くなった。

「何々、若い男はか。もしかして大和様も」

 序列三位戦艦スージーが素早くエリカに体をすり寄せてきた。

「……なぜその事を?」

「お互いリンクしているから。特に上位の私ならね」

 言外に強制だって可能と匂わせながらスージーはエリカに少し怖い笑顔を見

せた。

「続きは聞かせませんよ。これはプライバシーですから」

「大丈夫、私にだってセンサーは搭載されているから。」

 スージーはエリカに習って耳を澄ませた。

『………』

 多少はレベルが劣る。だが機能的に大差はないはず。しかしスージーが音響

センサーを最高レベルにしてもすでに会話は聞こえなくなっていた。

「どっかいっちゃったか、残念」

 面白くなさそうにスージーが肩を落とす。

「変なことを考えるからです」

 そしてホッと息をついていたのがエリカだった。

「全く気を抜いているのにもほどがあるぞ」

 再び後ろを向きバーガー軍曹が呆れたように言う。若い娘はこんなものかと

思いながらも、一応の注意はしておかなくてはいけない。

「他にも面白いことも話していないかしら」

「何かあったら主砲を発射できたりして」

「こんなところに特攻する馬鹿はいないでしょう。兵隊も戦闘車両も売るほど

あるし」

「兵隊のたぐいは基本的に人質には使ないしね」

「あそこの兵隊なんか強そうじゃないの。立派な体をしているわ」

「筋肉ダルマの称号を私が授けましょう」

 序列五位戦艦メアリー、序列七位巡洋艦オルサ、序列九位巡洋艦マツジョー

レ、序列十一位巡洋艦フランセス。

 そして残りの戦艦娘だって騒々しいことには人後に落ちない。指導教官はい

るが、人見知りするようでは対人インターフェイスは務まらないのだ。

「………」

 ……こいつ等間違いなく口から先に作られたのだろうな。

 さすがに今回はバーガー軍曹の口は動かなかった。砂漠をジョウロで緑地化

しようとするにも等しい徒労感が軍曹を襲う。

「ようっ綺麗な娘を引き連れているな?」

 突然バーガー軍曹に声がかかった。軍曹と同じく中年の入り口から数歩入っ

たような男性兵士だ。

 やはり数人の若い兵士を引き連れていた。

「こっちは男だぞ。色気も何もない」

「女と言ってもこいつ等はな。そんなに嬉しいものじゃないぞ」

 白い歯を見せると軍曹は男の方に視線を移す。

「大和様よりだいぶランクが落ちているような」

「キャサリン、それを言ったら」

「やはり別格というのはありますから」

 礼を失しないように、しかしきっちりと兵隊達に観察眼をとばすと戦艦娘達

は容赦のない感想を漏らす。

「おいっ、こいつ等は例の暴発娘じゃないのか?」

「宿舎の食堂と風呂場を破壊した」

「いくら顔が綺麗でも、あまり近寄らない方が賢明だな」

 しかし観察をしていたのは戦艦娘だけではなかった。兵士達も眉を潜めなが

ら結構失礼な感想を漏らしていた。

「……余計なお世話」

「自分の顔もまともにみていらっしゃないのかしら?」

 ここまで近づいたらいくら声を潜めても戦艦娘のセンサーにとっては耳元で

の会話と大差はない。

 自然とキャサリン達の視線は険しくなる。

「もっと好意的な意見はないの?」

「耳を澄ませてみましょうか」

 強行偵察艦のエリカとローレヌは周囲の話し声を逃さないよう音響センサー

の精度を上げてみた。

「破壊娘か?あたし等がやったら即座に懲罰房行きじゃない」

「相手はその気になったらこの基地を丸ごと全滅させられる戦艦娘よ。上だっ

て馬鹿じゃないわ」

「見た目の良さと行状の恐ろしさが反比例か?」

「だから結構狙っている男だっている訳よ」

「チャレンジャーね。確かに結構な美人揃いだけど」

 隅に固まる若い女性兵士は戦艦娘に容赦がなかった。自分の男をとられるか

も知れない危機感にライバル意識をむき出しだ。

「どんな男でも大和様にかなう訳がないのに愚かなことです」

 大和至上主義のキャサリンが簡単に切って捨てる。

「とにかく見栄えはいいわね」

「スレンダーに傾いてはいるけど、男好きのする体も油断できないかしら」

「息子の嫁にするには派手かしら?」

 別の隅には中年の女達。軍服は着ておらず出入りの軍関係者らしい。どんな

に危険な娘かはよく分かっていなかった。

「見栄えだけではないのです。美人なのは確かですが」

 スージーが低く感想を漏らす。取りあえずは好感触だった。

「危険な女だ。手を出すのはまずいな」

