学校の中の戦艦
プロローグ
巨大な時空震が外宇宙で初めての完全無人演習中の地球連合人格付与艦隊を
襲った。襲われたのは第一艦隊アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊。そして第二艦
隊アジア連合艦隊。
幸いオーストラリアを中心とした第三艦隊南半球連合艦隊とイスラム及びア
フリカ諸国を中心とした第四艦隊赤道諸国連合艦隊は残されていて急遽救助に
向かった。
しかし彼らがそこでみたものは艦隊の姿ではなく、二、三十人の若者の姿だ
った。全裸で真空の宇宙空間を漂う彼らはなんと全員が生きていた。
しかし彼らは人間ではなかった。
第一章 学校の中の戦艦
「大和君待ってー」
嬌声が朝の校庭に響き渡った。
国連軍付属高等宇宙軍事専門学校日本分校。校庭では三十人ほどのセーラー
服姿の女子生徒が一人の学生服姿の男子生徒を追いかけていた。
今時となっては時代遅れとしか言いようがないが、艦隊勤務はセーラースタ
イルと上の方で決めてしまったらしい。
「大和君は私達の味方よね?」
「冗談じゃないわ。大和君はあたし達の味方よ!」
女の子は二組に分かれていた。白人種と黄色人種。激しく男の子の所有権を
巡って対立していた。
人数的にはほぼ互角か。
「又やっているな。しかしあれが人間じゃないなんて」
呆れたように見学しながら男子生徒が呟く。
「でもあの娘達。最初よりだいぶ活発になってきていない?」
人とは違う存在とは思えない大騒ぎに脇の女子生徒も横に首を振った。
「違うぞ。俺は俺自身のものだ」
追われながらも男の子が主張するが、女の子達は誰一人聞いてはいなかっ
た。
「やめないか。おまえ達は朝っぱから、何を勝手なことを言っている」
騒ぎを聞いたらしくジャージ姿の男の先生が姿を現した。
「うるさい。邪魔しないで。これはあたし達の問題なんだから」
先頭のいかにも活発な雰囲気の女の子が軽く手を払う。
「うわっ!」
体育の教師だったのか。体格のよい男性教師は女子生徒の軽い一撃であっさ
りと吹き飛んだ。
「先生、無茶ですって。女の子の姿をしていたって、相手は戦艦です」
追われていた男子生徒。大和が力なく呟く。
そう彼らは大和自身も含めて戦闘宇宙艦の群れ。地球連合軍連合宇宙艦隊だ
った。
演習中の艦隊をおそった時空震。なぜか付与された人格の姿。本来は艦のイ
ンターフェイスを具現化した姿を残し、肝心の戦闘艦の姿は消えていた。
ついに決心したのか女の子達は足を止め正面からにらみ合う。
「もう許せない。このあたし飛鳥の名にかけて大和はあたし達のものだと思い
知らせてあげる」
黄色人種のリーダー、実はアジア連合艦隊旗艦、艦隊における序列一位であ
る戦艦娘、飛鳥は憤然と叫ぶ。
日本人そのものの黒い瞳にロングの黒髪。結構背が高く、比較的控えめな胸
をのぞいては各所が存分に発達した端正な面立ちの女の子。
飛鳥はすらりと伸びた両足を地面で地面をしっかりと踏みしめ、なんと体に
縦線を走らせ、そのまま左右に分かれていく。
「主砲発射シークエンスに移行。エネルギー充填開始します」
飛鳥の体内から無機質なアナウンスが流れ出す。
「今日こそ決着をつけてあげる」
体が左右に分断されたのにもかかわらず飛鳥は元気いっぱいだ。宣言ととも
に縦方向の巨大な二つの角、クワガタムシのそれを思わせる角がせり出し、方
向をきっちり、これまた気の強そうな白人種の先頭に立つ娘にあわせる。
娘達は単なるインターフェースの具現化ではなく、元々の戦闘艦の機能をそ
の体内に宿していたのだ。
「キャサリン、泣いて謝るなら今のうちよ」
飛鳥は冷たく吐き捨てた。
「こりもしないで艦隊決戦か?」
見学していた男生徒が青ざめる。
「避難しないと。巻き込まれたら命がないわ」
「逃げた方がいいな」
同じく顔色を変えた女子生徒の言葉に男子生徒も頷く。二人は一目散に校舎
の中に駆け込んでいった。
「芸のない。いつもの通り防いであげます」
アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊旗艦。当然こちらも艦隊序列一位の白人種の
娘、戦艦キャサリンも冷然と言い放つ。
飛鳥が活力に満ちた娘なら、キャサリンは気品に満ちた娘だった。
飛鳥もだがキャサリンも完璧な日本語だ。対人インターフェイスである彼女
達は地球上の全ての言語を話すことができた。
長身で飛鳥以上に豊満かつ蠱惑的な肢体をそらすと豊かな金髪をふわっと広
げる。冷たい輝きを放つアイスブルーの瞳が飛鳥を見据えた。
「シールド展開。迎撃態勢に入ります」
飛鳥同様キャサリンの体内からも無機質なアナウンスが流された。
「あなたが私に勝つなど不可能です」
既定事項を述べるようにキャサリンの口調に揺らぎは全くみられない。
「ご託はいいのよ。主砲発射」
飛鳥の角の間に高圧のビームが収束。そのままキャサリンめがけて放たれ
る。
「全く芸のない」
瞬間、金髪がキャサリンの全身を覆う。ビームはその金髪を直撃。
さらに次の瞬間。弾かれたビームは軌道をそらされ虚空に消えた。
「次は私の番ですか」
つぶやくキャサリンの肢体に飛鳥同様の縦線が走った。
『緊急事態。各部シールドを展開。不測の事態に備えよ』
艦隊少女の暴走。並の暴走とは訳が違う。姿が違っても戦闘艦は戦闘艦だ。
状況によっては学校はおろか町が壊滅してしまう。
その時になってようやく校庭に緊急アナウンスが流され校舎、そして学校全
体を覆う形で青白い防御シールドが張られ始めた。
