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町の中の戦艦

    第三章 町の中の戦艦


 数日後、国連軍基地のある浮き名市の駅前に一団となった美少女の姿があっ

た。

「うわー!町の中ってこうなっているんだ!」

 お上りさん丸出しで国連宇宙軍アジア連合艦隊旗艦序列一位の戦艦娘、飛鳥

が驚嘆の叫びを上げる。彼女は元々が対人インターフェース。生まれてこの

方、所属する戦艦の外に出たことはなかった。

 当然町の知識などない。確かにネットから情報を引っ張ってくることはでき

るが、やはり現実にその体で体験しなければ実際のところはわかるはずもな

い。

「恥ずかしい人ですね。田舎者の具現化ですか?」

 飛鳥の狂態に眉をひそめながらもアメリカ・ヨーロッパ連合艦隊旗艦序列一

位キャサリンも彼女同様、ついつい周りの風景に見とれていた。

 ものを知らないのは何も飛鳥だけではない。

「人がいっぱい!それも着ているものが人によって全然違う」

「店ですか?あれが店なのですね」

 序列五位の飛鳥や序列二位のゴルドバも目を丸くしていた。この間まではそ

れぞれの艦艇に常駐。人型になってからも軍学校と基地とその宿舎の往復の

み。

「こんな日が来るなんて思ってもみなかった。」

「何をしようか?迷うけどそもそも何ができるかもわからないし?」

 一団となった両艦隊所属の戦闘艦娘のほぼ全員が興奮した声を漏らし、視線

は何をみてみようかと周囲を迷いまくっていた。

「確かに珍しいです。でも艦の中にもそれなりに店はあったと思いますが」

 ただ一人落ち着いていたのがアジア連合艦隊序列二位、副旗艦の定延。大本

になった娘の人格のせいなのだろう。

 実は容姿と性格はお手本となった人がいる。センサーで取り込み各種の方向

性の指標にしただけなのだが。

「店と言っても単なる購買部じゃない。こんな色々の品物なんて全然置いてな

かったし」

 飛鳥が唇をとがらせ定延に抗議。もちろんその間も店から人から周囲の建

物。視線はあちこちに飛びまくっていた。

「はい皆さん。気をつけないと迷子ですよ。はぐれないようにしてください」

 ほとんど幼稚園の園児に対する保母さんといってもよい態度でこの集団の中

のたった一人の人間、立木ゆかりは懸命にみんなをまとめようと奮戦してい

た。

 本当は停学処分なのだから宿舎で謹慎しているべきなのだろうがあまり押さ

えつけるとどんな形で暴発するか?

