第75話 「ストレス発散」
その夜、誠の携帯が鳴った。
守だった。
「おい、誠。 本当にこれで良いのかよ。
みずきちゃん、かなり応えてるぞ。」
「ごめん、守。 自分の気持ちに正直になると、こうするしかなかった。
ダラダラと気持ちの無い生活を続けるより、ハッキリとけじめをつけた方が良いと思ったんだ。僕の一方的な考えだけで、みずきには悪かったと思っているんだ。」
「そっか、解ってるなら良いんだけどさ。
みずきちゃん見てると、可哀そうになっちゃってさ。」
「本当にみずきには、すまないと思ってる。でも、どうしようもないんだ。」
「分かった。俺も他人の事を、とやかく言えたもんじゃないけど、一度ちゃんと会って、謝った方が良いんじゃないの?」
「そうねー、考えておく。じゃー。」
誠は、電話を切った。
誠は、明日のドライブのことで浮足立っていた気持ちを、引き戻された。
そして、朝が来て、瑠美はいつものように仕事に行き、数時間後に戻って来た。
「ただいまー。 誠、行くわよー。」
「お帰り。」
「なんか元気無くない? あっ! みずきのこと考えてた?
みずきは、大丈夫だよ。今は落ち込んでいるだろうけど、強い子だから。
私に、復讐する方法を考えているかも。」
「えっ。」
「冗談だよ、冗談。 ほら、行こう。
せっかくの気分転換なんだから、スマイル、スマイル。」
瑠美は、誠の頬に、かるくキスをした。
誠は、ドキッとした。
瑠美は、誠の手を引き地下駐車場へ向かった。
歩いていた瑠美が、止まった。
前には、真っ赤な車が有った。
それを見た誠が、思わず言葉を漏らした。
「ハデー。」
「そうかな? カッコイイと思うんだけど。」
「変わった形だよねー。」
不服そうな顔で、瑠美が車の反対側を指差した。
「誠は、あっち。」
「えっ! 左ハンドル? 外車なの?」
「そうだけど。この車、知らないの?」
「うん、車に興味無いから。」
「そっか。 乗って。」
2人は、同時にドアを開けて、乗りこんだ。
すぐに、瑠美は、エンジンを掛けて吹かした。
「ヴォーン! ヴォーン!」
独特の音が、薄暗い駐車場に響き渡った。
「さぁー、行くわよ。」
真っ赤な車が、マンション脇の出口からゆっくりと顔を出した。
眩しい太陽の陽が、車内へ差し込み、瑠美の顔を照らした。
瑠美は、サングラスを掛けると、ハンドル操作も機敏に、アクセルを踏み込んだ。
真っ赤な車は、さっきとは別の独特の音を出して加速した。
「ヒューン、ヴォーン!」
助手席で瑠美を見ていた誠は、普段ののんびりした動作とは違う瑠美を見て、単純にカッコイイと思った。
「この車は、なんと言うんですか?」
「本当に知らないのね。 ポルシェだよ。」
「あっ、聞いたことある。」
真っ赤なポルシェは、すぐに高速に入った。
瑠美は、一段とアクセルを踏み込み、強烈な加速で、誠はシートに押しつけられた。
「凄い加速だね!」
「凄いでしょー。この車は、ターボが付いてるから、すごく速いのよ。」
「車、好きだったんですね。」
「うん。 私のストレス発散方かな。 嫌な事が有ると、高速を飛ばすの。
この車、気持ちいいくらい加速するから、最高に気に入ってるんだ。」
瑠美は、ハンドルを撫でながら、車に話し掛けるように言った。
そして、付け加えた。「ねぇー、モモちゃん。」
「えっ? 車の名前ですか? ピンク色でも無いのに、モモちゃん?」
「知らないのー? 川口百恵。」
「あー、なんか聞いたこと有る。伝説のアイドルだとか。」
瑠美が、右手を伸ばして、音楽を掛けた。
車内にエレキギターの独特のイントロが木霊する。
「なんだか、カッコいい曲ですね。」
「そうでしょ! ほら、真っ赤なポルシェ!」
「なるほどー。」
「ほら、ほら、次が良いの! 『馬鹿にしないでよ!』 モー最高!」
「こんな歌有るんだー。なんか画期的ですね。」
「そう、なんか旋律も普通と違うのよ。江崎竜童、阿葉洋子は、天才だわ。」
「作った人ですか?」
「そう。私もこんな曲歌いたい。」
「その人に、頼んだらいいのに。」
「そんなに簡単には、行かないわ。一世を風靡したゴールデンコンビですもの。」
「瑠美さんだって、今、一世風靡してますよ。」
「私なんて、とてもとても、及ばないわ。」
「そんなことないですよ。いろんな記録作ってるじゃないですか。」
『馬鹿にしないでよ!』瑠美が大きな声で、曲に合わせた。
「あー、びっくりした、僕が言われたのかと思った。(笑)」
車内に笑い声を乗せて、真っ赤なポルシェは、箱根に向かって疾走した。