宿舎の中の戦艦
第二章 宿舎の中の戦艦。
「ただいまー。今、帰ったよ」
「ただいま。帰って参りました」
地球連合軍日本分遣隊基地宿舎に飛鳥とキャサリンの明るい声が響く。
「お帰りなさいませ。ご苦労様です」
軍宿舎を守る連合軍兵士が自動小銃を抱えて戦艦娘に答える。この宿舎が現
在の彼女達の住居。
結構広く大型の航空機の発着すら可能な二千五百メートル級の滑走路をも備
えた大規模基地に隣接した五階建ての建物だ。
軍事機密の固まりに近い戦艦娘がすむ場所としてはやはり国連軍関連施設し
かあり得なかった。
「ただいま。みんな元気」
「警備してもらってありがとう」
旗艦である飛鳥達に続き戦艦娘が続々と帰ってくる。基地関連の施設にすむ
のと同様の理由で彼女達は集団行動を義務づけられていたのだ。
もっとも元々艦隊行動が普通だったので、戦艦娘達にはこれが常態。仲間同
士の会話も楽しく集団での行動に特に不満はなかった。
「ただいま。今日は疲れたな」
「お帰りなさい。今日もお疲れ様」
後続の少女達に対する兵士の口調は少し砕けたものだ。見た目はともかく飛
鳥達は旗艦クラス。それなりに気を遣っているのだろうか。
「今日は楽しかったよ」
「お元気そうで何よりです」
ニコニコと兵士に笑いかける戦闘艦娘。それにしても出迎える兵士達の口調
は明らかに弾んでいる。
顔も何とも嬉しそうだ。もっともこれだけの美少女が勢揃いしていればそれ
も当然か。兵士達もまた男だったから。
「帰りました」
連れだった戦艦娘と同様に大和も兵士達に軽くさげる。
大和は戦艦娘達のほぼ真ん中を歩いていた。統合旗艦である大和が撃沈され
れば艦隊としての統制がとれなくなる。
大和を守るのも戦艦娘達の責務。少女達にとっては当然の位置関係だった。
もっともいつも可愛い女の子達に囲まれやがってと言う男としての感情が兵
士達に生まれてしまうのも、それは無理からない。
「ご苦労様」
大和に対する兵士の態度は実に素っ気なかった。
「それにして軍学校に登校なさるときには制服でしたのに、今は体操服。学校
で何かあったんですか」
警備の兵士の一人が不思議そうに聞く。
「そういえば鞄などもお持ちになっていませんが」
別の一人がさらに尋ねてきた。
「学校でちょっとあって、教室においていた鞄は焼失しちゃたの」
さすがに連合艦隊同士で大暴れしたとは言いたくない。小柄な戦艦娘アジア
連合艦隊、序列五位、扶桑が小首をかしげ誤魔化しを試みる。
「私達とアジア連合艦隊とが対立し戦闘行為に入ったのだ。鞄は一度目の戦闘
で教室で燃え尽き、制服は二度目の戦闘で校庭で二次シールドとして消失し
た」
アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊所属の副旗艦戦艦娘序列二位、ゴルドバが厳
格な雰囲気に相応しく、生真面目な表情で扶桑の補足をした。
扶桑の努力が一瞬で台無しになる。
なぜか防御の要であるシールドは一次は髪の毛、二次は着用している衣服が
当てられ消費される。
髪の毛は輝きが失われればそれでおしまいだが、衣服は完全に失われてしま
う。三時限目の艦隊決戦で全裸の戦艦娘が続出したのはそのためだ。
「そのときの戦いで下着も消失しましたから、今はこの下、ちょっと困ったこ
とになっています」
小さく首をかしげる細い目の定延のあけすけすぎる再補足に、兵士も戦艦娘
達も一斉に目を丸くし固まってしまう。
「校庭で大和殿とご一緒の時、膝を立てた体育座りしていた方が大勢いました
ので、覗けてしまうのではと、あたし内心ドキドキしてしまいました」
空気すら固定化した中、筒状の短パンの端を軽くつまむと、定延は頬をピン
クに染めてみせる。
「大和、あ、あんたまさか」
「大和様、もしかして私達の」
固まった空気が微塵に砕け散り、双方の旗艦、飛鳥とキャサリンが大和に詰
め寄る。
「大和、あたしも体育座りしてたのに」
「まさか私も見られたのでは」
扶桑やゴルドバも血相を変えて突進。さらにその周囲に二重三重の人垣がで
きた。
「大和様。見てないよね、絶対見てないよね。気づいていたのなら、定延もな
ぜそのときに言わないのよ」
「正直に言ってください大和様。答えによっては、あたし」
涙ぐみ必死に叫ぶ戦艦娘達。早くも体に縦線を走らせ、主砲の発射態勢に入
った戦艦娘も少なくない。
「よかった。あたしは体育座りしていなかった」「私もです」
もっともいち早く安全圏に逃れ、安堵の息を漏らす娘の姿もあったが。
「飛鳥って娘。こんな弾けた性格だったけ」
「最初はキャサリンって娘。気こそ強かったが、もっと理性的だったような」
「あの定延という娘。あんなに色っぽかったか」
そしてさらに驚いていたのが警備の兵士達だ。全員がより女の子らしくなっ
ていた。
最初来たときの無機質から、目の前の生き生きとした様子。昨日より今日、
そして今朝より今現在。
戦艦娘達の変貌ぶりは驚くほどだった。
「見ていない。そんなこと気づいてもいない」
戦艦娘に詰め寄られた先では大和が両手を挙げ降参のポーズをとりつつ、必
死の弁明をしていた。二時限目の恐怖がよみがえる。
目の前のクワガタムシを思わせる二股の角。エネルギーの収束が始まってい
た。また戦艦娘達の集中砲火を浴びせられてはたまらない。