 戦闘艦娘達がたった一人の人間の知り合い立木ゆかりを頼りに外出を申し出

てきたとき、軍上層部は苦渋の決断。

 陸軍編入の日時も正式に決まり最後の息抜き。一度だけという条件で外に出

るのを認めたのだった。

「ねえっ。ゆかりさん。あたし達のスタイル変じゃありません?今まで軍服と

か学校の制服とかそんなものばかりしか着たことがないものですから」

 心細そうにキャサリンはゆかりに聞く。どこから調達してきたのか、つばの

広い帽子に真っ白な膝丈ワンピース。避暑地のお嬢様か、お前は?といいたく

なる、ある種典型的なスタイルであった。

「綺麗ですよ。皆さん綺麗な方ばっかり」

 小さく溜息をつきながらゆかりは周囲の戦艦娘達を見渡す。

 地味めなあたしじゃ勝負にならない。何を着ても似合うのだろう。

 アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊の白人少女達は全員がモデルといわれても瞬

時に信じられるほどの見目麗しいとしかいいようのない美少女。

 画一的かもしれないが上品な雰囲気でまとめられた彼女達は下手に近づくの

もはばかられるほどの高貴なオーラを放っていた。

「あたし達も綺麗?男の子が放っておかない?」

 対抗心丸出しで活発な雰囲気満載の旗艦序列一位の戦艦飛鳥が聞く。ブラウ

スにジャケットに短めのキュロットスカート。

 悪戯っ子然とした煌めくような笑顔だ。

「あたしはどうですか」「私は似合っているかな?」

 次々に聞いてくる他のアジア連合艦隊の娘達は序列二位の戦艦定延のチャイ

ナ服、序列十三位、強行偵察艦娘の若竹のホット・パンツ姿、序列五位、戦艦

扶桑のお嬢様ルックなど統一感など無用と雑多な姿。

 声をかけやすいかは微妙だが、目立ちまくっていたのは確かだ。

「本当に皆さん綺麗。逆に綺麗すぎて男の子も近づけないというか?」

 ゆかりの声が少し湿る。華やかな集団の脇であたしだけが地味。色鮮やかな

熱帯魚の群れに一匹だけ赤いだけの金魚が混ざっているというか。

 実はゆかりとて結構な美少女ではあったのだが、キャサリンや飛鳥達のパワ

ーに完全に圧倒されていた。

「そう口々に質問をぶつけるな。立木さんが困っているじゃないか」

 ゆかりの声が沈み気味なのを困惑と誤解し、統合旗艦大和が戦闘艦娘達を遮

るように彼女に声をかけた。

「あっ!いいんです。ちょっと驚いただけ」

 端正な顔にまともに対面。ゆかりの鼓動が一気に高鳴る。気になる男の子、

大和がいればこそ戦闘艦娘達の町中案内も引き受けた立木ゆかり。

 動悸の解明は間違っていたがゆかり的には完全にクリーンヒット。

「顔が赤いね。熱ある?」

 心配そうに大和が聞く。頬を朱に染めたゆかり。これは脈ありか?

