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第76話 「遊覧船」


真っ赤なポルシェは、高速を出て、箱根の峠をハイペースで駆け登ぼった。


すると、目の前に大きな芦ノ湖が広がり、瑠美は駐車場に愛車モモちゃんを止めた。


「さー、降りるわよ、誠。」


「結構、人がいますよ。」


「大丈夫よ。誰も気づきはしないわ。」


真っ赤なポルシェは、それだけで目立ってはいたが、不思議なことに、そこから降りる人には、誰も関心が無かった。


瑠美は、薄いピンクのカッターシャツをデニムのパンツから出し、トップガンの帽子にマッカーサー型のサングラスを掛けたまま、誠の腕を掴み歩いた。


「何だか、すがすがしいね。空気も違うみたいだし。」


「うん。たしかに。」


「ねぇーねぇー、あの海賊船のような船に乗ろうよ。」


「止めた方が良いんじゃないの。

船のように限られた所だと、皆近いし、同じ場所に居たら、鮎川瑠美ってばれちゃうよ。」


「大丈夫だよ。平日だから、敏感な中高生居ないし。」


「そうかなー。危険だと思うけど。」


「乗ろうよ。行こう、行こう。」


2人は、乗船券を買って、時間になると並んだ。


誠は、落ち着きを失って、キョロキョロ周りを気にし始めた。


「並ぶのって、やばいでしょ。ほら、後ろの帽子の学生ぽい男が、瑠美さんのこと見てるよ。」


「いい女だから見てるだけだよ。(笑) 気にしない、気にしない。」


「ほらほら、その後ろの、若いグループも、じっと見てるよ。」


「誠が、キョロキョロするからだよ。前だけ見てればいいの。」


「どうして、そんなに落ち着いてるんだよ。ばれたら、僕達、終わりなんだよ。」


「アレアレ、私と別れたくないんだー。あれほど、二の足踏んでたのにー。(笑)」


「何だよ! 僕と別れたら泣いちゃうんじゃないの?」


「泣いちゃうよ、当り前じゃない。好きなんだもん。」


「あ、あっ、どーも。」


思わず、てれ顔の誠を見て、瑠美が吹き出すと、2人は笑いだした。


2人は、周りの人たちの視線を、一斉に浴びた。


さすがに、瑠美も焦った。


「やばっ! 誠が変な表情するからでしょ。」


「瑠美さんが、変なこと言うからだよ。」


「あーっ、好きって言っちゃいけないんだー。」


「そうじゃなくて。そんなこと言ってる場合じゃー・・・。」


『ボ、ボーッ!』

その時、船の汽笛が大きく鳴って、遊覧船が桟橋に近づいた。


並んでいる人達の注意は、綺麗な海賊船型遊覧船に向けられた。


すぐに、列が動き出し、乗船が始まった。


2人は乗り込むと、瑠美が誠の腕を引き、上階のデッキに出た。

青く澄んだ空からの光が、湖面の波に反射してキラキラと眩しく輝いていた。


間もなく、遊覧船は動きだし、出航した。


「風が気持ちいいわ。」


「そうだね。」


「えっ? なに?」


瑠美が聞こえない振りをして、顔を近づけて来た。


誠は、答えようと、瑠美の方に顔を向けた。


近づいて来た瑠美の唇は、誠の唇に重なった。


『チュッ!』


「あーっ! キスしちゃった!」


瑠美が嬉しそうに言った。


誠の戸惑った表情とは対照的に、瑠美は、子供のように笑った。


「そんな深刻な顔しないでよ。どっちが女の子だか判んなくなっちゃうでしょ。」


「何で瑠美さんって、そんなに明るいと云うか、能天気なんですか?」


「えっ? そういうこと聞いちゃう? そういうのは、聞かずに察しなきゃ、

いい男にはなれないよ!」


「僕はもう、瑠美さんに好かれるほど、いい男ですから。」


「おっ、言うね、言うね。」


瑠美は、海の方に向いて、手摺りに両肘を乗せて、海を眺めながら話し始めた。


「能天気か・・・そう云う風に言われたのは、初めてだなー。


でも、そうでもしてなきゃ、辛いことばっかりで、生きて来れなかったんだ。


誠は、優しいから、両親が死んじゃった人の気持ちをイメージできると思うけど、

他人の家で虐められて、毎日ビクビクして生活する気持は、その人になってみないと分からないと思うよ。その人によって、性格や感じ方も違うしね。


でも、勘違いしないでね。私は、みずきの両親を憎んでるわけじゃないから。

みずきが生まれてからも、高校までちゃんと出してくれて、3食ちゃんと食べさせてくれて、着る物も買ってくれたし、お小遣いだってくれた。とても感謝してるのよ。

ただ、そういったものが、突然無くなってしまうかもしれないという恐怖。

怒らせて、外に放り出されるんじゃないかと子ども心にいつも怖かった。


あっ、ごめんね、こんな話しちゃって。」


瑠美が、振り向いた瞬間、誠が両腕を回して抱きしめた。


瑠美は、とても居心地が良くて、暫くじっとしていた。


「ありがとう。なんか、ほっとしちゃった。誠は、やっぱり優しいね。」


「そんなこと無いさ。」


瑠美は、また海の方を向いて、手摺りに両肘を着いた。


誠は、後ろから両手で手摺りを掴んで、覆いかぶさるように瑠美を包んだ。


言葉が無くても、つうじ合っている時間が過ぎて行った。


遊覧も終わり、桟橋に戻って来ると、瑠美が言った。


「お腹空いたー。 何か食べよー!」


誠が、時計を見ると、午後4時だった。


「夕食には、少し早いけど、ちゃんと食べる? それとも、おやつ的に軽く食べる?」


「どっちでもいいから、早く食べたい。」


2人は、お店の並んだ道を歩いた。


「あっ! ハンバーガーショップだ。 ハンバーガーでも良い?」


「うん。いいよ、食べようー。」


2人は、ショップの中で食べ終わると、車に向かった。


「どこ行く?」


「時間的に、みんな終わる時間だし、帰る?」


「まだ明るいし、十国峠行ってみようよ。」


真っ赤なポルシェは、軽快なフットワークで十国峠に向かって走り出した。



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