「おそらく見ていませんよ。大和殿はそんなお方ではありません」
さすがに見かねたのか定延が助け船に入ってくる。
「何でそんなことがわかるのよ。大和って。そ、その自分のものだってあたし
達に見せるような変態野郎だよ」
「そんな誤解するようなことを言うな。あれは勝手におまえ達が俺のズボンを
脱がしたんだろうが」
飛鳥の非難には、さすがの大和も黙ってはいられない。このままではただの
変質者にされてしまう。
「経緯はともかく見せたのは事実よ。あえて見ないなんて、そんな自制心。大
和にあるなんて、あたしには信じられない」
「経緯が一番大切だろ。俺は紳士だよ。そっちこそ事実を見ろよ、事実を」
大和の正論に飛鳥は逆ギレした。二人のにらみ合いが続く。
「自制心があるとか、紳士とか。あたしが言いたいのはそんなことではないの
です。言いたいのは要するにあたし達の大事なところを盗み見たら、大和殿が
あんなに平静でいられる訳がないってことなんですけど」
大和のことを信頼しての言動かと思ったら違った。定延は実に明快な判断基
準で、大和の行状を切って見せる。
「確かにそうですわ。私達の肝腎なところを盗み見て、大和様が顔色も変えず
誤魔化しきれるはずもありませんわね」
定延の言葉に納得し、キャサリンがようやく胸をなで下ろした。
「そうか、大和だもんね。顔が赤くもならないし、何の動揺も見せないなん
て。あいつがそんな平常心なんか持っているはずもないか」
続いて腑に落ちた飛鳥も大きく頷く。とんでもなく評価を下げていく統合旗
艦だった。
「……確かに短パンの前も膨らんでいなかったし」
最後に扶桑はトドメとばかり小悪魔の笑みを見せ、その場を締めくくった。
「とにかくこれでわかってくれたな。俺は見ていない。というより見ることが
できるチャンスがあっても、絶対に覗いたりはしない」
正直に言えば全く納得などできない推移だった。しかしここで反論をしたら
また泥沼に落ちかねない。
自分の正当さを強調することでよしとする大和だ。
「そうしてください。どうしても見たいのならみんなに内緒で、そっとあたし
だけに耳打ちをしてくださいね?」
糸の目に媚びを凝らせ、定延は何とも色っぽく微笑むのだった。
「気をつけ。前にならえ」
久々の大和の号令が戦艦娘達の耳を直撃した。
「構え、筒!」
大和の目の前、対面。国連軍基地の片隅に二十九名の戦艦娘、巡洋艦娘、強
行偵察艦娘が居並んでいた。
手には国連軍制式銃器の自動小銃が握られている。
「ハッ。教官殿」
号令と同時に戦艦娘達が一斉に胸の前で銃を構える。旗艦の飛鳥とキャサリ
ン。さらに副旗艦の定延、ゴルドバが先頭に四列縦隊。一列約七名で彼女達は
編成されていた。
軍事学校は午前中だけ。これではやることがないので国連陸軍の教練マニュ
アルに従い、旗艦の大和を教官代わりに、自主的な軍事訓練をすることにした
のだ。
本来は戦艦の彼女達に陸軍の訓練をしたからといってあまり意味はないのだ
が、士気の維持と規律の引き締めをねらっての特別訓練だ。
「戻せ筒!」
再び叫ぶ大和に従い自動小銃が戦艦娘の胸元に戻された。
「右向け、右!そのままランニング開始」
「ハッ。教官殿」
号令いっか、陸軍の制式迷彩戦闘服と多機能ヘルメットに身を包んだ戦艦娘
達が、足をそろえて大和の目の前、ランニングを開始する。
「いっちに!いっちに!」
アイドル顔負けの彼女達が声をそろえて走る様は、軍事訓練と言うより、ま
んまアイドルタレントの大運動会だ。
「チンタラするな。速度を上げろ」
戦艦娘の後ろから細長い棒を持った大和も後を追う。甘やかしていては士気
の維持も心許ない。
「ハッ!教官殿!」
見守る大和の目前、丸いお尻が同じリズムで揺れる。厚い生地の戦闘服だが
女と男では骨格自体が違う。
軍事訓練の真っ最中。厳しい教官を演じるはずの大和だが、眼福な眺めにつ
いつい胸が高鳴ってしまう。
それは何も大和一人のことではない。
「可愛いよ、飛鳥ちゃん」
「綺麗だよ、キャサリンちゃん」
弾む大きな胸や汗に濡れた顔。いつの間にかこの時間に戦艦娘達が走ってい
ることが基地内に知れ渡って、手の空いた兵士やら職員がギャラリーと化し応
援を送るのが通例となってしまっていた。
「ありがとうございました」
「がんばります」
声をかけられればつい返事をしてしまう。可愛い声が返ってくると知ればさ
らにギャラリーの数は増してしまう。
「いらない声を出すな」
俺自身が浮ついているのに、これ以上ギャラリーを集めてたまるか。
訓練マニュアルに従い、戦艦娘達に対して当然の注意をする大和に、ギャラ
リーの険しい視線が突き刺さる。
「教官、横暴だぞ」
「定延ちゃん、気にすることないよ」
すっかり悪役の大和である。と、前を走っていた戦艦娘達のスピードが落ち
た。
「何をしている。勝手にスピードを緩めるな」
怒鳴る大和達だが戦艦娘達の足はどんどん遅くなっていく。
「反乱されているぞ、教官殿」
「そんなに信頼されていないかい、教官殿」
何とも嬉しそうにギャラリーがはやししたてる。
「ギャラリーがうるさい。おまえ達も俺の言うことが聞けないのか」
ついつい声が荒くなる大和。その間に足を緩めた戦艦娘の最後尾がついに大
和に追いつかれてしまった。