 実践はまだだが知識だけは豊か。通称むっつりスケベ。膨らむ下心を隠し、

ナンパモードに入る大和だった。

「いいの。大和君が心配してくれただけで」

 対して気だけはあるが相手に不自由していたゆかりも現実の男に一気にお近

づきにと、心を高ぶらせた。

 見つめ合う目と目。

「馬鹿をやっているのじゃありません」

「案内役でしょ、あんた。単なる」

 大和の肩にキャサリンの、ゆかりの肩に飛鳥の、強い握力を発揮しつつ力強

く二人を引き裂く手が置かれた。

「恥ずかしい。ナンパをまともに目撃してしまった」

「ホテルにしけこむにはまだ日が高いですよ?」

 扶桑と定延。ニヤニヤと意味深な目が大和とゆかりに無遠慮に注がれる。嫉

妬混じり。生温かいというのが一番正確だろう眼差しだ。

「人というのはどこまでも自分中心にしか考えられないものなのだな」

「周りが全く見えていない」

 ゴルドバとスージーが冷徹に漏らす。こちらの眼差しはまさに南極大陸のブ

リザードそのものだ。

「そんなんじゃない!」

「男が誰を選ぶかはその男の自由です。それがあたしだとしても」

 キャサリンや飛鳥が怖く誤魔化しに走った大和。対してゆかりは欲しいもの

は欲しいと自分を隠そうとはしない。

「忘れておられるのかもしれませんが、大和様は人間じゃありませんよ?」

「最後には宇宙に帰るってわかってる?」

「いいではないですか、恋は自由。先のことなどどうでも。泣くのも人生で

す。もちろんそれはこのあたし定延もですけど。大和殿とても夜まで待てない

というのなら、定延にお任せを。あたしなら日の高いうちのホテルも平気です

からね?」

 半高圧的にゆかりに迫るキャサリンと飛鳥。諦めさせるのに必死だ。

 しかし定延はそんな二人などものともせずゆかりの大和争奪戦の参加を認

め、同時に自分の参戦を表明してみせる。

 強かというか底の見えない定延だった。

「それなら扶桑も改めて。大和、あたしを選んでくださいね」

「この私も忘れてもらっては困る」

「まさか大和さんは序列低位の娘を相手にしないとは言いませんよね?」

「差別はいけないです。強行偵察艦は確かに非力です。艦隊序列だって低い。

でも女の子としては同格ですから」

 扶桑、ゴルドバ、針葉、エリカ。

「定延だけではなく、このあたし来延も日の高い間の情事もありですから」

 両艦隊の戦艦、強行偵察艦。さらにアジア連合艦隊序列八位巡洋艦娘の来

延。

「お、おいっ!ちょっと待ってくれ、俺はまだ何とも」

 慌てて制止に走る大和だが女の子達は聞いちゃいない。

「あたしもいつだって大丈夫!」「学校の体育倉庫で待っています」

 続々参戦を表明する残りの戦闘艦娘達。頭を抱える大和の目の前、数を頼り

に乙女達の爆弾発言が次々に飛び出す。

 何だ何だと集まる群衆。無数のギャラリーが見守る中、浮き名市駅前は乙女

の戦場と化していた。


「見てみて!あの服とってもかわいい!」

 浮き名市駅前のメインストリーム。無数の店が軒を連ねる大通りにそぞろ歩

く戦艦娘達の姿があった。

 店の一軒のショーウィンド、そこに飾られた洋服に飛鳥が歓喜の声を張り上

げる。極端に丈の短いキャミソールドレス。

 薄い草色、ほとんど半透明、着るにはかなりの勇気が必要だろう。

「相変わらず飛鳥さんの趣味は理解できません。男の方全員にショーツ拝見の

機会を与えるつもりですか?」

 冷たい声。キャサリンの指摘の通りマネキンに着せられたドレスの丈はぎり

ぎり。少しでも動けば下着が見えてしまうだろう。

「かわいいとは言ったけど着るなんて言ってないでしょ?着るとしたら部屋で

大和の目の前かな?それならあんただって」

 悪戯っぽく瞳を煌めかせながら飛鳥はキャサリンに言う。

「破廉恥ですわ。でも落とすためなら」

 即座に飛鳥に反論しようとしたキャサリンだがあのキャミソールドレスを着

て大和の前に立つ自分の姿を想像しトーンが低くなる。

