第86話 「瑠美と真紀」
顔を見合わせた2人は、同時に声を発した。
「イヤよ!」「分かりました。」
瑠美の顔色が変わった。
「今、『分かりました。』って言った? 言ったわよね! 信じらんない!
どうして、そんなこと言うの? 」
「どうしてって、約束だから。」
「約束だからって、私と別れていいの? 私のこと好きじゃないの?」
「好きだよ。」
「だったら、そんなこと言わないでよ。何があっても、私のこと離さないでよ。」
「でも、約束破ったのは、僕達だし。」
「何よ、そんな約束。 私が、引退すれば、そんなの関係ないわ!」
真紀が、慌てた。
「ちょっと待ってよ 、そんなのズルイでしょ!
それじゃ、私が怒られるじゃないの!
冗談じゃないわよ!
人がどんな気分で、何年もマネージャーやってきたと思ってるのよ!」
真紀の威勢に誠が、マズイと思った。
「止めてください。2人は、親友じゃないですか。」
真紀の口は止まらなかった。
「親友? 確かにそんな時期もあったわ。」
瑠美と真紀は、高校2年、3年のクラスメイト。
2人は、歌手を目指して、いくつものオーデションを受けた。
瑠美が審査員特別賞になって、デビューしたが、真紀は落選した。
しかし、瑠美は契約するにあたって、プロダクションに対して、真紀も何とか契約してもらえないかと懇願した。瑠美は絶対に売れると見込んでいたので、社長は仕方なく真紀をマネージャーとして採用、チャンスが有ったらデビューも有り得る約束で契約した。
真紀は、デビューのチャンスが有るということで、当初は瑠美に感謝したが、内心は悔しかった。
時が経ち、デビューのチャンスなど巡ってくるどころか、人気が爆発した瑠美のマネージャーの仕事に日々追われるだけの毎日となった。そして、瑠美でさえも、真紀のデビューのことなど忘れてしまって、自分のマネージャーであることが当たり前の事のような態度をとるようになっていた。時折、瑠美が見せる偉そうな態度にも、心に秘めるものがあり、日々蓄積されていった。
特に最近、瑠美が誠と恋愛も上手くいき、公私に渡って充実しているのを凄く羨ましく思うようになっていた。
「やっぱり、女は仕事より、恋愛よね。」
不意に漏らした瑠美の言葉に、デビューしたいとずっと思い続けて、恋愛を諦め頑張って来た真紀は、言いようのない怒りを覚えた。
「真紀、私は、あなたがどう思おうと、親友だと思っているわ。」
「だからそれは、昔の話。 引退なんて簡単に口にする瑠美は、もう、友達でさえないわ。
私が、どれだけ一生懸命になって、あなたを支えてきたか解ってる?
それに、私は、ずっと、ずっと、デビューすることを夢見てきたの。
鮎川瑠美の人気が出れば、きっと社長は、私を認めてくれて、デビューの機会を与えてくれると信じて頑張ってきた。・・・・・瑠美は、そんな私のこと、解ってくれてる?」
瑠美が、はっきりした口調で言った。
「解ってるわ。」
真紀が、声を荒らげた。
「嘘よ! いつも、私が居るからマネージャーの仕事をしていられるのよ、みたいな言い方してるじゃない。」
「そんなことない。いつも感謝してるわ。もし、そう云う風にとられてたなら、私が悪かったわ。本当にそんなつもり無いのよ。謝るわ。ごめんなさい!」
「今更、謝られたって遅いわ! デビューする前の瑠美は、本当に優しくて、私自身でさえ気がついていないことまで心配してくれたわ。だけど、人気が出てからの瑠美は変わっていった。はじめは、瑠美だって人間なんだから仕方ないことだとも思った。でもね、憶えてるかな? 3枚目のアルバムがミリオン売れたときに、お祝いで行ったカラオケで、私が、あなたの歌を歌った時に、あなたが言った言葉を。」
瑠美は、思い出そうとしている表情を見せた。
「・・・。」
「やっぱ、真紀はヘタ! そんなんじゃ、デビューなんて出来ないぞ!」騒ぎながら言ったことだったから、ふざけて言ったのかもしれない、いいえ、きっと本心じゃなかったんでしょう。だけどね瑠美。私は、あなたにだけは、言って欲しくなかった。たとえそれが本当のことだとしても。」
瑠美は、すぐに返す言葉が無かった。
「私、事務所、辞めるわ。 私のマネージャーとしての腕を買ってくれる所が有るの。
給料倍出すから来てくれって。絶対売れると見込んだ新人をデビューさせるから、私にマネージャーをお願いしたいって。だから、そこへ行くわ。・・・さようなら。」
真紀は、部屋を出ていこうとした。
瑠美は、大きな声を出した。
「ごめん、真紀! 許して! 私が、悪かったわ!」
真紀は、振り向くと、
「今まで、ありがとう。」
と言うと、また歩きだした。
そして、真紀が玄関のドアを開けたときに、瑠美が諦めたように聞いた。
「どこの事務所に行くの?」
真紀は、ドアを抜けながら答えた。
「シャインミュージック」
真紀は、出て行った。