「申し訳ありません。やはり言うことを聞く訳にはいきません」
最後尾の戦艦娘、多少骨太で逞しい印象。アジア連合宇宙艦隊所属、艦隊序
列四位、戦艦娘愛宕は困ったような顔で大和に頭を下げた。
「……そんなに俺は信頼されていないのか」
心底情けなくなり大和は小さく呟いた。
「悪いわね、大和。今さっきキャサリン達と相談したのだけど」
前方、戦艦娘達の先頭に立つ飛鳥の声が大和の耳に届く。
「やはり大和様は私達の旗艦」
「一人にしておいたら、あたし達が一緒にいる意味がなくなっちゃうよ」
「大和様をお守りするのが私達の存在意義ですから」
「あたし達の全ては大和殿のもの。身も心も」
続いてキャサリン、扶桑、ゴルドバ、定延達の声が耳に届いた。
「何でぃ?そのモテモテぶりは」
「こんなところでハーレム作っているじゃないよ」
ギャラリーの耳にも届いた戦艦娘達の言葉に、大和に嫉妬した男達の間から
一斉にブーイングが巻き起こる。
「うるさいぞ。フラレ男ともが」
揺れる胸、明るい笑顔。足を緩めた戦艦娘達に囲まれ、思わず目尻が下がる
大和。
別の意味での悪役になってしまった統合旗艦だった。
「大和様、こちらの席が空いてますよ」
アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊旗艦キャサリンの高い声が地球連合軍日本基
地に隣接した宿舎内の大食堂に響いた。
「大和はあたし達と一緒に食事をすると決まっているのを知らないの?」
続いてアジア連合艦隊旗艦飛鳥の元気いっぱいの声も食堂に響く。
「寝言は寝てからになさったら」
すかさず瞳をあわせるキャサリンと飛鳥だった。
「あれだけ走ったらお腹が減っちゃった」
「この体になっての楽しみは食事だな」
さらに扶桑やゴルドバの声も後に続く。
「おっ!お姫様達の入場だぜ」
「華やかでいいな。これまではむさ苦しいだけだったからな」
とたんに巻き起こる基地所属の男性兵士達のだみ声。
「あたし等女もだっているんだけどね。まあっ、可愛いのは認めるしかないけ
ど」
苦笑しつつ、同僚をみる女性兵士達の声も混ざる。
「確かにあたし達が食事ができるなんて、今まで考えたこともなかったです
わ」
序列五位の扶桑の言葉に序列二位の戦艦娘、定延が頷く。元々は戦闘艦の対
人インターフェイス。姿は人間でも所詮はホログラフィ。
ものを口にできるはずもなかった。
「みんなこのテーブルで食事をもらおう」
飛鳥が食堂の一角にしつらえられた誰も座っていない大テーブルを指さす。
二個艦隊全員が座れるここが、戦艦娘達の指定席。
やはり艦隊は同一行動が基本だろう。
「あんまり騒ぐなよ。周りに迷惑だからな」
戦艦娘達に言うと、大和が一番最初に大テーブルの壁側真ん中、一番の上座
に座る。これは統合旗艦としての当然の権利だ。軍隊は序列が一番大事だか
ら。
「私達も座りましょう」
いつもの順序に従いキャサリンが大和の左側に着席する。
「……そうだね。立っていても仕方がないし」
飛鳥は珍しく一瞬口ごもった。
「何んなのです、あなた」
いつになく堅い飛鳥の表情に、キャサリンは訝しげに小首をかしげる。
「食事をお持ちしました」
旗艦である飛鳥達に艦隊序列の低い強行偵察艦娘や巡洋艦娘が食事を運んで
きた。
「ありがとう。いつも済みません」
「俺のが持ってきてないけど」
大和が眉を潜め不満そうに言う。キャサリンや飛鳥の前には食事の皿がきた
が、大和の前には来ない。
統合旗艦である大和は通常時、最初に食事の皿が運ばれる。序列として一番
最初だから当然の権利であり、規律の証明でもあった。
「何をしているの。大和様に早く食事をお持ちしなさい。飛鳥、今日の大和様
に食事を運ぶのはそちらの番でしたでしょ?不手際ですわ」
飛鳥をにらむとキャサリンはきつい声を出す。
「大和の食事は今運んでくるから」
目をそらしながら飛鳥はキャサリンの問いに答える。
「大和殿、食事をお持ちしました。十分に味わってお食べください」
その時になってようやく定延が食事を運んでくる。定延はアジア連合艦隊の
副旗艦、序列では飛鳥に次ぐ。
艦隊内の序列が高いので、普通は運んでもらう側だ。
「飛鳥さん、何ですかこれは」
大和の前に出された食事をみてキャサリンの表情が険しくなる。
「えっと、あたし達手作りのご飯だけど」
飛鳥はキャサリンから目をそらす。飛鳥達の目の前に出された食事は食堂の
当番兵の作った質実剛健、見た目を気にしない内容と量で勝負の料理だ。
そして大和の目の前の食事は妙にチマチマした女の子然とした料理だった。
「なぜこんなことをするのです」
「やっぱりあんな軍隊式の飾り気のない料理ではなく、あたし達の心のこもっ
た手作り料理を食べてもらいたいじゃない?女心よ」
キャサリンの追求に飛鳥は思いっきり瞳を泳がせる。
「私の言いたいのはなぜ黙ってあなた方だけで事を運ぶのかと伺っているので
す。こういった抜け駆けは困ります」
苦り切った表情で飛鳥をにらみつけるキャサリンだった。
「何よ。そこまで言われるほどのこと?」
「ま、まあっ。いいじゃないか。明日はキャサリン達の手作り料理を期待して
いるから。それでいいだろう」
ついにキャサリンをにらみ返す飛鳥に艦隊決戦の悪夢がよみがえり、大和は
急いで仲裁に入った。
