第73話 「2つのベッド」
瑠美と誠は、テレビを見ながら、話をして夜を過ごしていた。
瑠美が、明日が休みなら良いのにと言いたげな表情で呟いた。
「明日は、スタジオにこもりっきりなんだー。」
「何時に、出掛けるの?」
「12時くらいかなー。スタジオの時は、いつもそんなもん。」
「お昼からなんだー。やっぱ、芸能人って感じだね。それで、帰ってくるのは?」
「ん~、その時によるけど、10時くらいかな。」
「いつも何時くらいに、寝てるの?」
「ん~、それも、その時で違うけど、1時くらいかなー。」
リビングの壁に掛けられたディズニーのからくり時計は、1時を過ぎていた。
「じゃーもう、寝ないと。」
「そーね。」
「え~と、僕は、どこで寝たら良いのかな?」
「えっ?」
思いがけない言葉に、瑠美は、すぐに返事が出来なかった。
瑠美が、言葉に詰まった意味がまるで解っていない誠だった。
「だから、ベットは1つしか無いんでしょ? このソファーで良いのかなー。」
瑠美は、自分から一緒に寝ようとは言い出せなかったので、遠回しに言ってみた。
「大きめのセミダブルだから、寝れないことはないんだけど・・・。」
誠も、さすがに、瑠美が言いたいことに気が付いた。
「えっ? もしかして、一緒に寝る気?」
同棲生活なら当然と思っていた瑠美は、返す言葉が見つからない。
「変?」
誠は、びっくりしたような顔をした。
「変でしょ。寝れる訳ないでしょ。だって、あなたは、鮎川瑠美なんだから。」
「えーっ! どーして。 同棲するのに、別々に寝るなんて、それの方が変でしょ。」
誠は、手の平を左右に振って、笑みを浮かべながら言った。
「無理、無理。そんなの、落ち着かないし、興奮しちゃって、目が冴えちゃうよ。」
「もー、どーしてよ! 同棲するっていうのに、変でしょ! 私のこと好きじゃないの?」
「だって、有り得ないでしょ! 僕が、鮎川瑠美と、そんなこと。」
「何よ、もー。 それじゃー、みずきとは、寝てないの?」
「ん~、寝たけど。」
「それって、おかしいでしょ? 何で、私は、駄目なのよ。」
「何でって、好きとか言う次元じゃなくて、超人気歌姫の鮎川瑠美なんだから。」
「誠と一緒に居る時は、一人の女として、恋人として見てよ。」
「そんなの無理に決まってるじゃん。どう見ても、その顔は、鮎川瑠美だし。」
「それじゃー、逆に、鮎川瑠美は、俺の女になったんだー。俺様に惚れちまったのさ。とか、優越感に浸ったって良いじゃない!」
「そんなこと思える訳ないじゃん。 だいたい人に言えない秘密なんだから。」
瑠美の表情が険しくなった。
「あーもう、面倒臭い! もう、いい! ベットなら、来客用の折りたたみ式が、こっちに有るから、取りに来て!」
瑠美が、怒りだしてるのにも、全く気にする気配の無い誠だった。
「なんだ、有るなら、先に言ってくれればいいのに。」
「ばか! もう知らない。」
誠は、ベットを取りに瑠美の後に続いた。
廊下の突き当たりの物置らしき扉を、瑠美が開くと、折りたたまれたベッドが2台あった。
「これを、リビングにでも持って行って寝れば。布団は、上の棚にあるからご自由にどーぞ! 一人で楽しい夢でも見てください!」
瑠美は、皮肉交じりに、強い口調で言った。
瑠美が、振り向いて戻ろうとした時に、誠が、後ろから不意に、覆いかぶさるように、まるで、おんぶでもするかのように、両手を首に回して、頬が触れ合うくらいに、顔を近づけて、耳元で囁いた。
「怒らしてしまって、ごめん。 でも、違う世界に居ると思っていたお姫様が、突然目の前に現れて、まるで夢を見ているみたいで。現実の事だと頭の中が整理が付くまで、少し時間が、欲しいんだ。」
瑠美も不意打ちを食らって、動揺した。
「分かったわ。でも、そう長くは、待てないよ。」
誠は、リビングにベッドを押していくと、テレビの前に広げて、テレビを見ながら寝てしまった。
「おはよー。」
誠が目を開けると、そこにはマネージャーの真紀が居た。
「朝食の準備が出来たから、一緒に食べよう?」
そう言うと、瑠美を起こしに寝室へ行った。
暫くすると、真紀は出て来てダイニングへ向かった。
誠が洗面所へ行くと、瑠美が居た。
「おはよう!」
瑠美は、元気に言った。
「おはようございます。」
誠は、圧倒された。
洗面台は2つ在り、同時に顔を洗って、2人揃ってダイニングへ向かった。
ダイニングは、コーヒーの香りに包まれていた。
食パンが焼かれて、サラダにスクランブルエッグが並べられていた。
「どうぞ、召し上がって。」
真紀が、テーブルに着いた。
誠は、「いただきます。」と言うと、手を伸ばし食べ始めた。
「毎朝、こうしてるんですか?」
「ええ、そうよ。起こしに来ないと、瑠美は一人で起きられないから。」
「でも、食事の支度まで大変ですね。」
「そんなことないわ。毎日、殆ど同じだし、私も一緒に頂いてるから。」
「あのー、毎日、寝室に入るんですか?」
「あーっ! 心配してるのね。 大丈夫よ。 今朝は、あなたがリビングに居たからよ。
居なかったら、ドアを起きるまで叩いてるわ。(笑)」
瑠美も笑いながら、言った。
「そんなこと心配してたの? リビングで別に寝てる人が?」
誠は、苦笑いをした。
食事も、30分ほどで終わり、真紀は片付けを始めた。
誠は、その時始めて、瑠美がすっぴんだったことに気が付いた。
「瑠美さんって、メイクしなくても、可愛いんですね。」
「そんなことないよ。恥ずかしいから、あんまり見ないでね。」
そう言って、メイクをしに寝室へ戻った。
誠は、ふと、みずきとの生活を思いだした。
朝起きても、みずきはいつもかるくメイクをしていて、すっぴんを誠に見せることは無かった。
今思えば、そこまで気を使っていたのかと、少し心に刺さるものを感じた。
メイクを終えた瑠美が戻ってくると、そこには、スターのオーラが輝いていた。
「誠? 固まっちゃって、どーしたの?」
「やっぱり、瑠美さんは、普通の人とは違うんだなーっと。可愛いです。」
「ありがとっ。なるべく早く帰ってくるから、夜は、ここに居てね。」
「はい。」
誠は、瑠美に対して徐々に慣れていく自分と、憧れではなく、より現実に好きになっていく自分を感じていた。