第47話 「握手」
誠はソファーに座ると目の前のテレビに目をやった。
「大きなテレビですね。50インチくらい?」
瑠美は、振り向くと答えた。
「そう、50インチ。映画が好きでよく見るの。大きな方がのめり込めるしね。何か見てみる?スターウォーズなんか好き?」
誠は、ニッコリした。
「好きです。瑠美さんもそういうの好きなんですか?」
瑠美は、リモコンを持って操作した。
「私は、ジャンル問わずに何でも見るわ。」
大画面に、宇宙船の戦闘シーンが現れた。
誠は、目が覚めたように興奮した。
「すごい! すごい! 音も全然違う!」
瑠美が嬉しそうに聞いた。
「分かるの?」
誠のテンションは上がっていた。
「うん。映画館みたいですよ。」
瑠美が得意げに話した。
「最新の7.1CHなんです。音には、ちょっと凝っちゃったんです。
一応ミュージシャンですからね。
色んなアーチストのライブ映像とか見て勉強にも使ってるの。だから、仕事の機材として事務所に買ってもらっちゃたんです。」
誠は、大画面にくぎ付けになった。
「これなら、映画館行かなくてもいいね。」
「映画館に行きたくなったら、ここに来ることにする?」
「いいですね。そんなこと出来たら。」
留美は、いたって真面目に聞いたが、誠はリップサービスとしか思っていなかった。
「丁度色紙が有ったから、サインしますね。10枚でしたよね。」
「すみません。有難うございます。それと、写真も撮らせてもらっても良いですか?」
「はい。構いませんよ。私も記念に撮らせてくださいね。」
2人は、写真を撮り合って、まるで恋人のような雰囲気になった。
チャイムが鳴り、デリバリーの中華料理が届くと、その種類に誠が驚いた。
「えっ! こんなに頼んだんですか? 5人分は楽に有りますよ。」
「そう言わずに、好きな物どんどん食べて! こんなことでしかお礼できないから。」
「お礼なんて、もう十分ですよ。」
「あの時も、今日も、痛くて動けないのに、誰も声を掛けてくれない不安。何人も横を通り過ぎて行くのに、みんな見て見ぬふり。あの時の気持ちを思ったら、こんなお礼じゃ、足りないわ。何か他にお礼が出来ることが有ったら言ってみて。」
「ほんとに、そんなのいいですよ。」
「欲しい車とか、バイクとかは?」
「また、そんな高い物。冗談だか本気だか分からないじゃないですかー。」
「じゃー、時計とか服とかは?」
「物は、別に要らないですよ。」
「えっ? 物じゃいもの?」
「そういう意味で言ったんじゃなくて・・・。
それじゃー、ライブの最前列に招待してください。6人分。」
「そんなことで良いんですか?」
「はい。一度、最前列で見たかったんです。」
「分かりました。ツアーファイナルが、10月28日に、武道館で有るので、そこで何とか手配します。」
「やったー!」
誠は、無邪気に万歳をした。
「そんなに嬉しいですか?」
「当り前じゃないですか。一番前なんか絶対に手に入らないですよ。オークションなんかだと、10万円でも買えないですから。」
「そうなんだー。」
「そうなんだーって、知らないんですか? みんな大変な思いをして、チケット取ってるんですよ。」
「でも、私としては、全員が平等に定価の8000円で買ってほしいな。」
「無理だって。瑠美さんみたいに、超人気の人は、すぐに売り切れちゃうから。」
「ライブには、よく行くんですか?」
「今は、瑠美さんのだけかな。」
2人は、その後も、会話が弾み、多過ぎると思われた料理も、大半を食べていた。
時刻も遅くなり、誠も、そろそろ帰ろうとした。
「足の具合は、どう?」
「うん。お陰で、痛みは引いたみたい。もう直ぐマネージャーが来ると思うし。今日はありがとう。メールくれると嬉しいなー。」
2人は、玄関まで歩くと、誠は下を向いて靴を履いた。顔を上げると、瑠美が握手を求めて手を伸ばしていた。
「じゃー、気を付けて帰ってね。」
誠は、慣れないことで少しちゅうちょしたが、手を伸ばして、瑠美の柔らかな手の感触を感じた。
「それじゃー。」
「あっ!それと、これ、少ないけど、タクシー代とお礼。」
瑠美の手から、5万円が差し出された。
「いいですよ。駅も近いし、まだ電車で帰れますから。」
「そう云わないで。色々困らせちゃったし、タクシー使って帰って。」
「じゃー、折角だから、1万円だけタクシー代頂くね。」
「えっ、でも・・・。」
「いいって、これで十分です。じゃー。」
「メールしてね。また、遊びに来てね。」
「はい。」
「きっとよ!」
誠は、笑顔で玄関を出て行った。