「大和様がそうおっしゃるのならいいですけど。間違いなく明日は私達の料理
を召し上がっていただきますから」
統合旗艦の大和に言われては仕方がない。渋々キャサリンは矛を収めた。
「さて、食事にしようか」
言うと大和は目の前の料理に視線をやる。見た目はおいしそうだった。しか
しこれまでホログラフィだった戦艦娘達には当然だが調理の経験はない。
果たしてどんな味がするのか?艦内で男の兵士が初めて彼女の手作り料理を
食べさせられひどい目にあったという話はよく聞いていた。
彼女は人間だろう。しかし目の前の料理を作ったのは人間ですらないのだ。
「美味しいよ大和。あたし達の手作りなんだから」
瞳をキラキラさせ飛鳥が弾んだ声を出す。
「食べてよ。食べてよ、大和」
小柄な戦艦娘、扶桑もワクワクと胸をふくらませ大和にせかしてくる。
「大和殿みんなで作ったのだ」
定延の視線が期待を込めて、大和の指先を見つめる。
「……」「……」
声には出さないが残りのアジア連合艦隊の戦闘艦娘達の視線も大和に集中し
ていた。
「じゃあ、いただくよ」
いずれ食べなくてはいけないし、そんなに待たせておけもしない。覚悟を決
めた大和の指先が動く。
スプーンにのせられた料理がついに大和の口の中に消えた。
「……味はどうですの」
キャサリンがアジア連合艦隊所属の戦艦娘の料理の腕は?と大和の表情を注
視する。
「……美味しい」
大和は低く呟く。正直に意外だったが口の中に嬉しい衝撃が走っていた。
「初めての料理だったのにか?」
大和と同じ危惧を抱いていたのか、彼の感想にアメリカ・ヨーロッパ連合宇
宙艦隊副旗艦、序列二位ゴルドバが大きく目を見開く。
「大和殿はあたし達のことをどう思っていました?仮にも仮想人格ですよ。調
理用コンピュータからレシピをダウンロードしてきちんと作ったのです」
アジア連合艦隊の副旗艦。ゴルドバと同じ序列二位の定延は糸の目をさらに
細めると、誇らしそうに大きく胸を張った。
「どうキャサリン。あたし達の腕は。明日のあなた達の料理が楽しみじゃな
い」
飛鳥は勝ち誇った様子でライバルであるキャサリンに視線をやった。
「とりあえず毒は作らなかったようね。ええ明日を楽しみにしていてくださ
い」
少しでも怯んだ様子を見せてたまるかと、キャサリンは不敵な笑みで飛鳥を
迎え撃つ。
もっとも意外なライバルの奮戦に内心は不安でいっぱいだ。これで絶対に失
敗は許されなくなったのだ。
「これでは凡庸なできはおろか、少しくらいできがよくても、向こうの後塵を
拝しかねない状況に陥ってしまいました」
先攻のできをみて対応できる以上、後攻はより相手に勝る結果が求められて
しまう。
序列三位、スージーは冷静に彼我の戦況を分析して見せた。
「嫌なことはおっしゃらないでください」
味方の言葉にキャサリンの眉が曇った。せめて引き分けに持ち込めるよう
に、今夜は眠れないかもしれないと思う戦艦娘だった。
「本当に明日は期待しているからね」
飛鳥は明るい笑顔をキャサリンに投げかける。これが相手にどれほどのプレ
ッシャーになるか熟知しつつ。
「もういいから。本当にやめてくれ定延」
「いいではないですか大和殿。どうです、もう一口」
全員の視線が飛鳥とキャサリンに集まっていたさなか、大和の悲鳴じみた叫
び声が食堂内に響く。
みれば二人の対決を避け大和は料理を持って別のテーブルに移動していた。
「どうです大和殿。美味しいでしょう」
そしてその大和の腿に腰をかけ肩に左手を回した定延が、しきりと右手で統
合旗艦殿に料理を勧めていた。
ほとんどと言うより、ズバリ酒場の膝乗り姉ちゃんだ。
「重いだろ?あまりお尻を揺らすな」
「そうでしょうか大和殿。あたしそんなに重くないと思うのですが」
「重いぞ、十分。俺の太ももは椅子じゃない」
「確かに椅子にしては大和殿の座り心地は今ひとつ。でもこの堅さに大和様の
逞しさを感じてしまいますわ」
大和の抗議を柔らかく受け流し、定延は蕩ける笑顔でさらに大和に甘える。
「だからそんなに動くなと言っているだろ」
腿に感じる定延の熱と柔らかさ。口はともかくやにさがった大和の顔を見れ
ば、一目で彼がこの状況を楽しんでいるのは明白だ。
「何をしているの定延。そして大和」
飛鳥の瞳が鋭く絡み合う定延と大和を見据える。この裏切り者!とその鋭い
瞳が叫んでいた。
「何って。定延が勝手に」
頭にのぼった血が一気に下がり蒼白になる大和だ。
「大和殿が暇そうだったので、あたしがお相手を務めていました
一方の定延は悪びれもせずしなを作ると、ホウッと熱いため息を漏らす。
「何なんですの?これはいったい。まさか私達を引きつけておいて、定延が大
和様を籠絡する手はずだったとか」
目を眇めるとキャサリンは厳しい視線を飛鳥にたたきつけた。
「何を言っているの。あれは定延が勝手に。あたしにだってあんな暴挙を許せ
るわけないでしょ。どうせやるのならあたし自身が」
飛鳥は懸命の弁明を試みようとして、逆に口を滑らせてしまう。
「なるほどね。飛鳥さん自身が大和様の膝で甘えるわけですか?」
不気味な笑いを浮かべると、ついにキャサリンは体に縦線を走らせた。戦闘
態勢を急速に整えていく。
「こっちはやる気はなかったけど、戦いを挑まれて逃げるわけにもいかない
か」
