第6話 「案内係りの女性」
部屋に入ると、布団が引いてあり、渉が、大の字になった。
争いも無く自然に場所が決まり、休憩がてらテレビを見ていた。
少し経つと、守が声を上げた。
「トランプしようぜ!」
誠が、不服そうに言った。
「えーっ、 トランプ? 男3人で?」
守が答えた。
「風呂で言った事、忘れたのかよ。」
渉が言った。
「守、誠はやりたくないから、しらばっくれてるんだよ。」
守は気にせずに言った。
「それじゃー、負けた人は、さっきの案内係りの人をナンパすること。いいね。」
誠が困った感じで言った。
「僕、そんなの出来ないよ。」
渉が言った。
「負けなきゃいいじゃん。」
真剣勝負のブリッジが、始まった。
3人に笑顔が消えた。
ブリッジを始めて、20分が経った時、渉が叫んだ。
「やられたー!」
誠が嬉しそうに言った。
「はい、渉の負けー。」
守もほっとして、急に乗り気になった。
「じゃー、館内歩いて、探してみようぜ。」
渉がしょげた。
「えー、本当にやるの?」
守が、わざとらしく発破を掛けた。
「当り前じゃないか。さぁー、行こうぜ。」
3人は部屋を出て、エレベーターホールに向かった。
エレベーターが来てドアが開くと、なんと、タイミング良く中から探していた案内係りの女性が出て来た。
3人は、一瞬息を呑み、立ち止まってしまったが、案内係りの女性は、会釈をして廊下を歩き始めた。後姿を見た3人は、我に返った。
守が渉を見て、言った。
「ナイスタイミング。運まで味方してくれてるよ。ほら行けよ。」
渉は今一つ、自信が持てなかった。
「参ったなー。後で変な顔されても知らないからな。」
渉は、早足に追った。
近ずくと、渉は声を掛けた。
「すみませーん!」
案内係りの女性は、直ぐに振り向いた。
「はい、どうかされましたか?」
渉は、胸を右手で押さえて言った。
「あのー、胸が痛いんです。」
案内係りの女性は、少しびっくりした表情になった。
「えっ? 大丈夫ですか?
何か原因に心当たりは有りますか? 救急車を呼んだ方が宜しいですか?」
渉は、案内係りの女性の顔を見ながら答えました。
「原因は、分かってます。」
案内係りの女性は、渉の顔をしっかり見ていた。
「何でしょう? 持病でも有るんですか? それともぶつけたりしましたか?」
渉は、さらに近づいて、目をそらさずに言った。
「あなたです。」
案内係りの女性は、どういうことかピンとこなかった。
「私?」
渉は、緊張のあまり、身体が固まっていた。
「はい、一目見て好きになったんです。」
案内係りの女性は、その真面目な顔つきとロボットのような身体の動きとのギャップに、思わず吹き出して笑ってしまった。
「えっ? 酔ってますか? それとも、罰ゲームか何かですか?」
渉は、額に汗をかきだした。
「酔ってなんかいませんし、本当なんです。出来たら、今から一緒に飲みませんか?歌がお好きだったら、カラオケでも。」
案内係りの女性は、病気ではないかと本気で心配していたことが、急におかしくなり苦笑した。
「あんまりびっくりさせないでくださいね。心配して損しちゃいましたよ。でも、タイミング良かった。ちょうど、お仕事が終わったところなの。お腹も空いたし、すぐ傍にカラオケ店が有るから、行きましょうか。」
思わぬ返事に渉は、驚いた。
「いいんですか?」
案内係りの女性は、笑顔のまま答えた。
「はい。カラオケ好きなんですよ。ちょっと支度してくるので、1階のロビーでお待ち頂けますか?」
渉は、喜びと緊張のあまり、思ってもいない言葉が口をついた。
「がってんだ!」
案内係りの女性は、その光景がおかしくて、また、吹き出した。
「おかしな人! それじゃー、のちほど。」
案内係りの女性は、そう言うと奥の部屋に入って行った。
守と誠が、放心状態の渉の所にやって来た。
守が、笑顔でない渉を見て、駄目だったと思ったが、一応聞いてみた。
「よっ! どうだった?」
誠は、鼻から駄目だと思っていた。
「まっー、明日もあるし、気を落とすなよ。」
やっと我に返ったのか、渉がにやけ顔で言った。
「いいって。」
守は、良く解らなかった。
「何が?」
渉は、説明を加えた。
「カラオケ行っても。」
守は、思わず声を大きくしてしまった。
「まさか!」
誠は、守の反応を見て言った。
「ナンパ成功?」
渉に落ち着きが戻ってきた。
「なんか、そうみたい。」
誠は、自分のことのように喜んだ。
「やったなー。」
守は、思わずガッポーズを決めてしまった。
「ヨシャー! 頑張ってこいや。」