「関わらないのが一番。君子危うきにということだ」

「こっちの手の中に入れられたらだが。大事の前には慎重にしなくては」

 さらに別の方角には突き刺すような視線の男達。

「勇気があるような、ないような」

「絶対に手には入らないのですが」

 若い娘としてはもの扱いは気に入らない。少しだけ不機嫌な偵察艦のローレ

ヌだった。

「軍にあんな綺麗な娘が群れをなしているとはな」

「全員ミス何とかに選ばれても不思議はないね」

「息子も年頃だが、嫁より俺の愛人にだ」

「無理だって。落とすにはどれだけ金がいるか?競争率はとんでもなく高い

ぞ」

 最後に言葉はともかく穏やかな中年男達。こちらも中年女同様出入りの業者

なのか、軍服は着ていない。

「綺麗な娘だって」

「ミス軍艦にならエントリーしてもいいかも」    

「愛人かぁ?大和様とは違うけど贅沢はできそう」

「実際に維持費は年に数億は必要なんですけど」

 素直な賞賛にようやく溜飲が下がったらしく、戦艦メアリー達は満足そうに

頷いていたのだった。

「いいからいくぞ。パトロールはまだ終わっていないのだから」

 少しの間、男との会話に興じていたバーガー軍曹だったが何とか任務を思い

出した。ガヤガヤと騒がしい戦艦娘達に顔を向け出発を促す。

「分かりました軍曹。各員移動するわよ」

 仲間の耳を通じ最後に好意的な言葉が聞け、それなりに不満を解消したキャ

サリンは弾む声でみんなに声をかけたのだった。


「また色々な機種が」

 国連宇宙軍アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊序列二位戦艦ゴルドバはずらりと

並ぶ各種車両に驚きの視線を向けた。

「どうしても搭載量に限度のある艦艇と違って、地上では目的に応じて各種の

車両が作られるからな」

 指導教官コーン軍曹は満足そうに目を細めた。同時に集められるだけの車両

を集めた甲斐があったと心の中で呟く。

 歩行タイプ、車輪タイプ、キャタピラタイプ、ホバータイプ。戦闘用、補修

用、支援用とさらに輸送用。

 大きさも十数人もの搭乗要員が必要な超大型から、屋内での活動すら可能な

一人乗りの超小型まで。

 計百数十両以上が広い空き地に並べられていた。

「これは全て現行機種なのですか?」

 小首を捻ると序列四位戦艦テルビッジがコーン軍曹に顔を向けた。

「もちろんだ。もっとも使用頻度に差はあるが」

 コーン軍曹は川を渡るときに使用する巨大な橋を乗せた特殊車両に視線を向

けながら、テルビッジの質問に答える。

「まずは乗りたいものを申告するように。俺の部下が教えてくれるからな」

 一人で七人もの運転の指導はできない。十数人の部下が必要だ。

 集団お見合いのように向き合っていた男女はそれぞれの上官、序列二位ゴル

ドバとコーン軍曹を一瞥。一斉に動き始めた。

「私は歩行タイプで」

「確かに地上専用といった感じ」

 序列六位巡洋艦バルティモラと特に好奇心の強い序列十四位強行偵察艦クー

ルベは一人乗り超小型歩行戦車に興味を示した。

「何か可愛いわね」

「でも全員同じものは芸がないですし」

 序列八位と十位ともに巡洋艦のアイバンとヴィットリ。二人は機動力と打撃

力の有りそうな大型ホバー戦車に目をつけた。

「基本は車輪タイプでしょうか?」

「キャタピラタイプも古くからね」

「射撃時の安定性は一番でしょうし」

 残った三人。戦艦ゴルドバと戦艦テルビッジそして序列十二位巡洋艦カミー

ルは他の四人と重複しない車輪およびキャタピラタイプを選ぶ。

 後日、戦艦娘達だけで教えあう時もくるのかもしれないと序列上位のゴルド

バとテルビッジは考えてもいた。

「よし、お前等。しっかりと新兵に操縦法を叩き込んでやれ」

 コーン軍曹は散り散りになって戦艦娘達に向かう部下に声をかけ、自分はア

メリカ・ヨーロッパ連合艦隊副旗艦ゴルドバに向かう。

「ゴルドバ君。この戦車は操縦手と砲手そして車長の三人で操縦するものだ

が?」

 主力戦車を選んだゴルドバだが、彼女は本来複数で搭乗する戦車にたった一

人で乗り込むところだった。

 その間にテルビッジとカミールはそれぞれ四輪駆動車とトラックに乗り込ん

でいたが、こちらは元々一人で乗り込むタイプなので問題はない。

「軍曹殿。軍曹殿からも注意してください」

 見守っていた部下が困惑した様子でコーン軍曹に視線を送ってくる。

「見たところほとんどコンピュータ制御で動かせるようでしたので、直接私と