目の前で繰り出されるキャサリンのクワガタムシ状の角。追い込まれた飛鳥
は対決を決意し、自らの体を戦闘状態に持って行く。
「飛鳥、助太刀をするわ」
「キャサリン戦闘指示を」
扶桑とゴルドバが旗艦の危機に急いで駆け寄る。それをきっかけにして両艦
隊が一気に決戦態勢に入った。
「逃げろ。速く逃げないと命の保証はできないぞ」
大和は周囲の国連軍兵士に撤退勧告を発令した。ここは今から地獄になる。
もう人が立ち入れる場所ではなくなるのだ。
『非常事態発生。食堂にシールドの展開が決定されました。各員はすぐさまに
脱出を願います』
軍学校の惨事は既に宿舎にも伝えられていた。移動式のシールド発生装置が
青白い光を放ち、各員に避難指令が下されるのだった。
「もう許しませんわ、飛鳥さん。姑息な行いの報い地獄の底で反省しなさい」
言い放つと同時にキャサリンの角の間からビームが発射された。
「こっちこそ冤罪をそのまま受け入れるほどお人好しじゃないわ。こうなった
ら、返り討ちよ。返り討ち」
即座に飛鳥も撃ち返す。食堂は即座に灼熱の炎に包まれる。
「やめてくれ。このままじゃ俺達の居場所はどこにもなくなるぞ」
一瞬で燃え尽きるテーブルと椅子。用意された料理は誰の口にはいることも
なく、あっさりと消し炭と化す。
必死に戦闘の停止を訴える統合旗艦大和。しかし彼の命令を聞く戦闘艦はた
だの一隻もなかった。
「せっかくのお風呂です。今までできなかった入浴の楽しみを存分に堪能しま
しょう」
「日本のお風呂は深くて熱い。少し苦手です」
宿舎地下にある大浴場付属の脱衣場にキャサリンとゴルドバの話し声が響
く。彼女達はすでに下着姿だった。
「でもずいぶん大きお風呂場なのですね?」
部屋から持ってきたタオルの内の一枚を脱衣籠に目隠しとしてかけながら、
スージーは脱衣場内を見回す。
ここは女風呂だがいくら同性でも下着をもろに見られるのはやはり恥ずかし
い。
「楽しみです」「初めてです。こんなに大勢でなんて」
あちこちから姦しく、何人もの娘達の声も響いてくる。彼女達は言うまでも
なく、アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊の戦艦娘達だ。
元々知識としてしか入浴のことは知らないけれど、地域的な習慣としてお風
呂は一人ではいるものだと思っていた。
たまたま日本で暮らすことになったが、大勢での入浴も悪くはないなとこの
ごろは思っている白人種戦艦娘達である。
「キャサリン様。こちらをご覧ください」
と、序列が低い戦闘艦娘の一人が旗艦キャサリンにとある場所、脱衣籠が並
んでいた隅の一角を指さす。
「結構な人数が先に入っているようです。おそらく十数人かと」
「……十数人?」
妙な数の符号にキャサリンが一瞬考え込む。
「なかなか広いお風呂じゃない。それもあたし達の貸し切り」
旗艦の沈黙に他の娘達も静まる。その時だ。脱衣場と浴室を遮る扉から騒々
しい声が響いてきた。
「飛鳥もこうしてみると結構色っぽかったりして」
「扶桑だってなかなかのものよ。でも、やっぱりあたしだってこう肌が桃色に
染まっていればね。この姿なら大和も一撃必殺」
ケラケラと笑うその声はアジア連合艦隊旗艦の戦艦娘飛鳥のものだ。
「嫌な巡り合わせもあったものね。正直な話、あの子達と一緒の入浴は勘弁し
てほしいものだわ」
思わず顔を曇らせたキャサリンはおとがいに指を当て考え込んでしまう。
「ならば引き返しますか。今ならまだあの連中も気づいていないと思うのです
が」
ゴルドバはキャサリンに目を合わせると撤退の具申をする。
「それは駄目です。確かにあの娘達と一緒の入浴は、私達にとって気持ちのよ
くない結果に終わる可能性もあります。しかしだからといって私達があの娘達
に背を向けるのなんて絶対にだめです」
……引き下がる。それもあの小生意気な小娘に背を見せて。それは自分のプ
ライドをひどく傷つけるに違いない。
即座にキャサリンはゴルドバの提案を却下した。
「ならば正面から乗り込みましょう。あのような貧弱な小娘。私達の完璧なプ
ロポーションの前では敵ではありません」
いつになくスージーが挑発的な提案を持ち出してきた。基本的に冷静な彼女
だが何度となくの交戦がスージーを攻撃的にしていた。
「そうですね。背を向けるなど論外である以上、真正面から堂々と乗り込むの
みです」
キャサリンはスージーにまともに視線を合わせ大きく頷いた。
「では参りましょうか。全艦、前進。これより敵を撃破します」
キャサリンはタオルを肩にかけると檄を飛ばす。通常なら前をタオルで隠し
て浴室にはいるのだが、これは既に戦い。
あえて小娘達に自分の肢体を見せつけてやる覚悟だった。
「全員キャサリン様に続け。これより入浴を行う」
「ようし、あたしのプロポーションも小娘に見せつけてやるわ」
「決戦よ。決戦」
全員が肩にタオルを肩にかけると整列。堂々と浴室に入っていくのだった。
「あらっ。あなた達もお風呂?」
「あなた達も暖まっているようね」
小さめの公衆浴場ほどもある浴室に二組の戦艦娘達が対峙した。
強ばった面持ちの白人種戦艦娘に多少の訝しさを感じたものの、飛鳥は湯船
から首を伸ばすと、特になんと言うこともなくキャサリン達を迎える。
