第59話 「木曜日」
そして、木曜日がやって来た。
みずきが、寝ている誠の肩を揺すった。
「ほら、急がないと、遅れるよ。」
誠は、寝ぼけまなこで、みずきを見ている。
「みずきって、毎日、良くサッと起きれるよなー。感心しちゃうよ。」
みずきは、朝食の準備を進めている。
「時間無いから、パンでいいよね?」
誠は、まだ布団から出ていない。
「全然OK。で、僕のパン2つ、知らない?」
「えっ?」
みずきは何のことか良く分からなかった。
誠は、ニコニコしながら言った。
「だから、僕のパンツー、知らない?」
みずきは呆れ顔で言った。
「知らないよー! お布団に紛れてるんじゃないの?」
「あったー。でもさーこんな生活も有るんだなー。なんか、いいもんだなー。」
「だれ、あたしが泊るの反対してた人は?」
「それはー、常識人の僕で、男としては、幸せって感じ。」
「へーっ、幸せを感じたんだー。」
「このまま、ずっと続くといいのになー。」
「大丈夫よ。きっと続くよ。あなたが、壊さなければ。」
「僕次第?」
「そう、あたしは、変わらないもの。」
「そっか。」
「ほらー、遅くなるよ!」
2人は、何とか約束の時間に、守のガレージに着いた。
守が、ワゴン車の運転席で、カーナビをいじっていた。
誠は、後ろのドアを開けると、元気良く声を掛けた。
「おはよう、守! 今日も、よろしく!」
みずきも、元気に挨拶をした。
「おはーっ! 今日は、1日、車と運転、有り難うございます。」
「おっ! お2人さん、仲良さそうだね。じゃー、行こうか。」
守が、2人をちゃかすように返した。
渉の家に、30分くらいで着いた。
「僕が呼んでくるよ。」
誠が、外に飛び出して、インターホンを押した。
直ぐに、渉が玄関から出てきた。
「よっ! 久しぶり! みずきちゃんと一緒に住んでるんだって?びっくりだな!」
「なんか、押し掛けて来られちゃって、そんなことになっちゃったよ。」
ちょっと照れながら、誠が答えた。
渉は、助手席に乗り込むと、守とアイコンタクトをして、みずきの方を見た。
「みずきちゃん、久しぶり! 海の時より、随分可愛くなったんじゃない?」
「お久でーす! お化粧してるからですよ。」
みずきは、にこやかに返した。
「さぁー、行くよ。」
守は、車を発進させた。
渉は、後ろを向いて興味津々に、聞き始めた。
「みずきちゃん、誠の所に泊ってるんだって? 誠は、みずきちゃんが、押し掛けて来たと言ってるけど、本当なの?」
みずきは、愛想笑いを浮かべながら答えた。
「ん~本当かな。誠さんは迷惑そうだったけど。」
渉は、みずきの返事を聞くと、テンションが上がり止まらなくなった。
「へーっ、本当なんだ。そんな積極的な感じには見えなかったけどなー。きっと、何か理由が有ってなんだろうなー。そう言えば、別れたばっかりだとか言ってたから、失恋の反動とか? ライバルとの争いだとか? じゃなきゃ、誠なんかに、こんなに可愛い子が、泊りに押し掛けるなんてこと有り得ないものなー。あっ、もしかして、その顔は、図星?」
みずきは、慌てて顔の表情に意識を向けた。
「何言ってるんですか。そんなこと有るはず無いじゃないですか。」
変な雰囲気を察した守が、気を逸らそうとした。
「しかし、いい天気でよかったなー。」
誠も、さりげなく話を合わせた。
「だけど、これだけ晴れると、暑くてしょうがないんじゃないの。」
待ってましたとばかりに、守が返した。
「それが、夏ってもんじゃないの。年寄りみたいなこと言ってるんじゃないよ、若者。」
みずきが気を取り直して、話に入った。
「そー言えば、誠さんって、時々、年寄りみたいなこと言うのよねー。」
「僕が、何時そんなこと言ったのさー。」
誠が、マジな顔して喰いついたが、みずきが澄ました感じで答えた
「この前だって、一つ上の階に上がるのに階段じゃなくて、エレベーターで行こうとか。買い物の荷物が重いだとかね。」
守が拍車を掛けた。
「言う言う。誠は、アスリートの癖に、よく言ってる。」
誠が、苦し紛れの言い訳を言った。
「アスリートは、練習でクタクタなんですーだ。」
「なるほどー。」
渉が、誠の言葉に感心した。
「渉! お前、誠の言葉を信じたのか?」
守が、呆れた感じで言った。
「一理あるのかなってさ。」
守に押され気味になって、トーンが下がった。
「誠は、面倒くさがりなだけ。渉も知ってるだろ。」
守がダメ押しで言った。
「そうそう、何でも、放りぱなっしだよねー。」
みずきが相槌を入れた。
馬鹿話をしながら、美樹と知佳の待つ能見台駅に車は着いた。
「おはよー!」「久しぶりー!」「元気でしたかー。」
6人の挨拶が飛び交った。
誠とみずきが最後部の席に移って、美樹と知佳が真ん中の席に乗り込んだ。
白いワゴン車は、シーパラダイスに向かって走り出した。
運転している守が、カーナビを見て話し始めた。
「ここから、シーパラってすぐだよね。美樹ちゃん達は、しょっちゅう行ってるんじゃないの?」
美樹が答えた。
「年に4,5回くらいかな~。水族館は高いから、たまにで。みずきや知佳とは、周りで遊ぶことが多いかな。」
知佳が連ねてしゃべった。
「自転車で来て、適当に食べて、ゲームしたり、お店見たり、遊園地で遊んだりだね。あと、直ぐそこのアウトレットなんかも、たまに行ったりしてるよね。」
みずきが、口を挟んだ。
「ねぇー、美樹。そこを右に曲がっッた方が早いから、教えてあげて。」
美樹が答えた。
「そうそう、そこを曲がって、団地の中を抜けた方が早いよ。」
それから美樹は、守のカーナビになって、右だ左だとか忙しくなった。
朝早いせいもあって、入口に割と近い駐車場に止めることが出来た。
車から降りると、美樹と知佳が、前を歩き、守と渉が続いて、みずきと誠が手を繋いで付いて行った。
渡り廊下を歩き出すと、渉が、少しテンションが上がった。
「久しぶりだなー。こんなに眺めが良かったけ?」
「天気が、良いから綺麗に見えるのよ。」
美樹が答えた。
「あれ? 美樹ちゃんがこの前より綺麗に見えるのも、天気が良いから?」
渉が、美樹が反応してくれたのが、少し嬉しくて構ってみた。
「ちょっとー、何言ってるのよ。」
美樹がちょっと照れた。
島に降りると、守が言い出した。
「みんな、水族館とイルカショー、見るだろ? チケット買って来るから、ちょっとここで待ってて。」
守は、一人でチケットを買いに行った。
美樹が、声を上げた。
「あっ!学生証。」
みんな、守を追いかけて、結局、みんなでチケット窓口に行き、学生証を各々見せることになった。
守が全員のチケット代を払い、みんなに手渡した。
みんな恐縮したが、守のふところ事情は知っていたので、自分で払うと言い出す者はいなかった。
みずきが音頭を取っていたらしく、「せーの!」と言うと。
みんなが一斉に、「ありがとう!」と元気よく言った。
守は、照れて頭を掻き出した。
「いいって、いいって。」