「艦隊旗艦だと言っても、あんただって女の子。男の視線を釘付けにするため

だったら何でもしちゃうでしょ?」

「飛鳥さんもでしょうけど」

 二人の旗艦は顔を見合わせ頬を赤く染めてみるのだった。

「この店は小物にかわいいのが多くてつい買っちゃうんです」

「艦の中にかわいいなんて言葉なかったから興味深いです」

「あたしはかわいい系は少し苦手です。キリッとした雰囲気のものがいいので

すが?」

 小間物屋の店先。ちょっとした化粧品を手にとって立木ゆかりがニコッと笑

う。

 軍艦の中、さらに人でもない。今まではお洒落に何の縁もなかった。目を輝

かせアジア連合艦隊序列五位の戦艦、扶桑もゆかりの手の中の化粧品に見入

る。

 隣では僚艦の定延が香水の香りを楽しんでいた。

「……落ち着かないな。男にここの空気は毒だ」

 ただ一人の男性。統合旗艦大和は少女の群れの中一人肩身が狭い。土地勘も

なく、集団行動は艦隊の宿命。

 完全な女所帯。本人には不条理だが、必然として大和は普通男が立ち寄らな

い店にばかりに足を運ばざるを得ない。

 駅前にいた無数のギャラリーはここにはいない。うっとうしいと感じた数隻

の戦艦娘が主砲を展開、威嚇した時点で全員が逃げ散ってしまった。

 学校や軍宿舎での砲雷撃戦。戦艦娘達の破壊行動の凄まじさは多数の学生や

軍人等を通じて浮き名市内に轟いていた。

「この店には縫いぐるみがいっぱい!」「リボンがリボンが何種類も!」

 針葉、若竹の強行偵察艦コンビ。

 本来の年頃から言ってもかわいいものには目がない。性格の中には元の少女

の瑞々しい感覚も混ざっていた。そこに何でも徹底的に調べなければ納得でき

ない偵察艦独特の性格がプラス。

 今、偵察艦娘の目の前にこれまで縁のなかったかわいいものが無数に転がっ

ている。熱狂してしまうのも当然だ。

「子犬よ!子犬がいる!」「子猫だっているわ!」

 ペットショップの店先。押し合いへし合いしながら仲間を呼んでいるゴルド

バとスージーのアメリカ・ヨーロッパ連合宇宙艦隊の上位艦。元々のモデルが

貴族階級のお嬢様なのでペットには目がないのだ。

 久方ぶりの小動物に我を忘れた二人に、店としては迷惑極まりないところ。

「見て見て、これ面白い」「こんなに試食の種類が!」

 程度差はあってもその他の戦闘艦娘だって騒々しさでは引けをとらない。

 全員が初めての興奮と体験なのだから、町の人には勘弁してもらうしかない

だろう。

「このお店とても綺麗でかわいくてセクシー!」

 そのとき戦艦娘の一人が一軒の店を見つけた。それは大型のランジェリーシ

ョップ。

「この店で大和様の気を引くための下着を」

「見えないところのお洒落が真のお洒落」

「下着は消耗品。少し買い込んでおかないと」

 男のために、美意識のために、そして戦闘艦娘だけの必要性。シールドの媒

体として。

 迷わず数人が店に足を踏み入れ、全員が後に続いた。何と大和まで含めて。

 人の流れは強い。興奮した女の子集団は強い。いくら必死になろうと大和一

人では抵抗は不可能だった。

「俺は後に残る。放せ」

 声だけが後に残った。


「なかなか品揃えのいいお店ですね」

 その店は小型の商業ビルの一階分をそのまま占めていた。広いフロアに並べ

られた数々のランジェリー類。

 ブラにショーツ、キャミソール。その他にもボディスーツやペチコート。

 目移りするほどの数々の品物にアメリカ・ヨーロッパ連合宇宙艦隊旗艦序列

一位、戦艦キャサリンも圧倒されていた。どう言い繕おうと所詮は戦艦の中の

存在。

 口では余裕があるかのごとく言っていたが、これほどの色々の品物が?と内

心では舌を巻いていた。

「凄い。艦の中で売っていたのとは種類も数も桁が違う」

 アジア連合宇宙艦隊旗艦、艦隊序列一位戦艦飛鳥は口を開いたままなかなか

閉じられなかった。

 目前の繊細なレースや光沢のある生地など、事実上実用性一辺倒だった艦内