「なかなかいいお湯です。温泉でないのが少し残念ですが、これはこれで十分
に気持ちいいお湯です」
奥に大きな湯船が二つ。両側の壁には鏡やシャワー。ごく普通の大浴場。
鏡を前に濡れ髪で体中泡まみれの定延が気持ちよさそうに呟く。
「そうみたいね。西洋式のバスタブとは違うけど、これはこれで風情がある
わ」
定延の脇を通るとキャサリンは悠々と湯船に向かう。
「ちょっと。まずかけ湯をしてから湯船に。これはマナーだから」
飛鳥と一緒の湯船につかっていた扶桑はキャサリン達が全く足を止めないの
で、慌てて説明を始めた。
「それから湯船で石けんを使うのも駄目だよ。それが日本式だから」
「わかっているわよ。私達だって初めてここのお風呂にはいるわけじゃないん
だから」
キャサリンは軽く手を振ると扶桑に続いて説明を始めた飛鳥の言葉を遮り、
冷たく飛鳥達アジア連合艦隊の戦艦娘を見据えた。
「前も隠さないの。ずいぶん挑発的ね」
タオルを肩にかけ、その姿のまま見下ろすキャサリンに飛鳥の口調も冷た
い。
「私達はそちらのような、貧弱お子様体型じゃないから」
大きな胸を見せびらかすように突き出すと、キャサリンは冷たく微笑む。
「確かにお子様はいるけど」
飛鳥は小柄な戦艦娘扶桑にチラッと視線をやる。体も小さいが各部も未発
達。特に胸は洗濯板の一言ですませられる慎ましさだ。
「余計なこと言わないでよ。飛鳥だって大きいとはお世辞にもいえないじゃ
ん」
味方の裏切りに、プンと小鼻をふくらます扶桑。
「まあまあっ。ここは体と心の疲れをとるところなのですから、穏やかに、穏
やかに」
「……そうね。私も悪かったわ」
割って入った定延。東洋人にあるまじき結構な胸のふくらみに気圧され、キ
ャサリンは手桶をとるとザバッと体にお風呂の湯をかけた。
「熱っ!何なのよ、この熱湯は」
途端に巻き起こる絶叫。
「何よ、大げさな。食堂で何千度という高温のやり取りしたばかりでしょ?」
冷たくキャサリンをさげすむ飛鳥。確かに戦闘状態では何千度という高熱で
も平気な戦艦娘達だったが、通常時は常人と大差はない。
つまり熱いものは熱いのだ。
「水を入れて。少しさまさないと、とても入れない」
「軟弱ね。あたしなんてこれでも温いくらい。胸ばかり大きくても、肝心の克
己心とかはどうなっているのかしら?」
キャサリンの悲鳴をあっさりと無視。小気味よく鼻を鳴らし、飛鳥は思いっ
きり顔をあさっての方角に向けた。
「何ですって。あなたは江戸っ子親父ですか?」
「おいっ。あまり無理をするなよ。我慢してもいいことはないぞ」
憤激のあまりか?メモリーのどっかからおかしなたとえをだしたキャサリン
の耳に意外な声が届いた。
「大和様」「大和」
飛鳥とキャサリンの声がハモる。
「隣の男子浴室だ。ちょっと騒がしいぞ。風呂くらい仲良く入れよ」
旗艦らしく落ち着いた口調で大和が苦言を呈してくる。
「私は悪くありません。こんなに頼んでいるのに意地悪をしている飛鳥さんが
問題なんです。第一こんな熱湯に平然と入っていること自体が異常なんです」
キャサリンは大和に同情させようと涙混じりに訴える。
「大切なところも丸出しの破廉恥女が何を?最初にこれ見よがしな態度をとっ
て挑発してきたキャサリン達にこそ問題があるんじゃない。そもそもこんな程
度、自制心があれば平気です」
対して飛鳥もキャサリンの軟弱を切って捨てた。
「……全部丸出し」
ポツリと大和が漏らす。
「大和様も立派な男性。どうやら私達の立派な体に興味がおありのようです
わ」
思わず大和が黙り込んだのをみて、キャサリンは別の方向から飛鳥に揺さぶ
りをかけてきた。
「何よ。全裸なのはあたし達だって一緒じゃない。だいたいあなた達みんな似
た体型で画一的なのよ。こっちはロリに豊満にバランス型と色とりどり。大和
がみて興奮するのは、絶対にあたし達よ」
ここまできたら負けられない。扶桑、定延、自分と次々と指さす飛鳥だっ
た。
「何とでもおっしゃい。こうなったら実力で勝負よ」
「実力って男風呂に乱入ってこと?」
どちらに興奮するか大和に選んでもらう?過激な提案に驚き、飛鳥はキャサ
リンから一歩遠ざかる。
「違うわ。それでは私達が有利すぎ。結局私達に残された道と言ったら、真っ
向からの力勝負だけ。そうじゃない」
言いながらもキャサリンの体に縦線が走る。
「どっちが有利かは知らないけど、それは確かに」
納得し飛鳥も体に縦線を走らせた。第何次目かの艦隊決戦だ。
「待ておまえ達。すでに食堂を破壊した後だぞ。今度やったらさすがに宿舎だ
って追い出されかねん」
不穏な空気に大和があわてた。もはや肩身が狭いなどという状態ではない。
実は先ほどまで浴室には先客がいた。
それが大和が入ったとたんに我先に逃げ出してしまう始末。もはや完全にシ
ャレになっていない。
「確かにそれは望ましくない事態ですわ」
「ここを追い出されたら寝る場所の確保だって難しいわ」
両者の縦線が消滅する。キャサリンの言葉に飛鳥が頷く珍しい事態だ。
「火力が駄目なら残されたのは腕力勝負ですか?」
「それはあたしも嫌いじゃないな」
ゴルドバの提案に定延が乗った。両者の体格はにている。
向き合う二人。案外と好敵手かもしれない。
「いいですかキャサリン様?」
「少なくてもビーム砲を撃ち合うよりは平和的です」