正直に言ってかなり手遅れ気味の対応ではある。
「いい加減にしてくれ。どれだけ周囲に迷惑をかけたら気が済むんだ」
さすがに逃げてもいられなくなり、大和は両者の間に割ってはいる。
逞しい体。鍛え抜かれた筋肉。飛鳥同様に日本人の色が濃い青年だ。しかし
今は疲労の影が濃い。
二つの艦隊が行動をともにするときに最高司令部から派遣される総合旗艦。
複数の艦隊を束ねるだけあって、普段はやんちゃ坊主と言っていい活気のあ
る彼だが、さすがにこんな事態が続けば疲れもたまろうというものだ。
いつもは愛嬌に満ちた面持ちに今は苦味が満ちていた。
「だから大和があたしを選べは何の問題もないのよ。いつも言っているじゃな
い」
体の縦線を消した飛鳥は大和にしなだれかかると平然と言ってのける。
「私を選ぶべきです。なぜなら飛鳥さんより私の方が優れているのですから」
当然だがキャサリンも負けてはいない。慌てて縦線を消し、大和の腕をとる
と高く突きだした胸に誘う。
「やめてくれよ。仲良くしてくれ。俺は君達双方の旗艦なんだから」
一瞬だが二人の美少女の豊かな肢体に頬の肉をゆるませた大和だがそうもい
かない。必死の説得に入った。
「そうはいかないよ。大和とあたしは起源が一緒。そっちとは親密度が違うん
だから」
飛鳥は頬をふくらませるといっそう力を込めて大和に抱きつく。
「起源がなんです。より優れたパートナーと一緒になるのが理の当然です。さ
あ私を選びなさい」
キャサリンの腕にも力が入る。突きだした山脈がグニャと変形した。
「このオッパイお化け。下品なもので大和を誘惑しないで」
「貧弱な小娘。お粗末なもので何を甘えているのですか」
飛鳥とキャサリンの視線が絡み合う。
「そうだよ。飛鳥の言うとおりだよ。大和さんはあたし達のものなんだから」
「ここは日本だな。白人優位は通らないよ」
飛鳥の言葉に序列五位、小柄で悪戯そうな目つきの戦艦扶桑や序列二位の副
旗艦、目の細い少し年上の戦艦娘定延等のアジア連合艦隊少女達が同調。
さらに残りの序列六位巡洋艦娘の夏や同じく序列九位巡洋艦那智、序列十四
位最下位の強行偵察艦娘の針葉など十数人の戦闘艦娘も一斉に首をふって見せ
た。
「何がここは日本か。そちらにも日本艦以外がいるではないか」
「所属国は違っても、同じ学校に所属しているのに間違いはないでしょ」
アメリカ・ヨーロッパ連語艦隊所属の序列二位副旗艦の生真面目そうな戦艦
娘ゴルドバや序列三位すっきりとした顔立ちの戦艦スージーが反論を声高に叫
び返す。
同じく白人艦隊所属の序列四位戦艦娘テルビッジや序列五位戦艦メアリーも
力でバックアップしようと、体に縦線を走らせた。
ほかの娘達の乱入にさらに混乱は増し、収拾はつきそうにない。
「何をだらだらとやっている。統合旗艦のおまえが判断しないで、誰が結論を
出すというのだ。さっさと態度を決めろ」
いつの間に復活したのか男性教師が険しい顔で大和に迫ってきた。このまま
軋轢が続けば大惨事も必然。
教師だって必死だ。
「先生、大和は繊細なの。高度なシステムで大和は組み上がっているんです」
「そうですわ。彼を追いつめることはこの私が許しません」
とたんに絶妙なコンビネーションで双方の旗艦娘飛鳥とキャサリンが男性教
師にくってかかる。
「いいからどっかに」「消えなさい」
二人の細腕が一閃し、男性教師は虚空に消えた。
彼女達にとって大和にものを言っていいのは自分達だけだった。
「そう思うんだったら追いつめないで、もっと俺の言うことを聞いてくれよ」
再び少女達の説得に入る大和。
「さて邪魔者はいなくなったし、決着をつけようじゃない」
「邪魔者は飛鳥さん自体じゃないのですか」
いつの間にか二人の体には再び縦線が入っていた。
「お願いだよ。俺はおまえ達の旗艦じゃないのか」
疲労の色が濃い。対決姿勢を崩さない二人の娘に、このままでは俺も長くは
ないと、心の底から思う大和だった。
「……頼むから俺の言葉を聞いてくれ」
再度呟く大和。
端から見て単なるヘタレとしか思えない大和だが、容姿端麗なだけ有って艦
隊所属の女の子には哀愁漂うと好意的に解釈されていた。
そしてそう解釈していたのは戦艦娘達だけではない。
「大和君かわいそう。あんな乱暴なだけの女の子に囲まれて」
青白いシールド越し。校庭を望む窓際にたつ女生徒。肩までのショートボブ
を揺らす内気そうな娘。立木ゆかりは何とも切なそうに唇をかむ。
その瞳には思い入れが満載されていた。
「起立」
一時限目の授業。戦艦娘達の姿は彼女らだけが所属する特別クラスにあっ
た。軍事機密の意味合いもあったが、それよりも生徒達の安全確保の側面が強
い処置だ。
実際の発砲はともかく、校庭での大騒動は今朝が最初ではない。
大和の号令に一斉に戦艦娘達が立ち上がる。統合旗艦である大和は当然だが
クラス委員長を務めている。
机の並び方は変則的で四列の机の左右に黄色艦、そして白色艦に分かれて座
っていた。
そこまでは普通なのだが、大和はどちらに座っても角が立つので最前列、そ
れも左右どちらにも所属せず特別に真ん中に座っている。
「礼」
再びの号令に少女達の頭が下がる。しかし頭の向きは教師ではなく、微妙に
角度がつけられ大和に向けられている。
「……まったく」
担任の男性教師の顔がゆがむ。やはり自分に向けるのが当然と教師は思って
いたが、女子達の感覚は違う。
旗艦である大和は艦隊総司令の代理。将官クラスだと女子は感じていた。単
なる教師とは格が違うというのが女子の総意だ。
「着席」
三度目の号令で女子達も腰を下ろす。