のショップとの違いに声も出ない。

「……何か、場違い?」「……ちょっとね」

 旗艦の緊張を感じ取り残りの戦闘艦娘まで物静かになってしまう。

「試着してみる?扶桑?」

 その中で平然としていたのは立木ゆかりだ。彼女にとってはいつも入ってい

る普通のショップでしかない。

 固まったままの戦闘艦娘達の方がよっぽど不可解だ

「試着してもいいの?」

「試着しないでどうするの?体に合わないランジェリーなんて辛いだけじゃな

い?」

 硬い表情で聞く序列五位の扶桑にゆかりは小さく頷く。

「ならばあたしはこのあたり試着してみようかな。ちょっと試着お願いしま

す」

 硬い表情の戦艦娘の中で唯一落ち着いていたアジア連合艦隊副旗艦、序列二

位の定延が扶桑に先んじ付近にいた店員に試着室の使用を申し出る。

「ではこちらにどうぞ」

 気軽に応じる店員。次の瞬間、

「あたしはこっちとこっちを試着します!」

 扶桑が二、三着ランジェリー引っ掴むと、勝手に試着室に飛び込んでいく。

 考えてみると軍事機密の固まりである戦闘艦娘の外出のチャンスは多くはな

い。もしかしたら今回が最後かもしれない。

「私はこちらをお願いしたい」「でしたら私はこちらで」

 それを見ていたゴルドバとスージーが素早く後に続く。

「そうか。ゆっくりとしていたら」「後がなくなってしまうかも?」

 試着室は次々とうまっていく。針葉と若竹も気付く。今回を逃したらお洒落

な下着とは二度と縁がなくなるかもしれない。第一なぜ人型になったのかも未

だ判然としない。理由がわからない以上いつまた戦闘艦に戻ってもおかしくな

い。

 そうなったら最後だ。この先何年待とうと絶対に外出などできなくなってし

まう。

 というより戦艦にお洒落な下着など無用の長物。ホログラフィー。実体のな

い対人インターフェイスにも同様だ。

「ここで買っておかないと一生の後悔になるかもしれません」

「二度と高級な下着は着られなくなる。せめて肌触りを知る最後のチャン

ス?」

 キャサリンと飛鳥が気付いたときには完全に後手に回っていた。いくら旗艦

でもこんな時に優先順位など存在しないだろう。

 ごり押しは無理だし、可能だとしても後の信用は完全に失われる。

 とても実行はできない。

「次はあたしだからね」「順番はちゃんと守ってよ」

 すべての試着室に戦闘艦娘が群がっていた。大きいショップだけに十カ所も

試着室があったが全員が手に持てるだけのランジェリーを持っているので、試

着に時間がどれほどかかるか全くわからない。

「このまま閉店時間になりましたら?」「困るわよ、そんなの!」

 キャサリンと飛鳥も困惑しつつ手近な棚からサイズの合いそうなのを選ん

で、行列の最後尾につく。

「早くしなさいよ!」「まだ半分も試着してないのにでられるはずがないでし

ょ?」

 あちらこちらで言い争いが起きていた。

「あらっ、もしかしてこれは?」

 と、飛鳥は店内に自分達と店員しかいないことに気付く。

「すいませんが、この店内私達しかいないようですが?」

 同時にキャサリンも同じことに気付いたらしく店員に尋ねていた。

「いえ、なんだか今までいた方達、急用ができたらしく」

 ……下手にいて戦いに巻き込まれないためという急用でね。できればあたし

らも逃げ出したい。店員なんかなるものじゃないわ。

 内心に猫の大群をまといながら店員はにこやかに答える。

「ならばこのショップ私達の貸し切りにしてくれませんか?店の扉もシャッタ

ーも全部閉めて。皆さんたくさん買うと思いますから」

 キャサリンはすがるように店員を見る。

「そうですね。店長に聞いてきますが、おそらく大丈夫だと思います」

 ……誰だってあえて危険地帯には近づかないでしょうから。

 大きく頷くと店員は店の奥に消え、すぐに戻ってきた。

「構わないそうです。その代わりたくさんのお買い上げを期待しています」

