表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/96

第91話 「瑠美の帰国」


鮎川瑠美が、日本に帰って来た。

空港に降り立った瑠美の横には、いつも野田誠が居た。

マネージャーと公表したからには、一緒に居ない方が変に思われるという意識が、より2人を近づけていた。


もちろん、空港には、事前に帰国を察知していた記者達が、大勢待ち構えていた。

到着ゲートから2人が出てくると、目が眩むほどのカメラのフラッシュが、一斉に焚かれた。

「瑠美ちゃん、お帰りなさい! 向こうではゆっくり出来ましたか?」

「新曲の出来はどうですか?」 「野田さんは、本当は恋人じゃないんですか?」

「シャインミュージックの新人が、話題になっているのを知っていますか?」

「『Mizkiインパクト』はご存知ですか?」


愛想笑顔で通り過ぎようとしていた瑠美の耳に、「みずき」と云う言葉の響きが入って来た。

思わず瑠美は、誠に聞いた。

「誠は、『Mizkiインパクト』って知ってる?」

「ジュースのブルーインパクトとコラボして、話題になってる新人歌手のことだよ。」

「Mizkiって、まさか、みずきのことじゃないわよね?」

「最近アメリカに居たから良く解らないけど、そんな訳ないでしょ。みずきが歌手になる訳ないじゃん。」

「そうだよねー。でも、小さな時から歌、好きだったなー。」

瑠美の脳裏に、みずきの歌っていた姿が甦った。

誠も、みずきと一緒に行ったカラオケ店での、歌の上手さに驚いた自分を思い出した。


次の瞬間、2人は目を合わせると、同じ言葉を口から漏らした。

「もしかして・・・。」


空港を後にした2人は、急いで事務所に戻ることにした。

無論、「Mizki」の正体を知るためである。


乗り込んだタクシーのラジオが付いていた。

「清涼飲料水メーカーの新商品「ブルーインパクト」のCM曲と宣伝用ホームページに、少しだけ動画で登場しているだけなのに、これほどの人気が出るなんて信じられません。まさに『Mizkiインパクト』です。一体、どれほどこの曲が売れるのか誰もが気になるところですが、ついに待ちに待った発売日がやって来ます。

一足先に、フルコーラスで聞いてみましょう。

Mizkiさんで「TAKE OFF」です。 (ミュージック)」


「運転手さん! ラジオのボリューム大きくしてください!」

瑠美が大きな声で言った。

言われた運転手は、慌てて音を大きくした。

「良いですよねー、この曲。何度聞いても飽きなくて、清々しい気持ちになる。

ジュースのホームページの動画見たけど、またこれが、可愛いんだよねー。」

運転手は、しゃべりながら、ふと、ルームミラーで後ろを見ると、表情が変わった。

「えっ! まさか、鮎川瑠美さん! そ、そうでしょ? ね、そうだよね!

わっ! びっくり! あっ、そーだ、サインしてください!」


誠が、迷惑そうに言った。

「違いますよ。人違いですよ。」

すると瑠美が、すぐに否定するように言った。

「はい。どこにサインしますか?」


運転手は嬉しそうに、ボールペンとバインダーに挟まれた日報の紙を裏返して、差し出した。

瑠美は、それを受け取ると、にこやかにサインをした。

「来週、新曲が出るので、応援してくださいね。」


運転手は、喜びも頂点で言った。

「はい。応援します! 世間は、『Mizkiインパクト』とか騒いでるけど、僕は前から、鮎川瑠美さんの曲が大好きで、毎日聞いてますよ。」


誠が、呆れた顔で小さく呟いた。

「まったく、調子が良い奴だよ。」


瑠美の耳には届いたようで、誠を見て言った。

「人は皆、そんなもんよ。だから、私達は、ファンを大切にしなきゃいけないの。ファンクラブに入ってくれる人は、本気で応援してくれる人達だけど、それだって、段々飽きられてしまう。10年、20年と人気を維持できるなんて奇跡に近い。それは、人々の心に完全に入り込んでいるカリスマ。私には到底出来ない夢の世界よ。」


誠は、そういうつもりで言ったんじゃなかったのにと、困惑して何も言えないでいた。

ところが、傍耳を立てていた運転手の耳に入っていた。

「そんなこと無いですよ! 鮎川瑠美さんなら出来ますよ! いや、もう近いところまで来てる! 僕は、今日で、もうぞっこんになりましたから。10年でも20年でも応援しますよ。握手してくれたら、ライブも行っちゃいますよ!」


誠が、また、呆れた顔で小さく呟いた。

「まったく、どこまで調子が良い奴なんだ。」


その後も運転手の舌は、乾かずに動きぱなっしだった。

暫くすると、タクシーは事務所についた。

料金を払う時に、瑠美が握手を求めて手を伸ばした。

運転手は、大いに喜んで両手で握手をした。

「瑠美さん、ありがとう! 毎年ライブ行きます!」

「来たら、楽屋に来てくださいね。グッズでもプレゼントしますから。」


車から降りると、誠が言った。

「瑠美さんも、タヌキだよね。仕事では、あんな態度もとるんだね。」

「何よそれ。私は、本気で接してるよ。それはそうと、あの曲聞いた?」

「うん、あの声は、みずきだね。」

「そう、間違いない!」


2人は、事務所に入って行った。

瑠美は、社長の顔を見るとすぐに質問をした。

「社長、Mizkiの「TAKE OFF」は知ってますか?」


社長は、予想はしていたが、「ただいま」の一言くらいは欲しかった。

「帰るなり、いきなりそんな話か?」


社長との温度差に、瑠美は尚更興奮した。

「そんな話って。Mizkiっていうのは、私の妹ですよ!」


社長は、興奮気味の瑠美をかわすかのように言った。

「あー、知ってるよ。」


瑠美の温度は、さっと下がった。

「知ってるよって・・・。それだけですか?」


「あー、何でそんなに慌てているんだ?」


考えている瑠美の代わりに、誠が答えた。

「だって、みずきが、瑠美を負かせようとして、デビューしたから。」


「別にそれが、どうしたというんだ? 世間は、姉妹だなんて知らないし、瑠美の過去は公表していないから、結び付きようがない。瑠美を負かすつもり? 鮎川瑠美の築いて来たものは、そんなに簡単に抜かれはしないさ。

なっ、そうだろ。瑠美?」


「えっ、まー。はい。」


「おいおい、何だ、その自信の無い返事は。

妹だろうが、何だろうが、デンと構えていればいいのさ。」


落ち着いた瑠美は、社長との温度差の理由に、やっと気が付いた。

つまり自分は、みずきがデビューした本当の理由に気付き、その執念に怯えていたが、

社長は、みずきが誠を奪い返す為にデビューしたなどと思ってもいないからだ。

瑠美は、そのことを社長に打ち明けようか迷った。

しかし、社長がその事を知ったところで、どうにかなる事でもないし、返って自分の印象を悪くすると思い言わないことにした。


ふと、誠を見ると、こちらを見ていて目が合った。

瞳を通して、同じ事を考えているのが分かり、お互いうなずいた。

誠との間に連帯感を感じて、みずきと戦う気持ちが湧いて来た瑠美だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