第95話 「禁断の質問」
安川「ようこそ、鮎川瑠美さん。どうぞお座りください。」
瑠美「あっ!おはようございます。」
瑠美は、ハッとして、慌てて椅子に腰掛けた。
田辺「お二人見つめ合っていましたが、何か思うところでもありましたか?」
瑠美「Mizkiさんと一緒だとは、聞かされてなかったので、びっくりしちゃいまして・・・。」
田辺「Mizkiさんは?」
Mizki「はい、あたしも、心構えが出来ていなくて、頭の中が真っ白です。」
安川「お二人とも、驚かせてしまってすみません。ドッキリ企画として、番組側が人気最高潮のお二人の同時出演と対談を準備したわけなんです。」
田辺「先ほどMizkiさんから、瑠美さんは目標ですと発言がありましたが、お聞きになって瑠美さんは如何ですか?」
瑠美「とても光栄です。私も、目標にされる様になったんだなーっと。」
Mizki「はい、良い事も悪い事も。」
田辺が、急にMizkiは何を言い出すのだろうと見ると、Mizkiは、鋭い視線で瑠美を見ていた。
田辺「まーっ、有名になると、人に与える影響も大きいですからね。」
田辺は、嫌な空気を感じとった。
瑠美「そうですね。そういう影響も考えないと、中には勘違いされる人もいますからね。」
田辺が瑠美を見ると、瑠美は不敵な笑みを浮かべていた。
田辺は、何と言って良いのか分からなくなってしまった。
安川が、それを感じ取って、割って入った。
「えー、瑠美さんの新曲が聞きたいとリクエストが多数寄せられていますので、ここで聞くことにしましょう。では、鮎川瑠美さんの来週発売の新曲で、『ハートカクテル』です。」
鮎川瑠美の新曲「ハートカクテル」が、電波に乗って送り出された。一方、ON AIR ルームは、重苦しい空気に包まれていた。
安川が、ガラス越しに見ていたプロデューサーを、手招きで中に呼んだ。
「一体どうなってるんだよ。2人の事務所には、ちゃんと了解とってるんだよね?2人の仲とか調べなかったの?」
田辺美奈子も変な緊張のせいからか、プロデューサーに食いついた。
「そうですよ。何がドッキリ企画よ、こっちが、ドッキリしちゃったわ。」
Mizkiのマネージャー加藤真紀が、さっそうとガラスの内側の部屋に入って来るなり、番組プロデューサーに話し掛けた。
「Mizkiは、これで帰らせますので。」
それを耳にした瑠美が、口を挟んだ。
「真紀、逃げ出す気? そうやってあなたは、自分のデビューのチャンスも潰してきたんじゃないの?」
「うるさいわね、私の話なんかどうでもいいでしょ。」
「そうね。確かに、あなたのことだけならね。でも、同じ事をMizkiにさせては、気の毒だわ。」
「何言ってるの? あなたがそこまでになったのは、私がマネージャーだったからよ。Mizkiが気の毒な訳がないでしょ」
瑠美は、少し間を空けて、微笑みながら言った。
「分かっているくせに・・・」
「もー、ムカつく。居ればいいんでしょ、居れば。どうなっても知らないからね。」
加藤真紀は、番組プロデューサーに向かうと苦笑いを浮かべて言った。。
「と、云うことなんで、お願いします。」
番組プロデューサーは、呆気にとられていた。
成り行きを気にしていたマイケル安川と田辺美奈子は、「えっ! うそっ。」と言わんばかりの表情をした。
鮎川瑠美の新曲「ハートカクテル」が終わり、そこに居る全員に緊張が走った。
マイケル安川と田辺美奈子が、見るからに嫌な顔をしている。
マイケル安川が、仕方なくマイクのスイッチを入れた。
「鮎川瑠美さんの新曲『ハートカクテル』如何だったでしょうか?