「これから作戦立案の原則を諸君に教えていこうと思う」
男性教師が重々しく口を開く。
「大和、今日の予定だけど帰りにどっかよっていかない」
「大和様の予定に飛鳥さんの存在はないと思いますが」
教師の宣言を無視しいきなり口を開く旗艦娘飛鳥だが、しかしすぐさま同じ
旗艦娘キャサリンに話の腰を折られた。
「ちゃんと聞かんか。これは学生であるおまえ達の義務だ」
血走った視線を小生意気な女子達に向けると教師は不機嫌さ丸出しでうな
る。
「ちゃんと聞いているから先生」
「私も義務から逃げたりはしませんわ」
飛鳥そしてキャサリンはシレッと答える。
「その言葉忘れたとはいわせんからな。では授業を始める」
言うと教師は黒板に板書きしつつ教科書を読み上げ始めた。
「何で大和の予定にあたしが入っていないのよ」
「なぜなら大和様の予定は私達でいっぱいですから」
飛鳥に憤激の視線を向けられてもキャサリンの態度に全く乱れはみられな
い。飛鳥達など歯牙にもかけない風情だ。
「……なっ」
「何を勝手に決めてるの」
「決めるのは大和君じゃない」
怒りに声も出ない旗艦に変わって、扶桑やらの仲間の戦闘艦達が口々にキャ
サリンを糾弾し始めた。
「いい加減せんか。さっき授業を受けると言ったのはどうした」
姦しくさえずる女子に教師の怒りが爆発した。
「……それは」
「……こうであり」
教師の怒号に答え飛鳥とキャサリンは授業の内容を完璧に反復する。複合多
元センサーを備える戦艦娘達。
聖徳太子も真っ青のマルチ処理能力を持つ彼女達にとって授業内容など片手
間にでも何とかなってしまう。
「……そ、その通りだ」
いつもと同じく沈黙してしまう教師だ。
「先生はそういうことを言いたいのでは」
女子達の態度に統合旗艦大和は教師に同情の視線を寄せる。何を言っても平
気で返される苦痛を大和はよく知っていた。
「大和様のご意向は私が存じ上げております。言葉に出さずとも大和様は私た
ちと一緒にいたいというのは分かっています」
意気消沈した男性教師には目もくれず、アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊旗艦
序列一位の戦艦娘キャサリンはそう決めつけた。
「美形の大和様にはそれなりに見栄えの良い我々がふさわしい」
「人には分がある。釣り合いは大切だろうな」
今度は白人艦隊のゴルドバやスージーが旗艦に同調。扶桑達、アジア連合艦
隊娘に険しい視線を向ける。
「こうなったら実力行使よ」
「実力のない者が何を」
男の奪い合いに遠慮はいらない。大和の呟きには一切耳を貸さず、言い争い
はエスカレートし全員が椅子から立ち上がった。
机を蹴倒しながら旗艦である飛鳥とキャサリン以下、女子達の体に次々に縦
線が入っていく。クワガタの角が突き出た。
同時に髪の毛が仄かに光を放ち、シールド展開の準備を始める。
文字通りの戦艦娘であるアジア艦隊の飛鳥、定延、ランヴィ、愛宕、扶桑そ
して対面のアメリカ・ヨーロッパ連合艦隊の戦艦娘キャサリン、ゴルドバ、ス
ージー、テルビッジ、メアリー。
主戦力である彼女達を正面に据え、側面に展開した巡洋艦娘。相手の隙をう
かがうべく教室の所々に散らばる強行偵察艦娘。
狭い教室内。全員が臨戦態勢だ。
「砲撃を開始。一斉射撃。敵を殲滅する」
「総員シールドを展開。反撃を開始」
人間形態になってからこの方。なぜか次第に性格に緩みの出てきた戦艦娘達
のたががついに外れる。
光を放っているのかと思うほど高揚した表情。確かに大和の奪い合いだが、
その感情は怒りだけではない。
戦いそのものを楽しみに全員がワクワクと、生気を全身から発散していた。
「行くよキャサリン!」
「どこからでもいらっしゃい飛鳥!」
双方の旗艦の宣戦布告。キラキラと煌めく髪の毛が舞い上がり全身を覆い防
御シールドを形成。
その最中にも、両陣営から放たれた凄まじい光球が次々と教室内に炸裂す
る。爆風に吹き飛ばされながら、燃え上がる椅子や机。室内は炎に包まれた。
ついにクラスメート同士の砲雷撃戦が始まったのだ。
「何でこうなる」
地獄の業火もこの炎の前ではぼやも同然。室外に被害が出るのを防止すると
ともに、教師も保護。大和のシールドが最大出力で展開された。
「本当にキャサリン達って酷いよね」
二時限目。飛鳥達とキャサリン達、両艦隊の交戦で教室は内部が完全崩壊。
教えるはずの教師も怯えてしまい、とても教室にいられる状況になく、グル
ープ学習と称したエスケープに全員が逃避。
「おまえ達も結構酷かったと思うが」
誰もいない特別教室の一室に大和とアジア連合艦隊所属の戦艦娘、旗艦飛鳥
を中心とする少女達は勝手に入り込んでいた。
「本当に大丈夫ですか?」
心配そうに大和達に視線を向け内気そうな娘。この場でただ一人の人間の娘
である立木ゆかりはきく。
ゆかりの心配も当然か。全員が煤け薄汚れていた。吐く息から黒煙がでない
のが逆に不思議なほどであった。
「どうもすまないな。こっちは大丈夫だから」
ゆかりの言葉に大和は笑みを返す。
「有り難かった。どこに行こうと思っていたら君が」
「そんな。同じ学校の仲間じゃないですか」
破壊した教室には戻れない。居場所がない。
入ったばかりの学校で右も左も見当がつかずウロウロしていた、そんな大和
達に言葉をかけてきたのがゆかりだった。
「親切にするのは当然ですから」
熱い視線で大和を見つめるゆかり。
「……当然ねぇ?」
まだ二時間目。自分の授業もあるのだろうにエスケープしてまで。それに大
和に向けたその熱視線は何?
