第62話 「みずきの母」
みずきが、家に着くと、いつも居ない母が居た。
毎週木曜日は、スナックの定休日だったのを、すっかり忘れていた。。
みずきは、一応、合宿の事を言っておこうと、母に切り出した。
「お母さん、あたし、来週、部活の合宿で、山中湖行くから。」
母は、振りかえることも無く、テレビを見ながら話した。
「最近、家に居ないからどうしたのかと思っていたら、彼氏の所に泊ってたんだね。」
「どうして、彼氏だって分かったのよ。」
みずきは、思わぬ返事に動揺した。
「どうしてって、あんた、何だか嬉しそうだもの。」
「嬉しそう?」
みずきは、自分では気が付いていないことが、母にはわかるんだと、親の勘に感心しながらも、恥ずかしくて少しとぼけた。
「そうかなー?」
母はそんなみずきのことも分かっているかのように、親として当然の決まり文句を言った。
「連絡先だけは、教えときなさいよ。」
みずきは母に、誠に渡されたメモを渡した。
「うん。たしか、これが合宿先の住所と電話番号。」
母は、メモを受け取ると、また、世間の決まり文句を言ってみた。
「あー、本当に合宿なんだ。迷惑掛けるんじゃないよ。」
みずきは、何を言われるのかと少し緊張していたが、当り前の言葉にホッとしながら返事をした。
「うん、分かってる。」
ホッとしたのも束の間、母が抜かりの無い質問をしてきた。
「彼氏の名前と住所、それに電話番号は?」
「そんなのも聞くの?」
「あんたの携帯が繋がらなかったら、困るだろ?」
そんな事は無いし、ただ興味本位で聞いてるんでしょと思いながらも、話が長くなるのも困ったものなので受け流した。
「ハイハイ、解りました。あとで、メールで送るよ。」
みずきが、着替えなどの用意が終わると、母は立ち上がり、みずきの顔を見据えて言った。
「自分が傷つく恋愛はしちゃだめだよ。お前は強くないから。」
みずきは、返事をしようとしたが、口だけが開いたまま声にならなかった。
「・・・。」
玄関に向かうと、母が、5万円を手渡した。
「じゃー、何か有ったら、電話するんだよ。」
「うん。ありがとう。」
みずきは、出て行った。
車に戻り、誠の隣に座ったみずきだったが、殆ど会話も無く時間が過ぎていった。
暫くすると、渉の家に着いた。
「じゃー、今日はどうも。楽しかった。」
3人になった車内は、一段と静かになった。
誠が黙ったままのみずきを気にして、弱々しい口調で話し掛けた。
「さっき、僕の携帯が鳴ったことで、怒ってるの?」
「別に、怒ってなんてないよ。ただ、どうして嘘をつくのかなって思って。」
「嘘?」
「メールだって言ってたじゃない。嘘じゃないなら、メール見せてよ。」
「あっ、あれは、消しちゃった。」
「ちょっと携帯、貸して!」
「やだよ。個人情報いっぱい有るし。」
「嫌ならいいや。そこまで隠すなら、やっぱり女の人ね。それも言えない内容の話ね。
まんざら、水川さんて言うのも、当たってたりして。」
「違うって! そんなんじゃないって。」
「じゃー、誰なのよ!」
「あーもー.鮎川瑠美だよ!」
「うそ!」
みずきの目の色が変わった。