ゴルドバと定延。それぞれの副旗艦は旗艦に視線を向けた。ゴルドバは真剣
な、定延はどこか面白がっているような。
「それは単独。それとも乱戦?」
「乱戦の方が面白くない。人数的にも大体釣り合うし」
ジリジリと接近する両陣営の戦艦娘。全員やる気満々だ。キャサリンの問い
に仲間を見た飛鳥が答える。
「じゃあ、そういうことで。ゴーッ!」
「みんな行くよ!」
水しぶきを上げ浴槽から飛び出す戦艦娘。浴槽の中で迎え撃つ戦艦娘。さら
に浴槽に飛び込む戦艦娘。
乱戦が始まった。
「それっ。はやく沈みなさい」
「撃沈するのはあなたよ」
「壊れろ。壊れろ」
浴槽内で組み合う戦艦娘。洗い場で蹴りを放つ戦艦娘。筋肉がきしみ、打撃
が両者の間を行き交う。
全裸のまま大きく股が開かれる。どうせ女の子同士だ。羞恥心は宇宙の彼方
に吹き飛んでいた。
凄まじい打撃音が浴室内に響く。実は彼女達は肉弾戦でも馬鹿にできない攻
撃力を誇っていた。
質量慣性制御システム。あまり知られてはいないのだが、体内に大型の火器
を内蔵する戦艦娘の体重は優に数十トンを誇る。
それをシステムが調整し、普通の女の子並みの体重に制御していたのだ。
本来は大型化が進みすぎ機動力の低下を招いた戦闘宇宙観の機動力を回復す
るための機構だったが、使えるものは何でも使ってしまう。
戦いに役立つのなら尚更だ。
「死になさい。飛鳥さん!」
「死ぬのはキャサリン、あんただ!」
戦艦娘達は一瞬だけ制御を緩め百トン単位の打撃を繰り出す。陸軍に制式採
用されているロボット兵器だって彼女達の前では無力だろう。
それほどの乱戦が広いとはいえ、所詮は浴室内で繰り広げられたのだ。とて
も無事で済むはずがなかった。
壁にヒビが走り、シャワーノズルが粉砕。浴槽からは大量のお湯が吹き上が
る。
「意外にしっこい!」
「そう簡単にはやられません!」
その中で特に激烈な戦いを展開していたのは両艦隊の副旗艦、ゴルドバと定
延だ。体格が同格で力量も拮抗していた。
しかも戦艦娘は全員国連軍式格闘術をダウンロードして使用していたので、
持っているスキルすら互角。
「しかしこれはこれで結構面白い」
「かも知れませんわね」
洗い場を戦場に選んだ二人の長い手足が鞭のようにしなり鋭い打撃を放つ。
お互いの打撃を流れるような動作で優雅に受け流す。
攻守は瞬時に入れ替わり、戦いの行方は未だ判然とはしない。しかしここは
浴室内。
「えっ。何」「もらった」
ゴルドバの足が転がっていた石けんを踏んでしまったのだ。すかさず定延の
長い足がゴルドバの腹部に突き刺さった。
「くそ畜生!」
踏ん張りが効かず、派手に吹き飛ぶゴルドバ。そのまま男子浴室との壁を突
き破り、男風呂に飛び込んでしまう。
「……ゴルドバ、おまえ」
呆然と呟く大和。ゴルドバは吹き飛んだ姿勢のまま大きく股を広げて大和の
足下に転がり込んでしまった。
「……見ましたね」
お互いに全裸。見たくもないもの、内心見たくてたまらなかったもの。とも
に丸出しのままのご対面であった。
「……破壊します」
固まった大和、そして両艦隊の戦艦娘達。一人ゴルドバの体に縦線が走りク
ワガタムシの角状の主砲がゆっくりと突きだし、そして浴室は消し飛んだ。
「やっと今日も終わりか。何というか波瀾万丈な一日だったような」
ゴルドバの暴発の後始末も終わり、飛鳥は大きく口を開けあくびを漏らして
いた。
「始末書の提出ですむとは正直思わなかったな」
隣を歩く大和も似たようなものだ。
「しかし酷い言われようですわ」
落ち込んだ様子でキャサリンが呟く。
「おまえ達のような疫病神は即座に追い出したいが、下手に外に出せばどんな
惨劇を引き起こすか。そう考えたらとても追い出せないだからな」
さすがに苦々しく大和もキャサリンに同調する。
「それでもここから出て行かされたら正直困るから。何とか居残れてあたしは
ホッとしているけどね」
「とりあえず新しい部屋につきましたわ。今日はこのまま寝てしまいましょ
う」
キャサリンが大きな両開きのドアの前で足を止めた。ここが大和達の新しい
部屋というか隔離所。
元は大倉庫。ここくらいしか全員の収納は難しいに違いない。
これまでは数人で分かれて居室していたのだが、それだとかなりの部屋数と
それに伴うシールド発生システムが必要とされとても数が足りない。
これまではそんな必要性など認識されていなかったが。
シールド発生システムの数が足りないなら、部屋数そのものを減らせばい
い。実に合理的な判断ではあった。
「危険物は一括管理が原則だが、下手に集めすぎると臨界量を突破してしま
い、かえって危険という気もするが」
統合艦隊居室。脇に書かれたドアを一瞥し、大和は大きく息をつく。
「学校と宿舎。両方で何カ所もビームで灼いたら、この程度の扱いは仕方ない
よ」
あきらめを込めて飛鳥が大きく肩をすくめた。
「それは分かりますが、何でこんなことに。今までは何とかうまく折り合いを
つけてやってきたというのに」
自分で自分が信じられないと言いたげにキャサリンも肩をすくませた。
「人型になって我々の自己抑制は明らかにゆるんでいる。そもそも人型になっ
た原因すら分からない現状では自己管理を徹底するしかないだろうな。頼むか
ら飛鳥とキャサリン、おまえ達もしっかりと頼むぞ」