うさんくさそうにゆかりを眺めていた戦艦娘飛鳥だったが気を取り直し、改
めて大和に目を向ける。
「あっちから撃ってきたから、撃ち返しただけだよ」
まあいいか。話を戻そう。当面、大和をキャサリン達の隙をついて確保した
だけに、飛鳥は満面の笑顔である。
「まあ、いいけど。特に壊れたところはないな」
ここで飛鳥を追求しても怒り出すだけ。それがわかっているから大和も強く
はでられない所だ。
「大和は優しいね。あたしの幼なじみだけはあるね」
にこにこと飛鳥は甘酸っぱい笑みを見せた。
「大丈夫だよ。あいつらは守りに重点を置いているから、肝心の攻撃力はたい
したことないから」
続けていいながら飛鳥は体を寄せてくる。
「ここはあたし達だけ。あたしというかあたし達を自由にしていいよ」
正確には違うけど。人間の娘など無視してもいい。飛鳥が大和に向けるのは
蕩けるような笑顔だ。仲間の娘達も切ない表情を浮かべ大和も困ってしまう。
「……幼なじみね」
「大和はあたしの体の奥深くを見たことだってあるよね」
甘えるように飛鳥はさらに体を寄せ、制服に手をかけた。
「……体の奥底までなんて?」
ショックを受けゆかりは黙り込んだ。
「幼なじみといっても実態は隣接したドックで同時期に建造されただけだし、
奥底を見たといっても組み立て途中のメインエンジンなんかをセンサーの検査
もかねて、お互いに走査しあっただけじゃないか」
微妙に甘酸っぱいのかなと思いながら大和は素っ気なく飛鳥に答える。
「かもしれないけど幼なじみなのは間違いないじゃない。大和のメインエンジ
ンはあたしより立派で少し悔しかったんだよ」
少ししらけたらしく飛鳥は体を離す。
「そういえばあたし達とキャサリン達の攻撃を一人でそらして外に被害を出さ
せなかったのは、飛鳥よりも強力なエンジンを持っていたからなんだ」
扶桑、少し小柄な娘が感心したようにいう。
「その強力なエンジン見せて」
中国娘の副旗艦、定延が飛鳥と入れ違うように大和に接近してきた。
背が高く目が糸のように細い。不思議な印象の娘だ。
「見せろといわれても」
「作業用ハッチくらいあるでしょ」
細い指先が大和の胸板を探る。
「あのっ。あのっ」
目の前の隠微な雰囲気にゆかりが身を乗り出すも、どうしたらいいのか?と
ても言葉が続かない。
「破廉恥な。何をなさっているのです」
怒気をはらんだ低い声が大和の耳に届く。
特別教室のドアが開かれ渦巻くような金髪の娘、キャサリンが高い位置から
の視線を絡み合う定延と大和にぶつける。
当然、仲間のアメリカ・ヨーロッパ連合艦隊に属する戦闘艦娘も一緒だ。
「キャサリン。大和のメインエンジンはすごいんだって。みんなでみてみよう
よ」
怪しい笑みを浮かべ定延がキャサリンを誘う。そもそもこの状態の大和のど
こにメインエンジンがあるのか?
言っている定延すら知ったことではない。全てその場の勢いだ。
「えっ、ええ」
「楽しいよ。キャサリンも男の子の体をみてみたことないでしょ」
言葉に詰まるキャサリンの目前、定延は大和の上着の内側に手を伸ばす。
「そ、それもいいですわ」
思わず座り込むキャサリン。
「大和のエンジンはあたしが一番最初に見ることになっているんだから」
あわてて飛鳥もキャサリンの隣に座り、残った女の子達も周囲に群がってき
た。
「あたしも見ます。あたし機械工学の授業もとっていますから」
戦闘艦娘に後れをとった。意味の分からない事を言いながらゆかりも割り込
み、女の子達の丸い輪ができる。
「待て。待てったら」
うろたえる大和だが戦艦娘も人間の娘も、もう女の子達の勢いは止まらな
い。
「いいじゃない。大和あきらめが悪いぞ」
飛鳥も指を伸ばしキャサリンも、当然だが定延も大和の上着を引っ張る。
残った女の子に同調。ゆかりも参戦し大和に殺到。大和は女の子の山に埋も
れてしまった。
「胸板が堅い」
「腕も太い」
「男の子ってすごい」
一瞬にして上気しまくった女の子達の嬌声が特別教室に充満した。もみくち
ゃ。人間も戦艦も何もない。みんな同じ。
ここは女の子達の戦場だ。
「待て。待てといっているだろ」
大和が女の子達の間から必死にはい出してきた。
上着がはだけシャツも開き筋肉質の胸部が剥き出しだ。
「いい加減にしないか。俺も怒るぞ」
口はともかく何とかこの場からと特別教室のドアにと向かう。
「駄目ですよ。逃がしません」
「足ならこのあたし達、強行偵察艦のほうが上ですから」
「知りたいことを知るのが偵察艦の性ですから」
しかしアジア艦隊の序列十三位若竹と序列十四位針葉そしてアメリカ・ヨー
ロッパ連合艦隊の序列十三位エリカ。
素早く回り込んだ三隻の強行偵察艦に阻まれてしまう。
「すごく逞しい」
「初めて。初めて」
大和が足を止めている間に再び女の子の包囲を許した。
「偵察させてください」
「みるだけですよ?本当です」
ここまで興奮状態になったらもう止まれない。次々にのびる細い腕がペタペ
タと大和の全身をなで回す。
「剥いちゃえ。剥いちゃえ」
「男の子の解剖をしちゃえ」
「助けてくれ。飛鳥、俺を助けろ」
たまらず大和は一番気になっている女の子、アジア連合艦隊旗艦、序列一位