リンクして動かしてみようかと思います」

 十数トンある戦車の制御はとても人の力だけでできるものではない。昔から

モーターや油圧で人の力を増幅して制御していたのだ。

 初期ですらコンピューターの支援はあった。現在の戦車は尚更だ。

「元々戦艦も並行処理しながら一人で動かしていましたから、戦車の扱いも一

人で何とかなると思います。当然ですが誰かに一緒に搭乗して頂いて見てもら

う必要はありますが」

 何ら気負った様子もなくゴルドバは言う。

「なるほど君達は人間ではなかったな」

 微苦笑しながらコーン軍曹は頷く。

「では乗り込みます」

「それなら私が見よう」

 相手は副司令クラス。搭乗ハッチをくぐるゴルドバに続き軍曹が自ら戦車に

乗り込むことにした。

「……では動かします」

 操縦席に着き一息吐くと、ゴルドバは緊張気味にメインジェネレーターを始

動。

「あっ、あらっ」

 とたんにギヤが噛むカガッという耳障りな音が発生。戦車はエンストを起こ

した。

「直接、制御しようとしたら。戦艦にギヤチェンジはありませんでしたから」

「意気込みすぎだな。そういうことは車載のコンピュータに任せておいた方が

無難だ。一応は本職だから」

 コーン軍曹は冷静に指摘をした。

「なかなか面白い乗り心地。一人乗りでなければ大和様を乗せたのに」

「でも自分の足で動いた方が早い気がします」

 ゴルドバが苦心していたその時に一番楽しんでいたのがクールベ。同じ歩行

戦車を選んだバルティモラと一緒にそのあたりを駆け回っていた。

「待て。勝手に動くな」

「遊びじゃなくて訓練だぞ」

 響き渡る怒号。駆ける戦艦娘。後を訓練係の兵士が同タイプの歩行戦車で追

いかけていたがうまく追いつけない。歩行戦車の操縦ではプロの二人だが素人

の戦艦娘に後れを取ったままだ。

「だって遅いから」

「それは認めましょう」

 ヒョイとジャンプ。追っ手と化した訓練係をかわしながらクールベとバルテ

ィモラは気楽そのものだ。

「いい加減にしろ」

「止まれと言っているだろが」

 フラフラになりながら追う訓練係。実は訓練係が追いつけないのには訳があ

った。今や戦闘艦と一体化した元対人インターフェイス。

 内部には艦の中枢コンピュータ。その演算能力を使って歩行戦車のコンピュ

ータをサポートし、本来の運動機能を大幅にアップしていたのだ。

 より精妙な動き。エネルギー分配の最適化で、エンジンすらスペック以上に

稼働。もはや本来の機体とは似て非なるものと化していた。

「さあっ、行くよ!」

「追いついてみなさい?」

 近くの大型車両を足場に二体の歩行戦車は大きく宙に舞った。

「派手にやっているわね」

「はた迷惑です」

 動きの予測がしにくい二体の歩行戦車が周囲を跳ね回り、大型ホバー戦車を

選んだアイバンとヴィットリの二人が苦々しく呟く。

 堅実に二人で一台だ。もっとも彼女達もスペック以上にホバー戦車を駆動し

てはいるのに代わりはなかったが。

「しかしこれでは我々が訓練係として乗り込んでいる意味があるかどうか?」

「とりあえず歩行戦車の連中と違って、我々から逃げ回ってはいないから」

 ホバー戦車の後部席。訓練係のぼやきが聞こえてくる。空中を移動すると言

う点で戦艦娘達の適性に一番合っていたらしい。

 教え始めて数分で戦艦娘の操縦技能が訓練係を上回ってしまった。

「でも大きいのや小さいのがいっぱい」

「何種類の軍用車両があるのかしら?」

 ほとんど観光気分。ずらりと並ぶ車両は壮観の一言だった。

「一番小さいのはやはり君達の仲間が乗っている歩行戦車。一番の大物はこれ

と同じホバータイプの超大型戦車。陸上戦艦の異名もある百メール級ホバー戦

車だな」

「百メートルで戦艦は大げさじゃないかしら?」

「陸上ならば別だ。道路を走ることも不可能。無駄にでかいとしか言いようが

ない」

「使う場所を考えれば限界の大きさ?」

 訓練係の指さす方向に巨大な影。アイバンとヴィットリはその大きさに息を

呑んだ。宇宙でなら小さいと言えるのだが対比するものが違う。

 最大でも十メートル程度の周囲の車両とはやはり格が違っていた。

「確かにあれは戦艦かもしれないわ」

「攻撃力と防御力は恐ろしいほど。よほどの戦力を集中してもほとんど傷もつ

けられないだろうな」

 方向を変えたホバー戦車の視界全部を覆いそうな巨大な影。アイバンは訓練