「分かっているけど、人型になってなまじ肉体を手に入れ、本当の意味で大和
と結ばれるかもしれないと思うと」
「ついつい熱くなってしまいます。それに飛鳥達とのけんかも実は楽しくて、
つい歯止めがきかずにエスカレーションしてしまうのです」
「そうだったの?実もあたしも。ドタバタとキャサリン達とやり合うのが本当
に」
「だからやめろと言っているだろ。注意している矢先から瞳をキラキラさせる
な。自己管理を徹底させてくれ、頼むから」
「大和殿お帰りなさいませ」
入り口で大和が意気消沈していると、ドアが内側に開き、黒っぽい色合いの
上着にズボン。国連陸上軍の軍服を着用したアジア連合艦隊副旗艦の定延が姿
を見せた。
「お帰りなさいませ!」
直立不動で同じく軍服姿。ずらっと居並ぶ戦艦娘、巡洋艦娘、強行偵察艦娘
が一斉に声をそろえる。
「お帰りなさいませ。お疲れ様でした」
アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊副旗艦のゴルドバが静かに頭を下げる。彼女
も又地球連合陸上軍の軍服に身を包んでいた。
「ただいま。何だ、その格好は」
「先ほど使いの者が見えまして規律はまずスタイルからということで軍服の着
用を命じていかれました」
「本当なら直接の命令系統にない者の命令は受けたくなかったけど。これまで
の騒動を考えるとさすがに断り切れなくて。大和殿達の軍服も預かっています
から」
大和の問いにゴルドバと定延が答えた。
「一応、私達にサイズが合っているか着用も命じられたので。違っていたら後
で取り替えに応じるそうです」
「なるほどこうしてみると少しは軍人らしいか」
正直、なぜ陸軍なのかの疑問は残るが、あまり宇宙軍としての存在を見せた
くないのかも知れないのかと思い、とりあえず大和は我慢することとした。
「一番奥真ん中に大和殿の布団。後は序列に従い艦隊別に布団を敷きました。
これでよろしいでしょうか」
さすがに元は倉庫。板敷きの床はどこか埃っぽい。そんな中にずらりと敷か
れた布団。
悲しくなるくらい安っぽい雰囲気だ。
「私としてはベッドがよかったのですが、入りきらないから不許可だそうで
す」
ゴルドバが少し悲しそうに付け加えてきた。
「いいのじゃないか。こんなものだろう」
大和は鷹揚に頷く。贅沢を言ったらきりがない。
「どう大和。あたし達も着替えてきたわ」
「これは華やかさにかけます。私の好みではありません」
双方の旗艦。飛鳥とキャサリンも陸軍の軍服に着替え、それぞれの感想を述
べた。
「大和様もお着替えをどうぞ」
「体に当てればだいたい分かる。こんなものだろう」
黒っぽい軍服に袖を通すまでもなく軍服を受け入れることを決めた大和は、
改めて全戦闘艦娘の顔を見回す。
「仕方がない明日からに備えて今日は寝るか」
「分かりました統合旗艦殿!」
今日はさんざん恥をかいてしまった。こんな様では?明日からの自分達の命
運に思いを寄せる大和の目の前で戦艦娘達の着替えが始まる。
「な、何をやっているのだ?」
焦った口調で大和が問いただす。
「統合旗艦殿が寝ろと命じましたから」
「寝るときにパジャマなんかに着替えるのは当然でしょ?」
馬鹿丁寧な口調で言う戦艦娘も含め、クスクスと忍び笑いを漏らしながら、
手早く戦闘艦娘たちの着替えは続く。
「だからと言って」
必死になって目を背けながら、なおも焦る大和の顔が赤い。
「どうせお風呂であたしたちの全部を見せちゃたし、今更ね?」
「覗かれるのは嫌ですけど、見せる程度なら平気かなって?」
いざという時の度胸は女の子の方がある。これだけ人数。数を頼りに大和を
押しまくる戦艦娘達だ。
当然の結果だが、それなりに華やかな下着が一斉に咲き乱れ思わず目を閉じ
た大和に、定延が思わぬ決定を伝えてきた。
「それからあの時一緒にお使いの者に言われましたが、通学は一時停止。簡単
に言うと停学です。理由は分かるだろうと言っていました。尚その間、あたし
達は陸軍に一時入隊させられるそうです」
「な、何だって?陸軍に入隊。……しかし、さっきまで俺達は司令部に?」
軍服着用を命じられたときに気づくだろう普通、俺。下着の乱舞は魅力的だ
が、そんな場合ではない。思わず大和は声を詰まらせた。
「正直に言って停学で済んだのは奇跡でしょう。退学にならなかったのがむし
ろ不思議です。お礼参りを恐れたのかも知れません」
冷静にゴルドバが評論をする。しかし今日起きたことを見ていれば、艦隊娘
のお礼を怖がるのは当然だろう。
「どうもメインで暴れていた飛鳥やキャサリンには直接伝えたくなかったよう
です。宇宙軍の最高司令部の合意は既にだされたそうですけど」
完全に言葉を失い固まる大和に、定延はさらに明細を伝えてきた。
「……仕方ない。明日に備えて体を休めておくか?」
諦めきった大和は改めて就寝を命ずる。
「大和様。軍の一時入隊ですが後日日程を伝えてくださるようです。準備があ
るので少し時間が必要で、明日から即という訳では」
覚悟を決めた大和に定延が水を差す。しかしもうどうでもいいとばかり大和
は何も言わなかった。
艦隊の面目を失い、迷走を始めたアジア連合艦隊とアメリカ・ヨーロッパ連
合艦隊の統合艦隊。
何はともあれ明日はもうすぐやってくる。