 言うと店員は扉に鍵をかけ、壁のスイッチを操作。すべてのシャッターがお

り店内は完全に外界から閉ざされた。

「皆さんここには私達しかいません。外からの視線も一切ありません。これか

らは店内すべてが試着室です」

 高らかにキャサリンは宣言をした。奇策。試着室が足りないなら試着室の必

要性そのものをなくせばいい作戦だ。

「やりましたね、キャサリン。さすがにリーダーです!」

「有り難う、キャサリンさん。これでゆっくり試着ができます」

 ゴルドバと扶桑が全裸で試着室から飛び出しキャサリンを誉めそやす

「店のもの全部試着しようよ」「それは面白い考えじゃないの」

 針葉と若竹も試着室から出てくる。

「みんな頑張って店の売り上げに貢献しようよ」

「というより着たいものをこの際だから全部着よう」

 全員が試着室から出て来て、手当たり次第に店内各所で自由に試着を始め

る。

「このショーツかわいい」「このキャミソールは透け具合が絶妙」

 全裸が店内にあふれていた。

「皆さんこれこれ。向こうにちょっとしたパーティションがあって色々と激し

いランジェリーが置いてありました」

 店の隅を漁っていた定延が妖艶な笑みを見せながらがら店内中央に歩み出て

くる。身に纏った紫色のそのランジェリーは完全に透け股間の陰りまで丸見え

状態だ。

「そうと聞いたらさっそく調べなきゃ」「偵察艦の使命だよね」

「私も行きます」

 さっそく好奇心こそ命の強行偵察艦の本領を発揮し、アメリカ・ヨーロッパ

連合宇宙艦隊所属の三人。

 序列十三位のエリカ、序列十四位のクールベ、序列十五位のローレヌは定延

の出てきたパーティションに急行、着いた途端に激しい嬌声を周囲に響かせ

た。

「やだ、ここ。アダルトコーナーって書いてある!」

「十八歳以下はご遠慮くださいだって!」

 さらに嬌声は続く。

「これって凄い過激!でも着ちゃう」「こっちはエロ過ぎ!エリカ、これを着

てみて」

「これですか?凄いですね」

 クールベとローレヌそしてエリカの問答が残りの戦艦娘の耳に届く。

「ではお披露目しちゃいます」「この過激ファッション、目にも見よ!」

 パーティションから転がるようにクールベとローレヌが出てきた。

「何よそれ?」「全裸よりもエロいじゃん!」

 二人とも紐に小さな半透明の三角布を付け、肝腎な所だけは隠した気分にな

れ、しかし実は丸見えの過激下着だ。

「エリカもおいでよ」「全員がお披露目しなくちゃ!」

「……あたしはこちらです」

 躊躇しつつ少し間をおいて続いて出てきたというかクールベとローレヌに呼

びつけられたのはアメリカ・ヨーロッパ連合宇宙艦隊序列十三位。

 強行偵察艦娘エリカだ。

 大人しい性格なので序列の低い二人の押しつけに抵抗できなかったのだろ

う、そのランジェリーは紐しかなかった。

 前も胸も事実上丸見え。正直、下着と言うより冗談グッズの類だ。

「おっかしー!何よ、それ?」「破廉恥過ぎ!」

 ケラケラと笑う戦闘艦娘が数人。もっともそういう彼女達自身も既にアダル

トコーナーに乗り込んのだろう前が開閉し、陰りが丸出しのランジェリー姿や

もっと過激な下着姿なのでエリカも苦笑するしかない。

 男の視線が一切ない時のみに発揮される完璧な女子校乗り。そしてそれは完

全に間違っていた。

「みんな揃って馬鹿ばっかり。戦艦娘なんてと構えていたけど結局は同じ女の

子か。でもこうしてみると同じ女の子お嬢さんといっても胸も下も全然違う。

あなたもそう思いません」

 立木ゆかりは店の片隅に立ち、中央で繰り広げられていた馬鹿騒ぎをケラケ

ラと笑いながら見ていた。

 脇にはカーテンの膨らみ。下着姿だが外とはシャッターで区切られているの

で、恥ずかしさはない。

 それなのに隠れているなんてよほど内気な女の子?自分も内気だけどと思い

ながらカーテンを掴んでいた手を引っ張ってみる。

 ……何この大きな手?まるで男の子?