係の言葉にようやく納得した。


「みんなはいいな。外に出られるんだから」

 大和は事務室の片隅に座らされていた。彼が戦艦娘達の対立の原因。だから

戦艦娘は室外。そして大和は基地内。

 女の子達から引き離しておいた方がいいと言うことでの処置だ。

「暇なら書類の処理を頼むぞ」

 大和がぼんやりとしていたら男の事務官の一人がフロッピィディスクを十数

枚目の前に積んできた。

 真四角でペラペラした黒い板。昔同じ名前の記録媒体があったという。しか

し容量も記録速度も数万桁は違う。

「事務は始めてか?特に期限はないから」

 遊んでいる姿は目障り。だから半分は嫌味だ。かなりの仕事量。しかし急ぐ

仕事ではない。任せた本人は数日中に処理してもらえばいいやという程度だ。

「ええと中身はと?」

 大和は仕事は嫌いではない。任せた本人は嫌味だったかもしれないが、暇よ

りはいい。

 大和は新聞を読むように両手でフロッピィを広げる。電子情報。人間ならば

機械にかけて読み取らねばならない。

 しかし大和は自体がコンピュータ端末のようなものなので、普通の人間が紙

に書かれた情報を読むようにフロッピーを直接読むことが可能だった。

「これはこれで、これはこれでいいか?」

 読んだものを体内部のスーパーコンピューターで処理。リンクした出力装置

からそのまま出力していく。

「……まるで魔法?」

 見ていた女性事務官が呆然と呟いた。見ていた人間からするとフロッピーを

見ただけで何の端末もいじらないのに、ある書類はプリンターで勝手に印刷。

未整理のデーターは整理した形で別のフロッピーになぜか記録できてしまった

ように見える。

「さすがに統合旗艦。すごい情報処理能力!」

「メディアをスロットに入れなくていいの?」

 あまりの効率にみんな驚きの色が隠せない。

「悪いがこの書類も頼む」

「あたしのも頼んでいい?」

「いいですよ。置いていってください」

 普通の人間が一日かけて処理する量を大和は十数秒で処理していく。調子に

乗って事務官の全員が手持ちの仕事を大和に押しつけた。

 たまりにたまっていた数日分の書類仕事が三十分で消滅した。

「今日は定時で帰れるぞ」

「連日の徹夜でしたからね」

 事務官達が自らの肩をたたきながらホッとため息を漏らす。

 艦隊娘の出現は無数の書類仕事を生んだ。破壊した学校や宿舎、各種施設の

後始末は連日徹夜しても終わらないほどだ。

「さすがに疲れたかな」

 久し振りの事務仕事は戦艦娘の指揮とは違うが、強い緊張を強いた。思わず

大和は深い息を吐く。

「部下の後始末は上官の仕事だけど」

「艦隊娘が思わず争うのも分かるような?」

 女性事務官達の熱い視線が吐息を漏らす大和に集まる。艦隊統合の必要性も

あって選ばれた大和の容姿は女性の視線を釘付けにするのに十分なものだっ

た。

「どうっ、今夜あたし達につきあわない?」

「あんな小娘と違って後腐れはないわよ」

 半分はからかいだが妖しい笑みを浮かべ、女子事務官の内容姿に自信のある

数人が大和に詰め寄る。

 確かに美しさでは戦艦娘に劣るが、男相手の実戦経験が違う。蠱惑的な雰囲

気は戦艦娘を優に上回っていた。

「だ、駄目ですよ。彼女達に知られたら?」

 戦艦娘の攻撃力は冗談ではすまない。シャレでなく命に関わる。

 大和の顔が引きつった。

「妊娠させてもいいから?」

「女は体のどこでも男をね?」

 女性事務官は大和の反応にこれはチェリーボーイだと見抜き、さらにからか

いのボルテージを上げる。

 大人の女の楽しみ。裏ではクスクス笑って大和の狼狽する様子を楽しんでい

たのだが、焦る大和にそれを見抜く余裕はない。

「だから駄目ですってば!」

 思わず腰を浮かせる大和。逃げだそうにも周囲は女性事務官に囲まれてい

た。

「つきあいなさいよ」

「今夜は楽しいよ」

「勘弁してください」

 迫る女性事務官に縮こまる大和。大和が無理矢理にでも脱出しようと思った

瞬間、それは起こった。

 ドーンと言う爆発音。それに続く怒号。

「テロリストの襲撃だ!」

「何だと。まさか?」

 窓の外から聞こえてきた叫び声に事務室も騒然となった。

「どこだ。何が起こっている?」

「見ろ外に煙が!」

 立ち上る大量の煙に窓に駆け寄った男性事務官達が呆然となった。



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