第61話 「イルカのショー」
アイスクリームの売り子さんが来ると、みずきが手を上げた。
「すみませーん! アイスクリーム6個ください!」
みずきが支払をして、皆にアイスクリームが渡った。
「みずき、サンキュー。」
「ありがとう、みずきちゃん。」
みんなが、美味しそうに食べ始めた。
「以外に美味いなー、このアイス。」
「こういうとこのって、あんまり味がしないことが多いのに、これはいける。」
「ほんとだー、濃いね。」
「みずき、ナイス!」
みずきなりに、雰囲気が曇っていたのを察知して、修正しようと試みたアイスクリーム作戦だった。
決して、6人の間に亀裂が出来たわけではなかった。
みんなが、いつものようにおしゃべりを始めると、みずきは、嬉しそうに誠の顔を見た。
誠は、この時始めて、みずきの心遣いに気が付いて感心した。
「みずきは、僕が気が付かない事まで気配りをしている。
今までにも、僕が気が付いていないだけで、こんなことが幾つも有ったに違いない。
でもきっと、みずきは、相手が気が付かない事を、どうこう思わないし、ましてや、話したりもしない。なんてけなげで心の広い人なんだ。」
「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」
「あー、いや、別に。ただ、可愛いなーと思って。」
「エーッ! なんか変だよ。 でも、ありがとう。」
場内に、ショーの始まりを告げるアナウンスが流れた。
イルカが指示に従って、次々と素晴らしい演技を始めた。
場内のすべての人が、プールから目を離せなくなった。
そんな中、美樹が呟いた。
「ねぇー、イルカって、楽しんでやってるのかなー?」
「餌をもらう為に、仕方なくやってるんだろう?」
守が、現実的な意見で答えた。
「そうかもしれないけど、見ている人間の拍手や歓声には気付いてると思うよ。」
みずきが、後ろに居る美樹に振り向いて答えた。
「競馬だって、馬は走って1着になろうとしてるみたいだし、イルカだって、きっといい演技しようとしてるよ。」
知佳らしい意見が出て、みんな首を縦に振っていた。
時が立つのも忘れて、夢中で見ていたイルカたちのショーも拍手と歓声の中、終わりを迎えた。
興奮したせいもあってか、みんな、お腹が減って、近くのお店のハンバーガーを食べることにした。
案外、混雑していて、6人が一緒に座れるところも無く、みずきと誠は、皆と離れることになった。
「皆と来ると、こういうところは、楽しさ倍増だな。」
誠がこう言うと、みずきは、ニッコリして返した。
「あたしは、誠さんと2人でデートしたいな。
2人だけの思い出をいっぱい作りたい。」
「2人だけの思い出?」
「そう。もしこの先、誠さんがあたしを嫌いになって、別れるようなことになっても、
いっぱい思い出が有れば、きっと生きていける。
あたしは、こんなに素敵な人と付き合っていたんだから、また頑張れば、こんな出会いが有るに違いないって思えそうだから。」
「えっ? 僕と別れることを、前提にしてるの?」
「そーじゃないけど、あたしって自分に自信を持てないっていうか、いつも不安なの。」
「何言ってるんだよ。 実はね、今日また一つ、君を好きになったんだ。」
「どうして?」
「さっきのアイスクリーム作戦だよ。」
「あ~、あれ。」
「雰囲気に気を使えるなんて凄いよ。 きっと気が付いたのは、僕だけだよ。」
「違うと思うよ。 みんな、気を使わせて、ごめん って言ってたから。」
「えっ! マジ?」
「でも、そう改めて言われると、嬉しいよ。ありがとう。」
少しがっかりしたような誠だったが、みずきは、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。
ハンバーガーを食べ終えて集まると、美樹が言い出した。
「お店見ようよ。」
誰も特に反対する理由もないので、お店を端から見始めた。
実は美樹には、守に何かプレゼントをしたいという気持ちが有った。
そして、何軒目かのお店で、車に置けるイルカのマスコットを、皆に見つからないようにサッと買った。
お店が無くなると、次はゲームセンターや遊園地で、はしゃぎまくりの時間が過ぎて行った。
そして、レストランで夕食を摂っている最中に、誠の携帯が鳴った。
鮎川瑠美の曲「エンジェル・アイ」だった。
渉が、いち早く反応した。
「おい、誠。鮎川瑠美の曲だろ? 誰の設定にしてるんだよ。
解った! テニスサークルの、あの子、何て言ったけ?」
守が余計な口出しをした。
「水川とか?」
「そうそう、水川奈緒。 図星だろ?」
誠は、渉の声が耳に入らないほど、動揺していた。
それは、鮎川瑠美、本人からの電話だったからだ。
誠は、慌てて電源ボタンを押した。
渉が、誠の様子を見て、からかった。
「誠、携帯見せろよ。誰からだよ。」
渉が少し強引に、誠の携帯を奪った。
「ちょっと! やめろよ!」
「何そんなに、ムキになってるんだよ。」と言った渉だったが、
誠の表情を見て、マズイと思い、携帯を返した。
隣で見ていたみずきは、誠の様子からただ事でないと思って心配になった。
誠は、そんなみずきの顔を見ると、何か言わないといけないと思った。
「あっ、何でもないから。そ、そう、サークルの人からの連絡だから。」
みずきは、疑いの目をしていた。
「うそ! だったら、何で電話に出ないのよ。何で慌ててるのよ。」
誠は、言葉に詰まった。
「えっ・・・慌ててなんかないよ。 メールだよ。」
守が、この空気はマズイと感じて、話をそらそうとした。
「オー、このチキングリル、旨いよ。 誠、ちょっと食ってみ?」
誠は、助け舟を得た感じがして、差し出されたフォークに刺さった肉を口に運んだ。
「旨い! こんなの食べた事ないよ。」
実際には、料理の味なんて、誠は感じていなかった。
美樹と知佳も、違う話題の話を始めた。
何とか食事も終わり、前の雰囲気に戻りつつあった。
「さー帰ろうか。みんな送って行くよ。」
守が、伝票を持って立ち上がった。
みんな車に乗り込み、美樹と知佳の家に向かった。
2人の家は、近かったのですぐに着き、次に、みずきの家に着替えなどを取りに寄った。