では、瑠美さんに、ちょっと曲の解説をお願いしたいんですが・・・」
瑠美とMizkiも、先程と同じ椅子に座ってイヤホンを付けた。
「はい。この曲は、今聴いて戴いてお分かりだと思いますが、少し大人の香りを出した感じになっています。一度に複数の男性と付き合いを持つ女性が、夜な夜なその男性達をカクテルバーで、一人ずつどんな人なのか吟味していき、自分に合った人を見つけるというストーリーです。
まー私には、縁が無いお話ですが、世の中にはこんなタフな女性もいるのかなーと思って、頑張って雰囲気作りをしました。」
「なるほど、瑠美さんも大人の世界へ入った訳ですね。」
「いえいえ、まだまだです。それに、正直、私の恋愛観とは、ちょっと違うかなーと・・・。」
マイケル安川が、つい進行役としての当り前の振りをMizkiにしてしまった。
「Mizkiちゃんは、この曲を聴いてどのように感じましたか?」
美奈子が、「何でそんな質問をしちゃうのよ!」と言わんばかりの顔をしていた。
マイケル安川も、すぐにシマッタと思ったが、言ってしまったものは仕方ない。
Mizkiも、まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったので、普通に答えるのか、皮肉や嫌味を混ぜて答えようか迷った。
しかし、迷っている時間などある筈もなく、周りの視線がプレッシャーを与えた。
「そうですねー。男の人を吟味するなんてこと自体、別な世界のことだし、一度に複数の人と付き合ったりしませんから、あたしには、ちょっと分かりません。」
意外にも普通に答えてくれたので、マイケル安岡は、ほっと胸をなでおろした。
「リスナーの皆さんも、きっとホッとしたことだと思います。そうです、Mizkiちゃんは、まだ高校生ですから、そんな恋愛なんて、解るかー!ってことですね。」
その時突然、鮎川瑠美が口を開いた。
「でも、Mizkiちゃんも、沢山のファンが出来たので、これからは吟味する側で、好きな人を追いかける恋愛はもう卒業ですかね。そうそう、昔から、惚れられて結婚した方が幸せになれるっていうじゃないですか。」
マイケル安岡は、瑠美の言葉がどういうことなのか分からないで、普通の返しだと思い、コメントを入れようとした。
「なるほど、もうMizkiちゃんには、俺と結婚してくれと願う世の男性がごまんと出来た訳ですから。」
瑠美の言葉に熱くなったMizkiが、黙っていられなくなった。
「ファンは、ファンであって恋愛対象とは、違うと思います。勿論、ファンの中にはすごく良い人も居るかもしれません。でも、ファンの方と結婚した芸能人ってそんなに居ますか?」
その時、美奈子に女の勘がひらめいた。Mizkiちゃんには、好きな男がいると。そして、鮎川瑠美はそのことを知っていると。2人の仲が険悪なのは、ひょっとして同じ男を好きなのではないのだろうかとも。
そんな事を思ったら、妙に楽しくなって、つい質問をしてみたくなった。
「もしかして、Mizkiちゃんは、今好きな人がいますか?」
この禁断の質問に、スタジオの空気が凍り付いた。
ガラスの向こうでは、双方のマネージャーが、プロデューサーに詰め寄り、プロデューサーは、腕でバッテンを作り、CMを入れろと指示をしている。
Mizkiが、口を開いて答えようとした瞬間、マイケル安岡が、手の平をMizkiに向けて止めた。
「美奈子さん、何ていう事をきくんですか? 歌手の皆さんは、デビューする前にそういうのは、きちんと整理しておくんです。」
「安岡さん、いったい何年前のアイドルの話をしているんですか?今は、そんなことないんです。若い女の子なんだから、好きな人がいたって当り前じゃないですか。」
「えーっと、モテない美奈子姫が何やら興奮気味なので、一旦、CMに入りまーす。」
CMに入った途端、プロデューサーからの怒鳴り声がスタジオ内のスピーカーから入って来た。
「バカ野郎!二人とも何やってるんだ!Mizkiちゃん帰りで、瑠美ちゃん継続でいくから、しっかり頼むよ、まったく!」
「はい、3,2,1、キュー」
合図が送られた。
美奈子が、慌ててマイクに向かった。
「えーっと、一緒に楽しんでくれたMizkiちゃんとは、ここでサヨナラということになりました。Mizkiちゃん、今日はどうも有り難うございました。
失礼な事一杯言っちゃって御免なさいね。これに懲りずにまた遊びに来てください。(拍手)」
「ありがとうございました。また呼んでください。次は、ドッキリ企画なしでお願いします。(笑)」
Mizkiは、瑠美の顔を見ることなく ON AIR ROOM のドア開けて出て行った。
ドアの外には、スタッフ、関係者が何人も居て、出て来たMizkiを見つめていた。
Mizkiは、真紀に腕を掴まれて、廊下に連れ出された。
そこには、誠が立っていた。