の飛鳥の名前を叫んでいた。
「逃がすな。解剖しちゃえ」
しかし瞳をキラキラと輝かせ一番ノリノリだったのが当の飛鳥だったから、
さすがの大和も助からない。
「やめろズボンはまずい。ここは学校だ」
いくら戦艦娘でも、相手は女の子。それに本当の人間の女の子まで混じって
いる。とても攻撃はできない。
そもそも艦隊運用に特化した大和の主装備は防御と情報解析だ。元から攻撃
力は皆無に等しい。
「逃がしませんわ。ゴルドバ逃がしてはいけません」
大和にすがりつくようにズボンのベルトを握りしめ、アメリカ・ヨーロッパ
連合艦隊旗艦序列一位、戦艦娘キャサリンは所属する戦艦娘に指示を飛ばして
いた。
頬が真っ赤。服装は乱れ、腰までの金髪も乱れ放題。いつもの落ち着きはど
こにやら。キャサリンも雰囲気に完全に飲み込まれていた。
「やめてくれ。ズボンが脱げる」
「逃がさない。解剖よ」
「男の子。男の子」
知識はともかく、今までの実体験がまったくない元戦闘艦の娘達とゆかり。
もはや歯止めが一切かからない狂乱状態だった。
「駄目だ。俺はもう駄目だ」
「いっちゃえ。いっちゃえ」
お祭り状態の勢いのまま、女の子達は一斉に大和のズボンを引っ張りおろ
す。
「わあっ」「脱げたー」
大和はズボンもパンツも守りきることはできなかった。
後ろにいた女の子はお尻。前にいた女の子達は、それこそ言葉にできないも
のの目撃者となった。
「ギャーッ」
「……なななな」
目を丸くし、完全に固まった女の子達と大和。
「死ねー。馬鹿大和」「破廉恥ー」
飛鳥とキャサリン。そして女の子全員の悲鳴。
次の瞬間、女の子達の一斉攻撃が大和に集中した。
「なぜなんだ。俺が何をした」
何とか人間の娘、ゆかりをその腕で守りながらも、生み出された特大の火球
は特別教室と大和を完璧に粉砕したのだった。
「わきゃ!」
正面から見た。もうお嫁に行けない。格好がいいのか悪いのか。フルチン男
の腕の中、ゆかりは頓狂な悲鳴を上げていた。
「なぜあたし達は校舎に入れないの」
「校庭に机と椅子ですか。完全に島流しですね」
三時限目。戦艦少女達は校庭の片隅に作られたテントの中に座らされてい
た。
珍しく両艦隊の旗艦、飛鳥とキャサリンが同調しつつ、不満を漏らす。
「二つも教室を破壊したのだから当然だ」
黒く焦げた大和は低く呟く。戦艦少女達の集中砲撃。その上で腕の中の少女
も何とか無傷で保護。さすがに防御に特化した旗艦。
正直こんな目にあっても壊れない自分に感心するほどだ。
「緊急職員会議を開くからと新しい先生もきてない」
「一時限の先生が心労で病院に行ったからって言うけど、要するに恐れをなし
て私達に目も合わせられないのでしょう」
アメリカ・ヨーロッパ連合艦隊所属の序列二位のゴルドバと三位スージーが
平然といって見せた。
旗艦であるキャサリンもそうだが彼女達は全員が背が高くスタイルが抜群に
よい。しかし雰囲気は違っていてゴルドバは無愛想なほどに厳格、スージーは
鋭く理知的だった。
「とにかく今度こそ騒ぎは御法度だからな」
……今はこんなにすましているけど、こいつらだって瞳をキラキラさせて絶
対ズボンから手を離さなかったからな。
……女は存在自体が不可解だ。
うなずきあう白人少女に視線をやりつつ、大和としてはこれ以上ややこしい
ことは勘弁願いたかった。
「仕方がないよ。……あたしあれをあんなに間近なんて」
思い出したのか、顔を真っ赤にした飛鳥が上目使いに大和を見つめる。
「大和が悪いんだよ。清かったあたし達を汚したんだから、ずっと旗艦として
一緒にいてよね」
それでも必死に表情を引き締めると、飛鳥は大和には理不尽としか思えない
要求をしてくる。
「見せられたのは私達だって同様です。目が汚れました。責任はとっていただ
けないと困ります」
割り込むようにキャサリンがまともに大和の瞳をのぞき込む。アイスブルー
の怜悧な瞳に大和は気圧されてしまう。
「だと思います。やはり男の子は正直に非を認めないと」
更に戦艦娘に手を貸し授業をエスケープした立木ゆかりも同罪。同じく校庭
に島流しされていた彼女も唇をとがらす。
「俺は悪くないだろ。やったのはおまえ達の勝手だし、恥ずかしかったのも俺
だし、何で責任をとらなくちゃいけないんだよ」
飛鳥とキャサリンさらにゆかり。三人の美少女に順繰りに視線を送りなが
ら、大和は懸命の抗弁を口にした。
今度は黙って言いなりにはならない。視線には力がこもっていた。
「あれだけの立派なものをお持ちになっているんですから」
大和の動揺を誘うつもりなのか、脇から口を出したアジア連合艦隊序列三位
副旗艦の定延が、細い目をさらに糸のようにして艶っぽくほほえむ。
「……ちゃんと剥けてたし、笠だって」
小柄な娘、扶桑が小声で呟く。実物は知らなくてもそこは人型インターフェ
ース。電脳娘はネットにも潜り放題である。
そして扶桑は序列五位の戦艦。艦内には数百人の人間。外には漏らせない
が、その関係は男女も含めて完全把握。
知識は無限大。あの騒ぎの中、確認することはしっかりと確認していた。
「メモリーに一瞬でも記録できれば、何度でも見直せるもんね」
