第64話 「決心」
部屋に入ると、みずきは以前のみずきに戻った。
「八景島面白かったね。」
「えっ? あー、そうだね。」
誠は、拍子抜けした。
鮎川瑠美の話が続くと思っていたから、ホッとした気持ちにもなった。
たぶん、みずきもこれ以上この話を続けても、お互い疲れるだけだと思ったんだろうと勝手に解釈した。そして、気持ちの切り替えが出来るみずきを凄いと思った。
「あのブルーフォール凄かったよね! あたし、初めて乗ったんだ。美樹とか知佳は、何度も乗ってるけど、近くで見ると怖くなって、今まで乗れなかったんだ。でも、今日は乗れた。どうしてだか解る?」
誠は、右手をおでこに当てて考えた。
「ん~、1人だけ、残って見てるのが嫌だったとか?」
「ブー・ブー! 違いますー! それはねっ!
隣に誠が居たから。誠と一緒なら死んでもいいって思えたからだよ。」
「それは、大げさだよ。」
「ん~ん~。ちっとも大げさなんかじゃない。あたしは、本気でそう思える。」
「遊園地の乗り物じゃ、死なないよ。車の方が、全然確率高いし。」
誠は、何か重苦しい空気を避けたかった。
しかし、みずきの耳には、そんな誠の逃げの言葉は入らなかった。
「もう、あたし、誠なしでは、生きていけないよ。
誠が、死ぬほど好き!
お願いだから、もう瑠美には会わないで!」
誠は、返事に困った。
気持ちの整理をして、みずきと付き合っていく決心をした誠だったが、なにも憧れの人気歌手鮎川瑠美ともう会わないことにするのはもったいなく思えた。
「別に会うくらい良いじゃん。超人気歌手に会えるなんて、こんなチャンス普通無いんだから。前から思ってたんだけど、みずきってなんか、鮎川瑠美を嫌ってない?」
「ほんとのこと言うと、大嫌い。どうして、誠はそんなに好きなの?
あんな人のどこがそんなに良いのよ。」
「やっぱり、嫌いだったんだね。それも、みずきがそんな言い方するなんて、きっと何か理由が有るんだね。鮎川瑠美の話になると、美樹ちゃんや知佳ちゃんまでも、何かちぐはぐな会話になるから変だと思ってたんだけどさ。」
「理由なんて、どうだっていいでしょ。どうして、またこんなことになるのよ。」
みずきは、泣き崩れた。
「どうして、そんなに嫌なのか解らないけど、みずきも一緒に会うことにすればいいじゃん。」
「だから、あの人は嫌いだから、会いたくないの!」
「じゃー、守が一緒に会いたいと言ってたから、それでいいよね?」
「嫌だ。」
みずきは、しばらく考えてから、誠を見て言った。
「分かったわ。私が一緒に行く。」
みずきは、瑠美と戦う一大決心をした。
数日後、誠の携帯から、鮎川瑠美の曲「エンジェル・アイ」が流れた。
「はい。野田です。」
「もしもし、誠さん? 鮎川瑠美です。こんにちは。」
「こんにちは。」
「この前の電話が、拒否られちゃったから、今日もダメかな、とか心配しちゃった。
出てくれて良かった。
あのね。引っ越しも終わって、もう新しい所に居るんだけど、これから遊びに来ませんか?」
「えっ? これからですか?」
「急で駄目ですよね。たまたま、これから仕事が空いたんで、会えればと思ったんですが。無理言ってごめんなさい。」
「あの、一緒に暮らしてる彼女が、僕と瑠美さんが会うことに反対していて、瑠美さんと話したいって言うんですよ。」
「そうですかー。・・・・・・。
こそこそ会うより、はっきりした方が良いのかもしれませんね。
分かりました。
一つ聞いておきたいんですが、誠さんは、どちらと付き合いたいんですか?」
「えっ? それは・・・。」
「良かった。少しでも迷ってるってことは、私に歩が有るってことですから。」
「違いますよ。僕は、彼女を愛してますから。」
「そうですか。でも、今迷ったのは、事実ですから、私の事も好きなはずです。
それに、一緒に住んでいるから、そう思うのかもしれないし。私と暮らしていたら、私を選んでくれていると思いますよ。誠さんさえ良ければ、こちらで一緒に暮らしませんか?」
「えっ? ・・・・・。
とにかく、これから、彼女とそちらに行きます。」
「それでは、駅までマネージャーの真紀に迎えに行ってもらいます。」
「すみません。それじゃー、あとで。」
「はい。待ってます。」