第87話 「社長室」
誠は、どうして良いのか分からないで、ただ立っていた。
瑠美は、既に居なくなった真紀を追いかけて、玄関に座り込んでいた。
そんな瑠美に誠が声を掛けた。
「これから、どうするの?」
瑠美が力なく答えた。
「そんなの解らない。真紀が、解決してくれると思ってた。
今まで、ずっとそうだったから・・・。」
「そう。でも、彼女は多分、帰って来ないよ。」
「そうね。これで良かったのかもしれない。真紀に甘え過ぎてたわ。
たった一人の親友なのに、私が、真紀の時間を止めていた。
もっと早く、もっと真剣に真紀のデビューについて、社長と話し合うべきだった。
ごめんね、真紀。」
瑠美は、誠に連れられて、リビングに戻った。
突然、誠の携帯が鳴った。
「もしもし誠? キャツアイに鮎川瑠美と写ってるの、お前だろ?」
テニスサークルの仲間からだった。
嘘のつけない誠は、返事に困りながらも、自分であると言ってしまった。
その後も、次々と誠の携帯は、鳴った。
どうやら、電話の向には、サークル仲間が何人も居るらしい。
水川奈緒も、掛けてきた。
「もしもー、野田君? 君、一体何やってんのよ!
橘みずきちゃんとは、どうなっちゃったんだよ。
悔しいけど、あの娘なら、野田君の彼女も有りかなーって思ってたんだけどさ。
それで何、鮎川瑠美と付き合ってるんだって!
信じらんなーい! 一体どうやったら、そういうことになるわけ?
今度、練習に連れて来なさいよ! じゃないと許してあげなーい!
皆んなもそう言ってるわよ!
じゃーね!」
誠は、返事に困って、「え-っ・・・まー・・・」を繰り返すだけだった。
続け様の6本の電話が嵐のように過ぎ去って、誠は、やっと落ち着きを取り戻した。
しかし、その横には、瑠美が相変わらず、元気なくうつむいていた。
誠は、電話のせいもあって、暗い空気から少し抜け出していた。
「ねぇー、瑠美。社長に会いに行こう?
まずは謝らないと、どうしていいんだか解らないんじゃない?」
瑠美が、顔を上げた。
「そうね。ケジメつけなきゃだね。」
2人は、真っ赤なポルシェに乗り込むと、地下駐車場から外に出た。
すると、辺りが真っ白い光に包まれた。
多数のマスコミが待ち構えていて、一斉に撮影用のストロボを焚いた為だった。
瑠美は、あまりの眩しさで、ハンドル操作を誤るところだった。
「あー、びっくりした。 普通、目の前まで出てくるかなー、危うくひいちゃうところだったわよ。」
「そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないの?
また、週刊誌に出ちゃうよ。」
「そうね、どーしよう・・・。」
「どーするも、こーするも、とりあえず社長さんの所に行かなくちゃ。」
真っ赤なポルシェは、東京へ向かった。
2人は、事務所に着くと社長室に向かった。
ドアを開くと、50歳代の二枚目男性が、社長席で書類に目を通していた。
瑠美は、中に入るなり、大きな声を出した。
「社長、ごめんなさい! 私のせいで、真紀が事務所を辞めました。」
社長は、驚くでもなく書類から瑠美に、視線を移した。
「あーそー、別に彼女には辞めてもらっても構わないけど、君のスキャンダルは困るなー。
その男が、噂の彼だね。」
瑠美の背後に居た誠に、鋭い視線が注がれた。
誠は、それを避けようとして、社長室に入らなかった。
瑠美は、そんなことは気にも留めずに答えた。
「はい、そうです。 でも、真紀が辞めても構わないなんて酷いです。
彼女は、私のマネージャーとして完璧に仕事をこなしていました。」
「完璧ねー? こんな騒ぎを起こしておいてかね。」
「今回の事は、私のせいで、彼女が悪いわけではありません。」
社長は、おもむろにタバコを取り出して、火をつけた。
「原因は、君かもしれないけど、世間に出る前に止められなかったのは、彼女の失態だ。」
「だからそれは、真紀の言うことをきかなかった私が悪いんです。」
社長は、座っている椅子の背もたれに体重を預けた。
「まーそれはさておき、そこの彼とは、どうする気なの?」
「どうするって云うのは?」
「だから、別れるんだろってことだよ。」
「いいえ、別れません。」
「今、別れる気が無くても、遅かれ早かれそのうち別れるんだから、ダメージの小さい今、別れなさい。」
瑠美の口調が強くなった。
「嫌です。彼とは、絶対に別れません。」
「子供みたいなこと言ってないで、結婚まで考えてなければ、どーせ別れるんだから、さっさと別れなさい。」
「いいえ、別れません。」
「じゃー、結婚でもするというのかね? そんな気なんて無いんだろ?」
瑠美は、返事に困って一旦下を向いたが、顔を上げた時の目には力があった。
「結婚します。 そう、彼とは結婚します。」
社長は、動揺したように、手にあったタバコの火を灰皿でもみ消した。
「君は、自分が何を言っているのか解っているのか?
そんな勝手なまねをして会社に損失が出たら、君が払うんだぞ。」
瑠美は、興奮気味になって言った。
「解りました。それなら、引退します。」