「赤外線に磁気共振。その気になれば後ろ側からだって精査しちゃえるもの」
さすがに並の娘とは違う。顔を赤くして笑み含みでささやきあっている姿と
は裏腹に、ほぼ全員が大和のすべてのサイズを知り尽くしているらしい。
「何ならデーター転送してあげようか」「……もういいかも」
どうやら間違いなく戦艦娘全員が大和のデーターを完全解析していたよう
だ。
「ゆかりさんはデーターいります?」
ただ一人の人間の娘。データー共有していないゆかりに戦艦娘の一人がき
く。
「……お願いします」
恥ずかしそうなゆかりだが、その手にはモバイルタイプの情報端末がしっか
りと握られていた。
「だからなんだと言うんだ。俺がなんだろうと責任は別物だろう」
上気し頬を染めた黄色白色二群の娘達に大和はさらに声を上げた。
「だから大和はあたし達の旗艦じゃない。それも女の子であるあたし達の。い
くら数がいたって跳ね返してよね」
「統合旗艦で男性人格。全員が期待しているのですから。あなたにその程度を
期待することがいけないとでも」
サラッと飛鳥とキャサリンが大和にとどめを刺す。
「……勝手なことを言ってくれる」
理不尽だ。女子相手でもあの人数を相手に何かできるとは、大和には到底思
えない。
相手は女の子。下手に力を出せば大ブーイングがくるだけだし、そもそも本
気であってもあの状況がどうにかなる訳がないのだ。
わかっていても、俺に何とかできるはずないだろと主張することは、情けな
くてとてもいえない。
低く呟くことしか大和にはできなかった。
「……内心では興味津々。恥ずかしいけど知ったことは無駄ではなかったりし
て」
「そうだね。今夜は興奮してうまく眠れるかな」
「メモリーを再生するのが楽しみ、楽しみ」
押し黙る大和の背後から、再び女の子達のクスクスという笑い声が聞こえて
きた。
「ねぇ大和君、そのそれって、やっぱり大きくなるのかな」
受けをねらったのか。半分以上女子校乗りなのか。白人種偵察艦娘の一人序
列十四位、クールベからとんでもない発言が飛び出した。
「……!」
あまりの言葉に思わず固まり絶句する一同。
「……あのっ。別に深い意味はないのよ。そのあたし偵察艦だから、味方艦の
全てのスペックも知っておいた方がいいかなって」
重い沈黙に発言した女子は真っ赤になり、引きつった笑いを漏らす。
「……一応は」
正直に言うべきか迷った。本来の姿でないこの体のスペックなど申告しなく
てもいいと思う。女子の疑問はおそらく単なる興味本位だろう。
それでもいつになったら元の姿に戻られかわからない状態。旗艦としての責
任感から大和は今朝の体験を元に短く答えた。
「大きくなるって」
「やっぱりカチカチに堅くなるのかな」
「それこそ、天だって突きまくっているに決まってるじゃない」
一斉に少女達が声高にさえずる。確かに仮想人格だが油断をしてはいけな
い。艦に乗っていた人間の行状を逐一、その目蓋の奥に収めているのだ。
耳年増の究極が姿を変えた存在でもあった。
「いい加減にしなさい。大和様は私達の旗艦。下世話なことは口にしないでく
ださい」
「キャサリンの言うとおり。今あたし達が問題にしなくてはいけないのは、そ
んなことではないだろ」
珍しくキャサリンと飛鳥が口をそろえる。彼女達もそれぞれの旗艦。各艦隊
の統率をとるのも彼女達の責務だった。
「大体あたし達は本来の姿から離れているでしょ。そんな瑣末なことなどメモ
リーから消去しておきなさい」
あたしは完全保存版かな?と内心で呟くと飛鳥はもっともらしく訓告を与え
る。
「だって何時になったら元に戻れるか。時空震の影響たって原因かもしれない
けど、どうしてなんて全然わからないし」
旗艦の剣幕に頭を押さえながらも序列五位の扶桑が言いつのった。
「そんなことは言っていられませんよ。今は第三と第四の二つの艦隊しか動い
ていられない状態なのですから」
旗艦同士分かり合えるのか。キャサリンも飛鳥の立場に同調して口を挟む。
「現実問題ですが、今のところ明確な敵もいないですし明確に元の姿に戻れる
手段もありませんが」
「あえて言えば、相手は海賊程度。これはあたし達ではオーバースペック。警
備艇程度で十分な相手。ならば現在を楽しんだ方がお得じゃないかな」
スージーの発言に定延が補足する。実際、現存する特別な敵はなく宇宙艦隊
は文字通り万が一の事態に備えているだけだ。
海賊はいるが持っている船艇は惑星表面を這い回るのがせいぜいのシャトル
クラス。恒星間宇宙で活動する艦隊所属艦とは次元が違う。
もっとも恒星間武装船を建造しても襲う相手は同じ。所得も大差はないだろ
う。
建造費と運用費が三つか四つ桁が違うそんなオモチャを建造する愚か者は、
さすがに海賊にもいなかった。
「下手に私達が動くと捕らえるどころかあっさり撃沈して、逆に惑星表面に被
害を出しかねません」
定延の補足にさらにゴルドバが乗り出し、両副旗艦の言葉にとりあえず議論
は沈静化した。
基本的に各艦隊は所属する国家群の示威活動のために存在しているようなも
ので、実質的な意味は今のところ薄い。