「し、失礼します。駄目?」

 大和が転がり出てきた。

「……!」

 完全に固まるゆかり。下着姿を見られたと言うよりも今も目の前にいるまま

だ。

 驚きが過ぎると声も出てこない。

 ゆかりが思うに不可解な膨らみだった。妙に高さが低かった。

 目立たないように腰を屈めていたのだろう。だから膝に力が入らなくなり、

この状態につながった。

「その気はなかったんだ。みんなに店内に押し込まれて。出て行けばよかった

んだが姿をみられること自体が恥ずかしくて」

 必死に大和は弁明を続ける。

「隠れていたらそのうちシャッターが閉まって完全に外に出られなくなって」

 何度も頭を下げる大和に次第に戦闘艦娘が集まってきた。

「みんなが全裸になって、妙な下着を着けた変なショーまで始まって」

 誰も一言も発しない。沈黙が支配する店内に大和の弁解だけが流れる。

「余計出るにでられなくなって、閉店したらこっそり抜け出そうと」

 全裸の娘。スケスケ下着の娘。ごく普通のランジェリー。お洒落な下着。ど

ちらにしろまともに服を着ている娘はいなかった。

 たとえ着たいと思ってもこの混乱状態では、自分の脱いだ服の位置を把握し

ている娘などいなかった。

「あたしだけだったらそれこそランジェリー姿どころか、体の奥深くまで見ら

れてもよかったんですけど。ほかの皆さんはそうは行かないようで。それで大

和殿。この激しいランジェリーどう思います?」

 定延がいっそ優しいと言っていい穏やかな声を出す。

「その過激だと思いました」

 何度も頭を下げ続ける大和。

「完全にあたし達の体、御覧になっていたようですわね。本当にまずいと思っ

たら、なぜ目を閉じておかなかったんですか?」

 穏やかに言うキャサリンの体に縦線が走った。

「壁に向かってこちらを見ていなければ情状酌量の余地もあったのに、残念」

 飛鳥の体から禍々しいクワガタの角が突き出す。

「手の空いている娘でいいけどゆかりさんを守ってあげて。ゆかりさん、後ろ

に行ってもらいましょ。これから先は女の子は見ない方がいいわ。……とても

恐ろしい惨劇が始まるのだから」

 そして飛鳥の宣言通りのことが起こった。


「時間が余ってしまったわ」

「まだ日が高いし、とても宿舎に帰る気になれないね」

 小さな公園。芝生に腰を下ろしたキャサリンがつまらなさそうに呟く。珍し

いことに飛鳥も同調する。

 二人の元気はない。何か重いものを飲み込んだかのような表情だ。

 思ったよりもランジェリーショップでの買い物の時間は短かった。有り体に

言えば追い出されてしまった。

「たまにはゆっくりするのも結構な時間の過ごし方とは思いますけど」

「パワーも使ったし。……それも結構精妙な使い方が必要だったし」

 飛鳥の対面の芝生に同じく腰を下ろした二人。定延が細い目をさらに細く

し、気疲れしたらしい扶桑が軽く自分の肩をたたく。

 仕方がないだろう。狭い室内で大出力の光学兵器が使用されたのだ。全員で

シールドを展開し被害の軽減を図ったのだが今ひとつ力不足。

 結局は店の品物の半分が燃えてしまった。店そのものが焼失しなかったのが

唯一、救いといえば救いだ。

 それでも店の怒りは大きく、戦闘艦娘の手持ちだけでは足りなかったので、

軍そのものにツケを回し店内すべてのランジェリーを購入し、手打ちは何とか

済ました。

「このランジェリー、いい布を使っていますね」

「裁縫だって丁寧」

「こっちはレースの使い方が素敵」

 少し離れて五人の娘が車座。両艦隊の強行偵察艦娘。エリカ、針葉、若竹、

クールベそしてローレヌだ。

 観察力と好奇心が強行偵察艦の命綱。

 全員が両側に大きな紙袋を置き、その中に入っていた大量のランジェリーを

地面一杯に広げ嬉しそうに下着評論会の真っ最中だ。

 買い込んだというか、買い込まされたランジェリー類は大きな段ボール箱で

数十個。

 さすがに全員で持っても持ちきれないので、特に気に入った品物以外は直接

軍の寄宿舎に送ってもらった。

 寄宿舎に帰れば間違いなく叱責を受け始末書の提出も要求されるだろうが、

今そんなことを考えても仕方がない。

 それはほかの戦闘艦娘も同様だったようで、

「それって紐下着!あんた過激なのが好きなんだ」

「よほどしっかりとムダ毛の始末しないと、そんなの着られないよ」

「余計なお世話!」

 こちらも強行偵察艦娘同様、買い込まされた色とりどりの下着類を地面で御

開陳。あちこちで姦しく騒ぎまくっていたのだ。

 結局は色々のランジェリーが着られることになったわけで、キャサリンや飛

鳥のように直接上層部に叱られるだろう娘を除いて、戦闘艦娘達の機嫌は決し

て悪くはなかった。

「しかし今回こそ本当に壊されるかと思った」

 戦闘艦娘達とは少し離れ、大和は立木ゆかりと一緒に座り込んでいた。小さ

く溜息を吐き大和は空を見上げる

「……あいつらは容赦がなさ過ぎると思わない?見たのは確かに俺が悪かった

けどさ」

 疲れた面持ちで大和は心配そうなゆかりの顔を見る。不満そう唇が尖ってい

た。

 大和の服は焦げ、体のあちこちに傷が残っていた。顔に真っ黒な煤が付き、

髪の毛も乱れまくり、まるでコントの登場人物だ。

「確かに大和さんは不運ですね。間が悪かったんですよ」

 小さく忍び笑うとゆかりはちょんちょんと大和の頬に付いた煤をはらう。

「私が事前に知っていたら、絶対、あの娘達には黙っていてあげたと思いま

す。あのときはいきなりだったから、凄く驚いちゃって」

 済まなさそうにゆかりは頭を下げる。

「じゃあっ。一度二人で会ってみない?」

 ゆかりの言葉に大和はいきなりの爆弾発言をかました。

「……はいっ?何なんですか、一体?」

 一瞬の沈黙。次の瞬間ゆかりは大きく目を見開く。

「い、嫌。そんなことではなく、またこんなことがあった場合の合図とか」

 自分の中でも、俺はなぜこんな唐突なこと言ってしまったのかと驚きつつ、

大和はしどろもどろ何とか言葉を続けていく。

 立木ゆかりに優しく頬の煤をとってもらった途端、カッと頭に血が上り、反

射的に言葉が出てしまった。

 知識はあっても所詮は知識だけ。実際のスキルが不足していた男の悲劇だっ

た。

「……変な大和さん?」

 訳がわからないがやたらじたばたと手足を振り回す大和にゆかりに好意を持

った。これでうまく話を作ってきたら、逆に不信感を持ってしまったかもしれ

ない。

 ……大和さん、女の子に囲まれて自分では女のあしらいがうまいつもりかも

知らないけど、結局ウブなんじゃない

「いいですよ、一度くらいなら二人で会っても」

 余裕を持ってクスクスと笑いを漏らすゆかりだった。



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