第82話 「母の反対」
みずきは、一応、母親に音楽学校の事を、話しておこうと、母親のスナックへやって来た。
「お母さん、話があるんだけど・・・。」
夜7時頃とあって、まだ、店内は常連客2人の静かな空間だった。
「何かあったのかい?」
「あたし、歌手になるって決めたの。だから、明日から音楽学校に通うことにしたんだけど・・・。」
アルバイトの派手な感じの女の子、さゆりが、口を挟んだ。
「すごーい! みずきちゃん。私、応援するわ!」
さゆりとは、正反対の表情の母は、カウンター越しに、気に入らなそうに言った。
「突然、何言ってるんだい? 歌手?
今までそんなこと、言ったことなかったじゃないの。
その音楽学校って、いくらかかるんだよ。」
「ん~、1年で、70万円。」
「大学へ行くためのお金なら、出してあげるけど、そんなお金は、うちには無いよ。
大体、歌手なんてそんな簡単になれるものじゃないんだからね。
瑠美に影響されて、言い出した事なら、諦めときな。」
今度は、常連客の1人が、横槍を入れた。
「よーし! みずきちゃん、1日デートしてくれたら、この俺が出そうじゃないの!」
みずきの母親が、言い返した。
「ちょっと黙っててくんない。真面目な話をしてるんだから。」
みずきは気にせずに、母に話を続けた。
「大丈夫。お金は、友達が出してくれるから。後で、ちゃんと返すから。」
「何言ってるんだい。食事を奢ってもらうのとは、訳が違うんだよ。」
「大丈夫。 その人、お金持ちだから。」
「友達に、そんなお金持ちがいたっけ?」
「その人は大学生で、大病院の息子。」
「あんた、いつからそんな男と付き合ってるのさ?」
「違う、ただの友達。」
「駄目駄目。そんな男に、お金なんか借りたんじゃ、ろくなことにならない。」
「大丈夫だってば。そんなひとじゃないから。
それに、もう入校手続きしてきたから。」
「ダメだと言ったら、駄目。音楽学校なんて断ってきなさい。」
「嫌だ。絶対に行く!」
「大体、あんたが、歌手になんてなれる訳ないでしょ。」
「何でよ。お母さんは、瑠美が、人気歌手になってるのが気に入らないから、そんなこと言うんでしょ!」
「そうだよ。たとえ歌手になっても、瑠美に勝てないで、悩むに決まってるからね。」
「そんなことないよ!」
「駄目駄目。そんな大金なんて無いんだから、断ってきな。」
みずきが何度言っても、お金の貸し借りに苦い経験のある母は、許すことはなかった。
ましてや、瑠美と同じ世界で競うことになるのを、黙ってみていることなど出来るはずはなかった。
今までにない母親の強い反対にあい、みずきは、泣く泣く入校を諦めて、明日、断りに行くことにした。
ところが、みずき達が、帰ったカオス・アカデミー音楽学校で、動きがあった。
みずきをテストしていた中年の男性が、受付に来て話をしていた。
その中年男性というのは、実は、飛ぶ鳥も落とすほどの勢いで、ヒット曲を次々に世に送り出している、シャイングループ取締役でプロデューサーの渡瀬充だった。
「さっき、テストを受けに来た橘みずきさんは、入校手続きを済ませたか分かるかな?」
「はい、先程、済ませて帰られました。ただ、学費の分割払いを希望していて、その書類の提出は、後日ということになりました。」
「そーか。お金に余裕が無いということかな。」
「そうですね。親御さんが一緒ではなく、友達同士でしたから。親御さんには、内緒なのか、反対されているのか。こんなケースの場合、後で入校を辞める方も割といます。」
「なるほど。 それじゃー、もし、お金のことで入校するのを断りに来たら、いや待て・・・
入校するのを断らなくても、学費は免除にしてやってくれ。」
「えっ? 免除ですか?」
「うん。奨学生ということで、私のクラスに編入させてくれ。」
「えっ、先生のSクラスにですか。そんなに、凄い子だったんですか?」
「そう、10万人に一人。いや、10年に一人かな。 頼んだよ。」
「はい。」
振り向いて戻って行く渡瀬充の頬は、大物を釣り上げた釣り師のように、ほころんでいた。