その分各艦隊のライバル意識も強く、現在活動中の艦隊に心穏やかではない
のだが、今のところそれは仕方がないだろう。
「このままじゃやることもなしか。立派な男の子として、そんなんじゃ大和殿
もつらいだろうから、あたしが夜もお相手しようか」
定延は冗談っぽく微笑むと大和にしなだれかかる。しかし目が薄く濡れそぼ
り、かなり本気だと誰もが思わずにはいられない。
「あ、あなたは何を考えているのですか。先ほどからおかしな媚態を振りまい
て。大和様はあなたのようなアバズレは相手にはなさいません」
「そうだよ定延。大和はあたし達のもの。あんた一人のものじゃないのよ」
「それも違います。大和様は私達のものです」
「あんた達は馬鹿。大和とあたしは幼なじみで、みんなとは同じ起源の生まれ
なの。お邪魔虫は消えなさい」
「誰がお邪魔虫ですか。気品のかけらもないあなた達につきまとわられる大和
様がお気の毒です。あなた達こそ消えなさい」
飛鳥とキャサリンは言い争いの末、椅子を蹴倒し立ち上がった。
「……あなた達のような乱暴者。どちらにしろ迷惑なのでは」
ただ一人の本当の人間。もっとも大和も本来は人間ではないので、どれだけ
のアドバンテージがあるものやら。
ゆかりはそっと心の中で呟く。
「やる気なら容赦しないよ」
「口だけで私達に勝てるつもりですか」
「愚かな、何度同じことを繰り返すつもりですか」
「その言葉そのままあなたにお返しします」
双方の旗艦の対決に艦隊所属の戦艦娘が一斉に立ち上がった。即座に全員の
体に縦線が入り臨戦態勢を作る。
まさに一触即発の事態だった。
『非常事態発生各シールド展開!各員避難態勢に』
何度も同じことが起こればさすがに対応も早くなる。校庭はお馴染みの青白
いシールド光に包まれた。
さすがに学習済み。ゆかりは素早く立ち上がると校舎に消えていく。
「全く定延め。勝手なことを言ってくれる。俺の気持ちも知らないで」
呟く大和の目の前で飛鳥を旗艦とするアジア連合艦隊とキャサリンを旗艦と
するアメリカ・ヨーロッパ連合艦隊との艦隊決戦が火蓋を切った。
乱れ飛ぶ光弾。同時に煌めく長い髪の毛が体を覆いシールドと化す。凄まじ
い爆炎が校庭に充満し、もはや目も開けていられない。
「俺だって困っているんだ」
大和の前で戦っているのはいずれも美少女。どうせ人間型のインターフェー
スを作るのなら、より見目麗しい姿が望ましいから当然のことだ。
男性型のインターフェイスである大和だって、当たり前だが少女達に相応し
く抜群の美少年だ。
「誘ってくれるのは嬉しい。もしかして定延なら後腐れなく遊んでくれるかも
知れない。正直、抱けるものなら抱きたい」
単なるインターフェースの時は知識としてはあっても、当然だが実感として
の性欲などなかった。しかし実体を得た今は違う。
普通なら時間をかけて抑制力を身につけるのだろうが、いきなりの実体化。
感じる欲望は大和の強い意志力を持っても我慢しかねる強さだ。
大和だって戦艦娘達と同じだ。自分に乗っていた男の兵士が彼女を連れて艦
の片隅で。
目撃するだけしかできなかっことが、今は自分だって可能。
「しかしそれはできないんだ」
校庭では圧力に負け一次シールドを失い、二次シールドも次々と崩壊してし
まう少女が続出。
髪の毛に続いてシールドの具現たる衣服も失い、下着だけの半裸姿になる少
女があちこちで出現していた。
布の絶対量が足りないせいか?上着ほどではないが、下着でだけでもそれな
りにシールドは張れる。
まだまだ少女達の士気は高く、なかなか戦いは終わらない。
「大和はあたし達のものだ」「大和様は私達のものです」
「本当に俺の気持ちも知らないで」
少女達の叫びを聞くまでもなく。戦艦娘の全員が自分を好きだと大和は知っ
ていた。
より強い統率力を求め、少女達の好みを計算しつくした上で、統合旗艦に自
分のパーソナリィが選ばれたのだから。
だから誘えば誰であっても自分についてくるのは確実だ。本当に望めば全員
が最後までつきあってくれるだろう。
しかし同時に大和は知っていた。一つの艦隊に所属する戦闘艦は常にデータ
ーリンクし安全を確保していると。
秘密の恋人は不可能。リンクを切れば、その時点で不審に思われる。だから
一人を抱けば残りの全員にもつきあいを要求されるに違いない。
さらに艦隊同士のライバル心は強いから一つの艦隊と関係を持てば、別の艦
隊の戦艦娘に自慢するに決まっている。
結局アジア連合艦隊の十四隻とアメリカ・ヨーロッパ連合艦隊の十五隻。計
二十九人の戦闘艦娘の相手をしなければ絶対に収まりはつかないだろう。
「俺にはそれだけの体力はないんだ」
……でもっ?艦隊の娘達はリンクしているが、ほかの娘なら?一瞬、立木ゆ
かりの姿を脳裏に浮かべる大和。
不埒な事を思う大和の心の中まで見通せる訳もなく、彼の目の前でほとんど
の戦艦娘は二次シールドまで完全に破られて全裸と化していた。
なぜか一次シールドの髪の毛は破られても煌めきが消滅するだけで一応は残
るのだが、二次シールドの衣服は消滅してしまう。
髪の毛は元々戦艦娘に付属していたものだが、衣服は後から着用したもの、
だからではないか?
色々と解釈はされていたが大本の人間形態になった理由も不明なのだから、
本当のところは誰も知らない。
そういうものだとしか言い様のない現象ではあった。
「何日かはうまくいっていたのに、今日は最悪だよ。ついに机も椅子もなくな
って地面に体育座りだもの」
「今日の惨状。学校にいさせてもらえるだけでも大温情だと知りなさい」
自分だってもろ当事者にもかかわらず、実に偉そうにアメリカ・ヨーロッパ
連合艦隊旗艦、艦隊序列一位のキャサリンはそう宣う。
四時限目。校庭の片隅に隔離されるように、シャツと短パンの体育着姿で黒
く焼けこげた地面にバラバラと座り込む戦艦娘達の姿があった。
「当然だが教師はいない。おそらく二度と俺達の前に姿は見せないだろうな」
あれだけ火器を撃ちまくったのだ。普通の人間が近ずくには危険すぎるだろ
う。
肩を落とし大和は低く呻く。なまじエリートとして育てられただけに、この
失墜感には耐え難いものがあった。
対して飛鳥とキャサリンは打たれ強いのか存外と平気だ。いつの間にか問答
にも絶妙な間が生じ、このまま仲良くなっていくのかもしれない。
「学校には期待していたのに」
「それは先生達の言葉。最先端の英知が詰まった現役の戦艦。全般を司る仮想
人格。さぞかし怜悧な存在がと期待していたでしょうに」
「来たのがこんな暴れ姫とはな。失望を通り越して恐怖の一言だ」
調子よく続く飛鳥とキャサリンの問答に大和も参戦。
「わかりやすい飛鳥はともかく、一見落ち着いているキャサリンも同類項とは
俺ですら知らなかった」
二人にげんなりした視線を向けると大和はさらに肩を落とす。
「なら言ってもいい。大和がこんなに統率力不足なんて知らなかったよ」
「確かに情けなかったですわ。大和様なら私達をしっかり導いてくださると信
じていましたのに」
何時の間にタッグを組んだのか、飛鳥とキャサリンは大和に逆襲に出た。
「まあまあ。仕方がないですわ。この体に馴染めば馴染むほど」
「やりたいこととやりたくないことがはっきりとしてきたから」
女の子座りの序列二位定延と体育座りの序列五位扶桑が声を合わせると、本
来は敵対しているはずのゴルドバとスージーも口を挟んできた。
「肉体を得て戦闘艦時代の束縛感から解き放たれたのかもしれないな」
「言いたいことを言い合ってストレスフリーな生活ですから」
軍艦時代はいろいろな軍事機密もあり好きなこともできなかったが、こうな
った今となってはそんな閉塞感も全てチャラだ。
生き生きとうなずきあう両艦隊の戦艦娘である。
「まさかあんなに下ネタで盛り上がるとはね」
「このメモリーは生涯完全保存版です」
「今日ほど楽しかったのは建造されて以来、初めての体験です」
残りの戦艦娘達も口々に感想を漏らす。全員が満たされた思いでいっぱい
だ。
「そんなに面白かったか。実も俺も楽しかった。逃げまどい必死に教師を守
り、それでも生き生きと好き勝手やっているおまえ達をみているのは決して悪
い気分じゃなかった」
……もっと言うことを聞いてくれていたら俺としたら楽だったけど、こんな
に心躍る体験はまず期待できなかったろう。
そう思うと大和も麾下の戦艦娘に対して笑みを禁じ得ない自分をついに認め
てしまうのだった。
「でも大和、実際あたし達は何をしたらいいのかな」
「このまま漫然と過ごすのもさすがに考え物ですし」
ひとしきり笑いさざめきあっていた戦艦娘だがさすがに退屈してきたのだろ
う、大和に今後の行動方針を求めてきた。
「この時間は相互メンテナンスに当てようと思う」
「……メンテナンス」
「あれだけ無茶やったからな。いくら何でも少しは調べておかないと、後で不
調がでるかもしれないだろう」
「そうですね。楽しすぎて大和様に言われるまで、私もメンテナンスにまで気
が回りませんでした」
キャサリンが言うと次々と戦艦娘達は立ち上がる。
「とりあえず校舎内に入れるよう交渉しよう。いくら何でもこんな場所ではチ
ェックもメンテナンスもできないからな」
「駄目でもなんか身を隠すもの程度は確保してきて。そうそう乙女の柔肌は人
に見せられないから」
飛鳥は今までの行状を忘れたらしく、頬をピンクに染めると大和に頼み込
む。一時は全裸で主砲を撃ち合ったのだが、さすがに通常ではそうもいかな
い。
「……まずは学内のネットにアクセスして」
時々自分でも忘れてしまうほど人間らしくなってきた大和だが、やはり仮想
人格の対人インターフェイス。
ネットダイブなどお手の物であった。
「体育準備室を使ってくれって。校舎の横手にあるらしい。何か欲しいものと
いっていたけどチェックしないと欲しいものもわからないから、後で連絡をす
るといっといた」
「じゃあ全員移動しよう」
「全員というのは私達も含まれますの。まあ、いいですけど」
飛鳥の号令に一度は突っ込むキャサリンだが、そこはもう慣れっこ。
「いいじゃない、今更」
「そうですけど」
あっさりと飛鳥の後に続く。
「大和はどこかでセルフチェックしてて。やっぱり男女一緒はまずいから」
「あたしならどこを見られても構いませんが」
クスッと小さく笑みを浮かべ国際連合軍所属アジア連合宇宙艦隊副旗艦、序
列二位定延派スッと胸元を広げ、真っ白な肌を涼しい風に曝す。
「定延、そういう冗談は大和には通じないから。本当に全部見られとかしちゃ
うから」
「これだけの女の子の前でご自分のものを開陳されるお方ですから確かに」
いつの間にかキャサリンの頭の中では大和が自分で女の子に男の象徴を見せ
たことになっていたらしい。
「旗艦のくせにいやらしい奴だから」
当たり前のように飛鳥も大和の弁護はしない。
「……いいけどな。名前だけの旗艦か、俺は」
大和は不満だった。なぜかいつの間にか自分の扱いが下落し放題。確かに飛
鳥達に興味はあるが、ついて行くほどプライドは失っていない。
「あたしなら本当に大和殿に全てをお見せしてのよいのですが、よかったら後
でのぞきに来てくださいね」
「だからやめなさい、定延。大和も本当に来ちゃいけないよ」
飛鳥とクスクスと笑みをこぼす定延の会話の途中、キャサリンが大和を鋭く
にらむと一言。
「ついてこられたら撃沈しますから。皆様いきましょう」
「……本当に俺に対する好意はどうなった」
体育着姿の二組の戦艦娘達が仲良く連れ立って歩いていく。笑いに包まれた
戦艦娘達の背中を見送りながら大和はさらに愚痴をこぼす。
ようやく平穏な一時間が過ぎつつある地球連合所属アジア連合艦隊とアメリ
カ・ヨーロッパ連合艦隊の統合艦隊だった。
体験入学者である彼女達の予定は午前で終わり。しかし学校は終わっても彼
女達の一日はまだまだ終わってはいない。